俺は幼馴染に虐げられている。だが俺の可愛がりスキルが高すぎて手も足も出ないらしい

蘭童凛々

第1話

 突然だが、俺ーーー樋山滝時ひやまたきじには幼馴染の少女がいる。



 文武両道、容姿端麗。

明るく愛想もよく、周りからの評判も良い。

勉強、スポーツ、容姿、性格と全てにおいて完璧と言わざるを得ない。


 そんな完璧な少女は、やはり人気があり凄まじくモテる。

誰にでも笑顔で愛想を振り撒くものだから、「もしかして俺に気があるんじゃね?」という勘違いを引き起こした男子が日々、大量生産されていく。

 毎日登校し、下校するまで告白ラッシュが止まらない。通勤ラッシュの満員電車のように。

学校では最も共に行動する事が多い俺には、何とも傍迷惑なラッシュアワーだが。


 そんな事は置いておいて。

これが俺のテンプレのような幼馴染。



ーーー鈴峰風維すずみねふい



 対して俺は、勉強も並、スポーツも容姿も並みと、これといった特徴もなく学校でも目立たない存在だ。

容姿に関しては、身長180㎝と高いがボサボサの髪で常に顔を隠している事もあり、気持ち悪いという評価すら頂く始末だ。

 なので当然、モテない。

モテるモテない以前に、そもそも女子との接点もない。

それ所か、同性の友達と呼べる者すら居ない。


 だが、それがそうなった経緯は上記で述べた幼馴染が関係しているのだが、それはまた別の話。

周りから気持ち悪がられている為、俺に話しかけようと思う者がいないという事もあるが。



 そんな対照的な2人が何故よく行動を共にするのかと言われたら、それが幼馴染だからだ。

その言葉で全てが丸く収まる。気がする。


 とはいえ、昔からこうも差があった訳ではない。

小学生の頃なんかは俺も明るく友達も多く、クラスの中心にいる、そんな存在だった。

よくご近所のおば様方からも「2人は本当お似合いねえ」なんて言われていたくらいだ。


 あの頃は幼馴染テンプレに漏れず、今以上に行動を共にし、互いに将来を誓い合ったりもした。


 それが中学になり、次第に幼馴染の態度が変化していき、高校生2年生となった今では関係がガラリと変わった。



 そして今日も今日とて、下校時刻になると先回りし、校門の前で仁王立ちで待ち構える少女がいた。


 怒りと苛立ちを表情に浮かべながら。



「遅い鈍臭い。このノロマ」


「貴方如きゴミ虫が至高の存在たるこの私を2分も待たすなんて、遂に頭にまでゴミが詰まったのかしら」


「塵芥ちりあくたの様な無価値な存在で、この私と一緒に下校出来るだけでも奇跡のような事なの」


「学校が終われば何に置いても、先ず私の元に駆けつけなければならないわ」


「頭にまでゴミの詰まったゴミ虫にはそれすらも理解できないのかしら」



 俺の姿を見つけた少女が、早口で捲し立てる。

さらには、特に今日は機嫌が悪い様子だ。


 何はともあれ、早口で捲し立てられた言葉でこの少女と俺の関係性は理解して頂けた筈だ。





 俺は幼馴染に虐げられていた。





「いつまでぼけっと突っ立っているつもりかしら」


「遅れただけでも極刑は免れられないというのに、貴方はまだ罪を重ねるというのね」


「今日こそは許さないわ」


「でもそうね。申し開きがあるなら言ってみなさい」


「聖女の様な慈悲深さで、遺言くらいは聞いてあげてもいいわ」



 この幼馴染は何故か俺にだけ、日頃から罵詈雑言を浴びせ、精神的苦痛を与えてくる。


 理由はわかっているのだが。


 取り敢えず、もう長い事このような関係を続けているので、例えどれだけ腹が立とうとも、言い返すべきではない事は重々理解している。

言い返したものならば、それが何倍にもなって返ってくる。


 この様な場合の言葉は、決まっていた。



 少女の怒りと苛立ちを沈め、更には機嫌を上昇させる、そんな言葉。

















「ああ、ごめんな」


「今日一日、いやもう出会ってからずっと風維の可愛らしい姿が頭から離れなくて辛かったんだ。」


「何をするにも風維の事を考えてしまって、気がついたらこんな時間になってた」


