第108話 森の主 ☆
「…いらっしゃい!」
酒場に入るとマスターの威勢のいい声が出迎える。
「おお、やっと来たか待ってたぞ!」
声のする方へ視線を向けると、ジョナサンが立ち上がって手を振る所だった。ジョナサンの右隣には、見覚えのない男の姿が見える。
ジョナサンの方へ歩み寄ると、その男も立ち上がった。
「待たせたようで、すまないな」
「ああ、って言ってもそんなに待っちゃいないけどよ」
待ったような口振りだが、現実時間を考えると待ったと言っても長い時間ではないだろう。まぁ、実際の所はゲーム側の都合な気がしないでもないが。
「そっちの男は?」
気になっていたジョナサンの連れている男に視線を向けながら、ジョナサンに紹介を煽る。
「ああ、コイツはドーン・バーン。俺の幼馴染で冒険者をしている」
ドーンの赤みを帯びた黒い髪は短く切りそろえられ、腰には良く馴染んだように見える長剣を携えている。少なくとも駆け出しの冒険者という印象は受けない。
「アーロックまでの護衛だろ、俺にドーンと任せときな!」
自分の名前にかけたギャグだろうか、盛大に滑っているのでスルーするのが気づかいという物だろう。
「冒険者のジンだ。武器は大鎌を使う」
「コイツは頭の出来は良くないが、剣の腕はソコソコ使える」
護衛が一人に前衛が二人。いや、俺は魔法で後衛も可能だから、遊撃に回るとして中衛。ああ、そうか今回は護衛だからパーティ構成で考えるのはおかしいか。
「ドーンだったな?」
「おう!」
「ドーンには、ジョナサンの直ぐ近くにいて欲しい。人数が少ないから、俺が遊撃に動く」
「俺は構わないが、そっちはそれで良いのか?」
ドーンが心配しているのは、俺の仕事での危険性だろう。遊撃と言っても、パーティのタンクが足止めしている所に、援軍として駆けつける訳では無い。一人で先行し、一人で偵察し、一人で敵を排除する役目だ。
「ああ、大丈夫だ。その分、報酬は貰うがな」
「まぁ、それで良い。目的地のアーロックには、最短距離で一日だ。森を抜けるが、最近は盗賊が多くて護衛を雇う事にしたんだ」
なるほどっと頷く。
昨日盗賊狩りをしたばかりなので、その話には心当たりがある。盗賊が相手であれば、足止めにグリモワールの宿主プレイヤーを護衛に雇いたいと思うのも頷ける。最も捨て駒にする事が前提で考えられている時点で、良い印象は持てない。
「護衛中の飲食は俺が受け持つ。用意が済んでいるなら直ぐに出発するが、準備は良いか?」
ジョナサンがセリフを言い切ると、目の前に≪YES/NO≫と書かれたプレートが浮かぶ。ノータイムでYESを選択する。
≪ストーリークエスト『ジョナサンの依頼』をスタートします≫
「んじゃ、用意も終わってるみたいだし…行くか」
「ドーンっと任せときな!」
「マスターお勘定、テーブルの上な!」
三者三様の様相で酒場を後にする。
昨日クエストで通ったのと同じ道を進み、門番と軽く挨拶を交わすとカルセドニーを出た。
「森の中以外は特別に気にしなくてもいいだろうが、森を横切るのに半日と言った所だ。このまま森に入ったとして、何事もなければ夕方には森を出られる」
森までの道中、ジョナサンの話に耳を傾けている。
途中モンスターに遭遇したが、お馴染みのゴブリンやラビット系モンスターがいただけだった。前回のイベントであるゴブリンの襲来が過ぎてからは、フィールドでのゴブリン遭遇率は随分と下がった印象を受ける。
その代わりにラビットやウルフ種のモンスターを多く見かける様になった。
生産職なら素材の種類が増えたと喜ぶべきなのだろうが、レベルの上がったプレイヤーは新しい町に移動している。
第二陣のプレイヤーの為に用意されたと見るのが正解だろう。
「森か、盗賊が多そうだな」
「ああ、盗賊の増加といい、ゴブリンの大量発生といい、いったい何が起きているんだかな」
「ふははは、盗賊などバーンっと叩き伏せてやれば良いのだ!」
「はぁ、コイツ腕は良いんだがな……」
的外れなドーンの言葉を聞いて、ジョナサンが頭を抱える。
「…仕事さえしっかりしてくれれば、なんの問題はない。…そろそろ森だな」
盗賊の討伐を果たした森の輪郭がハッキリと目に映る。
「休憩は必要か?」
森の中で休む気は毛頭なかったので、護衛対象のジョナサンに休憩を入れるか確認する。要人警護の経験はないが、護衛対象に行動の制限を強いる様では本末転倒だと実体験から理解している。
「いや、必要ない。山道でもないし、平坦な道だったからな。海の男は体力があるもんだ」
服の袖を捲り上げて力こぶをアピールするジョナサン。
無性にパイプを咥えさせたい、ホウレンソウはこの世界に存在するのか?
