第五十六話 魔導炊飯器
寒さも少しずつ和らいできたある日の朝。朝食を食べ始めた途端にクレアが俺に声をかけてくる。
「兄さま、ロイドさんがいらっしゃいましたよ」
「また飯時に来たのかあの爺さん」
「先日の魔導炊飯器の件ですかね」
「まだ一週間も経ってないし流石に早いと思うが。ま、出迎えてくるから爺さんの朝飯を頼むなクレア」
「はい兄さま」
立ち上がって玄関まで向かおうとすると、爺さんがリビングにひょこひょこ入ってくる。
クレアの施錠魔法を簡単に破ってくるなよ。というか勝手に入ってくるなよ爺さん。
「ようトーマ」
「爺さん勝手に入ってくるなよ。不法侵入だぞ」
「少し魔力を籠めたらクレアの嬢ちゃんが解除してくれたんじゃが……?」
「クレア、不審人物を勝手に入れちゃ駄目だろ」
「ロイドさんだとわかりましたので施錠魔法を解除しましたが、次からは改めますね」
「儂不審人物なのか……?」
「クレアが抵抗すれば爺さんでも強制解除できないのか?」
「クレアの嬢ちゃんクラスの施錠魔法解除できるのはこの大陸にもおらんじゃろ。施錠魔法を強制的にキャンセルするにはその魔法を行使した術者の倍近い魔力が必要じゃしのう」
「ほう、やっぱクレアの白魔法は本物か。家事も万能だし可愛いし最高だなクレアは」
「てへへ兄さま。ほめ過ぎですよ」
「全属性のクリスより魔力総量は劣ってるかもしれんが、こと白魔法に関してはクリス以上の才能はあると思うぞい。経験さえ積めばこの国一番の使い手になれるじゃろ」
「まあクレアは今クリスに色々教わってるから楽しみだな。それより爺さん、今日はなんのようだ」
「あ、兄さま。ロイドさんの朝ご飯を持ってきますね」
ぽてぽてとクレアが厨房に向かう。
爺さんには別に朝飯を食わせてやる必要ないんだけどな。
「すまんのうクレアの嬢ちゃん。んでトーマよ、魔導炊飯器と魔導ハイ〇ースが完成したので持ってきた」
「ハ〇エースっていうな。魔導駆動車だろ」
「めんどくさいのうヘタレは。んで朝飯を食べたら早速魔導炊飯器と魔導ハイAを見て貰いたいんじゃが」
「ハイAならギリギリセーフかな……。いやギリギリを攻める必要なんてないんだから魔導駆動車でいいんだよ!」
「いつまでもヘタレじゃのうトーマは」
「危ない橋を渡らないのがヘタレなら俺はずっとヘタレでいいわ!」
「わかったわかった。どこに訴えられるわけでもないのにのう」
「訴えられるんだよ……」
「ロイドさん、朝食をお持ちしましたよ」
ぽてぽてとクレアが朝食を載せたトレーを持って来きて爺さんの前に置く。
「すまんのう」
「いえいえ、お代わりありますからいっぱい食べてくださいね」
「今朝のメニューはハムエッグに米と味噌汁、鮭フレークだが大丈夫か? パンが食いたいなら出すぞ?」
「いやこれで十分じゃわい。米も慣れたしの」
そういうと爺さんはバクバクと飯を食い始める。大きめの丼によそわれた白米がみるみる消えていく。
結構な歳なのに健啖家なんだよな。やっぱ魔法と関係あるのかもな。
三杯目にはそっと出しどころか、堂々と五杯目のお代わりをしてやっと満足したようだ。食い過ぎだろ爺さん。
「で、爺さん。早速魔導炊飯器を見せてもらおうか」
「おうおう。今この米を食ってかなり近い味を再現できたと確信したわい」
「それは凄いな。まだ一週間も経ってないのに」
俺と爺さん、クレアの三人で厨房に向かう。
「これじゃ!」
完全に日本の炊飯ジャーの形をしたものを爺さんがマジックボックスの中から取り出す。
取っ手の付いてるひと昔前のデザインだ。俺のいた養護施設でもこのタイプだったな。
「もうちょっと最新のデザインにしろよ。日本の炊飯ジャーのカタログを見たんだろ?」
「取っ手の無いほうが不便じゃろ?」
「そういわれるとそうなんだが。なんでなくなったんだろうな取っ手? まあ早速炊いてみるか」
爺さんは「うむ」というと、早速米を魔導炊飯器の中に入れてふたを閉め、大量ににあるボタンの内『通常炊飯』と書かれたボタンを押す。他のボタンは『おにぎり』『おかゆ』『炒飯』『丼』など雑多過ぎて眩暈がするほどだ。料理に合わせるってここまで合わせる必要あるのか?
