第十三話 帰還


「ぱぱ! まま! えりなまま! くりすねー! しるねー!」



 孤児院の扉を開けると、ミコトがギャン泣きしながらぽててと早足で向かってくる。

 ミコトが泣くのを初めて見た。赤ん坊のころだって全く泣かない子だったのに、俺までもらい泣きしそう。

 しゃがんだ俺に飛び込んでギャンギャン泣き始める。



「ごめんなーミコトー、パパたちいなくなっちゃって寂しかったよなー」



 わしわしとミコトの頭をなでるが、一向に泣き止まないので、クレアに任せる。

 こういう時男親って駄目だな。いや親じゃないんだけど、どうしていいか全くわからない。

 もう絶対長期出張とか無しな。

 最悪クレアかエリナは残していかないと。いやでも万が一ミコトが俺がいないことで泣いちゃうかもって考えたら無理だ無理。

 でも王都には多分今後は何度か行かないと駄目だろうしな。

 ちわっこに全部押し付けてきちゃって申し訳ないし。


 クレアに抱きしめられながらエリナや駄姉妹にも慰められ、少しずつミコトの嗚咽が弱まっていく。




「すまんな一号、ミコト大変だったか?」


「いや、さっきまでご機嫌で遊んでたぞ兄ちゃん」


「俺達を見て思い出しちゃったのかな」


「最初の内は『ぱぱは? ままは?』って言ってたんだけどな」


「我慢してたのかな」



 こんな小さい子が我慢してるとか考えただけで胸が締め付けられる。



「多分な。『兄ちゃんたちが帰ってきた』って言った途端走りだしたからびっくりしたよ」


「俺もミコトが泣いてるのを初めて見て動揺してる。しばらく引き籠るわここに」


「また兄ちゃんが変な事言い出した」


「だってミコトが泣いちゃうだろ……今までいなかった分ずっと構ってやらないと」


「一日や二日なら良いんだろうけど、工事の件とかで色々兄ちゃんやクリス姉ちゃんたちに確認したい事があるって担当の人が言ってたからあんまり休んじゃ駄目だぞ兄ちゃん」



 一号が立派になったな……。兄ちゃんちょっと感動した。



「まあとりあえず今日はずっとミコトを構ってやろうとは思う。弁当販売とか色々任せちゃって悪かったな一号」


「ハンナとニコラ、あとミリィが頑張ってたからあとで誉めてやってくれよ兄ちゃん」


「わかった。今日の晩飯は豪勢にハンバーグピザにするか。あとポテサラとシチューと鳥からかな」


「兄ちゃん! 聞いただけで凄いぞその料理!」



 ピザ大好きな一号が急にハイテンションになる。やっぱまだまだガキんちょだな。



「留守の間みんな頑張ってくれたからな。まだ時間あるし、他に希望のメニューがあれば聞いて来てくれ」


「多分それだけでも十分だと思うけどな。あ、あとラスクか」


「……それは明日のおやつに作ってやるって言っておいてくれ」


「わかった兄ちゃん!」



 一号は「おーい! お前ら今日の晩ごはんで食べたいものがあったら教えてくれー」とガキんちょどもに聞いて回っている。

 託児所の子どもたちのお土産も多めに用意するか。

 俺や駄姉妹から、迎えに行く人間が女性武官に変わっちゃったからな。


 ミコトや嫁たちの方を見ると女子チームがみんなで固まってハグしあってる。

 なんなのアレ? 蜂球? もう初秋だけどミコト暑くないかな、平気かな。



「兄ちゃん、工事の担当の人が呼んでるって!」


「わかった」



 アンケート中の一号から来客を告げられ、婆さんと話を聞く為に院長室に通してもらう。

 今は婆さんの私室兼孤児院長室をそのまま応接室代わりに使ってるが、現在増築中でちゃんとした応接室が出来るまで婆さんには我慢してもらおう。



「すまない、待たせた」



 扉を開けた瞬間、アイリーンが椅子から立ち上がって直立し、頭を下げてくる。

 こいつこんな事まで担当してるのかよ……。



