第132話 宣戦布告

 何だか感情の整理がつかなくて、大会の中継を切ってトボトボとカルセドニーの外に来ていた。


「…召喚しょうかん召喚サモンゴースト×2」


 あれから、すっかり数を減らしたゴブリンを目標に呼び出したモンスターに攻撃させる。


「『魔装化』」


 魔道書はねじれるように姿を変えてゆき、やがて大鎌へと変体を果たす。


「…どうせ大鎌の事は知られているんだ。これからもメイン武器として、活躍してもらうぞ…グロノス」


 奇襲の為に隠し武器が必要なら、それは使い捨ての出来る副兵装であるべきだ。今更、公式PVに流された大鎌を隠した所で意味がない。


「『ウインドボール』」


 大会については、元々全力を出せる仕様では無かった。それだけでも不利だったが、装備の更新が結局できなかったことや一般的な戦い方をリサーチしていなかった自業自得。


 一定のパターンが動きのどこかにあるモンスターとは違い、相手は知性ある人間だ。戦うにあたって攻撃方法の組み立てなどはあるだろうが、それは人それぞれ違ってくる。


「だから回避が重要なんだよな。そして回避能力を支えるのが足の速さ」


 モンスターを相手にしながら、反省点とこれから必要になる能力を検討する。いつもの俺なら、ケーキを味わいながらゆったり検討していた事だろう。らしくはないのかもしれないけれど、何と言うかジッとしていられなかったのだ。


「ああ、そうだ。回避や防御に使える魔法を創るのもアリだ」


 俺の風魔法『ウインドボール』も元はそういった発想から生まれた魔法だ。あの時はレベルも低く、今の段階で魔法を増やした所で扱えないと考えていた。しかし、今ならどうだろうか。風だけではなく、土や闇、呪魔法は回避には向いていないだろうけれど、これらの魔法を防御に生かせないだろうか。


「防御の魔法。風、土、闇の中でもっともイメージに沿うのは土だよな。…石の鎧とか。いや、待てよ。そもそも一つの魔法で対応する必要があるのか?」


 ゴブリンの襲来で使った魔法を連続で放つコンボの様な。いや、もっと踏み込んだ複数の魔法を同時に発動させるような魔法を。


「…複合魔法?」


 ストンと腑に落ちる様で、頭を抱えて考えていた数学の問題が解けた様な解放感が胸の内に広がる。


「防御は装備と魔法で対策するとして…『パワースラッシュ』」


 ゴーストから逃げ出し飛び込んで来たゴブリンをパワースラッシュで切り捨てる。


「問題は回避だよなぁ…」


 デスペナルティの回避という意味合いも無くは無いが、ダメージを回避または軽減できるスキルを持っていたのなら、負け難くなり死に難くなる。そんなスキルを自分の力だけで探し出すのは、とんでもなく時間が掛る作業だと思う。掲示板を頼るか、この世界の住民に聞くのが堅実だろう。


「なんだ…花火か?」


 これからのキャラクター育成を思案していると、カルセドニーの方角から色取り取りの閃光が瞬いた。


「闘技大会の優勝者でも決まったのか?」


 一瞬、ツバキちゃんの顔が頭に浮かぶ。


「防具は買っても良いけど、クエストで貰ったレシピの装備は気になる。ウコン達に作って貰うのも…レシピは見せたくないしなぁ」


 レシピを秘匿したいという訳でも無いんだけれど、せっかくクエストをクリアして手に入れた物だから自分の手で作り出したい。


「んー…っ!」



≪世界を揺るがすワールドクエストが発生しました≫


≪カルセドニー王国に対し、アメシスト帝国が宣戦布告を行いました≫


≪現在、両国の国境において戦争が行われています≫


≪カルセドニー王国がアメシスト帝国に敗れた場合、カルセドニー王国は崩壊し、解体されます≫



「キャラを育ててる時間…あるのかな?」



                    ♪



 仁がフィールドに向かっていた後、大会では全プレイヤーの頂点に立たんと身を削り合った名勝負が繰り広げられていた。


『やー、まさかまさかの大番狂わせ!』


『ん、みんな…すごい』


『しかし、大方の予想通り、なうろーでぃんぐ選手とツバキ選手の対決は早々に決着がついてしまったね』


『むー、しえんけいのツバキはがんばってた』


『なうろーでぃんぐ選手は初動こそ遅いけど、その加速力はまさに爆速。わざわざ鍛冶師に特注で作らせた大型チャクラムが、元は手裏剣の一種だと知っている人がどれだけいるのか、珍しい武器ですね!』


『あんなつかいかたは、よそくできなかった。まるでふらふーぷみたい』


 会場では決勝の前に選手たちに与えられた休憩時間を使って、これまでの戦いを振り返っていた。


『速さと言えば、決勝に残ったヌメロンギヌス選手も侮れません』


『やりは、あしをとめてたたかう』


『そうですとも、本来は騎乗でもしていなければ敵を近付けない様に払いのけるのが槍の役割ですが、ヌメロンギヌス選手は持ちやすく加工された短槍を持っての突撃を得意とする正にイレギュラーな逸材です』


『たいしてけっしようのあいては』


『はい。そんなヌメロンギヌス選手の決勝の相手は、大型チャクラム使いのなうろーでぃんぐ選手ですね。先程の話にも上がりましたが、ツバキ選手との戦いで魅せた舞のようなチャクラム捌きは、見惚れていると気が付けば敗退。なんて事態になりかねません』