しかし爺さんは精米済みの米をそのまま入れちゃったけど……。研いでもないし水も入れてないんだが……。
「これで三分待つだけじゃ」
「米も研いでないし水も入れてないぞ爺さん」
「魔法でその辺はできるからの。なんなら精米してない玄米でも対応しとるぞ」
「これ凄く便利ですね兄さま!」
「すごく無駄なことしてるようにしか思えないんだが……」
「クレアの嬢ちゃんに聞いて色々機能をつけての。米は二種類、早生の『太陽の小町』と『ファルケンブルクコシヒカリ』に対応しておる。米の乾燥具合と湿度、気温に応じて米を洗浄、浸漬させて、米の具合に合わせて炊飯するんじゃ」
爺さんが説明してる間に、魔導炊飯器から「お米が炊けました」という機械音が鳴る。芸が細かい。
蒸気も何も出てないけど、魔法で消してるんだろうか? 無駄な機能満載だなこれ。
「炊けたのか?」
「炊けたぞい」
「じゃあ試食してみましょう!」
クレアが魔導炊飯器のふたをぱかっと開けて、小さな茶碗三つにそれぞれよそう。
「あれ? 普通に美味いなこれ」
「ですね、美味しいです」
「じゃろ? じゃろ?」
「んー。これも美味いけど、やっぱりクレアの炊いた米の方が美味いかなー」
「てへへ、ありがとうございます兄さま」
余ってる鮭フレークを振りかけて一気に食う。白米だけだと差がわかるけど、おかずと一緒ならそれほど気にならないかな?
「ここまで再現できれば十分売れると思うぞ。これ一台どれくらいで売るつもりなんだ?」
「金貨十五枚くらいかの」
「馬鹿だろ。売れるわけないわ」
日本円で一千五百万円って……アホだろ。
「もうバックオーダーをいくつか受けておるんじゃが。トーマのところの幹部連中に」
「そいつらはアホだから売ってもいいけど、もっと機能を簡略化したタイプを売れよ。銀貨一枚とか二枚くらいで」
「そうすると精米しか炊けなくなるんじゃが」
「普通精米済みのを炊くんだぞ」
「米を研がなきゃならんじゃろ?」
「研がせろよ」
「水の量とかは米の状態や気温や湿度で変わるんじゃぞ?」
「そこはまあ経験で何とかしろよ各家庭で」
「じゃったら窯で炊くのと変わらんじゃろ」
「そういわれるとそうなんだが……。ならせめて水を多めに入れて、余分な水分だけ蒸気として吐き出させる炊飯方式ならかなりの魔法節約になるんじゃないか? もちろん精米済みの米のみ対応で」
「なるほどのう。ちと考えてみるわい」
「あと炊飯時間は三分とか早くなくてもいいだろ。高機能タイプは適切な水量調整と早炊き機能付きで、廉価タイプは窯代わりくらいの感じでいいんじゃないか? 火加減の調節とかは流石にめんどそうだからそこだけは魔法で補助をさせるとか」
「超高機能タイプは玄米からでも炊けるタイプじゃな」
「いらんいらん。ほぼ精米してから流通するから。米問屋とか城で備蓄する時くらいだろ玄米は」
「もうバックオーダー分の材料は揃えたから、その分はこのまま売るぞい」
「それは勝手にしろ。レアものだと言っておけば満足するだろ。実際クレアの炊く米に近い味だし、性能は間違いないわけだしな」
やはりというべきか、予想通り滅茶苦茶無駄な機能満載で持ってきやがった。相変わらずアホすぎだな魔導士協会の連中は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます