第七章 ヘタレ学園都市への道
第一話 過保護
新年早々リビングは大騒ぎだ。
ガキんちょどもが起きだして、エリナ懐妊のニュースを聞いたからだ。
「えりなおねーさんおめでとー」
「ありがとーミリィ!」
「なまえはらすくちゃん?」
「まだ決めてないけどラスクは無いかなー」
どうしよう、我が子の名前がラスクになってしまう。それだけは阻止しないと……。
「ガキんちょどもー、お前らの新しい弟か妹だぞ! エリナは妊婦さんなんだからお手伝いとかちゃんとやるんだぞ!」
「「「はーい!」」」
エリナを囲んでガキんちょどもが大騒ぎだ。
新しい弟か妹ができるということでテンションが高い。
元気だなこいつら。
「ねーねーおにーさん」
「なんだよミリィ。子どもの名前はラスクにはしないぞ」
「ちがうのー。あのねー、あかちゃんてどうやってつくるのー?」
……性教育ってどうなってんだっけ。エリナはふんわり知ってたけど、当時は十六歳だったしな。クレアも知ってるっぽいけどあいつは博識だし。
「そのうち教えてやるよ」
「兄ちゃんってヘタレだなやっぱり」
「うるせー」
十二歳の一号は知ってるっぽいなさすがに。ミリィはまだ五歳だろ? まだ教えるには早いよな?
「ねーねーおにーさん、みりぃもおにーさんのあかちゃんがほしいの。そしてね、なまえをらすくちゃんにするの」
「婆さーーーーーーん!」
俺が呼ぶと、ミコトを抱っこしてご機嫌な婆さんがとてとてと近づいてくる。
「どうしたんですかトーマさん、いつもの発作ですか?」
「発作っていうな。婆さん、性教育ってちゃんとやってるのか? あとスマンな、ミリィはもう駄目かもしれん。俺、いやラスクのせいで」
「性教育に関しては適宜という感じですね、個人個人で成長具合も変わりますからタイミングを見て行っています。あとミリィは大丈夫ですよ」
「そのあたりは婆さんに任せる。というか今まで全く気にしてなかったわ」
「やることはやってんのにな兄ちゃんは」
「うるせーぞ一号。あとそのあたりは恥ずかしいからあまり触れないでお願いだから」
「はいはい。兄ちゃんはヘタレだなー」
「ですけれどトーマさん。学校を始めるとなると、今までのような対応は難しくなりますね。孤児院と託児所の方は私で対応できますが」
「そっかー、保健体育の問題か。でも今まではそういうのは家庭で教えてたんだろ?」
「子どもが家にいない時間も増えますしね、それにどうしても子ども同士でそういった話題に触れることもあるでしょうし」
「四月開校までにその担当も用意しないとな」
「クリスさんとお話しておきますね」
婆さんの返事で、とりあえず問題を棚上げすることにした俺は、そういや朝飯の準備をクレアがするって言ってたな。手伝いに行かないとと思い、ふと気づく。
「なあ婆さん、妊婦用の食事ってどんなのだ?」
「食欲がなくなった場合は酸味のあるものや食べやすいものを用意するのが普通ですが、エリナは普通に食事はできていますからね……」
「そういや最初は食べ過ぎたかもとか言ってたしな。でもそうか、酸味か。妊婦は酸っぱいものが食べたくなるって言うしな」
よっしゃ婆さんサンキューと言い残して、俺は厨房にダッシュする。「兄ちゃん家の中で走るなよ」という一号はスルーだ。
「クレア! ピクルス作るぞピクルス!」
厨房に突入と同時に、料理中のクレアに声をかける。
今日は珍しくシルも正座しないでクレアの料理を手伝っている。といっても出来上がったサンドイッチを皿に並べてるだけっぽいが。
「兄さま、また始まったんですか?」
「違う違う、始まったとかいうな。エリナのためにな、酸味のある食材を今のうちに用意しておこうと思って」
「なるほど、それでピクルスなんですね」
「そうそう。流石クレア。クレアならキュウリ以外にもいろんなピクルスを知ってるだろ? 大量に作るぞシルも手伝え!」
「お任せくださいお兄様。でも何のピクルスを作るんですか? 容器もありましたっけ?」
「ガラス……は高いし壺になるのかな。ピクルス液って酢と砂糖と塩となんだっけ? 鷹の爪? でも辛いのって妊婦は駄目だよな刺激物だし」
「兄さま落ち着いてください。朝のお弁当販売が無いので、三日間で姉さま用のピクルス作りやレシピ開発を予定してましたから焦らなくても大丈夫ですよ」
「流石クレア。十一歳なのに頼りになる」
「てへへ、ピクルス用に使う壺も準備しましたから、朝ご飯が終わったらさっそく漬けちゃいますね」
「わたくしもクレアちゃんを見習ってもっと料理ができるようにならないと……」
「シル姉さまも大分厨房で動けるようになりましたからすぐですよ。包丁も危なげなく使えるようになりましたし」
「クレアちゃんありがとう存じます!」
「そういやクレア、今日の朝飯はエリナが食べても大丈夫なメニューなのか?」
「大丈夫だと思いますけれど……朝に姉さまと話したときは普通でしたし」
「悪阻とかあるんだろ? ちょっと聞いてくる!」
「あっ兄さま」
「お兄様、家の中で走っては……」
厨房を飛び出しリビングに向かう。
果物とかの方が食べやすいか? でもおばちゃんの店は三が日はやってないしな。というか昨日おばちゃん一家は、年越しうどん食ったあとに帰ったから、ひょっとしたらまだ家で寝てるかもしれん。
マジックボックスに果物入ってたっけかな? エリナかクレアの方に入ってるかもしれないからあとで確認しないと。
などと色々考えながらリビングに突入する。
「エリナ!」
「なあにお兄ちゃん」
俺の声を聞いたエリナは、ぽてぽてとガキんちょの輪の中から出てくる。
そのままエリナを軽く抱きしめて、おでこに手を当てる。
顔色は良いし、熱もない。
というか妊婦さんの体調不良ってどう見分けるんだ? 自己申告が一番大事な気がする。
「体調は大丈夫か? 食欲はあるか? 何か食べたいものあるか? 酸っぱいものが食べたくなったりしないか?」
「えへへ、お兄ちゃん、心配しなくても大丈夫だよ。今日は体調もいいし、食欲もあるしね!」
「そうか、でも大事な体なんだから無理するのは駄目だぞ。ちょっとでも気持ちが悪くなったりしたら俺かクリスに声をかけろ。もし緊急ならメイドさんを呼べ。呼べばすぐに来るから」
「わかった。心配してくれてありがとうねお兄ちゃん。でも本当に大丈夫だから」
「ちょっとでも違和感を感じたらちゃんと言うんだぞ。約束だぞ」
「わかった。約束ね!」
「兄さまは心配しすぎですよ」
クレアとシルが朝食を大量に乗せたトレーを運んでリビングに入ってくる。
一号や男子チームもそれを見て残りの朝食を取りに向かう。偉いなあいつら。単に早く飯にしたいという食欲であってもだ。
「クレアごめんねー、朝の支度をやってもらっちゃって」
「姉さまは昨日体調悪かったですからね、兄さまも心配するでしょうし」
「そういや俺も全然手伝ってなかったわ」
「お兄様。クレアちゃんが『どうせ兄さまは、今日は姉さまのことが心配で戦力にならないですから』と言っていた通りですから大丈夫ですよ」
「理解されすぎてるな俺」
「そういえば旦那様、シャルちゃんに誕生祝いに贈った、ブラックダイヤモンドの魔法石をあしらったネックレスのお礼状が届きましたよ」
ガキんちょどもの寝室から洗濯物を運び出していたクリスが、いつものエプロンをしたまま俺に手紙を差し出してくる。
「昨日の夕方に届くようにしたのになんで今礼状が届いてるんだよ。半日も経ってないだろがよ」
「高速移動できる術者を使ったのだと思いますわ」
「有能な人材をそういう無駄なことに使うなって手紙に書いて送っておけ。あとエリナの件も教えてやってくれ」
「かしこまりましたわ旦那様」
土魔法が一番得意だというちわっこに、土属性と相性がいいブラックダイヤモンドがたまたま入荷したとかで目に入ったから贈ったが、そもそも王族に二カラットも無い魔法石を贈ったところでとも思ったが、気持ちの問題だし、手紙を見るとすごく喜んでくれてるし、贈って良かったな。
収穫祭からずっとイベント関連が続いたけど、ちわっこは全然こっちに遊びに来れてないし、こっちから遊びに行こうにもエリナがこういう状況だし、
ちわっこが遊びに来た時にはせいぜい盛大に迎えてやろう。
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