第十一話 ちわっこ確保


 眠れたのか眠れなかったのかよくわからんまま覚醒する。

 両側からしがみついてくる駄姉妹の体温が心地いいし柔らかいんだが、全員起こして朝の支度だ。

 クレアだけ見当たらなかったが、多分朝食作ってるんだろうな。

 良妻賢母じゃん。

 この中で一番若いのに。



「あ、兄さまおはようございます。丁度朝ごはんできましたよ」


「おはようクレア。朝飯も作って貰って悪いな」


「いいえ、兄さま。私の好きでやってる事ですから」


「そか。じゃあ朝飯にしよう」


「はい!」



 着替えも終わって早速全員でテーブルに着く。

 サラダとポテサラ、ベーコンエッグ、焼いたチキンにスクランブルエッグまで揃った豪華飯だ。

 孤児院感覚だと滅茶苦茶豪華なんだけど、貴族だとどんな飯食ってんのかな?


 クレアの腕前に感心しながら飯をつついていると、ガツガツとすげえ勢いで飯を食うアホコンビ。

 エリナはともかく駄妹は一応貴族だろ?

 大丈夫なんか?



「閣下、あの……」



 扉の前で控えていた駄姉の侍女が声を掛けてくる。

 いや、俺の側近なのかな?

 そのあたりの境界線があいまい過ぎてよくわからん。

 おいって呼べば現れるのは俺専属の側近だと判断できるけど。



「どうした?」


「王女殿下がこちらに向かっているとの先触れが来たとの事です」


「……えと、迎えに行くべきかな駄姉」


「そうですね、わたくしと旦那様だけでよろしいかと思いますよ」


「わかった、行くか。玄関でいいよな?」


「ええ、非公式ですしね。服装もこのままで大丈夫です」


「じゃあちょっとちわっこと話してくるから、お前らはそのまま飯食っててくれ。残しておけよ! 全部食うなよ!」


「「ふぁーい」」


「はい兄さま。でも足りなくなればすぐに追加できるから大丈夫ですよ」


「頼む。こいつら絶対全部食うからな」



 駄姉と一緒に一階に下りていく。

 さらっと駄姉が腕を組んでくるが、まあいいだろう。

 柔らかいし。

 クンクン俺の匂いを嗅いで来なければ完璧なんだけどなこいつ。



「あっ! お兄さんお兄さん! おはよー!」



 一階にたどり着いて玄関を係員が開けた瞬間、ちわっこが飛び込んでくる。



「おっと」



 そのままの勢いで俺の胸に飛び込んでくるので、片腕でキャッチ。もう片方の腕は駄姉に拘束されてるからな。

 玄関の扉がそのまま閉じられる。あれ? 護衛とか側近はいないのか?

 宿屋の中に入ってこないだけか? 



