第十一話 孵化
卵を温めて一ヶ月弱。
三人目も毎朝検卵ついでに朝食を取っていくが、検卵でも順調に双子が育っている。
とはいえ、念には念を入れて、孵らなかった場合に備えて、すり替え用として孵化寸前の鶏卵をいくつか用意して貰ってあるので、ミコトとエマには卵が双子だということは秘密だ。
三人目いわく、あと数日で孵化するとのことなので無事に生れてくれればいいんだが。
朝の騒がしい時間帯が過ぎ、仕事や学園に登校する連中を送り出した後、先月の領主会議での施策の経過報告書をリビングでチェックしながら、時折ふたりで手をつなぐように卵を温めている娘たちを眺める。またイチャイチャしてるな……。
そろそろまた領主会議の時期なので、頭に入れておかなければならないことが多いのだ。
元々王都や亜人国家連合からの留学生を各百人ずつ受け入れる予定だったところに、六歳以上、十五歳未満の領民は義務教育とか俺が言い出したおかげで、予算のやりくりや新校舎や学園の施設やらの設計図に大幅の変更が加わったせいなんだけど。
交易は物産展を開催してからは更に順調に伸びてるし、領民も増えて税収も伸びてるんだけど、その利益を軽く吹っ飛ばす程の予算を教育に突っ込む俺ってやはりアホなのかもしれない。
あとそんな俺の提案に全力で応えてくれようとしてる幹部連中には頭が上がらないな。
頭を悩ませながら書類と格闘していると、イチャついてた娘ふたりがこちらに顔を向けて声をかけてくる。
「パパ!」
「ぱぱ!」
「どうした?」
「あのね! たまごのなかからコツコツおとがなるってるの!」
「うごいてるんだよぱぱ!」
「ああ、三人目が言ってた
「ほんと⁉ いつでてくるの⁉」
「いつうまれるの⁉」
「二十四時間程度って言ってたから明日くらいかな。普通の鶏より成長に時間がかかってるから明後日かもしれないけど」
「そっかー!」
「たのしみだね! みこねー!」
「うんエマちゃん!」
「もうそろそろ出てくるから、巣箱に移さないとな」
「「はーい!」」
そしてまたイチャイチャしだす娘たち。
保温の魔法石が仕込んである巣箱とオガクズは用意してあるから卵をそこに置かないと。
魔法石の仕込まれた巣箱といっても、実際は保温機能付きの弁当箱をそのまま流用したものなので、中に卵を入れるのは少しどうかなって思うんだが。
餌に関しても『魔物だからなんでも食いますじゃ。むしろしばらく何も食わないでも平気ですじゃ』とか言ってて頼りにならん。
一応米をメインに雑穀をすりつぶして煮たものを、体温程までに冷まして食べさせれば問題無いらしいが。
あとたまに青菜とかの野菜も刻んで与えると良いらしい。
これは野菜売りのおばちゃんに聞けばわかるだろうから今度聞いてみるか。
◇
「ミコトちゃん、エマちゃん。そろそろ寝ないと。生まれそうになったら起こしてあげるから」
「「やだ!」」
いつもは素直に言うことを聞くミコトとエマが頑なに巣箱に置かれた卵から離れない。
食事中も巣箱を側に置き、風呂に入るときもミコトとエマで交代しながら風呂に入り、ずっと離れないのだ。
「エリナ、好きにさせてやろう」
「うーん。でも我慢できなくなって寝ちゃったときに生まれちゃっうかもだよ?」
「クレア、眠気を飛ばすような魔法ってあるのか?」
「ありますけど子どもに使うのは……。あれは睡眠時間を削って働く人のための魔法ですし」
「何その社畜魔法、怖いんだけど」
しかしミコトとエマの気持ちもわかるんだよな。
朝からずっとコツコツ殻を内側からつついてる音がしているのだ。
雛が一生懸命に孵化しようとしているのを、ふたりはずっと応援してる。寝てる場合じゃないんだよな。
締め切りや納期に終われて仕事をするわけじゃないから、いざというときは社畜魔法を使ってでも、生まれる瞬間に立ち会わせてやりたい。
「パパ!」
「ぱぱ! たまごが!」
「おお! 生まれるのか⁉ メイドさーん! 三人目を呼んできて!」
「はっ」
メイドさんに三人目を呼ぶように指示してすぐに巣箱に置かれた卵を見る。
小さな穴が開き始め、そこから少しずつゆっくりと、コツコツ、パリパリと音を鳴らしながら穴が大きくなっていく。
殻が割れ始めてから一時間。
三人目もとっくに到着し、うちにいる全員で見守っていると、大きな殻が剥がれ落ち、中から二羽の雛が姿を現す。
「ふたごだ‼」
「ふたりいる‼」
「「「かわいい!」」」
中から出てきた二匹の雛を見てミコトとエマが声を上げる。俺たち大人は知っていたが、知らなかったミコトとエマ、ガキんちょどもは大騒ぎだ。
卵から孵った雛は、赤茶色をしていて、なぜかトサカっぽいアホ毛の部分だけ青色と黄色に分かれている。
個体識別するのに便利だけど、鶏の雛ってこんなアホ毛が生えてたっけ?
