第102話 強さを求める者
どれ程の技術的進歩をなし得たとしても、一定以上の若者はこう呼ばれる。
『不良』—―と。
都内のとある裏路地で一人の高校生を中心に、同じ制服に袖そでを通した若い男たちがボロボロと言う表現を伴って地面の上で呻き声を上げていた。
「て…テメェ…絶対に…ゔ」
「黙ってろ…カスが!」
恨み言を発しようとしている口を足技で、無理やり止める。
—―物足りない。
彼は力を求めていた。
始めの内は、子供の良く抱く憧れだった。テレビで放映されていたヒーロー、三国志を含めた英雄譚のヒストリー、創作された文字が紡いだストーリー。
この世界は少年が夢見るのに容易く、大人たちが現実を突き付ける。
曰く「無意味だ」と。
「けっ、下らねぇ」
男が暴れる事に特別な意味はない。ただイラつき、ただ殴るのである。
「見つけたぞ…
「ああ゛?」
最後にまともに名前を呼ばれたのは、何時の事だっただろうか?
「ゴフッ!」
「もっと強くなってから、出直しやがれ!」
「ち、ちくしょ…」
水島を見たら道を開けろ、不良たちの間ですら彼に不用意に手を出す輩はいない。やってくるのは駆け出しの名を上げようとするバカだけだ。故に彼の強さへの渇望とも呼べる衝動は、潤う事はなかった。
♪
「バイト?」
「そうですアニィ、何でもゲームしてるだけで金が貰えるそうで!」
水島をアニィと呼ぶ小柄な男は、以前カツアゲに合っている所を助けた隣のクラスに在籍する高校生である。強い物に巻かれようとする典型的な小物だが、水島と一対一で会話できる数少ない人物である。
「例のVRシステムを開発した研究所からの求人で、ゲーム中の行動で発生する脳波を測定したいとか書かれてました。良く分かんないっすけど…研究所の中でゲームしてれば良いみたいっす」
「ゲームなぁ…何で俺を誘うよ」
簡単な作業でおいしいバイトというのは、今の話で理解できた。だがこの水島という男は特別ゲームが好きな訳でも無ければ、得意でもない。現代人の嗜み程度に触った事があるだけだ。
「アニィは、どうせ暇でしょうに」
「む…」
取り巻きのいう事は、正しかった。ここ最近は水島の噂に尾ひれが付いたのか、近寄る不良所か町から姿を消していた。
バカな雑魚との殴り合いは退屈ではあったが、相手が居なくなれば暇になった。
「このゲームはVRらしいですから、全力で相手を殴っても問題ないですし」
「ん?」
水島の耳がビクッと反応する。
「全力か…」
「レベル制のVRMMOって話です。PvPはまだみたいですけど…時間の問題ッ」
取り巻きの話を遮るように水島が立ち上がる。
「暇なのは確かだしな。…申し込みだけしておくか」
「はいっす!」
このアルバイトを受けたいと名乗り出る人数の事を考えると、採用される確率はかなり低い。だが水島にとって誰かと何かをする事は、新鮮で少し嬉しいと感じるものだった。
♪♪
「すいませんっす。アニィ」
「まぁ、しょうがねぇよ」
当選した水島が、落選した取り巻きを慰める。
そもそも募集員が二名のみだったこともあり、一人でも採用されたのは奇跡な確率である。片方が当選しただけでも類稀なる幸運であると言える。
「アニィ、第二次生産の時は予約して買いますから…先に進んで待っててくださいっす」
「おお、やる気だな。俺はゲームは得意じゃないが、お前が来た時に手伝える様にはなって置く」
「アニィ!」
彼自身ゲームの内容を詳しく聞いているわけでは無いので、長く続けていれば手伝える事も有るだろうとの算段である。
取り巻きが帰り、今日はこのまま研究所の中で詳しい説明を受ける事になった。
「お名前を此方の台帳に記入してください」
「わかった」
彼のアルバイト雇用者である国立脳科学研究所では、こうして研究の被験者になるか職員にでもならなければ、基本的に立ち入りを許可されない。
面倒だとも思ったが、騒ぎ立てる様な事でもないので名前を記入する。
「はい、『
受付の案内を受けて廊下を進む。
塵一つ無い廊下を歩いていると、まるで病院みたいだなっと水島は感じた。
実際には病院よりも清潔度は、確実に上である。研究所では清掃員の立ち入りすら禁止されている為、研究所の清掃は全てコンピュータ制御で賄われている。世間に公開されていない最新鋭のお掃除ロボットが数百体存在し、コンピューターが掃除をする場所や時間を管理している。
「此方の部屋でお待ちください」
案内された部屋は、真っ白な壁以外特に目立つ物はない。椅子や机が用意されているが、それは何処にでもある物だ。
椅子に座ってボーっと待っていると、同じ受付に案内されて見知った顔が入室して来た。
「あら?」
「む?」
「貴方がゲームに興味があったなんて意外ね…水島くん?」
「ふん、唯の暇潰しだ。…森本こそどうしてここに」
「調べ物をしていたら、この研究所に行き着いたのよ」
ドヤ顔でそんなことを言って来るが、やっている事はストーカーである。この女がクラスメイトの藤堂を追いかけているのは、学校でも有名な話だ。本人は誰にも気付かれていないと思っているようだが、気付いていないのは、追いかけられている藤堂だけだ。