「お兄さんお兄さんなんで昨日いなくなっちゃったの?」


「馬鹿王が出てけって言ってただろ」


「そうだっけ?」


「そうなんだよ。んでちわっこ、今日は何の用だ?」


「お兄さんと遊ぼうと思って」


「王族ってわりと自由なのか?」


「んー、わかんない」


「今日は王都の中を回ろうと思ってたんだよ、それも貧民街とか面白くなさそうな所をな。それでも良ければ連れてってやるぞ」


「うん! 行く行く!」


「じゃあ部屋に行くか。ちわっこお前朝飯は食ったか?」


「ちょっとだけ」


「じゃあ一緒に食っていけ」


「うん!」



 左右に女子をくっつけて部屋に戻る。

 えへへ! とご機嫌なちわっこを見ながら、駄姉がこっそり声を掛けてくる。



「旦那様、流石ですわね」


「良いタイミングだな。ちわっこを連れて貧民街と孤児院。んでそのまま魔導士協会に行くか。完全に人質というか洗脳というか、少々気が引けるんだけどな」


「この手段を取らないのであれば、全面戦争になってたかもしれませんよ」


「怖いこと言うな。それにちわっこが現状を見て理解できなきゃ何の意味もない」


「そうですね……まだつかみ切れてない部分もありますし」



 三人並んで移動できるほどの広さの通路と階段を通り、部屋に到着する。



「あっ! シャルちゃんだ! おはよー!」


「エリナお姉さんおはよー」


「わーシャルさんだー」



 ちわっこが俺の腕から離れてエリナやクレアとハグしあっている。

 いつの間にかすげえ仲良いのな。



「クレア、ちわっこの分の飯も頼む」


「はい兄さま」


「シルお姉さんおっぱい大きいねー」



 ハグしあってる最中に近寄ってきた駄妹の胸をペタペタ触るちわっこ。

 駄妹も少し困惑してるが無抵抗だ、あいつが触られまくられるのってなんか理由があるのか?

 駄姉の方がデカいんだが、隙があるのかな。

 流石に女子にしか触らせてないが、託児所の男子が頼みこんだら触らせたりしないだろうな。

 あれ、俺嫉妬してるの?


 テーブルを見ると、あの短時間で大分料理が減っている。

 流石欠食児童、エリナの胸に栄養が行かないのは足りてないせいなのか。

 いや、駄妹は十分行き届いてるな。



「シャルちゃん、一緒に食事をしましょう」



 駄妹が触られながらもちわっこを自分の隣の席に座らせる。

 丁度クレアが追加の料理とちわっこの取り皿なんかを持ってきた。



「美味しい! クレアちゃん凄く美味しい! これクレアちゃんが作ったの⁉」


「ありがとうございますシャルさん。料理は兄さまに教わったんですよ」


「お兄さんお兄さん、レシピ教えて!」


「レシピは普通に出回ってると思うぞ。庶民の食い物だからちわっこには珍しいだけじゃないのか?」


「そうだよシャルちゃん! ファルケンブルクの町なら露店で似たようなものは買えるよ! でもクレアの料理が一番美味しいのは変わらないけどね!」


「姉さま、ありがとうございます」


「じゃあ今度お兄さんの町に遊びに行くね!」


「王都内ならまだしも、そんな簡単に来られないだろ」


「多分大丈夫じゃないかな? エドガルドは私を殺したがってるみたいだから、外出許可は出ると思うよ」



 ……この国、駄目だな。

 溺愛してる娘を危険な目にあわせててそれを把握していない馬鹿親も揃ってクズ過ぎだ。



「お前……、わかっててそんな危険な事はするなよ。約束だぞ」


「わかった。約束する」


「あと、その件については何とかしてやる。流石にガキんちょ殺そうとしてるクズ相手に遠慮なんかしてられるか。クリス、騎士団と軽騎兵だけでいい。例のアイリーンの策を使うぞ」


