第二十八話 因果な習性


「「ピー! ヘタレ!」」


「この駄鳥め、調子に乗るなよ」


「「ピーピー!」」



 ヘタレヘタレと繰り返して俺を罵倒するヤマトとムサシを捕まえようと手を伸ばすが、ひらりと華麗に羽ばたいて俺の伸ばした手を躱す。

 風縛なんかの魔法を使って捕らえようかと思ったが、常に俺の手が届きそうな位置をひらひらと飛んでいるため、放出系の魔法は近距離過ぎて使えないし、といって近接武器を振り回したらミコトとエマが泣く未来しか見えないので使用不可だ。

 狙ってやってるとしたらなかなか狡猾だなこいつら。


 ふんぬ! ふんぬ! と俺の周囲を飛び回るヤマトとムサシを捕まえようと必死になっていると「パパ! やめて!」「やまととむさしをいじめるぱぱきらい!」と娘ふたりに言われてしまう。



「……そろそろ昼だし、昼飯買ってくる」


「お兄ちゃん……」


「兄さま……」



 ミコトとエマの頭の上で勝利の雄たけび代わりなのか「「ピー!」」と勝ち誇っている。が、ミコトとエマに「ヤマトもパパとケンカしちゃだめ!」「むさしもだよ!」と怒られてしょんぼりしていた。ざまあ。

 エリナたちにベンチで待っていてもらい、俺は軽食販売所に向かい昼飯を調達しに行く。



「いらっしゃいませ。ファルケンブルク官営軽食販売所魔導公園支店へようこそ……ってお客さんまたですか……」



 訝しむ店員をスルーして、販売所のカウンターに置かれたメニュー表に、新登場! という煽り文とともに、でかでかと『ちょっと贅沢なおにぎりセット 銅貨五十枚』というのを発見した俺は、迷わずそれをチョイスする。

 解像度の低い写真のような、イラストが描かれたそのおにぎりセットのおにぎりには、まだ贅沢品と言える海苔が巻かれていたからだ。

 海苔で巻かれたおにぎり三個に、から揚げ二個、ウインナー二本、ゆで卵ひとつと一人前にしては少し多めだろうか。

 おにぎりの具は、高菜、牛肉のそぼろ煮、鳥マヨ、とこちらも贅沢だ。

 これでドリンクもセットで付いて日本円換算で一人前約五百円なのだから、ちょっと贅沢どころか割とリーズナブルなんじゃないだろうか?

 海苔を巻いてない上に、具も少し質素なおにぎりセットが約三百五十円だから、それに比べたら少し高いとは思うが。

 もっと交易を増やして、安く流通すれば領民も助かるなと思いながら早速注文をする。



「すみません、この『ちょっと贅沢なおにぎりセット』を五人前、いや七人前ください。飲み物は全部オレンジジュースで」


「はい、銅貨三百五十枚です。あの……大丈夫ですか?」



 『ちょっと贅沢なおにぎりセット』を注文した俺の顔を見て店員が憐れむように声をかけてくる。



「何でもないです。はいこれ銅貨三百五十枚ね」


「また滅茶苦茶泣いてるじゃないですか……」



 トレーの上におにぎりとおかずの入った箱と、タンブラーに注がれたオレンジジュースを乗せ、店員が俺に声をかけながらカウンターに置く。



「どうも」


「食べ終わった容器と飲み終わったタンブラーはこちらへお持ちくださいね。あと何か辛いことがあったら相談してくださいね」


「大丈夫。ありがとう」



 七人前の昼飯が乗せられた大きいトレーを慎重に運びながらエリナたちの待つベンチへ向かう。店から離れるときに店員に背中越しに「頑張ってください」とか言われたけどよくわからん。


