第103話 森の中で

「ハァ、面倒だな」


 月が輝く夜の最中、一人の冒険者が愚痴をこぼしていた。


「昼間に戦えれば楽なんだがなぁ」


 森の中で蠢く人影は、視界の悪い森の中で面倒だとボヤキ続ける。


「また敵か…魔装化」


 森の中では扱いにくい筈の大鎌を縦横無尽に振るい、次々と襲い掛かるコウモリ型のモンスターを切り伏せて行く。


「お前たちは木の採取に専念しろ!」


 冒険者かれの言葉に反応する様に人影が動く。どうやら彼の目的は、木材の確保にあるようだった。


 ダメージを受ける事もなく無事に敵を倒し終えた所に、上擦った叫び声が森に響いた。


「厄介事か…まぁ、行く訳なんだが」


 召喚していたスケルトンと切り倒したピーターの木を回収すると、声の聞こえた方向へ凄まじいスピードで移動を開始する。


 常にフードを深々と被りその手に大鎌を持つ異様な人影は、同業者である冒険者達から死神のジンと呼ばれた。


 悲鳴の聞こえた場所に急行すると、コウモリを相手に少年が長剣を振り回している。


「うわぁぁあ、来るなぁ!?」


「パニックになってんなぁ…」


 剣道を習っているクラスメイトが、昔教室でこんなことを言っていた。「素人が振り回す竹刀は危ない。まだエアガンの方が安全だ」っと。


 何を伝えたいのかといえば、振り回している剣のお蔭で下手に助けに行けないのだ。しかもパニックに陥っている。無理に手を出すと横取り行為になり、不用意に声を掛ければ剣の振りが止まってモンスターに攻撃を受けそうだ。


「…面倒な」


 ここは久々にコイツを使う事にしよう。


召喚コール、盗賊」


 最近出番が滅多になかったカードを使った召喚。ちなみに召喚した盗賊は、マップ上でランダムに出現する要討伐対象のモンスターである。なぜ要討伐対象なのかと言われれば、ドロップ品が美味しい換金アイテムだからである。クエストに討伐依頼が出ている事もあるのだが、それはそれは人気である。


「ヒッ、てっ敵!?」


「違うから安心しろ。…お前ら蹴散らせ」


 人型モンスターの厄介なところは、その環境適正の高さだろう。両手が使える事で道具を持ち作り出せ、両足が有る事である程度のバランス調整と移動速度を併せ持つ。


 特化していない故の凡庸性。人間が地球上で王様気取りに生活圏を広げる訳である。


「あれは…蜂か?」


 もしかしたら、前にβのダンジョンに居たクイーンズビー関連のモンスターかもしれない。


「えっはっほぇ?」


 一瞬で戦況が次々と変化する。


 助けに入ったプレイヤーは状況が認識できていないのか、間抜けな声をあげている。


「ウインドカッター」


 チュートリアルで使って以来、殆ど出番のない風魔法を発動させて盗賊の援護に努める。夜の森にいるため特別HPの心配をする必要は無いが、念の為である。


「弟子にしてください!」


「は?」


 学生の身分では中々見る機会が無いほどの綺麗な一礼を披露しながら、目の前のプレイヤーは何か物凄く面倒な要求をしている様な気がしてならない。


「あ、ボクはリーオンって言うっス。種族は小柄なビット族っス」


「いや、種族は見れば分かる。種類が多い獣人族は聞かないと分からないこともあるが、ビット族は見たまんまだ」


 因みにビット族は、メモリの単位から来ている。容量が少ないっという意味では無く、ビット単位まで丁寧にが合言葉の生産向けの種族だ。


「師匠、ボクを鍛えて欲しいっス!」


 なんかすごいキラキラした目で見られている。いや、それよりもその舌足らずな口調は、地なのか演技なのか?


「断る」


「そんな!」


 いくらβからのプレイヤーでも、まだまだ手探り状態なのだ。人に教えるにしても教えた結果に確証を持てないのが現状だ。検証班なんてこのゲームにはいないし、第二陣で来ることを願おう。


「ん…よし。還っていいぞ」


 放置していたゴブリンゾンビ達が、木材を集め終えていた。AIが凄いのか、必要な個数を伝えて於くと勝手に作業を行ってくれる。ただし、ある程度は召喚したプレイヤーが近くにいなければならない。


 許容範囲以上にモンスターから離れると、モンスターは勝手に消滅する。これは召喚した全てのモンスターに適用される。そうしないと放置ゲーになるから仕方ないのだ。


「師匠お願いします!」


「断る」


 縋り付こうとするリーオンに背を向けて、面白みの無さそうな面倒事はごめんと歩き出す。


「いっ」


「ひぁ!」


「見えないっス…」


 俺の後ろで何が起きているんだ?