『とってもきれい』


『ああっと、決勝の時間がやって来たようです!』


『ワクワク』


『さぁ、両選手に登場していただきましょう!』


 大会最後の戦いに選ばれたフィールドは、イベント終了後プレイヤーに解放されるとの触れ込みであったコロッセウム。闘技場の中央へと続く左右の門から、ゆっくりと向かい合う巨大な門が開かれる。


『さぁさぁ、今一度、選手たちを紹介いたしましょう!』


『右手より大門を潜って現れたのは、最速の槍使いことヌメロンギヌス選手!』


 紹介された選手が槍を持った手を掲げ、コロッセウムが揺れる様な歓声が響く。


『続いて左の大門より現れたのは、チャクラム使いの舞姫。なうろーでぃんぐ選手!』


 門から現れたなうろーでぃんぐはコロッセウムの各方向に向かって、一礼を繰り返す。


『りょうしゃ、かまえ…』


『第一回闘技大会、決勝戦…すぅー…始め!』


「貫け『悲愴』!」


 試合開始の合図と共に仕掛けたのは、槍使いのヌメロンギヌスだった。彼は手に携えた槍をなうろーでぃんぐに向けて投げ放った。


「ック!?」


 開始早々に間合いに飛び込んで来る事は想定していても、それが槍単体だとは思ってもいなかったなうろーでぃんぐは、二個一対のチャクラムで払いのけようと腕を振るう。


「上手く躱したな」


「そうでもないわ」


 スキルを伴って飛来した槍は、なんとか払いのけたとは言えチャクラムに大きなダメージを与えるに至った。


「でも得物を投げ捨てるなんて…勝負を捨てたのかしら?」


「効かないと分かってる武器なんざ、いらねぇよ」


 準決勝の様子を見ていたヌメロンギヌスは、なうろーでぃんぐの舞を見て接近戦では勝ち目がないと見積もっていた。


 当のヌメロンギヌスは知る由も無いが、彼女の舞は素人が武器を振り回すような無様な物では無く、5年10年の修行をへて身に付けられた含蓄のある一連の所作であった。


「それに…『魔装化』」


「あら?」


「獲物なら、呼び出しゃあ良いじゃねぇか!」


 魔道書を別の姿へと変体させる『魔装化』は、時に目立ちもしない道具を形どることも有れば、武器や防具を形作ることも有る。ヌメロンギヌスの場合は、後者だった。


「弓?」


「大弓さ…魔力を番えて…放つ!」


 ヌメロンギヌスの魔力が矢を象り、水色の閃光が一線を描く。


「手荒く扱われるのは好みじゃないわ『第一幕 流水の舞』」


 飛来した魔力を迎え入れる様に、なうろーでぃんぐは水魔法を体に纏いながら舞を披露する。


「水芸か…原理は分からねぇが、飛び道具対策も万全ってか」


「水芸とは品のない言い方よね。でも歴史があって嫌いじゃないわ」


 彼女に向かって行った魔力の塊は、体に纏った水魔法に受け止められ、チャクラムの動きに導かれる様に流される。


「…『第二幕 止水の舞』」


「おっと…」


 流れる水を表現した流水の舞が、次第に緩やかな動きに変わってゆく。そしてある一点でピタリと体が止まる。


 明確な攻撃な隙を晒しているにも関わらず、ピクリとも体を動かすことなくなうろーでぃんぐを睨みつけるヌメロンギヌス。


「体の動きを止めるスキルだと?」


「条件が厳しいのだけれどね。『終幕 石穿ちの舞』一滴の水も、やがては石に穴を開ける…」


「ああ、クソ。体がァ!」


 三幕に及ぶなうろーでぃんぐの舞は、いよいよ終幕を演じる。流れ出た水が、勢いを止めて佇み、やがて一滴ずつ動き始める。


 なうろーでぃんぐが舞を終えると、とても一滴とは思えない巨大な水が、水滴の形を取って天より彼女の隣に舞い降りる。なうろーでぃんぐが舞の終わりを告げる最後の構えを取ったまま、ぽつりと呟くように宣言する。


「…『岩穿ち』」


 体を動かすことの出来ぬヌメロンギヌスの胸元目掛けて、その先端を回転させながら高速で接近する。


「グゥウウウッ!!」


 岩穿ちはドリルの様相を呈して、ヌメロンギヌスの体を貫通する。


『決着!』


『しょうしゃー』


『なうろーでぃんぐ選手!』


 リリネットが声高らかに宣言すると、会場からは溢れんばかりの拍手や優勝を祝う声で埋め尽くされた。


『さぁ、ここねっと。優勝者へのインタビューだよ』


 大会に参加したプレイヤーの授賞式が終わり、優勝者へのインタビューを始めようとしたまさにその時。コロッセウムの上空を覆う様に、一人分の人影が姿を現せた。


『この声が聞こえているだろうか…幻想を直視できぬ哀れな冒険者たちよ』


「なんだ…この声」


「おいおい、次回のイベント告知かぁ?」


『私はアメシスト帝国、皇帝である。約束の期限がやって来たのだ…古くからの契約は満了された。よって…アメシスト帝国はカルセドニー王国に対し、宣戦を布告する』



≪世界を揺るがすワールドクエストが発生しました≫


≪カルセドニー王国に対し、アメシスト帝国が宣戦布告を行いました≫


≪現在、両国の国境において戦争が行われています≫


≪カルセドニー王国がアメシスト帝国に敗れた場合。カルセドニー王国は崩壊し、解体されます≫

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