第二話 お世話になった人たちに


 三が日も終わり、新年一発目の弁当販売も無事完売で終了することができた。

 公共事業である学校敷地の廃屋撤去作業も始まっている。

 年末に買っておいた食材のストックが無くなりかけているので、クレアにお買い物メモを持たされてエリナと市場へ向かうこととなった。

 妊娠初期に出歩いて大丈夫なのか? と聞くと、婆さんやクリスから、散歩程度の運動はかえって母体に良いとのことでおとなしく従うことにしたのだ。

 いざとなったらメイドさんもいるしな。



「お兄ちゃん、晩御飯のメニュー決めてあるの?」



 三が日は俺の過保護政策のせいで一歩も外に出られなかったエリナが、俺と一緒に巻いた一本の長いマフラーをなでながらご機嫌な声で聞いてくる。



「エリナは何が食べたい?」


「うーんとねー、お兄ちゃんの作るものだったらなんでも!」


「酸っぱいものとか食べたくなってないか?」


「特にそういうのは無いかなあ」


「じゃあ今日も寒いし鍋だな鍋。というか三が日はずっと寒かったんだよな。スープものをメインで出してたけど、汗をかくくらい熱いものを食べたい」


「えへへ、三が日はお兄ちゃんがずっとそばにいてくれたし、『寒くないか』ってぎゅってしてくれたから暖かかったけどね!」


「ちょっとでも寒くなったら言うんだぞ。いつでも抱きしめてやるから」


「うん! えへへ、お兄ちゃん大好き!」



 がばっと抱き着いてくる嫁が可愛い。

 今日の俺は嫁たちにもらった手編みのセーターとニット帽、手袋と完全装備なので、いつでもエリナを温めることが可能だ。



「お前の体ちょっと冷たいぞ」


「じゃあお兄ちゃんが温めて!」



 よしきたと、エリナの背中に手をまわして、俺の全身を使って包み込むように抱きしめる。



『ペッ!』



「独身のブサイクなおっさんうるさいぞ。今うちの嫁の体を温めてるんだからほっとけ」


「えへへ、お兄ちゃんあったかい!」


「そうか。もう少し温まったら肉屋に行こうな」


「うん!」



 ブサイクなおっさんって今日は現場で働いてないのか?

 働いてるブサイクなおっさんとは別個体なのかな?

 毎回ツバを吐いてくるおっさんと背格好は似てると思うんだけど、いちいちおっさんの顔なんか細かく記憶してないからな。

 まあ別にいいか、と考えていると、「お兄ちゃんあったまった!」と俺の胸に埋めていた顔を上げて報告してきたので、軽くおでこにキスをして腕に掴まらせる。



「よしいくか」



 てくてくと肉屋に向かって歩いていく。「んーふふー」と鼻歌交じりでご機嫌な嫁の足取りは軽い。

 妊娠初期って大事だっていうから気を付けないとな。

 一応その辺の知識があるメイドさんをつけてくれたってクリスの話だから、間違った行動や緊急事態にはすぐに対応できる。

 それでも俺がエリナを守ってやらないとな。調子に乗るタイプだし。



「お兄ちゃんが優しくて幸せ!」


「そうか? いつも優しくしてるだろ?」


「普段も優しいけど、ちょっと照れちゃうところがねー」


「ま、今は全力でエリナを甘やかすから覚悟するように。俺も照れないように頑張るわ」


「私だけじゃなくて、クレアやお姉ちゃんたちにもだよ」


「わかってる。でも今はエリナ時間だからな」


「うん!」



 肉屋到着したのでさくっと店内に入る。豚の真似をしている子どもなんて見たことがないから安心なのだ。



「いらっしゃい、別嬪な嬢ちゃんと兄さん。今日は早いね」



 店に入ると同時に、エリナは組んでいた腕を離して俺の上半身にしがみついてくる。「移動中じゃないからいいよね!」と言い出しそうな表情でにこにこと俺の顔を見上げてきたので、軽く頭を撫でてやって肯定の返事変わりだ。



「えへへ、おはようございます!」


「在庫がなくなりそうだからな」


「今日の分はもう用意してあるぞ」



 ぴらっと親父がクレアの字で書かれたメモを寄越してくる。

 今日の分は連休明けだからか普段の倍はあるな。マジックボックスがあって助かった。



「あとで確認しながら収納するよ。で、今日の晩飯と明日の朝と昼の分で、卵五十個とハム、ソーセージ、ベーコンをそれぞれ五キロ、豚肩ブロックで十キロ、鶏むね肉十キロ、鶏もも肉十キロ。それと鶏つくね団子を二十キロ欲しいんだが」


