第八話 ステーキ御膳弁当


 一号は出勤し、婆さんやクリス、シル、マリア、エカテリーナ、ガキんちょどもが学校に行ったあとも、ひとりでおんおん泣きながら朝飯を食べ続けるファルケンブルク畜産担当官。

 エルフ姉妹は芸術担当の講師として

 畜産担当官ってファルケンブルクの畜産部門のトップだから大臣みたいなもんなんだが。領主会議に出席できる立場だし滅茶苦茶偉い人なんだぞこれでも。


 しかし、このあと領主会議の予定なんだが、こいつはいったいいつまで食ってるつもりなんだろうか。



「兄さま、表にバルトロさんのお迎えの方がいらっしゃってますが」


「バルトロって誰だ?」


「えっ、兄さま知らないのですか? 畜産担当のおじいさんですよ?」


「ああ、あいつバルトロっていう名前なのか。ずっと三人目って呼んでたわ」


「兄さま……」



 各部門長は、平民でも領内を馬車で移動する権利を持つのだ。

 だがたしか三人目は男爵位を持つ貴族だったような気がするんだが。

 って迎えが来てるんだったな、泣き止ませて迎えの人間に引き渡さないと。



「おい、もう泣くのはやめろ。城へ行く時間だろ? 俺より遅く入るわけにはいかないんだし、もう迎えが来ているぞ」


「……おお、申し訳ないですじゃ! では閣下、大変すばらしい朝食をごちそうさまですじゃ」


「お粗末様でした。食器はそのままで大丈夫ですからね」


「クレア様、お手数をお掛けしますじゃ。では失礼!」



 ぱたぱたと玄関へ向かう三人目。

 あいつが食べた今日の朝食の献立って弁当販売で売ってるのと変わらないんだけど。クレアお手製なのと量だけは滅茶苦茶あるから全く同じではないんだが。


 まあ喜んでくれたならいいかと、俺も領主会議に出席するために準備をする。

 今日は一人だし、魔導コースターは恥ずかしいから魔導キャンピングカーで登城するかな。



「兄さま、これお弁当です。何人前か多めに用意しましたから」



 三人目の食器を片付けてきたクレアが、テーブルの上に弁当箱を並べる。

 弁当箱より一回り小さい箱はおやつが入っているのだろう。



「ああ、ありがとうなクレア」


「いえいえ、頑張ってきてくださいね兄さま」


「パパ! がんばってね!」


「ぱぱ! がんばー!」


「ミコトもエマも卵を頼むな」


「「はーい!」」


「お兄ちゃんも頑張ってね!」


「ああ、行ってくるよ、エリナ、クレア、ミコト、エマ」


「「「いってらっしゃーい!」」」



 エリナたちに見送られて魔導キャンピングカーに乗りこむ。

 ひとりの移動にはでかすぎなんだよなこれ。ちわっこにあげた魔導ハイエースより一回りでかいし。

 といって馬に乗っていくと、馬糞回収員を引き連れていくことになるし、なんか悪い気がするんだよな。

 バギータイプを買うかなー。





 魔導キャンピングカーを門番に預けて入城し、会議室まで向かう。

 会議室に入ると同時に、全員が席を立って俺を迎え入れる。三人目は無事に間に合ったようだ。

 ちなみに新年度から食料担当官に昇進したサクラも末席に座っている。といってもまだ慣れていないので、副大臣というか、食料担当次官が隣に座りサポートしている状態だ。

 いつもニコニコしてるサクラだが、領主会議はまだ慣れないようでガチガチに緊張しているようだ。


 いつものお誕生日席に座り、会議の開始を宣言すると、アイリーンを除く全員が着席する。



「閣下、本日の議題ですが。まずは各担当官より報告をさせて頂きます」


「わかった」


「はっ。では財務担当官!」


「はっ! ご報告いたします!」



 領主代行と財務担当官を兼任していたアイリーンも、今年度より財務担当に後任を据え、領主代行と参謀総長の肩書のみになったのだ。

 次々と各部門から報告が上がる。

 手元に配られる資料からも、各部門で成果をあげていることがわかる。

 やはりクリスとアイリーンが選んだ連中は有能だな。軍関係の議題の時や、飯を食う姿からはとてもそうは見えないけど。



「しょ、食料担当部門からの報告ですっ!」



 サクラの番が回ってくる。

 たどたどしくも、食料担当次官から渡された報告書を読み上げながら報告を終える。



「開墾も灌漑も順調で、前年比より二百パーセント近い増産か……。素晴らしい成果だ。良くやったぞサクラ」


「は、はいっ! ありがとうございますっ! ごしゅ……閣下っ!」


「座って良いぞ」


「は、はいっ!」



 俺の許可を得て、がたたっと椅子に座るサクラ。

 そんなサクラを、まるで自分の娘の授業参観日のように見守る領主会議の参加者たち。

 なにこのほっこりした空気。



「閣下、報告は以上です」


「うん。各担当官の仕事は見事だ」


「「「はっ!」」」


「じゃあそろそろ昼飯休憩にするか」


「「「わーい!」」」



 昼食の時間だとわかると一気に周囲の空気が弛緩する。なんだわーいって……。



「閣下! 今日のメニューは何ですか⁉」


「おやつも気になるところです!」


「クレア様の朝食は最高でしたじゃ。昼もクレア様の作った食事とかもうワシ死んでもいいわい」


「なんだと! バルトロ貴様クレア様の朝食だと⁉」


「ふふふいいじゃろう! とても素晴らしい朝食じゃったわい」


「ぐぬぬ!」



 なんか始まったぞ……。

 まあアホは無視して、マジックボックスから弁当箱を取り出して、女官に配ってもらう。



「先日ブラックバッファローを狩ったんでな、ステーキ弁当をクレアが作ってくれたんだ」


「「「おおおおおおおおおお!」」」



 うるせーなこいつら。さっきまで有能だったのに。サクラまで感化されて大声出してるけど、お前はいつもクレアの飯食ってるだろ。


 女官が弁当と飲み物を配り終えたので早速食事にする。



「じゃあ食っていいぞ」


「「「いただきまーす!」」」



 俺の声と同時に、その場にいる全員が一斉にふたを開ける。



「これは!」


「なんと素晴らしい!」


「ワシもう死んでもいいわ……」



 三人目ェ……。

 しかし、クレアの作った黒毛牛ステーキ御膳弁当はたしかに素晴らしい出来だ。

 見た目からして絶対に美味いわこれ。



「流石クレア様だ! とてつもなく美味!」


「ヤバい、これ店で売ってないやつじゃん」


「うううっ! まさに極楽の味じゃっ! クレア様ー!」



 弁当をひとくち食べた連中が絶賛の声を上げる。

 滝のような涙を流しながら、クレアの名前を叫んでいる三人目はスルーだスルー。


 この弁当を販売するとなると、銅貨で三百枚、日本円で三千円くらいになってしまうとクレアが言っていた。

 うちの弁当は、パスタ弁当やサンドイッチなんかが一人前で銅貨三十枚、日本円換算で三百円程度の価格帯で提供しているし、一番高額なデラックス幕の内弁当ですら銅貨五十枚なのだ。

 流石に売れないだろう。

 だが、こいつらなら買いに来るかな?

 三人目は小遣い貰ってないみたいだから無理だろうけど、高価格帯の弁当にも需要があるかもしれん。少し考えてみるか。



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