第十話 月明かりの下で


 昼過ぎにそれぞれ買い出しが終わり、それからエリナと二人でパーティーの食事の準備だ。

 婆さんに確認した所、やはり一部の貴族の間ではクリスマスパーティーというものを行ってはいるが、年越しイベントの方が大きい為、クリスマスパーティーは一般的ではないようだ。


 ついでにシスターだった婆さんにこの世界の宗教について聞いてみたところ、多神教な上に無神論者が大半で、教会というか多神教の偶像を祭る祭壇が置かれている礼拝所がある程度との事。

 婆さんは無償の奉仕を教義とする宗派のシスターで、簡単な救護施設や一時預かりの託児所などの管理をやっていた繋がりで、聖職を辞した後にこの孤児院を国の要請で始めたとの事だった。


 託児所か......。貧乏人は無料で、支払いに余裕のある一般家庭や金持ちは寄付という形で一定の金銭を貰えば寄付金を増やすことはできるかもな。

 食事と風呂、読み書きや簡単な計算を教える。

 うん、このスタイルなら需要はありそうだな。

 とはいえどれくらいの金額を貰うか、大店か富豪の子息が入所して大金を寄付してくれれば余裕だけど、孤児と一緒に扱うなとか言ったら俺がブチギレるな。

 効率よく収益化を図るには......、日本の有名進学塾みたいに高度な学習が受けられるとかっていう付加価値が必要だな。


 コンセプトを理解して出資してくれる金持ちとかいればいいが。



「お兄ちゃん、ぽてさら出来たよ!」



 っと、つい考えこんでしまった。

 学校は無さそうだけど、後で婆さんに色々聞いてみるか。

 どうせあのアマから貰った金だ。

 稼げなくても貧民のガキんちょ連中が助かるだけ良い金の使い方として納得できるしな。



「おう、じゃあピザを焼きながら唐揚げに取り掛かるか。揚げ終わったらラスクだな」


「はーい!」



 台所の入口は封鎖してある。

 腹をすかせた欠食児童共がしょっちゅう覗いてくるからだ。

 火を使うし揚げ物もするから危険だしな。

 でもつまみ食いとかはしないんだよなあいつら。


 エリナと二人でガンガン料理を仕上げていく。

 エリナは、今まで俺が作ったメニューは全て作れるようになったし、元々料理をしてたお陰で既に俺の腕前を超えている。

 更に手慣れたもので、エリナは特に指示を出さずとも手際良く料理を作ったり、料理の合間に俺をサポートしてきたりする。

 クレアも最近は手伝ってくれるようになったのだが、ミコトに取られてしまった。



「お兄ちゃんピザ焼けたよ!」


「こっちもラスクが仕上がったし、どんどん運び出してくれ」


「わかった! アラン達も呼んでくる」


「頼む。俺はクリームシチューを鍋ごと運ぶから」





 婆さんや年長組の手伝いもあってあっという間にリビングのテーブルに料理がぎっしりと並べられる。

 苺のショートケーキは一人一ピースだが、唐揚げ、ピザ、ポテサラ、サラダ各種、偽ラスクが大量に並べられた。

 クリームシチューは最近購入した馬鹿でかい寸胴鍋に入れられて俺の横にスタンバイされている。

 飲み物も普段はあまり買ってこない果実を絞ったジュースを用意した。


 弟妹共の目がテーブルの上に釘付けだ。

 ハンバーグを除く人気料理が全部並んでる訳だからな。


 ミコトの食事は既に済んでいるようで、クレアにだぁだぁ甘えてる。



「いいかー弟妹ども! 今日はクリスマスというリア充がパーティーをする日だ!」


「りあじゅう? りあじゅうって何お兄ちゃん」


「兄ちゃんがまた変な事言い出した」


「兄さま、前にくりすますは偉人の生誕を祝う日だと言っていたじゃないですか」


「今日はリア充の日です。俺達はリア充なんです」


「兄ちゃんが何を言ってるか全然わからないよ」


「特に今日は良い子にしてた奴は夜にサンタさんからプレゼントが貰えるからな! 良い子にして早く寝ろよ! 遅くまで起きてるとプレゼント貰えないからな!」


「「「はーい!」」」


「よーし、いい返事だ良い子達! じゃあ食って良いぞ!」


「「「いただきまーす」」」


「......」


「どうしたのお兄ちゃん?」


「もう諦めた」


「?」


「さあエリナも気にせず食え食え」


「うん!」



 みるみる料理が減っていく。