「はい。お任せください」


「叙爵式は明後日だが間に合うのか?」


「今頃は訓練名目ですでに王都に向けて出立しております。ご不要なら途中で返す予定でした」



 うーん。こういう展開になるってわかってたのか、そうしようとしてたのかは置いておく。

 今はそんなことを気にしてる場合じゃない。

 ちわっこの命が掛かってるからな。



「ちわっこ、お前叙爵式まで俺と一緒にいろ。ただし馬鹿王に連絡はしておけよ。もし連れ戻しに来たら上手い事言って追い返せ。それこそ命の危険があるとでも言え」


「お兄さん……わかった。ありがとうね」


「お前の母親と弟だが、どこか避難できるような場所とか伝手があるか?」


「うーん、わかんない」



 最悪魔導士協会にかくまってもらう位か。交渉次第だが、俺達が王都を離れる時までならなんとかなるかもな。

 くっそ、なんだってこの国の指導者階級にはこんなにクズが多いんだ。

 いくら王族とは言え、ガキんちょが自分を殺したがってる人がいるなんて言わせる世界なんて俺が認めん。



 朝食を終え、ちわっこを加えた六人で馬車に乗り込み、貧民街へと向かう。



「なあちわっこ、単刀直入に言う。あのクズ宰相を追い落とすから協力してくれ」


「うん!」


「即決だな。まだ具体的な話はしてないんだが」


「お兄さんお兄さん。それより、お兄さんが父上から国を奪っちゃえば?」


「いやいや、あの王は馬鹿だけどちゃんとしたブレーンをつければいいだけだろ、わざわざ失脚させる必要なんてないわ」


「お兄さんのヘタレ」


「過激な奴だらけか。とは言え、最悪こちらも過激な手段を取らざるを得ない可能性が出てきたから何も言えん」


「その際はわたくしにお任せくださいませ」


「頼りにしてるけど、お前の出番がないようにするのが目標だからな。ちゃんと宰相の件も調べておいてくれよ」


「かしこまりました」


「クリスお姉さんかっこいいね!」


「まあ、ありがとう存じますシャルちゃん」


「えへへ!」



 きゃっきゃと隣に座る駄姉に抱きつくちわっこ。そのちわっこの髪を駄姉が梳くように撫でている。

 不穏な会話をしていたのに何故かほんわか空気になる客車内。

 日常会話が王の追い落としとか絶対に嫌だ。


 そんなことを思いながら客車内から外を見ていると、周囲の景色が段々と変わっていく。



「ちわっこはこのあたりに来たことはあるか?」


「んー、ないかなー」


「じゃあ貧民街ってのも知らないのか」


「一応、この町には裏社会的なものがあるとは聞いてるよ」


「うーん、まあ実際に見た方が早いか。ちわっこ、俺たちは貧困家庭の子どもたちを救済したいと考えている」


「うちの国はそれができていないって事?」


「多分な。だからこそ確認に行くんだ」



 さっきまでご機嫌だったちわっこの表情が少し曇る。こういう国の悪い所は聞かされていなかったんだろう。

 馬車の外はまさにアンダーグラウンドというような雰囲気になっている。

 その雰囲気に似合わない豪奢な伯爵家の馬車が減速を始める。どうやら目的地に到着するようだ。


 貧民街でも大通りに面していて、馬車でも入口に乗りつける事が出来る。

 立地の面ではそれなりに優遇されてはいるのか。

 ファルケンブルクの孤児院も今は寂れてるとは言え、広い土地を旧貴族の別荘地に貰ってたしな。



 アポは取っていたので到着と同時に孤児院長室に通され、早速身分を明かした上で色々話を聞いたが、「支援金の額などは外部の方にお話しするわけにはいきません」と五十代くらいの女性の孤児院長に言われた。だがそれでも色々話を聞き、大体の事情は察する事が出来た。

 当面の資金としていくらか渡し、いざという時はいつでも助けになるから連絡をしてくれと言って席を立ち、馬車に乗り込む。



「うーん、本当にどうしようもないなこの国は。ただ俺が来たばかりのファルケンブルクの孤児院よりはマシだったのが救いだが」



 馬車が走り出したのを確認して、沈黙を破る。



「孤児の人数が比較的少なかったからとも言えますね」



 クリスが少し怒気をはらんだ声で言う。



「お兄様、なんとかなりませんか?」


「魔導士協会に行ってからだな。詳細を詰めるのは」



 駄妹にはそう答えるが、さて、どうなるか。あの爺さんなら話は聞いてくれそうだけど、協力とは言わないがせめて中立、最悪でもちわっこの母親と弟を匿うかファルケンブルクまで逃がして貰うくらいはなんとか手伝ってもらわないとな。



「クリス、魔力を吸収して魔法を行使する技術と引き換えに協力を得られないかな」


「その技術はわたくしの方で個人的なレポートに纏めておりますが、交渉材料としては問題が無いどころか、向こうにとっても喉から手が出るほど魅力的でしょう。ですがよろしいのですか?」


「魔導士協会の出方次第だな。手札は多い方が良い」


「かしこまりました。準備しておきます」



 手持ちのカードはこれで全部切ったかな?

 この国の連中は平和ボケしてて隙は多いが、事後処理を考えると頭が痛くなる。

 ま、やるしかないんだがな。

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