第3話 不親切がデフォルト

 暗転から明転、目の前には美しい石畳が一面に敷き詰められている。ついでとばかりにメニュー画面の端っこに設けられた行動ログを確認する。


≪ログインしました≫


≪始まりの街に入りました≫


 マップの名称から察する限り、初期開始地点に間違いはなさそうだ。バグで知らない場所に飛ばされたりしなくてホントに良かった。


「ジン?」


 名前を呼ばれて声のした方へと視線を向ける。そこにはどこか温かみを感じる顔が、不安げに首を傾げていた。


「姉さん?」


 このゲーム内では初めて会うことになる姉。ゲーム内での姿は、現実の姿と大きく乖離するほどは変わってはいない。自慢の長い髪の色が黒から薄紫に変わり、また同じ黒い目の色が空色に変わっている。


 これで家での雑な態度と外に出たら声が萎む人見知りが無ければ、さぞ異性にモテた事だろう。


 姉は割と残念な所もあるが、黙って眺めている分には十二分に美人で通る容姿をしている。今も多くのプレイヤーが、姉さんの方へとチラチラと視線を向けている。妹の楓も美少女と呼ばれる部類だけに、引っ越しをする前は近所でも美人姉妹と評判だった事だろう。


 そんな姉妹二人に挟まれていたせいか、俺はよく女顔と言われる。自分ではそんな認識では無いのだが、せめて中性的と言って欲しいものだ。


「…取りあえず、フレンド。送る…ね」


≪プレイヤー「ナナ」がフレンド認証を求めています許可しますか?YES/NO≫


 考えるまでもなくYESを選択する。


≪プレイヤー「ナナ」をフレンドに登録しました≫


「…それとパーティ」


≪プレイヤー「ナナ」からパーティ申請が来ています参加しますか?YES/NO≫


≪パーティに参加しました≫


「それでこれからどうするの?」


 チュートリアルもなかったから、何をどうしたらいいのか見当もつかない。


「私も予想外だった。ここまで、だとは…」


 事前にいていた姉の話では『グリモワール・オンライン』のスタッフは、このゲームとは別に開発したゲームでも、プレイヤーに対して厳しいらしく。なんでもリアリティの追求がゲームの進化には必要なんだとか。


 つまりは彼らが言いたい事は、現実にチュートリアルなんかありませんよと言う。お前、それオンラインゲームで言えんの?な運営なのである。まぁ、単にチュートリアルの完成が、βテストに間に合わなかっただけかも知れない。


 時間はゲーム内で一時間進めば、現実でも一時間進んでいる。時間の価値は現実と同じなのである。


「で、魔道書はどこだ?」


 キャラクター制作が終了時点で自分の魔道書が手に入っている筈なのだが、手元にも体にも体の何所を見てみても魔道書らしき物は見つからない。


「ジン…ステータス」


 ステータスと言えば、ステータスにグリモワールの枠があったな。



名前  ジン

性別  男

Lv 1

HP  30

MP  50

筋力  10

体力  10

器用  20

精神  15

知力  15

俊敏  5

運   5

ボーナスポイント 0



グリモワール 収集のグリモワール


装備     なし


所持金    2000コル


スキル    【鑑定Lv1】


称号     なし



 ステータスを開くと、収集のグリモワールと書かれた部分がある事に気が付く。


「あったけど、どうやって使うんだろうか?」


 姉に顔を向けると首を小さく横に振った。


「分からない。説明…ない」


 そう言って周りを見渡してみたが、あちらこちらにいるプレイヤーの中にも魔道書らしきもを手にしている人影は見えない。


 それ以前に全員が何も装備していない様だ。誤解がないように言っておくが全裸っということではない、味気ないデフォルト外見なだけである。


「うーん、ここにいても進展しないし、街中を見物がてら歩いてみるか…」


「ん…賛同する」


 しかし、マップも無いというのは不便だと思う。まぁ、恐らくスキルか道具が必要なのだろう。


 ふと姉さんのスキルを聞いていなかったのを思い出した。


「姉さんは、初期スキル何にした?」


「ん…氷魔術」


「…俺の選択肢にそんなのなかったんだけど…」


 剣術に感知、隠蔽と鑑定ときて最後に採取。うん、そんなものは無かった。


「たぶん…グリモワールと一緒。個人ごとに選択肢が違う?」


 そうなると最初のボーナスポイントの割り振りでも、初期スキルの選択肢が変わっている気がする。


 まぁ、ここは普通に差別化をはかった結果だろう。


「で…初めてのVRゲーム…どう?」


 逸れはじめていた意識が、姉さんの声によって引き戻される。


 そういえば初めてのVRゲームだったな。


 姉さんの姿が余り変わっていなかったものだから、気にしてもいなかった。


 改めて周りを見渡すと自分が降り立った石畳しか街を見ていなかった事に気が付いた。最初に降り立った石畳の場所は、どうやら広場のようで中央から前後左右に道が伸びている。石と木の組み合った中世風の建築物に人が出入りしている、恐らく彼らがこのゲームのNPC達なのだろう。


「なるほど、異世界だな」


 俺の言葉を聞き満足そうに頷く。


「ん、装備…買に行こ?」 


 こうして俺の『グリモワール・オンライン』が始まった。

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