 しかもさっきから「おかわりー」とクリームシチューのおかわりの列が途絶えない。

 たまにエリナがピザやら唐揚げを「お兄ちゃんあーん」と食わせてくれてるので食事自体は出来ている。

 あーんするならちょっとだけ代わってくれよアホ妹。

 あーんしたいだけだろ。

 餌付けするな。でもちょっと嬉しい。



「エリナ、オレンジジュース取って」


「うん! これもあーんする?」


「気管支に入るから嫌だ」


「兄さま、おかわり係代わりますよ」


「おっ、クレアサンキューな。ちょっと食ったらまた代わるからそれまで頼む」


「もークレア!」


「あっ姉さまごめんなさい。お邪魔しちゃいましたね」


「エリナはちょっとアホなだけだからクレアは気にするな」


「お兄ちゃん!」


「うっさい、ポテサラ取ってこい」


「はーい!」


「返事だけは完璧だなお前は」


「えへへ!」


「誉めてないんだけどな、アホ妹よ」



 俺の近くにあったポテサラが盛られた皿は既に弟妹共に食い尽くされていたので、他のポテサラを探しにエリナが席を立つ。



「ふふふっ、兄さまと姉さまは本当に仲が良いですね」


「まあパートナーだしなー」


「兄さま、姉さまをよろしくお願いしますね」


「クレアもか。わかった任せろ」


「こういう時の兄さまは本当に頼りになって好きですよ」


「まあヘタレはなかなか治らん」


「頑張ってくださいね兄さま。私応援してますから!」


「ありがとなクレア。でもお前も俺の大事な妹なんだからな。変に遠慮しないでたくさん甘えて来いよ」


「ありがとうございます兄さま。凄く嬉しいです」

 

「お兄ちゃんぽてさら持ってきたー!」


「ありがとな」



 エリナの持つポテサラが盛られた取り皿に手を伸ばすと、さっと遠ざけられる。



「何してんのお前」


「はいお兄ちゃん! あーん!」


「いや、今はおかわり係じゃないんだが」


「いいから! あーん!」


「めんどくせー」



 と言いながらも口を開けると、エリナがスプーンに盛られたポテサラを俺の口に突っ込んでくる。



「美味しい?」


「ああ美味いよ。エリナも随分料理の腕が上がったな」


「ありがとうお兄ちゃん!」



 エリナの笑顔が弾ける。

 自覚はしてたけど、やっぱ俺はエリナに惚れちゃってるんだよな。

 三歳年下のこいつに。



「よし、次はお前のおすすめを持ってこい」


「任せて!」


「兄さま、姉さまは凄く幸せそうですね」


「クレアは今幸せか?」


「はい! とても!」


「そか」



 エリナが次々と料理を持ってくる。

 一通り食った俺はクレアと交代して、偽ラスクをポリポリ齧りながらクリームシチューの最後のおかわりをミリィに渡してお役御免だ。



「おにーさん、きょうのごはんもすごくいしかったよー、ありがとー」


「おう、ラスクもまだ残ってるしいっぱい食えよ」


「うん!」



 ぽててと少し速足で、クリームシチューを大事そうに抱えながらミリィは自分の席に戻る。

 料理はそろそろ無くなりそうだ。

 既にデザートに手を伸ばしてるガキんちょも出始めた。

 みんな笑顔だ。

 うん。

 良かった。





 食事も風呂も終わり、他に誰もいないリビングで、エリナの髪をドライヤー魔法で乾かしている。

 いつもの風景だな。



「よし、終わったぞエリナ」


「ありがとうお兄ちゃん!」


「そろそろガキんちょ共は寝たかな?」


「もうとっくに寝ちゃってると思うよ?」


「じゃあプレゼントを枕元に置いてきちゃうか」


「わかった! 結局みんなに手鏡とぬいぐるみとリボンを買ってきちゃったよ」


「俺も結局全員一緒にしちゃったな。あと婆さんに万年筆を買ってきたから一緒に渡してやってくれ。どうせお前も婆さんに何か買ってきたんだろ?」


「うん。服を買ってきたよ」


「ガキんちょ共に渡し終わったら、院長室でまだ仕事してるだろうけどそのまま渡しちゃってくれ」


「お兄ちゃんはお礼を言われるのが苦手だからね!」


「まあそういう事だ。それが終わったらお前にプレゼント渡すから。......そうだな、裏庭で待ち合わせるか。さっきちょっと見たら月が綺麗だったから月を見ながら待ってるよ。婆さんの話は長そうだからな」


