第十三章 ヘタレ教育制度改革

第一話 制服問題


 発端は秋の収穫祭を二週間後に控えた領主会議での議題だった。



「貴族の留学生の間で問題が起きている?」


「ええ、トーマさん。校則では必要以上に華美な服装を禁じているだけですので」



 その会議の議題として、学園長兼教育担当官である婆さんの挙げた議題によると、最近学園内でラインブルク王国から留学してきている貴族の子弟が問題を起こしているようだ。

 ちなみに婆さんは俺との結婚前にエリナと養子縁組をしたので、公式では俺の義母でもあるのだが、新任の担当官なので領主会議の場では、サクラとともに末席に位置している。

 閣下と呼ぶのだけは俺が拒否したので、公的な場でもトーマさんと呼ぶのはそのためだ。


 婆さんの用意した書類にざっと目を通すと、どうやら貴族の子弟間で、どれだけ高価な制服を着るかということでマウントを取り合っていて、最近それが顕著になってきたらしい。



「書類には書いてないけど、昨日、魔法石をふんだんにあしらった頭のおかしい制服が盗まれたという騒ぎが起こったって聞いたけど」


「従者にクリーニングに出すように言っておいたのを忘れていたようです。先ほど無事に解決しましたよ」


「クリーニングって、そんな高価な服をクリーニングしてくれる店なんてファルケンブルクにはないだろ」


「ええ、ですので結局従者が洗ったようです」


「それにしても従者まで連れてきてるのか」


「高位貴族ともなると身の回りの世話をずっと任せきりでひとりでできない子もいますから」



 書類を読み進めていくと、その貴族の子弟が連れてきた従者の学園の施設の無断使用も問題になっているとも書いてあった。



「子どもの様子を見に来た父兄が宿泊する部屋を用意してあるけど、今はそこに従者が住んでいるのかよ」


「すみませんトーマさん。何度も従者には帰国頂くように要請はしているのですが……」



 そのため、周辺領から寮生の両親が子どもの様子を見るためにファルケンブルクに来ても、父兄のための宿泊施設を占拠している貴族の世話係に追い出されてしまうらしい。

 代わりとして無償でリゾートホテルへ宿泊してもらったので却って喜ばれたらしいんだが。



「よし、今からその従者連中を追い出すぞ。あとちわっこにも『これ以上問題を起こすようなら留学拒否する』と連絡しておくように」


「トーマさん、今からですか?」


「今からだ。あと制服はもう学園支給のものだけにするわ。アホくさいし」


「ですが……」



 現在のイザベラ学園ファルケンブルク校には一応だが制服がある。まともな服を用意できない家庭が多かったしな。孤児もいるし。

 なので一応見た目を合わせた服を大量に用意してそれを着回せるように複数枚同じ服を渡していたのだが、それがなんとなく制服と化していたのだ。

 庶民が着るには少しだけ贅沢、という程度のレベルなので、それを着たくない場合は個人で用意するのを許可してある。華美な服は駄目という程度の規定しか設けてなかったのはうかつだった。

 貴族としてはこの程度の装飾は華美ではないと言い張られたら、婆さんでは何も言えなくなってしまうだろう。

 学園長としての権限もどこまで通用するかあいまいなままだったのだ。



「婆さん、こういうことはさっさとやらないと駄目だ。来年度からは留学生枠も一気に増えるしな」


「それはわかりますが……」


「身の回りのことくらい自分自身でできないようなのも問題だしな。寄付金の額を増やせば個室を用意するってのも今思えば良くなかったわ」


「義務教育化で学園の運営資金は常に困窮してますからね」


「個室は全部潰して相部屋か大部屋にしよう。共同生活を通じて得るものもあるだろうし、個室だからこそ従者を連れ込んでも今まで発覚しなかったわけだしな」


「……トーマさん、でしたらその部屋は貴族と平民で構成してはどうでしょうか?」


「婆さんの意図するところはわかるけど、問題が出そうだな……」



 たしかに婆さんの言いたいことはわかる。

 お互いがどういう生活をしているか、そしてどういう思考をしているかを理解するには、寝起きを共にして同じ釜の飯を食うのが一番手っ取り早い。

 平民は日々の生活自体が大変な家庭もあれば、貴族だって困窮している家もあるし、高位貴族でも様々な義務や領地経営など気苦労が絶えない家が大半だ。

 領民から搾取だけして豪奢な生活をするような家は、ここ最近のちわっこの改革によってほぼ一掃されているって話だし、ファルケンブルクに留学に出されるということはそれなりに真面目な貴族家の出身だろうしな。

 貴族ゆえの性質か、制服の件で問題は起こしたけども。



「来年以降の留学生枠の増加で、生徒の比率で言えば貴族ひとりに対して平民十人から二十人程度と予想されます。ですので各部屋には貴族ひとり、残りは平民という部屋割りにしてみるのも良いかもしれません」


