第107話 夢1

 深い微睡みの中で、白衣を着た男が会議室の机を叩いた。


「この『技術』は世界を変える!!」


 ああ…夢か。


「世界が変わるのは間違いないだろう。しかし、その影響は計り知れない…。…この『技術』は銃弾の一発より少ないコストで、『核兵器』以上の被害を与える事が可能だ。慎重に事を運ぶ必要がある」


 低い身長と幼い顔立ちのイメージとは違い、その声は低く、聞く者に重いプレッシャーが伸し掛かる。


「万が一にもこの『技術』が漏洩するような事があれば……人類は滅びかねない」


 これは…そうだ。


 『アライン』の基礎技術が確定した日の…。


「しかし、より多くの人を救う『技術』にもなります!」


 白衣の男をよく見てみると、それは新技術によって病人達の救済を決意した父の顔だった。


「大体、何でそんな―――」




                    ♪




 目が覚めると楓が俺の入った布団の上にまたがって、こちらを見下ろしていた。


「何をしているんだ…楓?」


「兄上に朗報なのです!」


 何を教えてくれる気なのかは知らないが、女の子が兄とは言え男に馬乗りになるのはどうかと思う。


 俺にまたがった楓をベットから降ろすと、曲がっていた背筋を伸ばす。


「ん~、で何かあったのか?」


 楓はキラキラと擬音を出しそうな目をしながら、何処かそわそわと落ち着かない様だ。


「イベントです!」


「何の?」


「もちろん、グリモワール・オンラインのイベントです。何と今度のイベントは、闘技大会であります!」


 心なしか口調が崩れている気がする。


「闘技大会か…後で調べて見るか」


「では簡単に、闘技大会は個人戦とパーティ戦の二種類がありまして、開始は来月の頭になります」


 今はジョナサンの依頼を受けているから、参加できるか如何かはクエストの進行次第だな。もう一人の護衛が直ぐに決まって移動したとしても、森を抜けて国境の町『アーロック』に着くのに何日必要なのか不明だ。新しい街に付いたら、その辺りの店を回ってみたいし、上位種族に向けてレベルアップを狙いたい。


「そう言えば、獣人族のプレイヤーが上位種族に進化したって話を聞いたな…楓はもう進化したのか?」


 ふと気になって楓に声をかける。


「え?」


 楓の目が泳いでいる気がするが、見なかった事にして返答を待つ。


「兄上、私達三人は全員進化しています。私たち奇跡的に全員が獣人族で、それぞれレベル20で進化しました!」


「そ、そうか…」


 いつの間にか妹たちに、レベルで追い抜かれていたのか。兄の威厳などとは無縁ではあるが、βテスターとしては悔しい物があるな。


「むー」


 βテスターと新規参入の違いは、称号とスキルの量だ。スキルもキャラクターもレベルが初期化されるので、レベルがゲーム開始から差が出る事はない。スキルが多いに越したことは無いと思うかもしれないが、それだけスキルのレベル上げに時間が掛る。つまりゲームが始まってから、どれだけ多くの経験値を稼いだかが今の俺と楓との差だ。


「アーロック近くの国境付近はモンスターが豊富です。良い経験値です。」


「そ、そうか」


 オススメの狩場を紹介されても、気を使われている様な気がして素直に喜べない。


 レベル差が大きく開いた原因があるとすれば、領地に掛りっきりでレベル上げが出来なかったからだろう。他に思い当たる事もないし、報酬として要求したのは自分なので、人の所為にも出来ない。


「大会はカルセドニー城下町に建設される闘技場で行われるそうです。一週間程前から、生産プレイヤーを始め、各ギルドにクエストが出回っていますね」


「昨日ギルドでクエストを確認した時には無かった気が…」


「冒険者ギルドに張り出されていた依頼は、材料の確保か力仕事の斡旋なので目立たなくても無理はないのでは?」


 冒険者ギルドの業務クエスト内容は、いわゆる何でも屋のソレである。モンスター関連の依頼が多いものの、採取や調査、町の見回り警備とバリエーションには事欠かない。土木従事の力仕事など、戦う事が多い冒険者には持って来いの仕事だと言える。


「じゃあ、一週間ぐらい学校休むか!」


「兄上、ズルいです」


 俺が学校に通っているのは、唯の時間つぶしの為である。学校に在籍しているだけで、此方の目的は達成しているのだから、実際に登校する必要は無かったりする。


「単位は足りてるから、問題ないよ」


「だからズルいと言っているのですが?」


 楓から見れば入学と同時に全ての単位を取り終わっている俺は、ズルいと思われても仕方がない。とは言え、勉強が必要ないという訳ではないので匙加減が難しい。


「まぁ、アレだ闘技大会の事は考えて置くよ」


「私達が出るとすればパーティ戦なので、兄上とは戦う事はないと思います」


「出場するかは、微妙なところだな」


 大会に出るにしても上位種族がゴロゴロと出て来そうだからな。進化していない俺に勝ち目があるかどうかは怪しい。ついでに言えば、イベントは人が集めやすいように明るい時間に行われることが多い。種族特性でもって日光は厳しい。


 楓からどんな種族に進化したのかを聞き出すと『アライン』を装着する。


「楓、朝ご飯と昼ご飯は要らない」


 俺は直ぐにでもジョナサンのクエストを終わらせて、レベル上げに勤しみたいのだ。


「私はご飯を食べて学校に行ってきますが、兄上はちゃんと休むことを学校に連絡してください」


 呆れ声の妹に感謝の言葉を告げると、学校宛にメールで、一週間程休む旨を送り付けてやる。


 何の心配も無くなった俺は、ゲームを起動させた。

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