第十一話 報告


 執務室に入ると、たしかに十人以上が一度に座れる大きな長方形のテーブルが置かれている。

 各担当者だろう、既に集合していたようで、椅子に座らずに全員起立していて、入室してきた俺達に対して頭を下げている。

 唯一空いている最奥の上座である俺の席っぽい場所に目を向けると、何故か三人掛けのソファーが置かれていた。



「あのさ」


「旦那様なんでしょうか?」


「俺の席ってあそこだよな」


「そうですよお兄様!」


「まあいいや、早速始めるか」



 下座から上座に回り、三人で座ると「旦那様」と駄姉に小声で言われたので



「じゃあ始めようか、堅苦しい挨拶は必要ないから皆座ってくれ」



 と声を掛けて会議のスタートだ。

 進行は駄姉に任せて、とりあえず各部門の報告を聞く。

 「よくわからない事があればいつでも聞いてくださいませ」の言葉に甘えて、ちょくちょく話を止めて駄姉の補足説明を聞いているが、駄姉妹の信頼する人員を各部門のトップに据えた組織改編は、特に混乱も問題も無く完了して今はもう通常運営になったようだ。

 それでも少なくない旧領主派を排除したため、どの部門も人員不足となっており、民間からの登用に力を入れていくという流れになった。



「民間登用ねー、採用試験を年一から増やすとかで対応するのか?」



 ふと漏らした俺のつぶやきに、「閣下、発言宜しいでしょうか?」とアイリーンが挙手をしてきたので、「ああ、良いぞ」と許可を出す。

 閣下かよ……。イギリスの封建制度では爵位持ちは全員閣下って呼ばれたんだっけ? 日本人の感覚だと敬称が閣下って軍人だと将官クラスだし、だいぶ違和感があるな、などと思いながらもアイリーンの話を聞く。



「いくつか案はございますが、今年度の採用試験で落第した者の中から再度選考を行いつつ、この町だけではなく、近隣の町や村からの自薦、他薦で採用試験を再度行いたいと思います」


「近隣の町や村の人材って春の採用試験には来てなかったのか?」


「旅費などの関係で、遠方で経済的に余裕のない家ではなかなか難しいと思います。試験期間も通常一週間ほどかかりますので、その間の宿泊所の費用も必要ですし。一応無料の簡易宿泊施設はこちらでも用意しているのですが、集中して試験対策が出来ないとの意見もり、経済的に余裕のある受験者には不評なようで、利用者は少ないですね」


「ならば旅費と宿泊代、滞在中の食事はこちらで面倒をみるか。それくらいの予算は出せるだろ、クリス」



 つい駄姉と呼びそうになったが、流石にこういう場で駄姉も無いだろうと愛称で呼ぶ。

 でも俺の両腕に絡みついてる駄姉妹に配慮しても意味は無さそうだけどな。

 特に駄姉は時折クンクンと俺の匂いを嗅いでくるし、匂いを嗅ぐ場所もだんだん首元に近づいてきてる。

 もう領主家令嬢としての権威もへったくれも無いぞこいつ。

 会議の進行や俺の質問なんかは普通にしてるから余計におかしな行動に見える。



「ええ、問題はありませんわ。乗合馬車を使って近隣の町や村を回らせ、受験者をこの町に連れてくればよろしいでしょう」


「一応護衛もつけた方が良いかな? シルどう思う?」


「馬車の台数にもよりますが、馬車一台あたり五、六名の騎士をつけましょう。野営訓練も兼ね、ベテランと新人を組ませてみても良いかと思います」


「なるほど、騎士団も定員を埋めるのに新人が結構入ったって話だったしな、丁度良いかも知れん。あと宿泊施設だが」


「民間の宿泊施設を借り上げてもよろしいのですが、今後貧民でも採用試験を受けられるように、また採用試験の回数を増やすためにも、現在の簡易宿泊施設をより利便性の高いものに変えたく思います」



 俺の問いかけにアイリーンが答える。

 財務担当はほんとやることが多くて大変だな。

 統括する宰相職みたいなの置いてある程度負担を減らしてやった方が良いんじゃないかね。



「受験者用の送迎馬車も時期を分けたりして定期的に各地を回るようにすれば、一度に受験者を宿泊施設に押し込めることも無くなるし、無駄に大きい施設を用意しなくても済むな」


「はい閣下、受験回数を年に二回までというように制限を設けた上で年複数回の開催にすれば、一回の開催での受験生の抑制も可能です」


「無料簡易宿泊所を民間並みの設備を持つ個室にして、食事も無料で配給、利用希望者多数の場合は収入に応じて優先度を設けて、溢れた場合は補助金みたいな感じで出来るか?」


「開催数や受験者一人当たりの年間で受験できる制限数など色々加味して試算を出したいと思いますが、可能であると思います」


「流石だなアイリーン、細かな調整は任せるから予算なんかの絡みはクリスと相談してくれ。領主家の方からも出すから」


「お任せください閣下」


「あ、あと。文官には向かないが、幼児や子供に十五歳までの勉強を教えられるような人材があれば別途採用してくれないか? 託児所での教師兼保育員として迎えたい。性格は温厚で、出来れば女性が良いな。男に恐怖心持ってる子がいるし」


「かしこまりました」



 アンナの事だと察した駄姉が俺の腕をぎゅっと強く抱いてきて、聞こえるか聞こえないか程度の声で「ありがとう存じます旦那様」とつぶやいて来た。

 まあ静かな会議室の中だから周りにいる連中は大体察しているようで、敢えて視線を逸らしている。

 まあ良いか。

 駄妹なんか難しい話が続いてるのか寝てるんじゃねーのかってくらい俺の腕にしがみついたまま微動だにしない。

 確認するのが怖いからしないけど。

 


「そういや託児所周辺の土地の件はどうだ? 他に有効利用の案が無ければ将来的には学校を目指す形で託児所の土地として使いたいが」


「問題ありません閣下。町の発展、拡大により利便性を失い土地の価格の下落が止まらない状態です。別荘地跡に公営の施設を建設する事で周辺の土地価格の上昇も見込めますしね」


「ならまずは更地にして外周を囲うか。公共事業としてできれば可能な限り職にあぶれた人間を使いたいが、不真面目なのは困るしその辺の塩梅も任せて良いか? 利権も絡むだろうから慎重に公正な判断ができる人間を責任者に置いてくれ。あとそうだな、出来れば炊き出しや洗濯などで女性の臨時雇用も出来るように調整して欲しい。工期はそれほど急がなくても良いからとにかく丁寧にじっくりとやって欲しい」


「閣下のお考えは大変素晴らしいものと存じます。新規開拓などの雇用策もありますが、そちらでも可能な限り調整致します」


「前領主父子の私財は全て使って良いからな。あいつらかなり貯めこんでたから」


「はっ!」



 にこっと微笑みながら嬉しそうに返事をするアイリーン。

 やはり前領主にあまり良い感情は持ってなかったようだな。

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