第九話 義務教育


「いやー、クレア様の作る弁当は最高だな!」


「最近の弁当販売所はクレア様の匂いがついてないんだよな。別人が作ってるのかな?」


「……」


「バルトロ?」


「おいどうした?」


「……」


「「バルトロー! 帰ってこい!」」


「……おおう! 危うく昇天するところじゃったわい」


「本当に死にかけるやつがいるか」


「しかしバルトロよ。お前そのまま昇天したほうが良かったかも知れないぞ? あの怖い奥さんから逃げられたのに」


「しまった……つい生き返ってしもーた」



 食後のコントを繰り広げるいつものメンバー。

 あと二人目の嗅覚がヤバいな。販売してる弁当を、今はもう俺やクレアが作ってないのを匂いで見抜きやがった。

 まあ聞かれても黙ってるけど。



「はいはい、遊んでないで会議の続きをするぞ」


「「「はっ!」」」



 弛緩した空気が一気に引き締まる。

 仕事はまじめにやるんだよなこいつら。



「でだ、午後は俺の肝煎りの案件なんだが。アイリーン」


「はっ」



 俺の言葉を受けたアイリーンは、女官に目配せをして書類を配らせる。



「学園に特別課程を設けるのですか……」



 アイリーンに作らせた書類を見た誰かがそう呟く。



「そうだ。以前から音楽や絵画といった芸術系の教育をしたいと考えていたが、試験的に始めた芸術系の講義はエルフ族の協力で順調に進んでいる」


「あのヒキニートのエルフ族が……」


「それに加えて情操教育のために、動物の飼育も考えているんだが」


「閣下」


「おう」



 三人目が挙手をするので発言を許可する。珍しいなと思ったが、畜産担当官だからな、動物は専門分野か。



「兎や鶏、豚など家畜などであればノウハウを持つ者も多く、また畜産業界への就職にも有利になると思いますぞい」


「俺もそのあたりは考えていた。ただ、屠殺して食べるまでは考えていないんだが」


「そこはおいおい考えればいいと思いますじゃ。あとは、な軍事教練を基本にした体育の講義も増やすとありますので馬なんかはどうですじゃ?」


「馬か。育った馬は乗馬の練習に活用しても良いし、軍馬として軍に納入しても良いしな。わかった、その方向で進めてくれ」


「わかりましたじゃ」


「閣下」


「ん」



 軍事も関わってくる話題になると、アイリーンが三人目との会話をさえぎって発言を求めてくるので許可を出す。



「貴族の子弟は、騎士団への入団を目的とする者が多いため、乗馬は魔法科で必修課程にしようと計画をしておりました。飼育まで行うのであれば、貴族の子弟の場合、自身専用の馬を持ち込むのを許可したいと思います。無論飼葉代などの世話賃は出させる方向で」


「多めに徴収して学園の予算に回すこともできるか」


「御意」


「あとはプールを作って水泳なんかも教えたい。泳ぐ技術は覚えておいて損は無いしな」


「かしこまりました」


「あとは、十二歳から専門課程を取り入れるので、各部門から専門課程での講義を行う講師を出してもらいたい」



 現在、学園では六歳以上のファルケンブルク領の子どもに、無料で十五歳で就職するまでの間、教育を施している。

 孤児や貧困層から預かる六歳未満の子どもにも簡単な読み書きや計算なども教えていて、六歳を迎えるとそのまま学園に編入されるシステムだ。

 孤児院と託児所を兼ねた施設も学園寮と併設されているし、生活も共にしてるしな。


 初等教育では日本の義務教育のように広く浅い知識に加えて、魔法適性持ちの生徒には魔法技術を十五歳で就職するまで教育を施している。

 この世界で生きていくための、最低限の知識と技術を教えるという目的は一応達成してことになる。


 だがそれでは足りないのだ。

 十五歳で就職するという慣習自体は否定しないが、とにかく専門知識を吸収する機会がこの世界には少ない。

 なので十二歳までは初等教育を施し、十三歳以降からは得意分野に合わせた教育が必要なのだ。



「講師の派遣ですか」


「卒業前から青田刈りもできるし優秀な人材を取り込むチャンスだぞ。もちろん他部門と競合したら生徒本人の希望を優先させるが」


「なるほど、それでしたら各部門も優秀な講師を派遣せざるを得ませんね」


「あとは非常に不本意だが、人生の冒険者かハンターギルドあたりから、魔物狩りのスペシャリストを講師として派遣して貰うことになるかもしれん」


「魔物狩りに適性を持つ生徒がいて、将来そういう業種に就きたいと希望したら考えましょう」


「だな。あとはコュニケーションに問題がある子のための小教室や個別指導みたいな救済システムも必要だと思うんだが」


「そうですね。特に他領から受け入れた孤児にはそういったケースがあると聞いております」


「それに加えて、今までは希望制だった初等教育をファルケンブルクに住む子ども全てに適用する『義務教育』ということにしたい」


「『義務教育』ですか」


「まだまだ子どもを労働力として扱う貧困層は多いとの報告も上がってるしな。無料で教育して食事も与えると言っても学園に通学させたくない親も多いだろう。子どもも働かなければ生活できない家庭には一定額の補助をしてでも『義務教育』を浸透させたい。子が親から虐待されているケースもあるだろうしな」


「……かしこまりました。予算その他の試算はお任せください」



 少し考え込んだアイリーンが返事をする。

 ラインブルク王国や亜人国家連合より受け入れる留学生も踏まえて、現在は巨大な校舎の建築を計画しているが、想定される人数が増えることによって計画の変更も必要だろう。



「貴族や富豪みたいな、優秀な家庭教師を雇って教育するから学園には通わせないといったケースは除外するから、基本的には一般家庭と貧困層に向けた政策になるかな」


「そうですね、それでも魔法科の講義だけ受講したいという貴族は多そうですが、そういったケースも含めた対応も考慮してまとめておきます」


「めんどくさそうだし教育担当部門の新設も行うか。仮の担当官にはクリスあたりを兼任させてもいいが」


「イザベラ殿はどうでしょう?」


「婆さんか……。学園長という立場上、一番現状を把握できているかもな。聞いておく」


「はっ。よろしくお願いいたします」



 そのあとは各部門から意見をあげてもらい、アイリーンが総括して計画を練り直すということになり、会議は終了する。



「今日はこんなもんか。じゃあ解散」


「「「はっ!」」」



 全員が起立し俺に向かって頭を下げると、次々と退室していく。



「あ、そうだ三人目じゃなくてバルトロ」


「はいですじゃ」


「これクレアからお前にだと」



 マジックボックスからステーキ御膳弁当をふたつ渡す。



「おお!」


「昼に食ったステーキ御膳弁当の、米を減らして副菜を多くしたバージョンだと。女性向きに作ったから、家に帰って嫁さんと食っても良いし、家に帰る前に食っても良いし好きにしろ」


「クレアさまーーーーーー!」


「うるせー。明日以降も卵の件は頼んだからな」


「おまかせくださいですじゃ!」



 弁当を俺から受け取った三人目がダッシュで会議室から出ていく。

 家に持ち帰って鬼嫁に渡す可能性低そうだな……。

 城の執務室で二個とも全部食っちゃうんじゃね? まあ卵の世話に毎日来てくれる報酬としては安いから、あれだけ狂喜されると却って申し訳ないんだがな。



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