第三話 サクラ


「お兄ちゃん、はやくソフィアさんのところへ行こう!」


「……ソフィアって誰だっけ?」


「人生冒険者ギルドのお姉さんの名前だけど、お兄ちゃん知らなかったの?」


「そういや経歴書で見たことあるな。口の悪い事務員としか呼んだことなかったけど」


「お兄ちゃんは人の名前を言わないきゃらをやめなよ!」


「エリナだって『わ! 本当に筋肉ダルマさんだ!』ってギルド長見て言ってただろ」


「オスヴァルトさんって名前は知ってるもん!」


「でも筋肉ダルマって似合ってるだろ?」


「それは……うん」


「そういうことだ」


「なんか言いくるめられた気がする!」


「そんなことないぞ。俺の可愛いエリナ」


「えへへ!」



 アホ嫁を堪能しながら人生冒険者ギルドへと向かう。

 職業斡旋ギルドと一緒に三が日も営業してたらしいから、職業斡旋ギルドの登録業務はある程度は落ち着いてるかな?


 ギルドの前に到着すると、職業斡旋ギルドの方は外からでも繁盛しているのがわかる。

 ここが繁盛するってのは良くないんだよな……。




「こんにちはー」


「おいっす」


「トーマさん聞きましたよ、とうとう幼女を孕ませたそうですね」


「ちがうちがう! こっち! エリナの方! 十七歳!」


「十七歳を孕ませたってトーマさんの住んでた世界だと色々まずいんじゃないんですか?」


「そうなんだけどな。ここは異世界だし良いだろ別に」


「ソフィアさん! そういうわけで赤ちゃんができたんですよ!」


「おめでとうございますエリナさん。きっとエリナさんに似て可愛い子ですよ!」


「ありがとうございます!」


「というか何で知ってるんだよ」


「一応公職についてる職員ですからね。領主の慶事なんですからあっという間に広がりますよ」


「そういやそうか。しかもお前は実質ここの責任者みたいなものだしな」


「そういうことです。で、トーマさんちょうどよかったです。生活支援策の素案ができましたのでお持ちください」



 そう言って事務員はどさどさっと書類を積み上げる。これ百枚近くないか?



「これ全部?」


「そうです。といっても重複してる部分もありますが、予算規模で分けてありますので検討していただきやすいかと」


「なるほどわかった。持ち帰って検討する」


「よろしくお願いいたしますね」



 マジックボックスに書類の束を収納する。書類をさらっと見てみたけど、全部同じ筆跡なんだよな。この事務員一人で書いたんだろうか。一応補佐の人間もついているはずなんだが。



「今日はこれで引き上げる。エリナのこともあるし」


「じゃあソフィアさん失礼しますね!」


「はい、お体には十分気を付けてくださいねエリナさん」


「はい! ありがとうございます」



 じゃあなと人生冒険者ギルドの扉を出ると同時に、エリナが腕にしがみついてくる。



「ちょっと冷えちゃったか?」


「ううん、大丈夫! お兄ちゃんがあったかいから!」


「もう家だからな。帰ったらすぐに炬燵で温まるぞ」



 リビングに置いてある巨大なテーブルは炬燵になるのだ。

 加熱機能付き弁当箱の説明ついでに、炬燵という冬用アイテムの説明もしたのだが、俺のふわっとした説明で、一号たちがテーブルと天板を作り、エリナとクレア、婆さんがそのサイズに合わせて巨大な炬燵布団を作った。

 内部にはいくつか保温の魔石が仕込まれており、ワンシーズンはずっと暖かいという禁断のアイテムだ。

 ガキんちょが中に入り込みそのまま寝ようとするので毎回潜り込んでいる奴がいないかチェックしなければならないほどだ。

 一号の作った家庭用の炬燵は大ヒットし、座卓用、椅子用、様々な人数用と要望に応じて、受注生産もしていたが、いまだに注文が途絶えないらしい。

 納品が春になっても欲しいという客がいるので、しばらくは炬燵づくりに手いっぱいで、本来の加熱機能付き弁当箱の試作ができないとぼやいている。


 炬燵布団は用意できないので、購入者は既存サイズの布団を複数使用するか、厚手の布を縫い合わせて使用しているようだが、炬燵布団もうちで作れないかな?

 来年はそれで勝負してもいいかもしれん。

 アンナの母親が裁縫の仕事をしてたし、針子さんを別途雇ってもいいしな。



「ってお兄ちゃん、またアイリーンさんの馬車が停まってるよ?」


「お、また緊急事態か? といっても本当の緊急事態ならメイドさんが教えてくれるからな」


「よかった! アイリーンさんにも報告ができるよ!」


「よかったな。でもアイリーンがわざわざ来たのはエリナにお祝いを言うためかもしれないぞ?」


「そうかな!」


「ま、すぐにわかるさ」



 アイリーンの馬車の横を抜け、家の扉を開ける。

 すでにクレアから教えられたのか、アイリーンとクレア、クリス、シルと婆さん。あと知らない女の子が出迎えに来た。



「兄さま、姉さまお帰りなさい! 姉さま寒くなかったですか? おこた暖かいですからすぐに入ってください」


「エリナ様、ご懐妊おめでとうございます。家臣一同お慶び申し上げます」


「あ、ありがとうございます! アイリーンさん!」



 家臣一同と言われてちょっとびっくりしてるなエリナは。

 ラインブルク王国では、妻は夫の爵位を名乗ることが許されているので伯爵と同等の扱いなのだ。

 血縁者が名乗る儀礼称号ではなく、きちんとした正式な爵位なので、本来なら最下級の貴族である騎士爵のアイリーンから声をかけたりするのは不敬なのだが、そんなわけのわからん決まりはファルケンブルク領では禁止とした。

 アイリーンや官僚からは滅茶苦茶反対されたので、公式の場でだけは王国式でやることになった。



「んで、アイリーン、そこの子は?」



 その女の子をよく見ると、十三、四歳だろうか? 身長はクレアやエリナより低い。ちわっこと同じくらいかな? ショートヘア―の茶髪で、同じくブラウンの瞳。一番の特徴として、犬の耳みたいなのがついている。髪型や装飾品ではないようだ。尻尾と一緒に動いてるし。というか亜人国家連合の犬人国の子かな、使者にしては若いが。



「わ、わたしサクラと申しますっ! 亜人国家連合所属の犬人国から来ましたっ! よろしくお願いしますっ!」



 がばっと頭を膝につくほど下げてお辞儀をする。

 おお和風の名前だ、それも桜。亜人国家連合には桜があるのかな? さすがにソメイヨシノは無いだろうけど。



「よろしく。トーマと呼んでくれ」


「エリナです! お兄ちゃんの奥さんです! サクラさんよろしくお願いしますね!」


「はっ、はい!」


「で、サクラは水稲の技術者なのか?」


「はいっ! それと医師団を派遣して頂いたことに対するお礼の品の役割も兼ねています!」


「お礼の品って?」


「わたしですが?」


「アイリーン、すぐに元の場所に返してきなさい」


「閣下、それは」


「うるさい。人をモノのように扱う国なんぞこっちからお断りだ」


「ほへ?」



 急にキレた俺に、状況がよく呑み込めていないサクラが変な声を上げる。



「いえ、違うのです閣下」


「……言ってみろ」


「はい、感謝いたします。亜人国家連合では、国の人間を配偶者や養子として友好国に送り出すのは最大級の感謝の気持ちを表す行為なのです。そしてその代表者に選ばれることは最高の栄誉であり、英雄と称えられて国民総出で送り出されるほどなのです」


「つまり元の場所に返してくるわけにはいかないと?」


「はい。年末年始の祝賀パーティーと疫病を克服した記念式典、そして英雄を送り出す壮行会を一緒に行ったので、犬人国だけではなく亜人国家連合において過去に例を見ないほどの規模だったと聞いております」


「……それですぐ国に戻ったら気まずいだろうな……。しかしなんでこちらの送った使者は断らなかったんだ? いや、せめてこちらの返答を待つくらいの機転が利かなかったわけじゃないんだろ?」


「水稲に関して最優秀の技術者をと言われて、贈るではなく送ると勘違いしたそうです」


「そんな馬鹿な。日本語じゃないんだしそんな聞き間違いがあるか」


「いえ閣下、ラインブルク王国に隣接している犬人国では共通語も使われておりますが、亜人国家連合の公用語は日本語なのです。ですので日本語が使える者を派遣しました」


「は? 日本語が公用語?」


「亜人国家連合は、総人口こそラインブルク王国の半数程度ですが、国土は五倍を優に超えております。種族ごとに小国を形成しておりますので言語が多種多様なのです。そこへ多数の日本人が移り住むことによって言語や文化などが伝えられ、日本語が亜人国家連合の共通語として使われるようになったのです」


「日本人って……。わかった。とりあえずここじゃ寒いから炬燵に入って続きを話そう」


「はっ」


「サクラにもいろいろ話を聞かせてもらうぞ」


「はいっ!」



 言語変換機能越しに日本語を伝えるとか日本人の熱意ってヤバいな。あとどれだけ亜人好きなんだよ。この調子じゃエルフも日本語使えるんじゃねーのか?

 けもみみ好きの日本人にため息をつきながら全員でリビングへと向かう。



「サクラさんもお兄ちゃんのお嫁さんになるのかなあ?」


「……」



 エリナの言葉を受け、強く否定したいところだったが、過去のことを思い出すと何も言えない俺だった。


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