第十二話 決着



「すみませんでしたー!」



周囲が見守る中、見事な土下座を披露する。





 ちわっこは俺達と一緒に登城し、特にここ二日間の不在を咎められることなく謁見の間に到着すると、馬鹿王の座る玉座の横に侍る。

 叙爵式は滞りなく行われた。

 というか相変わらず俺は帯剣したままなんだがこいつら頭おかしいのかな?

 騎士叙任式のような首打ちや剣で三度肩を叩くような儀式は無いし、認可状や印璽などはちわっこを挟んでのやり取りだったが、それでも一息で飛び込んで首を断てる距離でのやり取りなのだ。

 王直々ではないとはいえ、伯爵位の叙爵式で王族のちわっこ自ら俺に下賜するのはそれなりに優遇はされているのだろう。

 本当に危機感が欠如している。


 一通りの儀式が終わり、そのまま数メートル後ずさり、エリナとクリスが跪いている少し前方まで戻る。



「して、クズリュー卿の先の功績に対する褒美じゃが……」


「お待ちください父上!」


「シャルロッテよ、叙爵式は終わったとはいえ未だ公式の場である」


「はっ、申し訳ありません陛下」



 シャルが父親を敬称で呼ぶ。

 普段のちわっこ見てると凄い違和感があるが、流石に王族として教育を受けて来ただけのことはある。

 ここでシャルが宰相の罪状公表という流れだが、シャルの身の安全が最優先だ。

 クリスはすぐに俺とシャル以外の全員を凍結させる準備をしているし、俺は即シャルに飛び掛かって脱出する準備を整える。

 上位貴族が多いから、警戒されていれば防御魔法でクリスの魔法は防がれるかもしれないし、俺が疾風を使った瞬間攻撃されるかもしれない。

 だがこいつらは完全に油断している。

 俺達が唯一持つアドバンテージだ。


 シャルは懐から紙を取り出すと、その場で読み上げず、馬鹿王に渡そうとする。

 手順が違う! と思わず声を出しそうになったが、シャルが一瞬こちらを見て微笑んだので、何か考えがあるのだろう。



「む、シャルロッテ、その紙を余に見せたいのか?」


「はい、こちらです……極風の剣エアブレイド!」



 シャルがさっと懐から短剣を取り出すと、風属性の刀身を延伸する魔法を唱え、馬鹿王の首に刃を押し付ける。



「「「は?」」」



 俺とクリスも含め。謁見の間にいる全員の思考が停止する。

 もちろん馬鹿王もまったく状況が理解できていない。楽師の演奏も止まり、周囲に静寂が訪れる。

 待て待て待て、一体どうなっている?



「貴様ら、少しでも動いたり口を開いたりすれば私に親殺しをさせることになるぞ。いいか、動くなよ。……陛下、今この場でエドガルドの罪状を読み上げます。もちろん聞いて頂けますよね父上?」


