第十八話 庶民のテーブルマナー


「お兄さんお兄さん! みんなに会いたくて早く来ちゃった!」



 玄関を開けると、ちわっこが俺の胸に飛び込んできて、まんま予想通りの台詞を言う。

 扉の向こうを見ると、ベルナールが配下を十人近く連れて跪いている。

 うちの騎士団の鎧を着たのも何人かいるから案内かなにかで引率して来たんかな。



「ベルナールか、ちわっこの護衛か?」


「はい閣下。部下含め十名、殿下の護衛で参りました」


「ベルナール、用はもう済んだから帰れ」



 ぺしっとちわっこにチョップする。



「だからそんな偉そうに言うなっての」


「えへへ。ごめんねお兄さん」



 やたらと嬉しそうなマゾのちわっこは無視して、ちわっこに冷たくされてちょっと凹んでるベルナールに声を掛ける。



「しかし十人か、どうせちわっこは今日うちに泊まるんだろ? ベルナールと部下には城に部屋を用意するから、朝にちわっこを迎えに来てくれ」


「はっ……しかし」


「護衛はこちらでやるよ。強力な防御魔法の使い手が二人もいるし、火力も十分だし城よりも安全だぞ。というかどうせちわっこは言う事聞かないぞ」


「流石お兄さんわかってるね!」


「もう慣れたわ。おい」



 俺が側近を呼び出して顔を横に向けるとすでに女官服を着た女が控えている。

 これ俺が逆方向を向いてたらどうしたんだろう? 先読みされてるの?



「こちらに」


「ベルナールたちを城の宿舎に案内して飯を食わせてやってくれ。ああ、酒も出してやってくれるか?」


「かしこまりました。ベルナール卿、城までご案内いたします」


「わ、わかりました。よろしくお願いいたします。では閣下、明日殿下をお迎えにあがります」


「ああ、悪いな」


「いえ、任務ですので」


「ベルナールごめんね。明日はよろしくね」


「殿下、恐れ多い事でございます。また明日お伺いいたします」



 ベルナールが、側近とここまで先導してきたファルケンブルクの騎士団に連れられて城へ向かう。

 ちわっこをリビングまで連れていくか。あいつら晩飯をお預け状態だろうし。



「どうせちわっこは飯食ってないんだろ?」


「うん!」


「じゃあ一緒に食っていけ。今日はごちそうだから」


「ありがとーお兄さん」



 ちわっこを連れてリビングに行き、早速婆さんやガキんちょどもに紹介する。



「あーみんな聞いてくれ。アイリーンは紹介してもらったな? 次はこいつだ」


「シャルロッテです! シャルって呼んでね!」



 すっごい王族感皆無の挨拶に、リビングは拍手でもってちわっこを迎えた。



「じゃあシャルは俺の隣に座れ、気になる子とか仲良くなりたい奴がいれば食事中でも自由に移動して良いからな。マナーとか最低限だし気にしなくて良いから。とにかく楽しく食うこと。いいな」


「わかった!」


「じゃあエリナ」


「うん! じゃあみんなー! いただきます!」


「「「いただきます!」」」


「お兄さんお兄さんこの挨拶って何?」


「俺が聞きたいわ。最近気にしないようにしてたんだけどずっと謎なんだよ。っていうか王都では言ってないのか、それとも貴族では言ってないのか? 駄姉妹がなんか普通に受け入れてたから気にしてなかったわ」