「俺の方もドーンっと問題ないぞ。この程度の距離を進んだくらいで休憩を取っていては、冒険者などとても務まらん!」
いや、お前の心配はしていないぞ。
「…そうか」
全員が休憩は不要と決定したので、そのまま森の中に入る。
もちろん、一人でだ。これはボディガードがやっている、進行方向が安全か危険かを確認するだ。
ジョナサンとドーンから少し離れて森の中の様子を探る。【気配察知】と【魔力察知】のお陰で周囲の警戒が随分と楽になったものだ。
「良し、モンスターも盗賊も周辺には確認できない」
ジョナサンの元まで戻ると、今度は一緒に森の中に入る。
「うむ、やはり森は良いな。素材の宝庫だ」
「ドーンは、森が好きか?」
森を抜けるまでの退屈凌ぎに雑談を始める。
「まぁ、冒険者なんてやっているとよ。コロっと死にかける事がまま有るからな。森には傷の手当てに向いた植物や飲み水の確保がしやすくてよ。湧き水一滴で、命を拾ったもんだ。難点があるとすれば、毒物も豊富にある事だが、まぁ知ってさえいれば回避は出来る」
「ドーン、森のモンスターは危険じゃないのか?」
「ああ、それは森によるな。まぁ、森には身を隠す場所がデーンとあるから、匂いを辿られない限り大丈夫だ。だから森のウルフは怖いんだけどよ」
彼の体験を元にした話は、森を通過する事の利点と危険性を察するのに十分なものだった。
「折角だから、素材取って行くか?」
「バカ、ドーン。急ぎだって言ってるだろうが!」
ジョナサンがドーンにツッコミを入れる声で、鳥たちが慌てて飛び立つ。この世界では、モンスター以外の生物も普通に存在しているのだ。
「今の騒ぎで居場所がバレたな…盗賊共が調べに来るぞ」
俺の一言で、ハッとして口に手を当てるジョナサン。
今更口を手で覆った所で遅いと思うのだが、周囲の警戒でボケに突っ込む暇がない。いや、漫才師の勲章が疼くのだ。
「真っ直ぐ森を抜けないと余計に時間が掛る。危険だが、進路はそのままで頼む」
「あいよ」
「…分かった」
盗賊が来ると言っても、モンスター的なNPC盗賊だ。例え五体六体に囲まれても負けはしない。
前方から違和感の様な物を感じ、意識をを前方に向ける。
隠しきれていない敵意な様な物を感じた。
「…偵察も無しか…来たぞ」
「ジョナサンは俺にドーンと任せろ!」
「俺も多少は戦えるって言っただろう…まぁ、本職には到底及ばないが」
「先に行って殲滅してくる」
大鎌を構え直すと、ジョナサンの声を無視して奥に直進する。
「獲物だ!」
「自分から突っ込んできやがった!」
真っ直ぐに進むと感知していなかった場所から、盗賊が姿を現す。どうやら気配を隠すスキルを持っている奴がいやがる。
「『ダークランス』『パラライズエッジ』!」
咄嗟に魔法を使って距離を取ると大鎌で止めを刺す。
スキルのレベルが低く、感知できなかった数を加えても、盗賊の数はそう多くはない。
「ギぃ!」
大鎌を短く振るい細かくダメージを与えて行く。
「てめェ!?」
大声を出して威圧しようと試みたのか、俺から見たら隙だらけだ。
「『ダークランス』!」
「う…あ」
盗賊の男は光になって消失する。
「残り…二人。少し遠いか?」
残りの盗賊を始末するために駆け出した。
盗賊の実力は予想通りのNPC盗賊のソレだった。
「終わったぞ」
ジョナサンと合流を果たした俺は、二人に状況の終了を告げる。
「んじぁ、進むか」
「怪我は?」
「あの程度の奴らなら問題ないな。だが、いちいち戦っていると時間が掛るのがな…」
戦闘は問題ない、ネックになるのは時間である。
必要なクエストだと解っているのだが、早く終わらせてレベル上げに行きたいのである。リスポーンの件があるから切実だ。
「森を抜けちまえば、アーロックは直ぐに見えてくる。移動再開だ」