 エリナたちの座るベンチの上にトレーを置くと、ミコトとエマが俺に声をかけてくる。



「パパ! ヤマトがごめんなさいだって!」


「むさしもぱぱにごめんなさいだって!」



 ミコトとエマの言葉と同時に、ヤマトとムサシがバササと俺の肩に飛び移り、「「ピーピー」」と少しローテンションで鳴く。



「そか、俺も悪かったな。ヤマト、ムサシ」


「「ピッピ!」」


「お前らの分も買ってきたからミコトとエマに食べさせてもらえ」


「「ピッピ! ピッピ!」」


「あ、ほんとだ! おべんとうななこもあるよ!」


「やまととむさしのぶんだね!」



 それぞれ弁当を受け取り、ベンチに腰掛けてふたを開け、早速食べ始める。



「兄さま、海苔が巻かれているおにぎりなんて随分高級感がありますね」


「まあ最近は海苔も市場に流れだしたしな。官営商店だから普及するまでは赤字で出せるメリットもあるし」



 早速クレアのお値段チェックが始まったので、思ったよりは安く買えたアピールをしておく。

 うちでやってる朝と昼の弁当販売でもおにぎりは扱っているが、海苔はまだコストが高いと導入を見送っているのだ。

 だっておにぎり一個銅貨七枚で売ってるんだぜ? 具は鶏からをほぐしたマヨ和えとか比較的高級なものを使っているにもかかわらずだ。しかもでかいし。

 うちのおにぎりと比較したら流石に官営商店と言えどもコスト的には勝てないだろうな。

 米の値段も年々下がってるし、海苔も流通が始まったが、価格を維持したままおにぎりに海苔を巻けるのはもう少しかかるだろう。

 うちの店は庶民でも手が出やすいようにまず価格ありきだからな。



「具はささみをほぐしてマヨと和えた鳥マヨですね、牛肉のしぐれ煮や高菜はうちでも出してますが、このお店のおにぎりはかなり美味しいと思います。お米も飲食店のみに安く流通している多収穫米のイージーコメイージーゴーではなくファルケンブルクコシヒカリですし」



 ぶつぶつとクレアの食材チェックも始まったのでそっとしておく。



「ヤマトはい!」


「むさし! たまごやきだよ!」


「「ピッピ!」」



 ミコトとエマはヤマトとムサシの分の弁当からおにぎりやらおかずを器用に箸で掴んでヤマトとムサシに与えている。

 ついヤマトとムサシ用にそれぞれ一人前を買ってしまったが普通に全部食べそうだなこいつら。

 ちょっと食べてはタンブラーに飛び移ってタンブラーに顔を突っ込んでオレンジジュースを飲んでるし。

 下の方になったらストローとか使って普通に飲みそうで怖い。



「トーマ! 待たせたの!」



 ヤマトとムサシの非常識さを眺めながら、久々に海苔の巻かれたおにぎりを堪能していると、メイドさんに呼ばれた爺さんがやってきた。



「爺さん、こいつらって喋るのか?」



 俺の横にどかっと座り、ちゃっかり俺のおにぎりに手を出してきた爺さんに問いかける。



「もう喋ったのか」


「爺さんは昨日『賢いと言っても言葉をしゃべるわけじゃない』とか言ってなかったっけ?」


「そうじゃの、コミュニケーションとしての言葉ではないからの」



 おにぎりをあっという間に食べ終わった爺さんは、続けて俺の弁当箱から鶏からに手を出しながら言う。



「どういうことだ?」


「フェニックスはの、その群れのリーダー的存在の人間の意識の中から、その人間の資質を読み取ってその者を呼ぶ性質があるのじゃ」


「? つまり?」


「『王』とか『支配者』という感じかの。市民登録証の機能であるじゃろ? 深層意識を意味も理解しないまま読み上げるじゃし、フェニックス的には善意も悪意も無いんじゃが」


「それで俺は『ヘタレ』なのか」


「太古の時代はそれでよかったんじゃ。『勇気ある者』『英雄』と称えることによって人間側もメリットを享受できるわけだしの」


「まあ、神秘的な生き物がそのリーダーを特別扱いすれば権威付けにもなるか」


「じゃの。なので人間側もフェニックスを大事にしておったのじゃが……」



 最後のおにぎりに手を出してくる爺さん。もうめんどくさいので、弁当箱をそのまま爺さんの方へ寄せながら爺さんに問う。



「じゃが?」


「リーダーの資質の問題じゃの。いつしか『簒奪者』『暴君』などと呼ばれる人間が出てくるようになっての」


「なるほど、それで追い出されたと」


「じゃの」



 話が一通り終わると、爺さんは俺が渡した弁当箱を抱えて残りのおかずを一気に口に入れる。

 なんでいつもそんなに腹を減らしてるんだ。まさか食費まで研究費に回してるわけじゃないだろうな?



「そか。インコや九官鳥みたいなものと思っていれば腹も立たないか」


「じゃがのトーマよ」


「ん?」


「逆に考えてみれば、フェニックスの認めたリーダーは本物じゃと言うことじゃぞ」


「まあそうだな。偽善者みたいなのはバラされるわけだし」


「うむ。まあせいぜいフェニックスから認められるように頑張るんじゃぞトーマよ」


「俺のヘタレはもうこびりついてて取れないらしいぞ……」



 食事を終えたのか、ミコトとエマはきゃっきゃとヤマトとムサシと遊び始める。

 因果な習性のせいで人間の住む場所から追われたフェニックスね。

 とりあえず人間に危害を加えたりする危険な存在だから追い出されたとかじゃなくて安心した。


 まあミコトとエマが可愛がってるし、ヘタレ呼ばわりはこれからもされるだろうけど。

 フェニックスにとっても住みやすい世界を作らなくいけなくなったな。



―――――――――――――――――――――――――――――――――


【あとがき】


茶山大地です。

いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。


これにて十二章は終了です。

次回更新より、学園を中心とした第十三章が始まります。

「ヘタレ転移者」を引き続き応援よろしくお願い致します!

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