「閣下、無事のご帰還何よりでございます。また、正式な爵位を得られたこと、ご祝着に存じます」


「ありがとう、まあ座ってくれ」


「はっ、失礼いたします」



 アイリーンが出してくる書類を婆さんと眺める。



「順調だな、びっくりするほどに」


「ほとんどの労働者は真面目に働いております。ただ……」


「冒険者か」


「はい、冒険者ギルドの掲示板を見て応募してきた冒険者はそれほど多くは無いのですが、ほとんどが問題行動を起こしていまして……」


「冒険者に限らず不真面目な奴はクビにしていいぞ、もし抵抗したり文句を言ってきたら容赦なく捕まえろ」


「はっ」


「逆に良く働いてくれてたり、新しく技術を取得したり、面倒な工程を担当してくれている人は定期的に昇給しよう」


「こちらがその昇給予定者リストです。もちろんここからまた増えると思いますが」



 名前だけじゃなく、どういった業務でどれだけの仕事をしているか、どんな技術を有してるか、どんな性格なのかまで記載されている。

 こいつ、本気で有能だな。

 もういっそのことファルケンブルクの領主にしちゃえばいいんじゃないのか?

 少なくとも貴族にして領主代理にしようそうしよう。



「婆さんには炊事場とか洗濯場とか見て貰ってるけどどうだ? 目に適った人物はいるか?」


「このリストに挙がってる方たちで問題ありませんよ。素晴らしいですね、良く見ていらっしゃいます」


「恐縮です」


「アイリーンは働き過ぎだぞ。各担当部署ごとに副官を二名登用しろ、そして週に最低丸一日は休暇を取る事。いいな」


「しかし……いえ、かしこまりました」


「今お前に倒れられでもしたら困るんだよアイリーン。頼むから自分の体を大切にしてくれ」



 一瞬キョトンとするアイリーン。

 いつもキリっとした表情が、完全に素の顔になる。



「閣下……ありがとうございます。そこまで言って頂いて大変光栄です」


「少ししたらクリスから王都への街道敷設と宿場町の建設の素案が出てくると思う。アイリーンに頼り過ぎて申し訳ないんだけど、お前にしか頼めないしお前の力が必要なんだから出来るだけこういう細かい仕事は副官に任せて無理をしないようにな」


「……はい」



 なんか目がうるうるしだしたぞアイリーンの奴。

 まあ今まで自分のやりたいように仕事が出来なかったって言ってたしな。

 責任者はやって貰うが、細かな実務は部下に任せて統括だけしてもらいたいんだが、実務畑の人間だし直接携わりたいんだろうなー。



「婆さんも、炊事場や洗濯場で真面目に働いて子ども好きの信用できそうな人がいたらチェックしておいてくれ。託児所の職員に採用したいから」


「わかりました」


「では閣下、報告はこれで終了いたしましたので、私はこれで失礼いたします」



 ガタっと椅子から立ち上がり、いつものキリっとした表情に戻るアイリーン。



「わかった。副官や部下の件、ちゃんと探しておけよ。お前の選んだ人間なら信用できるからな」


「ご期待に沿えるよう努力いたします」



 さっと頭を下げ、「では」と退室していく。

 うーん、キャリアウーマンだな。カッコいいわ。



「婆さんも留守の間迷惑をかけたな、お土産があるからあとで渡すわ」


「お気遣いありがとうございます、トーマさん。でも孤児院の子達も随分頑張ってくれましたから問題ありませんでしたよ」


「ん、一号から聞いてる。さて、俺も一号のアンケート結果聞いたら晩飯の買い物に行ってくるわ」


「はい、よろしくお願いしますね」



 さて、俺も今日は久しぶりに料理をするし、がっつり美味いもん作ってやるか。






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