「軟骨は入れるかい?」


「今回は鍋に入れるし要らないかな。ミコトも食うし。んでブイヨンとテリヤキソースの補充だな」


「鶏つくね団子二十キロだと、ちょっと時間かかるぞ」


「鶏つくね団子とソース類は夕方に取りに来るよ。それ以外は今持っていく」


「わかった。じゃあ今現場用食材と一緒に並べちゃうな。ところで今日の二人はずいぶん仲が良いんだな」


「えへへ、おじさん。実は赤ちゃんができたんですよ!」


「おお! おめでとう嬢ちゃん! いやーヘタレでも子どもってできるんだな!」


「なんでだよ、ヘタレ関係ないだろ」


「ありがとうございますおじさん!」


「よし、鶏つくね団子は俺からのお祝いだ! この分の料金は引いておくからな」


「おいおい親父、それはサービスしすぎだって」


「いいっていいって! うちの肉をいっぱい食べて元気な赤ちゃん産んでくれよ!」


「わあ! ありがとうございますおじさん!」


「悪いな親父」


「兄さんのところで大分儲けさせてもらってるんだ、これくらい当たり前だよ」



 相場から見ても結構安めに卸してくれてるからそんなに儲けなんて出てないだろと言いたかったが、ありがたく好意を受け取っておく。

 いつもの場所に積まれていた食材と家の分を収納して、次は野菜売りのおばちゃんのところへ向かう。

 

 行き交う顔見知りと会うたびに、エリナが妊娠したことを報告しては、祝いの言葉を投げかけられる。

 というかエリナがみんなに報告をしたくてしょうがないのだ。


 お世話になった人たちに。



「えへへ、みんなお祝いしてくれたねお兄ちゃん!」


「エリナが良い子だから、みんな良くしてくれてるんだぞ」


「お兄ちゃんだってみんなから好かれてるよ!」


「俺は口が悪いしそうでもないだろ。門番とも仲悪いし」


「仲が良いように見えるけどね」


「気のせいだ気のせい」



 顔見知りと会うたびにエリナは足を止めて報告してるから、かなり時間がかかったが無事おばちゃんの店に到着する。

 この寒空の下にあまりエリナを歩かせるのはなとは思うが、すごく幸せそうなので、せいぜいエリナが寒い思いをしないようにと軽く抱きしめてやる。



「エリナちゃん! お客さんから聞いたよ! 赤ちゃん出来たんだって⁉」


「そうなんですよおばさん! 夏に生まれる予定です!」


「おめでとうね! 何か困ったことがあったらいつでも頼っておくれよ! アタシは五人も産んでるんだからね!」


「はい! ありがとうございますおばさん!」


「しかしヘタレなお兄さんがお父さんになるんだねー」


「お兄ちゃんなら大丈夫ですよ!」


「父親代わりの人はいたけど、父親を知らないんであまり自信はないんだがな。でも俺だけじゃなく、うちには面倒見のいいガキんちょがたくさんいるから心配はしてない」


「うちの子も友だちがたくさんできたって喜んでるしね。いいところだよ託児所は」


「そう言ってくれるとありがたいな。もっと良くしたいから何か気づいたこととかあれば教えてくれなおばちゃん」


「わかったよお兄さん。で今日の分は揃えてあるよ。あとはどうするんだい?」


「今日は白菜を――」



 おばちゃんの店で一通り材料を揃えたので帰ろうとすると、エリナが逆方向へ俺を引っ張ってくる。



「小麦粉や調味料は収穫祭の時期に大量に買い込んだからまだ大丈夫だぞ? ラスク用のパンの耳もまだ大量にあるし」


「違うの。門番のおじさんに挨拶したくて!」


「んー、じゃあ西門か」


「今日は南門で見たって!」


「ならここから近いし行くか」



 商業区域と繋がる南門へと向かうエリナの足はすごく軽やかだ。

 嬉しくてしょうがないんだろうな。



「おじさーん! おはようございます! もうこんにちはかな?」


「エリナちゃん、今日はホーンラビットでも狩るのかい?」


「今日はおじさんに報告することがあって!」


「ほー、ついにヘタレ領主さんがヘタレ国王にでもなるのかい?」


「いえ、実は私に赤ちゃんができたんです!」


「おお! エリナちゃんおめでとう! そうかーヘタレでもヤることはヤってたんだな! あ、おめでとうなヘタレ領主さん」


「ヘタレ関係ないわ。あと字に気をつけろ、危ないぞ」


「ありがとうございますおじさん!」


「うんうん。良かったねエリナちゃん。おじさんも嬉しいよ。なんせ小さな頃から知ってるからね」


「えへへ!」


「もういいだろエリナ。体が冷えるしもう帰るぞ」


「えー。お兄ちゃんはおじさんともっとおしゃべりしないと」


「男同士ってのはこんなもんだよエリナちゃん。な、ヘタレ領主さん」


「まあそうだな」


「ぶー」


「さ、帰るぞ。どうせ人生冒険者ギルドにも顔を出すんだろ」


「うん! じゃあおじさんさようなら!」


「ああ、気をつけて帰るんだよエリナちゃん」


「はい! お兄ちゃんも!」


「はいはい。じゃあな門番のおっさん」


「ああ、改めておめでとうな領主さま」


「おう、ありがとな」



 最後の門番のおっさんとのやりとりを聞いて、腕にしがみついているエリナがにへらっと笑う。「そっか、お互い素直に言えなかっただけなんだね!」と嬉しそうに笑う。「まあそうだな」と、俺は少しだけ素直になって返事をするのだった。


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