「滅茶苦茶反発されそうだな」


「建前上としては、領民を統治するために実際に平民と生活をするということでどうでしょうか?」


「うーん、上下関係を持ち込むのはな。一応学園内では貴族と平民で差はつけないようにしてるし」


「そこは厳しく監視します」


「まあ今はまだ学生も少ないし、来年度以降に向けてとりあえずやってみるか。個室から追い出すのは今日からだし」


「わかりました。どうしても共同生活に馴染めないような子は個室を使わせますが」


「それはしょうがないから任せる」


「はい」


「で、制服をどうするかな。あまりしょぼい服を貴族に強制するのもな」


「服飾部に試作させましょうか?」


「そういや部活をさせようって話になった時にできた部活動だっけか」


「服飾部はクリスさんが顧問をされてますが、結構な人数が所属していますからね。色々なデザインを提出させてその中で決めてもいいかもしれません」



 クリス自身は裁縫などできないのだが、デザインセンスはあるし、仲のいいアンナが母親が裁縫の仕事をしていた関係で自身も得意ということもあり、顧問として誘われたという経緯がある。

 そしてクリスは生徒からやたらと慕われているので部員数がかなり多いのだ。

 他には貴族の子弟が持ち込んだ馬を飼育しつつ馬術の練習も行う馬術部や、クレアが顧問の料理部、シルが顧問の野球部など多種多様な部活動が行われている。俺にも把握しきれていないほどだ。

 実験期間ということで好きにさせているが、その内淘汰されるだろうな。部活動は強制じゃないから授業が終わったらそのまま帰ればいいのに、わざわざ帰宅部を作ったアホもいるし。


 そういやエリナもエマが学園に通うようになったら部活動でもしようかなとか言ってたな。俺との狩りが無い日限定で。



「服飾部の作った制服が正式採用になれば自信にもつながるだろうしな。良いんじゃないか?」


「ではクリスさんに伝えておきますね」


「生徒には無償提供するのが大前提だからコストも大事だぞ」


「はい。それに加えて貴族が着ても違和感のないデザインですね」


「だな。じゃあ早速その勘違いしている貴族連中を個室から追い出しに行くか。ついでに学園長は学園内においてファルケンブルク領主と同等の権限を持つと宣言しないと」


「トーマさんそれは少し行きすぎなのでは」


「貴族の子弟とはいえ、俺の伯爵位よりも高位の貴族も今後は迎えなきゃならないしな。儀礼称号で侯爵位を持つ生徒もいるかもしれないし」



 ラインブルク王国の爵位制度では、儀礼称号というものが存在する。それは過去にその家が叙爵した爵位を子息が名乗ることであり、例えばある伯爵家で過去に叙爵された子爵位を嫡男に名乗らせたりするのだ。

 男爵位を持つ家が子爵に陞爵しょうしゃくした場合、その者は今後は新しい爵位を名乗るのだが、それまでに所有していた爵位は消滅はしない。

 なので嫡子に男爵位を名乗らせるのだ。

 もちろん貴族としての義務は発生しないというか親が行っているので、名前と格式だけの爵位。つまり儀礼称号と言われるのだ。


 ファルケンブルク領を『正当な手続き』で継承した俺にも、子息や血縁者に与えられる子爵位があったりするのだが、そんな慣習には従うつもりは無いのでスルーだ。

 なので手続きさえすれば実子のエマはズィークス子爵を名乗れるのだ。そんな気は全くないが。



「たしかに建前上は身分の上下は学園内には存在しないと言っても難しいでしょうね」


「だからファルケンブルク伯爵と同等の権限を持たせないとな。それでもその上になる王族とか相手には難しいだろうが、まあちわっこが頑張っている間は問題ないだろうし」


「そのあたりの調整も必要ですね」


「まあそれも実験だ実験。来年度からはもっと色々な問題が出てくるだろうし、今のうちに解決できるものはしておきたい」


「わかりました」


「じゃあ行くぞ」



 ファルケンブルクの首脳陣を連れて、早速その問題を起こした貴族の元へ向かうことにする。

 聞けばその貴族は子爵の儀礼称号持ちとのことなので、俺が行けばまあ解決するだろう。

 糞みたいな身分制度だが、せいぜい利用させてもらう。

 せめて学園内だけでも、今後はこういった問題を起こさないようにしないとな。



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※ 陞爵(しょうしゃく) 爵位が上がること。昇爵とも。

※ 叙爵(じょしゃく) 爵位を授与されること。


同時連載しております小説家になろう版では、十一章の水着イラスト、十三章の制服イラストをはじめ200枚近い枚数の挿絵が掲載されてます。

九章以降はほぼ毎話挿絵を掲載しておりますので、是非小説家になろう版もご覧いただければと思います。

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