焦れたようなドーンの声に、ジョナサンと二人で頷き移動を再開した。
「…この森には、ウルフはいないのか?」
「一応はいるぞ。ただ最近は盗賊が増えた所為で、森のモンスターが淘汰されたんだろうな。まぁ、警戒しておいて損はないと思うぜ」
確かにと頷く。
その後も雑談を続けながら、襲い掛かる盗賊を下して森の中を進む。
いつの間にそんな数の敵を相手にしていたのか、各スキルレベルが上昇していた。
名前 ジン
性別 男
種族 夜郷族Lv15
職業 死霊使いLv15
HP 136
MP 119
筋力 26+15(41)
体力 25+19(44)
器用 26+9(35)
精神 28+9(37)
知力 30+7(37)
俊敏 26+3(29)
運 27
種族ポイント 0
スキルポイント 36
グリモワール 収録の魔導書 (グロノス)
武器1 フィルカーズ・サイス
武器2 ピーターの杖
頭
胴 クランブルアーマー
腕 グランブルガントレット
腰 旅人のポーチ
足 グランブルレガース
靴 旅人の靴
アクセサリー 旅人のマント
アクセサリー 地竜の腕輪
アクセサリー
所持金 12870コル
スキル
武器スキル 【大鎌術Lv8】【杖術Lv3】
魔法スキル 【風魔法Lv5】【土魔法Lv5】【闇魔法Lv9】【呪魔法Lv5】
【下僕召喚Lv8】【召喚魔法Lv4】
生産スキル 【鍛冶Lv3】【木工Lv2】【調薬Lv1】【皮革Lv1】
【調理Lv1】【道具Lv1】
補助スキル 【魔書術Lv8】【採取Lv1】【採掘Lv1】【伐採Lv1】
【鑑定Lv3】【識別Lv4】【召喚Lv2】【罠Lv2】
【幸運Lv3】【剛力Lv3】【巧みLv3】【速足Lv3】
【気配察知Lv4】【魔力察知Lv2】
固有スキル 【有形無形Lv4】
称号『始原の魔道』『絶望を乗り越えし者』『ゴブリンキラー』『漫才師の勲章』
収録の魔導書
名称 グロノス
階級 第86中階位
タイプ 万能
能力 【コレクションカードLv4】【カード化】【魔物図鑑】【解体】
【召喚魔法】【販売】
「…ふーむ」
スキルのレベルが上がったのは、正直嬉しい。森の中では召喚系のスキルは使っていなかったからレベルそのまま。【闇魔法】のレベルが9なので、次のレベルアップが凄く楽しみだ。そして久々に【大鎌術】が上がったし、【気配察知】もグングン伸びている。
問題は種族固定スキル【有形無形】だ。これは戦闘中に攻撃を受けると極低確率で発動するスキル。このスキルのレベルが上昇しているという事は、いずこからか攻撃を受けた事実を示している。
これが晴天の砂漠だったならと考えるとゾッとする。今は森の中が薄暗いお陰で何とか戦えているとも言える。今日が曇りで本当に良かった。
「森に入って二時間って所か…そろそろ真ん中辺りだな」
ステータスと睨めっこしているとジョナサンが、小さく呟いた。
「真ん中?」
「ああ、森を抜けるのに半日なんて言ったが、それは移動時間に加え休憩やモンスターとかと戦う時間を入れた場合なんだよ。今回の面子は体力があるから休憩はしてないし、盗賊やモンスターはジンが先行して殲滅してるから、対処に必要な時間が短くて済んでる」
「ああ」
そんなに短時間で済むなら、学校を休む必要なかったのか?
まぁ、レベル上げもしたいから無駄ではないか。
「俺は、付き添って歩いているだけだから暇だな。だが今にデデーンっと出番が来る」
不安な響きのセリフについ口を開く。
「忙しくなると?」
「あー、ジンは知らないか?」
俺の何気ない質問に、ジョナサンは意外だっと言った様子で口を開いた。
「ここの森の主……オーガだよ」
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