「何て俺は馬鹿なんだ。こんな可愛い風維を待たせるなんて」



 先程の少女のように、早口で捲し立てる。


 俺の言葉で、少女と俺の関係性を先程よりも理解した筈だ。



 そう、俺は少女を死ぬほど可愛がっている。




「いや、それにしても今日も一段と可愛い」


「本当可愛い。ねえ、何でそんな可愛いの?何でこんな可愛い子がここにいるの?」


「あ、俺を待っててくれたのか。こんな可愛い風維が俺の為に待っててくれるなんて、俺は何て幸せ者なんだ」


「駄目だ、やっぱり風維の事しか考えられん。済まない、風維」


「謝っても許されないかもしれないが、どうかこんな俺を許してはくれないか?」




「ーーーーっ!?!?」



 先程までの怒りと苛立ちで表情を滲ませた少女の姿はなかった。


 変わりにそこには、次第に羞恥、喜び、愛しさなどの感情が隠しきれず顔を真っ赤にして、頬を緩ませた少女の姿があった。


 このような場合の少女の言葉は、決まっていた。



 嬉しさが隠しきれない、愛情が溢れ出る、そんな言葉。
















「‥‥‥‥‥‥はぃ。許しましゅ」



 こうしていつもの様に、俺と少女は肩を並べて帰り道を歩いて行く。


 心地の良い静けさの中。

俺は微笑ましく少女を眺めながら。

少女は真っ赤な顔で恥ずかしげに俯き、それでも時たま顔が見たくて、ちらちらと視線を俺に向けながら。




 これ、俺の幼馴染なんだぜ。可愛いだろ?





◇◇◇





「はぁぁぁぁ」



 ドスッ。

ベットに飛び乗ると、ため息と共にそんな音が聞こえた。



 私ーーー鈴峰風維には、幼馴染がいる。



 それはそれはもう、本当に素敵な幼馴染が。

少年とは小学生の時に知り合い、その時の少年は誰よりも輝いていた。

勉強も出来て、スポーツも万能、更には顔もカッコよくて性格も最高。


 いつも周りの中心に居て、笑顔で誰とでも接する少年に、幼馴染でありながら憧れを頂き、誰とでも仲良の良い少年に少しばかり複雑な想いも抱いたりもしていた。


 その複雑な想いは、中学に上がる頃には自分でも制御出来ない程に肥大していった。



 髪を整える事を禁じた。

顔を髪で隠すようにさせた。

学校では誰とも喋らず仲良くするなと言った。

勉強でも運動でもあまり目立たないように命じた。



 次第に膨らんで行く嫉妬心が、少年の行動を制限するようになっていく。


 このままではいけない。

このままだと、いつか彼は私の元から離れていく。

少年を縛ってはいけない。虐げてはいけない。


 理解しているのに、私の嫉妬心がそれを許してはくれない。


 根は明るい少年の事だから、本当は皆と仲良くしたいはずなのに。

本当はテストでもいい成績を取って、スポーツでは大いに活躍して。

クラスの中心で、誰からも好かれて面白おかしく過ごして。


 そう自由で充実した学校生活を送りたい筈だ。

少年にはそれだけの魅力がある。人を惹きつける。

私はそれを誰よりも理解していた。



「だけど」



 一軒家の二階にある自室で1人、ぼそっと呟く。

そう、だけどだ。


 少年は私のそんな醜い嫉妬心を、尽く受け入れてくれる。


 ふと、今日の校門での出来事が頭に浮かぶ。



「ーーーんっ!?!?」



 私は言葉にならない声を上げる。

恥ずかしかった。

下校時刻になってすぐの事だったので、そこまで生徒はいなかったが、それでも何人かには変な顔で見られていた。気がする。



「‥‥‥だけど、今日も可愛いって言われたよー!」



 私は嬉しさを抑えきれず叫んでしまう。

少年は、私が罵詈雑言を浴びせると、決まってひらすら私を褒めて甘やして可愛がってくる。

いつもの事ではあるけれど、私は少年の誉め殺しのような言葉を、いい意味で慣れないでいた。

どれだけ回数を重ねようとも、嬉しいものは嬉しいのだ。



「あぁぁぁーーー!今日の滝くんもかっこよかった!いつもかっこいいけど、今日は一段と素敵だったよー!何であんなにかっこいいの?ねえ、何で?駄目だ、もう滝くんの事しか考えられない。頭の中が滝くんでいっぱいだよー!!!」



