後編

 振り向くとそこには、右手が斧になっていて、壊れたガスマスクを付けた男が立っていた。かなり筋肉質だ。月明かりが、まるでスポットライトが当たっているように見えた。


 明るくはないはずなのに…。


「マジかよ…」

「逃げるぞ、ビリー!」


 先に犠牲になったのは、ビリーだった。トレードマークだったモヒカンは崩れ去り、夜の冷たい草と土の上に横たわっていた。

「ビリー!」


 叫んだものの、それ以上はどうにもならない。マーティンはとにかく必死で逃げた。


 まだへたり込んでいたマリナとマーガレット。彼女たちはすぐに、追われているマーティンと、追いかけてくる男に気づいた。

 しかし逃げようとした時には遅く、2人の首は胴体から離された。


 マーティンの息は荒くなっていた。斧の男と、友人たちの無残な姿。どうあがいても、発狂するしか道はない状況。それでも、マーティンの心は必死に正気を保とうとした。

 逃げれないと悟ったマーティンは、立ち向かうことを決めた。


 絞め殺せるかもしれないと、大男の頭に飛び掛かった。


 アリサは、いつの間にか寝てしまっていた。送り届けたのが1時半くらいだったので、1時間以上寝てしまっていた。薄っすらとした意識の中だったが、激しく車が揺さぶられていることに気づいた。それは彼女が起こされた原因でもあった。

「アリサ!アリサ!開けてくれ!早く!」

 運転席のドアや窓を必死に叩く、血まみれの男。アリサは当然狂乱状態となってしまった。男から目を背け、運転席の中でなんとかうずくまった。それでも叩き続ける男。


 しかし、アリサははっとした。聞き覚えのある声だと。しかもよく聞くと、自分の名前も呼んでいる。勇気を振り絞り、真偽を確かめた。

「マ、マーティン…?」

「ああ、そうだ、マーティンだ!開けて!」


 恐る恐る開けると、確かにマーティン・エインだった。全身に刃物で切り付けられたような跡があり、血はそこから流れていた。

「警察呼んで!俺のは壊された!」

「それに…」

 震えながら、アリサは通報した。しかしうまくしゃべれず、マーティンが代わった。手が斧の男、4人の犠牲者のことを話した。アリサは友人たちの事実を聞き、泣き崩れた。


 ピーターとジェイムズは、固い表情のまま、ことの顛末に聞き入った。動き出したのは、ジェイムズだった。

「その後は?」

「ちょうどうっすら日が昇った頃にね」

「警察が来たんですが、血痕しか見つからなかった」

「…男は?」

「奴も見当たらず。おかげで、俺が散々疑われましたよ。アリサがいなかったら、今頃塀の中だったかも」

「そういえば、その彼女は今?」


 マーティンはそっと指差した。そこには、白いスーツとドレスを身にまとった、マーティンとアリサの写真が飾ってあった。

「…あの出来事で良かったことと言えば、アリサと結ばれたことくらいだ」

「もっとも今は、夫よりもゴスペルに夢中だけどね」

 マーティンは初めて、その白い歯を見せた。一瞬ではあったが。


 マーティンは座り直し、2人をまじまじと見つめる。

「今も、古傷は痛む…」

 マーティンは右手で、首をさする。

「あなた方には、このことを世間に伝えてほしい。俺とアリサは今でも、彼らを見つけたいと思ってます。ちゃんと…」

「きちんと、見送りたいとも。だから、あの赤い木には行ってほしくないのだが」

「…俺たちも見つけたいんだ、マーティン」

 マーティンは少し頷いただけで、それ以上は何もリアクションしなかった。


 エイン邸を発ち、2人は夜を待つため、赤い木の方向へと向かった。

「本当に大丈夫か?ジェイムズ」

「大丈夫さ、ピーター。考えてもみろ」

「きっとやったのは彼らだ。だって、おかしいだろ?何でマーティンは無事だった?アリサだけ車にいた?共謀だろ、それって。それに、何で彼は首切られなかったんだよ」

「…不死身で自分でくっ付けた、とか?」

「バカなこと言うなよ。きっと彼の友人は木の下に眠ってるのさ。さぁスクープが俺たちを呼んでるぞ」


 夜になり、2人は赤い木が見える一番近い道路で、車を停めていた。

「なるほどね、たしかに夜でもわかる」

 赤い葉っぱが、夜風に揺れる。辺り一帯は静寂だ。


 2人はさらに車を木に近づける。そして車から降り、撮影カメラと諸々の道具を取り出す。

「さて、スコップは持ったかね?ドルフ君」

「こうなったら、とことん付き合うよ」


 マーティンの話とほぼ同じ状況だ。深夜1時過ぎ。綺麗な月夜。木の下を掘り起こす男たち。

 ジェイムズはお気に入りの曲を口ずさんでいる。けっこう掘ったものの、何も出ない。

 諦めかけたその時、ピーターが叫ぶ。

「おい!ジェイムズ!」

 ジェイムズは作業を中断し、ピーターのところへ向かう。ピーターは止まっていたが、ジェイムズはスムーズに、ピーターの掘り起こしたものを、次々と取り出した。

「やっぱりな…」


 4人の頭蓋骨。4人。そう、マーティンの話だ。ということは、やはりマーティンとアリサの仕業だと、ジェイムズは確信した。


 いや、していた。


 いつのまにか2人の前方にいた、右手が斧で屈強な、壊れたガスマスクの男を見るまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンダー・ザ・レッドツリー 堂壱舎 @donoichisha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