第五十三話 専属鍛冶師
「よう親父」
「来たな、日本刀だな」
アイリーンと武器屋に入り、もうすっかりおなじみのやり取りを済ませて早速本題に入る。
「まあ日本刀の件なのは間違いはない」
「ふむ。後ろにいる嬢ちゃんの日本刀か。手を見せてみろ」
「違うぞ親父。今日は親父に話を持ってきた」
「ああ、プレゼントで誰かに贈るのか」
「違うって。親父にな、是非うちの専属になってもらいたいんだ。日本刀をうちの領地の特産品にしたい」
「む、俺を雇うってことか」
「そうだ。望みの給料を払うし、なんなら爵位や役職だって与える。弟子や鞘師なんかも有能なのを探して親父の下につけるから、日本刀だけを好きなだけ打てるぞ」
「爵位だのなんだのはいらん。独り身だし嫁さんを貰うつもりも無いから給料も飯が食えれば構わん。しかし弟子か……」
「刀身を一人で打つのは厳しいだろ? 弟子も必要だし、鞘師に研師や彫金師なんかも優秀なのをつける。もちろん玉鋼は親父の必要な分だけ用意する。どうだ?」
砂鉄を掘る鉱山師なんかはこちらで養成できるし、玉鋼自体はこちらで押さえておきたいから親父の管理下には置かないけどな。
「店はたたむのか?」
「この店自体賃貸って前に言ってたろ? 城でも新区画でもどこでも親父の好きなところに鍛冶工房を建てるぞ。所有権は領主家の物だが親父の家も立てるし家賃も必要ない」
「ありがたい話ではあるとは思うんだが」
「領内に西洋剣を扱っている武器屋もあるし、そもそも親父は西洋剣を打つのは生活の為だと言ってただろ? どうだ好きなだけ日本刀を打ってみないか?」
「……」
「大業物や天下五剣を超える日本刀を親父の手で打ってみないか? そして親父の流派を作って代々受け継いでいくんだ。どうだ? 男の仕事だろう」
「俺の流派か……わかった。好きにしろ」
「ありがとう親父」
「鍛冶工房の場所や設計は俺に任せて貰えるんだよな?」
「もちろんだ。ただし弟子も何人か入れるからそれなりの大きさにするように」
「店主、以降は私が鍛冶工房の担当になりますので今後こちらに何度かお話をさせて頂きに参ります」
「了解だ嬢ちゃん」
「親父は売り上げに応じてインセンティブとかいらないのか? ぶっちゃけ莫大な金が入ってくると思うが」
「そんなもんいらん。生活する分と……そうだな。ニホンシュというものが飲みたいな。オミキとも言うんだったか?」
「官営商店に少しは入ってきてるからお安い御用だが。向こうで一般的に普及してる日本酒って話だったからな、亜人国家連合でも最高の日本酒を輸入してやる」
「おう、それは楽しみだ。じゃあその最高のニホンシュとやらが手に入るまではビールやエールで我慢するか」
「わかった。アイリーン、最高の日本酒を頼むぞ」
「お任せください閣下」
あとの細かいことはアイリーンに任せておけばいいだろう。ちょうど新区画ができて土地の融通が利くタイミングでよかった。
火とか使うから周囲には何もないほうが良いし、鞘師なんかの工房、弟子の生活する宿舎なんかもあったほうが良いだろうしな。
「じゃあ晩飯の材料買って帰るか。アイリーンは何を食べたい?」
「私は何でも構いません」
武器屋を出て市場に向かう。
アイリーンは先ほど会議に列席していた幹部連中に仕事を奪われ、今日これからと明日が休日になったのだ。
なのでこのまま一緒にうちに帰るんだが、着替えとか全部アイリーン用の部屋に置いてあるからいつでも宿泊可能なんだよな。
実際「今日この報告が終われば休暇です」ってことが多発したからなんだが。
「じゃあカツ……は昼食ったけど、あっさり目のチキンカツカレーにでもするか。まだそれほどカレーを食べてないだろ?」
「カレーは大好きなので嬉しいです。自炊だとなかなか食べる機会も無いですし」
「カレーを出してる飲食店もまだ少ないしな」
「はい。ブレンド済みのカレー粉が流通し始めたくらいですから」
「まずはもっと米を流行らさないとな」
「魔導炊飯器が流行すれば一気に需要は増えそうですが」
「価格次第だよな。あいつら金貨十枚でも買うとか言ってたけど、庶民が買うためには銀貨一枚くらいまで下げないと」
金貨十枚って日本円換算だと一千万円だぞ。銀貨一枚、一万円相当が妥当だよな。
「ある程度量産して普及版などが出せれば可能だと思いますが」
「クレアの味を再現するって機能とかは無理そうだよなー」
「どういう技術を用いて再現するか次第だとは思いますが」
「魔導士協会の連中だぞ、どうせまともな技術じゃないぞ」
「うっ……。たしかに無駄にこだわって、完全再現した! とか言ってきそうですね」
「まあその完全再現版は高くてもうちの幹部連中が買うだろ。その売り上げで簡易機能にした普及版とか開発すればいい」
「ですね」
各部門の担当官。日本でいう所の大臣クラスの月給は、前領主時代から大幅に減らしたけどそれでも金貨一枚以上はあるからな。それプラス役職手当で金貨一枚くらい貰ってるはずだし、魔導炊飯器が金貨十枚でもマジで買いそうだ。
アイリーンみたいな一代限りの爵位持ちで領地の無い貴族は叙爵した時の報奨金だけだけど、領地持ちの貴族はそこからさらに領地からの収入もあるしな。
「そういや日本刀の値段も決めないとな。親父が玉鋼で打った日本刀も金貨十枚からの値段だったし」
「そちらも量産体制が整えばある程度価格も下がるとは思いますが、亜人国家連合に持ち込む商人が増えそうですので、領主家の専売にして良いと思います」
「たしかにな。弟子が打つような数打ちでも亜人国家連合に持ち込めばとんでもない値段になりそうだ」
「亜人国家連合の方で日本刀が流通すれば価格も落ち着くかと」
「それまで許可業者以外は禁輸措置にした上で専売品の扱いだな」
「はい……っきゃっ!」
アイリーンが普段のキャリアウーマン然とした雰囲気からは程遠い可愛い悲鳴を上げ、俺の腕に抱き着いてくる。
「おっと。どうした? 立ち眩みか? 働き過ぎだからだぞアイリーン」
「いえ閣下、申し訳ございません。石に躓いてしまって……」
『ペッ!』
「あれ? 独身のブサイクなおっさん?」
俺が独身のブサイクなおっさんとの久々の再会を感慨深く思っていると、アイリーンがそっと俺の腕から離れる。
「閣下、申し訳ございませんでした」
「いや気にしなくていいぞ」
「もっと頑張って今度は堂々と腕を組めるように頑張ります!」
『ペッ!』
「ほら、独身のブサイクなおっさんが俺達に嫉妬して、道端にツバ吐いてるから急に変なことを大声で言うのはやめようなアイリーン」
「はい……すみません……」
急にテンションを上げて宣言するアイリーンに久々に再会したブサイクおっさん。
そうか、新区画の公共事業でまた作業員の一部が町に戻ってきたんだっけ。やっぱ真面目に作業員してるんだなブサイクおっさん。
領主に向かってツバを吐くくらいの度胸があるから兵士の適性がありそうだったけど、作業員として長く続いてるってことはそれだけ有能なんだろう。
カツの材料を買いに肉屋に向かう途中、ずっと真っ赤な顔をしていたアイリーンだった。
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