あとてっきり黄色いヒヨコみたいなのが出てくると思ったが、意外と汚い色合いなのな。
自然の中で生きていくためには保護色になってないと駄目だからなんだろうけど、それだとしたらアホ毛の意味が分からん。
そもそもこいつらはなんの種類の鳥なんだろうと考えていると、ミコトとエマがじっと雛を見て動かない様子だ。
そっとミコトとエマの顔を覗き込んでみると、雛の孵化に感動して泣いていた。
そうだよな。この一ヶ月ずっとずっと卵の世話をしてたんだからな。もうふたりはこの雛の母親みたいなもんだ。
「なあ三人目。この雛って結局なんの種類なんだ?」
「うーむ。ワシも見たことが無いですじゃ」
「マジかよ」
「魔法が苦手なワシでも魔物じゃとわかるくらいには魔物化しとりますが、魔鶏とは見た目からして違うので別の鳥類の魔物ですじゃ」
「危険じゃないのか?」
「人に危害を加える鳥型の魔物は存在しませんでの。精神的ダメージを与えてくる魔鳥はいますじゃ」
「なんだ精神的ダメージって」
「人間にいたずらしまくったせいで狩られまくって絶滅した魔鳥がいたんですじゃ」
「人間の顔した悪魔みたいなのとか妖怪みたいなのは見たことあるな。見た目だけでも精神的ダメージを負いそうだけど」
「まあサイズや見た目からして、鶏に近い鳥類だと思いますでの」
「それなら安心か。刷り込んじゃえば敵対行動はとらないだろうし」
「一応、魔鶏向けの育成マニュアルを作ってきましたでの、これを参考にしてくだされ。何かあればいつでも呼んでくださいですじゃ」
「わかった。世話になったな」
クレアから、「夜分遅く済みませんでした。これお夜食です。良かったら召し上がってください」と言われて、また泣きながら飯を食っている。
「兄ちゃん……」
三人目と話している間、ガキんちょどもはずっとピッピピッピうるさい、まだ目も開いてない雛を可愛い可愛いと眺めているなか、一号が話しかけてくる。
「なんだ一号。というか明日も仕事だろ? もう寝たほうが良くないか」
「もう少し見てから寝る。それより今度、前にクリス姉ちゃんから貰った本に載ってたタンドリー窯を作ろうと思うんだけど」
「お前さ、雛を見てそういうことを言うんじゃない、食い物じゃないんだから。あと空気読め」
「兄ちゃんわかってるって! ミコトやエマが頑張ってるのを見てるしな。ただなんとなく今思いついたんだよ」
「業が深いな一号」
「美味しいものを食べたいっていう欲求は抑えられないんだぜ兄ちゃん!」
妙にかっこいいことを言う一号。だがミコトとエマの耳に入ったら嫌われるぞ。
だがタンドリー窯があれば、タンドリーチキンやちゃんとしたナンも出せるようになるな。
一号の事だからやたらとでかい窯になりそうだけど。
「パパ!」
「ぱぱ!」
巣箱から少し離れてた俺に、ぽててーと駆け寄ってきて巣箱の前まで引っ張られる。
「パパ! ヤマトとムサシだよ!」
「ぱぱ! こっちがやまとで、こっちがむさしなんだよ!」
「名前の候補がふたつあってよかったな」
「「うん!」」
無事家族が増えたのは喜ばしいんだが、よくわからない魔鳥というのが少し引っかかるんだよな。
専門家の三人目が問題ないと言っていたけど、そもそも種類が特定できないってのが少し不安だ。
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