 ベットにある枕に頭を打ちつけながら、狂った様に叫ぶ。



「風維!うるさいわよ。少し静かにしなさい」


「あ、は、はーい。ごめんなさいママー」



 私の奇声、もとい喜声に、1階からママの苦情の声が入る。

私はそれ以降、声を上げないように気をつける。



 だけど、やっぱり頭の中では滝くん滝くんと、かっこいい素敵な幼馴染の事でいっぱいだった。


 いつかは、虐げないで素直になりたい。

正直に好きな気持ちを伝えたい。



「えへへ」



 だけど、今は幼馴染との今日の出来事で、幸せなまま包まれていたい。




 そんな事を考えながら、私は嬉しさのあまり枕に顔を埋めた。





◇◇◇





 俺は帰宅すると、すぐさま一軒家の二階の自室へ篭った。


 この時間は、ここに居なければならない。

その理由があった。



『‥‥‥だけど、今日も可愛いって言われたよー!』



 いつもの様に静かに耳を澄ましていると、その様な喜びをかくそうともしない叫び声が聞こえてきた。


 その声は聞き覚えのある声だ。

俺が聞き間違える事はないと断言できる。


 これは風維の声だ。



「ぐへへ」



 俺は頬を緩ませ、気持ちの悪い声を上げる。

だけど、これは仕方のない事だ。


 俺の家と風維の家は隣同士だ。

しかも、異常に家同士の境が狭い。

少し肥えた猫ならばその隙間を通れないだろうと言うほどに。


 そして、俺の部屋と風維の部屋は真向かいなのだ。

壁が薄いのもあるのかもしれないが、お互い少し大きな声を上げれば、すぐに聞こえてしまう。

なので、普段からこの様な叫び声をあげる事が多い風維の声は、いつも俺の耳に届いていた。

俺もとい、俺の家族は大声を上げる事は基本ないので、風維は気づいていないのだろう。


 風維は、俺との出来事や感情などをよく叫ぶ。



 だから俺は知っていた。

普段、俺に罵詈雑言を浴びせる風維の姿は、嫉妬心からきたものだと。



 本当は俺の事が大好きで大好きで堪らないという事を。



 だから俺はどれだけ縛られようとも、罵詈雑言を浴びせられようとも耐えられる。

むしろ、嫉妬心からきているのだと思えば嬉しくて嬉しくて堪らない。


 何せ、俺も風維が大好きだから。



『あぁぁぁーーー!今日の滝くんもかっこよかった!いつもかっこいいけど、今日は一段と素敵だったよー!何であんなにかっこいいの?ねえ、何で?駄目だ、もう滝くんの事しか考えられない。頭の中が滝くんでいっぱいだよー!!!』



 再び、風維の叫び声が聞こえて来る。



「ぐへへへへへへ」



 その内容に、俺は再び頬を緩ませずにはいられなかった。



 ずるいとは思う。卑怯だろう。

いつかは、正直に話して、普通の恋人同士の関係になりたい。



「ぐへへ」



 だけど、今は幼馴染の本心に包まれて、幸せなひと時を過ごしていたい。




 そんな事を考えながら、俺は嬉しさのあまり枕に強く抱きついた。




◇◇◇



 平日の朝。

そろそろ登校しなければという時間。



「ふん、相変わらず朝から辛気臭い顔してるわね。あまり寄らないでくれる?ゴミが移るから」


「おお、おはよう風維!まさか待っててくれてたのか?それにしても相変わらず朝から可愛いな。それと本当に可愛い。今日も朝っぱらから風維の可愛らしい姿が見れて俺は幸せだ!」


「ーーーっ!?‥‥‥あ、ありがとうごまいましゅっ」




 午前の授業が終わり、昼休み。



「早く屋上に行って昼食をたべるわよ。何をモタモタしてるの。ノロマね。本当に貴方は無価値なゴミだわ」


「ごめんよ、風維。今日も風維の可愛らしい顔を眺めながら飯を食えるかと思うと、俺は何て幸せなんだと感動に打ちひしがれていた」


「ーーーっ!?‥‥‥は、早くいきましゅ」




 そして、下校時刻の帰り道。



「ね、ねぇ。貴方は私が嫌にならないの?私も、少しだけ、ほんの少しだけね。いつも酷いことを貴方に言っていると思うの。なのに、何で貴方は私から離れていかないの?」


「?そんなのいつも言ってるだろ?風維がいつも可愛くて、大好きだからだよ。俺はどんな風維でも一緒に居られるだけで幸せなんだ。だから、離れろって言われても絶対、離れないからな?」


「ーーーっ!?‥‥‥わ、私も大好き」


「ん?ごめん、風維。声が小さくて聞き取れなかった。何ていったんだ?」



 2人は今日も、帰り道を歩いていく。

少年は、何を言われたか分からず訝しげに。


 少女は、飛び切りの笑顔で少年に振り返り



「何でもない!」




 これは俺を虐げて一人占めしたい幼馴染と、既に幼馴染しか眼中にない可愛がりスキルの高い俺の




 そんな物語。




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俺は幼馴染に虐げられている。だが俺の可愛がりスキルが高すぎて手も足も出ないらしい 蘭童凛々 @kt0222

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