「師匠~どこっすか~?」


「…」


 夜森に来ていて灯りを携帯した様子が見られなかったから、てっきり【夜目】とか【暗視】スキルを持っていると思っていたのだが、もしかして無いのか?


「お前…」


「あ、師匠!」


 嬉しそうな声を上げて駆けよって来るリーオン。うん、なんか子供に懐かれた駄菓子屋の叔父さんの気分だ。


「お前は【暗視】とか、周りが暗闇でも周囲を確認できるようなスキルを何も持ってないのか?」


「スキルってなんスか!?」


 おい、マジか…。


「チュートリアルを受けなかったのか?」


「友達が早く一緒にやりたいから、チュートリアルなんてスキップしろって言ってたっス!」


 同じタイミングでゲームをプレイするユーザーに有りがちな罠だな。新作のオンラインゲームが出るたびに仲間内で集まって、遊んでるから似たようなチュートリアルをスキップするんだけど、それは似たようなであって別物とか。


「その友達は?」


「森に入ったとたんに消えたっス!」


 外から強制ログアウトにあったのか、それとも嫌がらせか。


「それは…あーGMコールはやっといてやる。とにかく今はスキル取りな」


「スキル…あ何か出たっス!」


「取る前にスキルの内容を確認するんだぞ?」 


「ハイっス!」


 俺は、その間にGMにメールを送る。コールだとリーオンが後で面倒事に巻き込まれそうだ。


 恐らく友達とはリアルの友達を指しているはず、リーオンが学校でイジメを受けているのなら名指しで≪プレイヤー名『リーオン』に対する迷惑行為を確認しました。ペナルティっとして~≫となれば火に油を注ぐ事になる。


 外部から対応できるとしたら、他プレイヤーに対する迷惑行為っと表記して貰わないといけない。場合によっては、イジメは命に関わる。


「とりあえず【暗視】取ったら、周りが見えるようになったス!」


 人に言われるがままスキルを取るのは関心しないが、恐らく【暗視】スキルは必須スキルになると俺は見ている。夜、洞窟、廃墟、海底、砂漠と町にあるような街灯がどこにでも設置されている訳がないのだ。そんな中で戦闘が始まれば、松明やらランタンを持って、戦う余裕があるだろうか。特にソロで冒険をするには必須である思われる。複数人で挑むなら魔法でも何でも灯りを確保できるだろうが、街の外ではMPは貴重であり、できる限り節約したい筈だ。


 俺の種族である夜郷族は夜を故郷に持つ設定の種族である為に、スキルを持っていなくとも暗闇は昼間と同じようにクッキリと見える。


「お前…リーオンは武器は?」


「剣っス!」


「なら剣術スキルも取って…初期装備の剣が有るって事は、買い物はしたのか?」


「友達に貰ったっス!」


 何だか予想が噛み合わないが、イジメでは無く強制ログアウトの方なのだろうか?


「まぁ、良いか。剣を使うなら【剣術】スキル必須として、片手剣なら盾…は装備の方が無いか…。なら【気配察知】はあって損をするはないだろう」


 【気配察知】は俺も【魔力察知】と共にスキルを取得している。


気配察知 種別:補助 パッシブ

 周囲の気配に敏感になる。


魔力察知 種別:補助 パッシブ

 周囲の魔力に敏感になる。


 キャラビルドは、本人の意向が大事なので当り障りのない助言しかできない。


「了解っス!」


「どんなキャラに育てたいかが分からないからな。一先ずここまでだ」


 ん、何だ運営からのメール?


 未成年者の保護に対する感謝って、俺も未成年なんだが。


「あれ?」


「あー、運営が別部屋で事情を聴くそうだ。なんとか保護法の管轄範囲だから、法的に問題ないらしいが」


 実際の年齢は分からないが、素直すぎる幼い印象を受けた。高校生がこの時間までゲームしてるのは褒められた事じゃないが、そこは自己責任だ。これが小学生低学年位だと、親の監督責任で最悪を想定すると虐待まで行く事がある。


 不穏な違和感に気が付いたら、国の施設に連絡するのが国民の義務…にあった様な気がする。


「んじゃ、話聞いてもらいなよ。俺はもう寝るから」


「はい、師匠!」


 思わぬ事態に遭遇したが、家の材料は集まった。


 家が完成すれば、毎回ログアウトするのに町に戻る必要もなくなる。


「転移系アイテムでもあれば楽なんだがな…」


 次の街は鉱石加工が盛んだって話だから、魔法関連は望み薄である。そして恐らく転移は、魔法関連。


 月も顔を出さない深い夜に大鎌を背負った一人のプレイヤーが吐いた息が、空しく木霊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る