第106話 ジョナサンの依頼

「依頼?」


 突然話しかけて来た男に、眉を顰めながら言葉を返す。


「ああ、お前さん見たところ今話題の宿主だろう?」


 丁度、冒険者ギルドに依頼を出そうかと考えていたから都合が良い。と顎に右手を添える。


「都合が良い?」


 男の口ぶりから住民である事は間違いないと思うが、このゲームの住民にも性格の良し悪しがある。下手な依頼クエストを受けて、犯罪者。それこそレッドネームになるのは避けたい所だ。


「宿主は死なないんだろ?」


「死ぬぞ」 


「…え?」


「ん?」


 何気ない受け答えをした積りだったのだか、俺の回答が意外だったのか固まってしまったようだ。


「オッサンが固まってても、可愛くはないぞ」


 俺の言葉で我に返ったオッサンが、ハッとして反論する。


「だ、誰がオッサンだ!?」


「声が大きい…」


 オッサンが周りを確認して、ペコペコと頭を下げる。


「ったく、真面目に話を聞いてくれ…えっとだ。俺の名前はジョナサン、船乗りをしている」


「冒険者のジンだ。それで、死なないと噂の宿主に何を頼むつもりだったんだ?」


 オッサンは短い顎鬚を引っ搔きながら、依頼の話を始めた。


「護衛依頼だ」


 オッサンの言葉と共に、クエストの詳細が書かれたウインドウが出現する。


ジョナサンの依頼 ランク2 

 報酬 国境の町アーロックへの移動権利。シークレット(※※※)

 今月の輸出予定の鉱石が港に届いていない。アーロックに向かい鉱石の確認に向かうので、アーロックまでの護衛を頼みたい。


「アーロック?」


 掲示板で第二の町と言われていたのは、この町の事だろうか?


「ああ、アーロックはビット族の国『ネリアン』との国境近くに作られた町なんだが、少し離れた所に鉱山がある。そこで取れた鉱石をドワーフ族の国クロバクに船で運ぶ。そこで加工された武器や防具が大陸中に産出される…っとここは良いか」


 経済の流れを言葉で聞くのはとても有意義な講義に聞こえるのだが、残念ながら今回のクエストには関係なさそうだ。


「それで死なないのが、何か関係があるのか?」


「いや、死にさえしなければ、もしもの時に足止めを頼めるかと思ったんだがよ」


 ああ、それなら納得できるな。


 俺の脳内には、姫を守るために足止めをする騎士の姿が浮かんでいた。しかし、今回の護衛対象は、船乗りのオッサンである。


「死ななければ気兼ねなく足止めに使えると…なるほど」


「あ、いや…」


「考え方は正しいが、気分の良い話ではないな。相手によっては激怒するぞ?」


 俺は効率と倫理観を天秤にかけながら、オッサンを睨む。


「す、すまねぇ。俺はただ人が死ぬよりはと思っただけで……すまねぇ」


 死なずに傷を負い続けるというのは、ただの拷問である。それが足止めが目的だとしても、本人が自分の意志で請け負うならともかく、それを期待して雇うというのは話にならない。


「護衛の人数と護衛対象の人数は?」


「護衛するのは、俺一人で良い。護衛は…お前さんに声をかけたのが一人目だ」


「ふむ」


 正直なところ、厳しいと言わざる負えない。


 これまで護衛の経験がない俺が、一人で護衛に付いた場合。モンスターに襲われたとして、俺が戦っている間にオッサンが襲われる可能性がある。下僕召喚でモンスターを呼んでも良いが、相手によっては時間が掛かり過ぎて危険だ。最低でも二人いないと護衛は出来そうにない。


「俺一人では厳しいな…せめてもう一人欲しい」


「俺でもそこそこは戦えるんだが、それでもダメか?」


「それは関係ない。護衛対象をわざわざ危険に近づける様な奴は、護衛失格だろう?」


「そうだなぁ」


 要はもう一人護衛がいれば良いのだが、そんな話が出て来ないのだから当てがないのだろう。


 多分だが難易度として、バーティを組んで遂行するクエストなのではないだろうか?


「俺が護衛を受けるのは構わないが、最低でもあと一人。護衛を増やしてくれ」


「おお、受けてはくれるんだな!」


 顎鬚のオッサンは嬉しそうな声を上げると、もう一人という言葉を聞いて考え込んでしまう。


「なぁ、アーロックへは急ぎなのか?」


「ん…ああ、往復の時間を考えると八日…いや七日が限界だろうな…それが、如何かしたか?」


「ああ、それなら—――」


 俺はジョナサンこと顎鬚のオッサンに追加の護衛を冒険者ギルドで応募する事を提案し、今日の所は解散してアーロックへの移動の準備をする事にした。


 食後の心地よい気分が、払拭され何とも言えない気分になったが、どのみち町に移動するための解放クエストをいつかは受けなくてはいけない。


 まぁ、ずっと始まりの街にいるつもりなら、クエストを受ける必要はどこにも無いのだけど。


 ランバーボアのステーキとリンゴジュースの代金を支払い、店を後にした。


「さて、家の材料を受け渡しに…っとポーションが先か」


 護衛の準備と言ってもポーションを買えば終わりである。マナポーションの在庫がなかったが、ダークピッドがあるので俺には不要なものである。


 面倒だったのは店番をしていた老婆の愚痴だったが、「宿主の態度が悪い」とか「宿主が暴れた」だの他人事で済む話でなかったので余計に気を使ってしまった。その分、時間が掛ってしまい貴重なプレイ時間が削られた。


 今度からは他のプレイヤー達の挙動も気にしなくてはいけない、余計な仕事が増えた気分だった。


 いつの間にか入手していた銅の延べ棒を換金し、家の作成依頼を出し終えるとログアウトする事にした。

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