しかし、藤堂を追いかけているこの女が此処に居る以上、今回の件が藤堂絡みなのは間違いないだろう。そして、もう一人の当選者が水島のクラスメイトである森本であったので、今回のアルバイトの当選にも何か理由があるのだろうと考えられる。
もっとも選ぶのは研究所の職員の仕事なので、理由があるのは当たり前なのだが。
推理を組み立ててみた所で現実が変わる訳でもない。面倒になったので、思考を放棄した。
「待たせて悪かったね。システムの接続に時間を取られた」
気が付かない内に白衣を着た中年の男が、室内に入った来ていた。口調から察するに受付の人が言っていた主任であろう。
「私が君たちの上司になる主任研究員の藤堂だ」
「「藤堂?」」
俺と森本が同時に疑問を口にする。
「ああ、君達のクラスメイトである藤堂仁の父親でもある」
「ええ!?」
「ふん」
二人の反応は其々違った物だったが、驚いている事は二人に共通していた。
「ああ、息子のクラスメイトだから採用したと思っているね?」
「い、いえ。別にそんな事は…」
森本は慌てたように否定するが。
「その通りだ」
「…」
藤堂の親父が、余りにも堂々と宣言した事に因って沈黙した。
「えー」
「まぁ、これには研究的にも理由があるけどね。特に君たち自身に影響がある話でもないから、気にしないで良いよ。それから私と話す時は、無理に敬語を使う必要はないよ。下手に緊張されると採取するデータが変わってきちゃうからね」
「はぁ…」
「俺としては、元々敬語は苦手なんで助かるけどな」
ボソッと小声で呟く。
「そうそう、そんな感じて頼むよ」
「あの~今日は説明だけなんですかね?」
まだ硬さが抜けていない森本が、バイトの仕事について質問を始めた。
「ああ、そうだ。アルバイトの開始は来月の始めにするから、今回は自己紹介と簡単な説明だけ。と言っても二人はクラスメイトで知り合いだ。ゲーム的な自己紹介をお願いしよう」
「ゲーム的…ですか?」
ゲームに疎い俺からすれば、ゲーム的になどと言われても何も浮かんでこない。
「そうだな…じゃあ例になる様に私から。私の名前は藤堂秀臣。君たちがこれから始める『グリモワール・オンライン』では、妻と一緒に農業をしている。キャラクターの名前は、カタカナで『ヒデオミ』職業は農家だ」
改めて自己紹介を始めたと思ったら、藤堂主任はゲームの中にいる自分の自己紹介を始めた。
「あの…私達キャラメイク前なんですが…」
「名前は付けたいキャラクター名、職業は種族に因っても変わってくるから省いて、君たち二人がこの『グリモワール・オンライン』でどんな生き方がしたいかを考えてみて欲しい」
どう生きたいか…か。
「俺は…俺の名前は水島弘明。名前に拘りは無いから、キャラクター名はカタカナで『ヒロ』だ。俺はとにかく全力で戦いたい」
「うんうん、戦闘職だね。オンラインゲームでは、基本の職業の一つだ」
藤堂主任は、納得する様に頷く。
「うーん、私は特に戦いたい訳じゃないし」
「別に今確定する事じゃない、取り合えずやりたい事でも良いんだ」
「じ、じゃあ」
森本がおずおずと手を上げるとゲーム的な自己紹介とやらを始めた。
「私の名前は、森本美空。キャラクターの名前は、カタカナで『クウ』です。私は釣りがしたいです!」
「なるほど、由緒趣味プレイと呼ばれるプレイスタイルだね?」
私と一緒だっと主任の顔に微笑みが浮かぶ。
「趣味に戦闘、大いに結構。君たちの仕事はゲームをする事だからね。つまらない風にプレイするのも、全力でエンジョイするのも君たちの自由だ。但し…」
「「但し?」」
「キャラデットには、ならない様にして欲しい」
「キャラデット?」
死ぬなっという事だろうか?
普通ゲームのキャラクターが死ぬと振り出しに戻ったり、課金アイテムを要求される物だが。
「キャラデットは、文字通りキャラクターの死だ。キャラクターデータが削除される事を意味する。キャラクターのデータが消されるとデータを採取している『アライン』との接続が切れる。つまり君たちの仕事が、唯のお遊びに変わるという事だ。新しくキャラクターを作っても良いけど、その時は新しく接続を…っとまぁ、新しく始めるのに時間が掛るという事だ」
二人からのジト目を受けて、主任は話を簡単にまとめる。
「それじゃあ、この後はオンラインゲームの簡単な常識と、やってもらう『グリモワール・オンライン』の説明を簡単にさせてもらう」
「はい」
「わかった」
藤堂主任の説明は一時間程で終わり、その後解散となった。
主任にクラスメイトである藤堂の事を聞かれたが、余り話した事が無いと話を区切って帰宅した。森本は何やら楽しそうに話をしていたみたいだが、興味がなかったのでスルーした。主任からは「息子もプレイしているから、会う事があったら仲良くしてやって欲しい」と父親らしい事を言っていた。
とにかくゲーム開始は来月 (と言っても一週間後だが)までは、いつも通りの生活が待っている。
暇潰しには、丁度良い。
柄にもなくゲームを楽しみにしている自分がいるのを可笑しく思いながら、その日は眠りに着いた。
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