第十話 卵を温めよう
卵がうちに来てからというもの、ミコトとエマがつきっきりで温めるようになった。
毎朝三人目が検卵をし、泣きながら朝食を食べて帰るのも新たな日課に加わったのだが。
「ママありがとう!」
「くれあままありがとー!」
「どういたしましてミコトちゃんエマちゃん」
毎日卵を手で持って温めるのは大変だろうと、クレアがふたりのために、卵を入れて温めるためのポケットを備え付けたエプロンを作ったのだ。
それでも食事などで手を使うときこそポケットにしまっているが、手が空くとすぐに両手で温め始めるほどの熱の入れようだ。
「ぱぱ! あかちゃんどれくらいでうまれるのかなあ?」
「一ヶ月くらいなんじゃないかって言ってたぞ」
「いっかげつかー」
「エマちゃん、こうたいするね!」
「うん! みこねーおねがいね!」
「まかせて!」
「パパも温めたいなー」
「「だめ!」」
時間を決めているのか、しょっちゅうふたりで交代し合っている。そして俺には卵を預けてくれない。
エリナやクレアには預けたりするのに……。
「はやくうまれてほしいねみこねー」
「そうだねエマちゃん」
こうしてふたりはエリナやクレアがふたりにしている勉強の時間などもしっかりこなしつつ、自由時間のほとんどを使って卵を温めている。
「なあミコト、エマ。名前はもう決めてあるのか?」
「えっとね、『ヤマト』か『ムサシ』にしようってエマちゃんときめてあるの!」
「えっ、旧日本海軍の?」
「きゅーにほんかいぐん? よくわかんないけどかわいいなって! ね、エマちゃん!」
「うん、みこねー!」
「可愛いか? かっこいいとは思うけど」
「「かわいいよ!」」
「まあふたりが決めたならいいんだけどな。でもどっちかに決めておかないと」
「ぱぱ! あかちゃんをみてからきめるんだよ!」
「そか」
まだ小さいのにちゃんと色々考えてるんだなー。
どこから知識を仕入れてるのかは気になるけどな。
「あー、ミコトちゃんエマちゃん。ただいまー」
「「おかえりみりねー」」
学園が終わったのか、通学組で最年少のミリィがリビングに入ってくる。
「ただいまーおにーさん」
「お帰りミリィ。おやつは厨房のいつもの場所な」
「ありがとーおにーさん。だいすきー」
「食い物関連以外でも絡んで来いよお前は」
「知らなーい」
ミリィはぽててーとおやつ(ラスク)を取りに厨房に向かう。相変わらずせわしない。
「ミコトちゃんとエマちゃんもそろそろおやつの時間にしますか?」
「「うん!」」
ふたりの返事を受けてクレアが微笑むと、ミリィの後を追って厨房に向かう。
「そういえばそいつの餌とかを聞いておかないとな」
「何をたべるのかなー」
「ぱんとかごはんかなー」
「きっとラスクだよー」
「「それはちがうとおもう」」
いつの間にかラスクが大量に入ったボウルを抱えて、早速何本か口に咥えているミリィが、アホなことを言ってミコトとエマに即座に突っ込まれる。
いやでもラスクは普通に食べると思うぞ。
シナモンパウダーや砂糖なんかを使ってないプレーンなラスクを粉上にしたやつだけど。
「エマちゃんあーん」
「あーん」
「エマちゃんおいしい?」
「うん!」
卵を温めているエマに、ミコトがラスクをあーんさせて食べさせている。
いままでもイチャイチャしていたが、卵が来て以来もうずっとイチャイチャしてる。
仲が良いのは微笑ましいんだが、これ将来、姉妹離れとかできるのかな。
「エマちゃん、こうたいね!」
「うん! みこねー!」
「たまごあったかいねー」
「はいみこねー! あーん」
「あーん」
もうずっとイチャイチャしっぱなしの娘を見ていると、リビングにガキんちょどもが一斉に入ってくる。
年長組の授業が終わったんだな。
「ミコトちゃんエマちゃん卵みせてー!」
「「うんいいよー」」
「いつ生まれるの?」
「ぱぱがあといっかげつだってー」
「一ヶ月かー。お手伝いできることがあったら言ってね!」
「ありがとー、にこらねー!」
ニコラも姉のハンナと仲が良いが、自分より年下の女の子がミリィしかいない上に、そのミリィが色々残念なせいか、今はミコトとエマを溺愛している。
お姉ちゃんできるのが嬉しくて仕方がないようだ。
ミコトもエマも凄く懐いてるしな。
「兄ちゃん!」
珍しくこんな早い時間に一号が帰宅してくる。
一号の職場は官営の鍛冶場なんだけど、ちゃんと出退勤の管理してるんだろうか?
「なんだ一号、今日は早いな」
「師匠がこれを作ったから持って行けって」
一号から渡された包みを開けると、くぼみが四個ほどついた丸い鉄板のようなものが出てくる。
たこ焼き器みたいな感じだ。
「なんだこれ」
「今、妹たちが卵を温めてるって言ったら師匠が作ってくれたんだ」
「鉄板で?」
「鍋に水を張ってこれに卵を乗せて煮るんだって」
「ゆで卵じゃねーか! 食いもんじゃねー!」
「あーやっぱり。俺もそうじゃないかなーって思ってた」
「卵を『孵す』ために温めてるんであって食べるためじゃないって伝えておけ。こんなもんふたりに見せたら泣くぞ!」
「うーん。でもまあ普段の料理に使ってくれよ。せっかく師匠が作ったんだし」
「まあそうだな。わかった」
というかもう飯を作らないと。
今日はガキんちょどもが早く帰ってきちゃったから、早めに用意しないと騒ぎそうだ。
◇
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
食事も風呂も終えて、ガキんちょどもがリビングでまったり過ごしている中、エリナが囁くような声で話しかけてくる。
「ん? ふたりとも寝ちゃったか?」
「うん。卵を少しの間お願いね。ふたりをベッドに寝かせてきちゃうから」
「わかった」
エリナから卵をそっと渡される。俺が唯一卵を温められる時間だ。
エリナがエマを、クレアがミコトを抱きかかえ、部屋まで連れて行く。
ふたりは眠ってしまう直前まで卵を温めてるからな。
ここから先は俺とエリナとクレアの番だ。
明日、ミコトとエマが目覚めるまでしっかり世話しておかないとな。
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