 挨拶が終わると一気にリビングは戦場状態になる。

 普段は大人しいハンナやニコラでさえも、身を乗り出して自分の好物に手を伸ばす。


 ちわっこも手を出そうとするが、どう取って良いかわからないようだ。

 大皿だしな。給仕もいないし。


 何枚かの取り皿に全種類を少しずつ乗せてやってちわっこの前に置く。



「ほれ、気に入ったのがあればあとは自分で取り皿に取って食えよ」


「うん、お兄さんありがとー」



 ちわっこは何かを一口食べるたびに、「お兄さんお兄さんこれ美味しい! なんていう料理なの?」と大騒ぎだ。

 気に入ってくれて良かった。



「ぱぱ! ちちゅー!」



 俺の隣に座るクレアの膝の上にいるミコトが、大好物のシチューを見て大興奮みたいだ。



「そうだぞー、ミコトの好きなクリームシチューだぞー」


「ミコトちゃん、はいあーん」



 クレアがスプーンですくった、ふーふーして十分に冷ましたシチューをミコトに差し出す。

 スプーンの上には良い感じにほろほろになった鳥もも肉を更にほぐしたものが乗せられている。



「あーん」


「ミコトちゃん美味しい?」


「あい!」


「お兄さんお兄さん! この子すごく可愛いね! 髪の色も私たちと一緒だ!」


「うちのアイドルだからな」


「お兄さんとエリナお姉さんの子どもなの?」


「違うぞ」


「あ、じゃあの子なんだね……」


「そうだ。食後にその話もあるんだろ?」


「うん、食べ終わったら時間ちょうだいねお兄さん」


「ああ、わかってる。まあまずは遠慮なく食え」


「ありがとー!」



 今日の汁物のおかわり係は駄姉妹だ。孤児院時代より人数が増えたので一人だけだと対応不可だからな。

 駄姉妹はひっきりなしにおかわりを要求してくる欠食児童たちを笑顔で対応している。

 男子チームなんか駄姉妹によそって欲しいのか、シチューを集中的に食って何度も並んでいるほどだ。

 なんか教育実習で来た女子大生にわざわざしょーもない質問をしに行く男子高校生みたいでほっこりするな、初心すぎな気もするが。

 気持ちはわかる。

 駄姉妹は外面は完璧だからな。凄く綺麗な上に子供たちには常に笑顔で優しいし。



「ちわっこ、この鶏のから揚げにこの自家製タルタルソースをつけて食ってみろ」



 俺に言われたちわっこは、「これ?」とタルタルソースの入れられた小皿にフォークに刺した鳥からをちょんちょんと乗せてから一口齧る。



「うわっ! 何これ! すっごく美味しい!」


「だろ? 揚げたてカリカリの竜田揚げ風から揚げにタルタルソースをつけるというこの罪悪感からもたらされる極上の美味さがたまらん。あ、あとうちでは大皿に乗ったから揚げ、特に竜田揚げ風から揚げに無断でレモンを絞った奴は一週間の罰掃除だからな。カリカリを冒涜する行為は許されん。それでもタルタルはその冒涜すら許されるほどの美味さなんだ」


「すっごい早口で言っててよく聞き取れなかったけど、勝手にレモンを絞ったら駄目なのだけはわかった!」


「お前、無断でレモンなんかかけて、から揚げをびしゃびしゃにするのは大罪なんだからな、気をつけろよマジで」


「はーい」


「お前ちゃんと聞けよ、レモンだけは駄目だからな! 酸っぱいのが苦手な奴もいるし! 油淋鶏ソースか甘酢あんソースにタルタルをかけるのだけは許されるんだが、それも同意無しで勝手にかけたら駄目だからな! うちでは油淋鶏かチキン南蛮がおかずの時にも、あらかじめソースをかける派か、かけない派で別々に提供して個人個人の要望に応えるほど重要視してるほどなんだぞ!」


「はいはい」


「くっそ、庶民のテーブルマナーに興味無いのかコイツ。あとで滅茶苦茶仕込んでやるからな、庶民のテーブルマナーって奴を」


「うんうん、そうだね」



 一回こいつのから揚げに無断でレモンをかけてあの絶望感を味合わせてやるか。それしかないな。

 俺が庶民のテーブルマナーについてどう教え込もうかと悩んでいる間、ガキんちょどもはガツガツと飯を食い続けてる。

 ちわっこも、それを楽しそうに眺めながらも、自ら料理に手を伸ばしまくるのだった。



「兄ちゃん! 俺はから揚げにタルタルソースをつけるのも好きだけど、マヨネーズをつけるのも好きだぞ!」



 から揚げをマヨ塗れにして頬ばっている一号がマヨ派代表として声を掛けてくる。



「流石一号、わかってるな」



 俺はどっちも好きだけど。



「へへへっ! 俺と兄ちゃんは永遠のまよらーだからな!」


「でもテリヤキチキンピザにマヨを大量にぶっかけるお前ほどじゃないぞ」



 一号のマヨラーっぷりに少し心配になるが、全然太らないんだよなこいつら。

 成人病とか怖いから、そろそろマヨ規制しなきゃ駄目かも。消費量尋常じゃないし。

 治癒魔法じゃ成人病って治らないしな。





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