第十四話 久しぶりの日常


 院長室から出て孤児院ではなく託児所のリビングに向かい、一号からアンケート結果を聞くと、やはり俺の挙げたメニューでほぼ問題無かった。

 ラスクとか言ってるのが三人もいたのがびっくりだが、託児所メンバーでもラスク好き増えたからな。ミリィが洗脳してなければいいんだけど。



「ミコトー、パパ晩飯の買い物行ってくるからなー。ミコトは何が食べたい?」



 今は駄姉が抱っこしているミコトに聞いてみる。



「ちちゅー!」


「シチューか! わかった。美味しいの作ってやるからな」

 


 ワシワシとミコトの頭をなでてやると、「きゃっきゃ」と大好きなお姉ちゃんに囲まれてご機嫌なミコトが更にご機嫌になる。



「姉上! 次はわたくしがミコトちゃんを抱っこする番ですよ!」


「はいはい、わかりましたよシルヴィア。ミコトちゃん、今度はシルお姉ちゃんですよー」



 駄姉がミコトを駄妹に渡すと、ミコトは嬉しそうに駄妹にしがみつく。うーむ、節操がない。

 ミコトにとってはみんな大好きなお姉ちゃんだから誰に抱っこされても嬉しいんだろうけど、まさに魔性の女だな。将来がちょっと心配。


 などという親馬鹿思考を放棄して、台所の食材をチェックしてから買い物に向かう。

 女子チームはミコトを中心に固まったままだし、男子チームは工作にでも行ったのかリビングからはいなくなっていた。

 ……一人で行くか。


 しょんぼりと背負い籠を背負って市場に向かう。

 工事現場の食材も大量に必要なのでカートも折りたたんで籠に入れてある。

 結局新しく送迎用に子供を乗せるカートを作らせたので、カートに改造された初代リヤカーを荷物運搬用として使っている。

 引くタイプのリヤカーから押すタイプに変更したままだが、重量軽減機能がついてるので使い勝手は変わらないし、ガキんちょ運搬用として使う可能性もあるからそのままだ。


 てくてくと市場に向かって歩いていく。

 一人で買い物ってエリナの指輪をこっそり買いに行った時以来じゃないのか?

 ……ついでに三人の結婚指輪を買ってきちゃうか。ミスリルの魔法石付きの指輪ならサイズ確認いらないし。



 ファルケンブルクで行われる収穫祭は、十月の第一週。このあたりの地域では、春小麦と冬小麦の収穫が終わり、冬小麦の作付けをやる直前の時期だ。

 作付面積あたりの収穫量が多い水稲を導入したいが、灌漑を作らなきゃならないしな。一応提案して研究して貰うけど、美味い米を食いたいから最初は小規模から少しずつ食味も向上させながらだけど。

 おにぎりなんか露店販売には最適だしな。米とおかずの入った弁当なんかもやはり魅力的だ。

 短粒種よりも比較的安価で流通してる長粒種を使ったピラフ弁当なんかも検討されているが、やはり短粒種で勝負したい、短粒種は冷めても美味いからな



 で、収穫祭と一緒に結婚式をやってしまおうというのがクレアの提案だ。

 エリナと同じジューンブライドの六月じゃなくていいのか? と聞くと、「六月は姉さまの月ですから。それに兄さまはもう領主なのですから、皆さんのお祝いしやすい日の方が良いのではないですか?」と言われた。エリナに気を使ってるのもあるだろうけど、たしかに領主の結婚式なんてイベントはいちいち準備するのは大変だし、収穫祭に合わせてやっちゃえば結婚式自体の規模を小さくしても見劣らないだろう。

 どうせこの世界の結婚式は宴会重視だから、収穫祭冒頭に結婚式をやってそのまま収穫祭に突入しちゃおうというのは理にかなっているしな。


 考えながら歩いていると、肉屋にたどり着く。



「親父久しぶり、これ王都に行ってきたお土産ね」



 親父に王都で買ったクッキーの詰め合わせを渡す。『王都に行ってきましたクッキー』が無かったので普通のクッキーだ。

 ご当地ポッキーも売ってなかった。



「らっしゃい兄さん。お、土産なんて悪いな」


「いつも世話になってるからな」


「しかし兄さんも領主か、随分出世したなあ」


「あれ? 知ってるの?」


「昨日から高札があちこちに立ってるぞ」


「そっか、でもまあ城にはめったに行かないし、これからも同じように買い物に来るからよろしくな親父」


「おう、お得意様が減らなくて良かったよ。で、今日は何を買うんだ?」



 普段と変わらない態度で接してくれるってありがたいな。変に畏まられても困るし、今まで通り気軽に付き合っていきたい。



「ピザの具にハンバーグを乗せようと思ってな、一口サイズのミニハンバーグを百個、ベーコン五キロ、ソーセージ五キロ、卵三十個。あとシチューと唐揚げ用の鶏肉なんだが、シチューは鳥むね肉を使ってたけど、ミコトが食べやすいように柔らかい鶏もも肉にするか。鶏もも肉を十キロくれ」


「相変わらず凄い量だな、うちは有難いが」

 

「ミニハンバーグの形成を百個もしてもらうのは申し訳ないんだけどな。うちだとクレア以外が形成すると割れちゃうんだよ」


「ミニハンバーグは元々店で売ってるものだし気にしないで良いぞ兄さん。それでも追加で作るから……、そうだな三十分貰えるか?」


「貴族街の方で買い物もするから、取りに来るのは一時間以上かかるしゆっくりやってくれ」


「あいよ」


「あと現場用の食材と弁当用の食材の注文書は来てるか?」


「ああ、来てるよ」


「ならそれも後で一緒に持って行くから用意を頼む。先払い用の残高が減ったら早めに言ってくれよ、負担はかけたくないし」



 肉屋や野菜売りのおばちゃん、パン屋なんかのいつも大量に買って行く店には、毎月商品代金を先渡ししておいてある。

 卸もやってる肉屋なら大丈夫かもしれないが、規模が大きくない個人商店で商品代金を翌月か翌々月払いになんてしたらやっていけないだろうしな。

 といって都度現金払いもめんどくさいので、あらかじめ商品代金をデポジットとして渡しておいたのだ。

 物価変動や、天候や天災による価格変動もあるので、一定額ではなく、少し多めに渡しておいて、足りなくなるようであれば言ってくれという方法だ。大分緩い。

 もちろん今まで買い物してて信用のおける店だけの対応だが、何かいい方法は無いかと思案中でもある。



「わかった。兄さんありがとうな」


「いや、むしろこんな大量に用意できる親父の店に感謝だよ」


「うちは本業で卸もやってるからな。それでも取引先を増やしたけど」


「工事が終わったら取引量は戻るからな。一応今は工期通りだけど、あまり手広くやると後で大変だぞ」


「ああ、わかってるよ兄さん」


「じゃあ頼んだ」


「あいよ」



 大量の荷物を抱える前に高級ゾーンで指輪を買うか。ギルドで金おろしていかないとな。

 孤児院を出る前に気づけばすぐ近くだったのにと、相変わらず考え無しで動く自分に苦笑しながら冒険者ギルドに向かう。

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