「……」



 馬鹿王はこくこくと頷くだけで精一杯だ。


 シャルは周囲を一切気にしないで宰相の罪状を読み上げていく。

 宰相は明らかに動揺して冷や汗をかいている上に、自分がどう行動すれば良いのか必死に思考しているようだ。

 今まではシャルが何を言っても、適当に答えておけば王が庇ってくれたし、多分宰相自身もいざという時の為の人身御供は用意してあるだろう。

 だがシャルは本気のように見える。

 ここで何か発言しようものならシャルは王を殺し、宰相自身と取り巻きをも一掃するかもしれない。

 護衛兵も上位貴族もいるから、シャルを取り押さえるのは簡単だ。だがこの様子では王の首が飛んでも周囲の人間は何もできないだろう。


 俺もどうすればいいかわからん。



「そして私の暗殺未遂です!」



 <どっぱん>



「連れてきたぞい! こやつらがすべて自供したわい!」



 爺さんが風縛で拘束したモルガンと暗殺ギルド組合長、盗賊ギルド組合長を連れて謁見の間に入ってくる。



「バッハシュタイン卿、大儀である」


「ほへ? 殿下? 聞いてた話と違うんじゃが……」


「そやつらをここへ」


「は、はっ」



 爺さんの風縛は流石熟練者と言うべきか、三人を直立不動で重ねていて、風の玉ではなく楕円形で無駄な空間が少ない形状だ。

 見事にパッケージングされたその三人をシャルの近くへ着地させると、両手両足を風の縄で縛るようにした状態に形状を変化させる。

 凄いなこの腕前、魔導士協会長だけのことはある。

 いかがわしい店が大好きなのが残念だ。



「さて、まずはモルガンとやら、バッハシュタイン卿に自白した内容をもう一度ここで話してもらおうか」


「で、殿下! 発言の許可を!」



 シャルがモルガンに問いただした瞬間、意を決した宰相が絞り出すように声をあげた。



「……エドガルド、この期に及んでまだ言い逃れか。まあ良い、聞いてやろうではないか」


「すみませんでしたー!」



 王国宰相エドガルド・メルカダンテは周囲が見守る中、見事な土下座を披露する。





「情状酌量でも狙ってたんかな。絶対無理だろうけど」


「どうだろうねー、ロイドお爺さんが連れてきた人たちもエドガルドの名前を直接言ったわけじゃないからね」


「証言を辿っていけばいつかは元宰相にたどり着くんだろうけど、そのあたりは流石に巧妙に隠してるだろうしな」



 エドガルドがいくつかの罪を自供し、拘束されたあと、シャルの「諸卿はご苦労であった。では解散」でお開きとなった。

 爺さんに保護してもらってたシャルの母親と弟を城に戻し、クレアとシルには兵を帰した後に宿屋まで帰還するよう伝令を出し、俺とエリナとクリスは何故かついて来たちわっこを連れて宿屋に戻る。



「お兄ちゃん、結局私たちなにもしてないよね」


「……まあいいじゃないか。色々準備したり千騎も動かしたりしちゃったけど」



 エリナに言われたくなかったことを言われて、側近に淹れて貰った茶をすすってから少しだけ強がってみる。



「旦那様、我が領兵は実戦経験のない軍です。戦闘状態に入らなかったとしても今回の出陣は十分費用に見合ったものになると存じますよ」


「無駄遣いにならなかったってのは唯一の慰めだけどさ。結局ちわっこが全部一人で終わらせちゃったし」


「えへへ、ごめんねお兄さん。色々やってくれたのに」


「ま、爺さんが証人を連れてきたのがダメ押しになったっぽいし、完全に無駄ではなかったからそれでよしとするさ」


「お爺ちゃんもびっくりしてたよね!」


「暗殺未遂の罪状を読み上げ始めたら入ってきてとは言ってたけど、まさかちわっこが馬鹿王に剣を突き付けてるとは思わんだろうしな」


「ああいう状況にして脅しをかけないと、結局また言い逃れされちゃうかと思って」


「実際それで上手く行ったから何も言えん。孤児院の改善提案書は渡しておくから頼んだぞ」


「うん。あと暗殺ギルドと盗賊ギルドに関しては廃止になると思うけど正式に決まったら連絡するね」


「悪いな。本当は残って色々手伝ってやりたいんだが」


「ううん。沢山の子供たちが待ってるんでしょ? 今度は私がファルケンブルクに遊びに行くからその時はよろしくね」



 隣に座るちわっこが俺の腕にしがみついてくる。



「もう大丈夫だと思うけど、護衛の兵はちゃんと選べよ。なんだったらこちらから迎えを出してもいいし」


「うん……ありがとうお兄さん!」



 こっちが本当のちわっこなんだよな。

 せめて今だけは、そしていつかファルケンブルクに来た時だけは自分を出せるようにしてやらないとな。

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