「わかった!」



 一旦部屋に戻って婆さんの万年筆と男子チームのプレゼントを持ち出し、エリナに万年筆の入った箱を渡す。

 ボールペンは試作品ですら満足な物がまだ出来ない上に、コストが高すぎて量産なんかはまだまだ年数が掛かるとの事だったが、万年筆は比較的手の届く値段で買えた。


 俺は男子チームの部屋にこっそり入り、プレゼントを枕元に置いておく。

 一号が気づいて起きたようだが、気づかない振りをして狸寝入りをしているようだ。


 プレゼントを渡し終わると、一旦部屋に戻って予め用意しておいたエリナへのプレゼントを持って裏庭に行く。

 ちょっとドキドキしてきた。

 シミュレーションは何度もしたんだが、いざとなるとヘタレが出てくるな。

 随分待たせたけど、エリナは喜んでくれるだろうか。


 丁度満月なようで、月をぼーっと見てみる。

 この世界も、ここが地球であれは月なんだろうか、などと考えてると、エリナが布の包みを抱えて裏庭に出てくる。



「お待たせお兄ちゃん」


「随分早かったな。婆さんに捕まってるかと思った」


「んー、なんか良くわからないけど早く行きなさいって院長先生が。あと素敵な万年筆をありがとうございますだって」



 そういや婆さんには既に話をしておいたんだった。

 エリナはまだ未成年だし、婆さんはエリナの保護者だからな。



「ああ。気に入って貰えたようで良かったよ」


「でね、お兄ちゃん。これ私からのプレゼント!」



 エリナが恥ずかしそうに包みから、毛糸で編まれたマフラーを取り出して俺に差し出してくる。



「マフラーか、暖かそうで良いな。ありがとうエリナ」


「うん! 手編みなんだよ!」


「お前凄いな、市販品みたいな出来じゃないか」



 早速マフラーを巻いてみる。

 かなり暖かい。

 でも妙に長い。


 エリナを見ると、真っ赤な顔が月明かりに照らされている。

 なるほど、そういう事か。



「エリナ、こっちこい」



 軽く抱き寄せて、かなり余ってるマフラーの端をエリナに巻いてやる。



「このマフラーはこうやって使うんだろ?」


「......うん。えへへ!」


「凄く温かいよ。ありがとうなエリナ」


「うん!」


「エリナは今幸せか?」


「すごく! お兄ちゃんのおかげだよ!」


「そか。俺な、エリナやガキんちょ共が元気になってくれて、幸せだと言ってくれて本当に嬉しいんだ」


「お兄ちゃん......」


「こんな俺でも、社会に絶望して生きる気力が薄弱になってた俺でも。少しはエリナ達の力になれたんだって。それを教えてくれたエリナには感謝しかない」


「......」



 そういって俺はポケットから箱を取り出し、中に入った指輪を取り出す。



「エリナ」


「はいっ」



 真面目な空気を感じ取ったのか、エリナもいつものアホ妹モードから真面目モードになる。



「左手を出してくれるか?」


「? はいお兄ちゃん」



 なんだろう? という感じで出してきたエリナの手を取ると、薬指に指輪をはめる。

 シュッっと小さな音がしてエリナの指にぴったりはまった。


 俺からのプレゼントが指輪だとわかると、エリナの目が大きく開かれる。

 月が綺麗ですねなんて言っても絶対に伝わらないから、勇気を出してはっきり言おう。



「エリナ、愛してる。一生大事にするから俺と結婚してくれるか?」


「はい! お兄ちゃん!」



 エリナが俺に抱き着いてくる。



「待たせてごめんなエリナ」


「ううん! ううん!」



 俺の胸に顔を埋めて一生懸命に首を振って否定するその声は、既に涙声だ。



「エリナ、こんなヘタレな俺を好きになってくれてありがとう」



 エリナはうんうんと一生懸命に頭を動かす。

 もう声が出せないようだ。



「エリナ、顔を見せて」


「......今ちょっとお兄ちゃんに見せられない顔をしちゃってるから......」


「俺の大好きなエリナの顔が見たいんだ」



 エリナの耳が、月明かりでもわかるほどに赤く染まる。


 恥ずかしいのを我慢するように、おずおずとゆっくりと顔が俺に向けられる。

 エリナのエメラルドの目から溢れた涙が、柔らかな月明かりの下で輝いている。



「エリナ、綺麗だ」



 そう言って、俺はエリナと唇を重ねる。



「っ!」



 唇を重ねながら、エリナはぎゅっと俺を強く抱きしめてくる。


 何時間も経ったような感覚の後、ゆっくりと唇を離すと、エリナは名残惜しそうな表情をしながらも、恥ずかしがってすぐに俺の胸に顔を埋めてしまったので表情が良くわからない。


 

「エリナ、そのままで良いからちょっと俺の話を聞いてくれるか?」


「......はい」


「俺の誕生日が、六月一日って事になってるんだよ。俺も捨て子だから実際に合ってるかどうかはわからないんだけど」


「......」


「でな、俺もお前たちと一緒に新年の日を誕生日にしたい」


「......」


「で、六月一日は俺とエリナの結婚記念日にしたいと思うんだ。また待たせることになるけど、丁度その頃は俺がこの世界に来て一年位になるし、六月に結婚する花嫁は幸せになれるって言う話が俺の世界にあるんだよ」



 女神ジュノがこの世界にいるかはわからないけど、どうやら神は存在するようだしな。



「はい!」



 エリナが俺に満面の笑顔を向ける。



「いいのか? 待てないと言われたら俺としては早くても構わないと思ってたんだが」


「だって私凄くうれしいんだもん! 私の事を考えて六月って言ってくれたんでしょ!?」


「誕生日の話を聞いた時からな。俺もガキんちょ共とみんなで一緒に歳を取って祝いたいし」


「うん! うん!」


「元々合ってるかもわからなかった俺の誕生日は好きじゃなかったんだけど、エリナとの結婚記念日になるなら良いなって思ったし、丁度新年の日から半年だからガキんちょ共とみんなで結婚記念日を祝えたらなって」


「お兄ちゃん! 私もお兄ちゃんの事愛してる!」


「ああ、俺も愛してる。エリナ、俺の指輪をエリナにはめて貰って良いか?」


「はい!」



 エリナに俺の指輪を渡し、左手を差し出す。

 ゆっくりと俺の薬指に指輪をはめたエリナは、我慢しきれないというように俺の唇を奪う。

 抵抗せずにそのままエリナを抱きしめようとすると、俺とエリナの胸元が光出した。

 俺はエリナから唇を離し



「おいエリナ、光ってる光ってる!」


「えっ、ほんとだ!」



 二人してごそごそと胸元から光り輝く登録証を取り出して見せ合う。

 やがて光が収まり、表示内容が変わったことがわかった。



 名前:トーマ・クズ


 年齢:18


 血液型:A


 職業:ヘタレ勇者


 健康状態:良好


 レベル:――


 体力:100%


 魔力:100%


 冒険者ランク:E





 名前:エリナ(エリナ・クズリューに変わるまで残り日数:158日)


 年齢:お兄ちゃんより三歳年下


 血液型:お兄ちゃんと一緒


 職業:お兄ちゃんの婚約者(嫁に変わるまで残り日数:158日)


 健康状態:すごく幸せ!


 レベル:15


 体力:100%


 魔力:100%


 冒険者ランク:お兄ちゃんと一緒




 ツッコミどころが多過ぎてどうすれば良いのかわからない。

 バイト数12以上あるじゃねーか。どうやって表示してんだ、プレートからはみ出てるぞ。

 あとカウントダウンは辞めろ、気分的に嫌だ。


 あと俺の職業って......。



「えへへ!」



 自分の登録証を眺めているエリナは、まだ涙を流しながらも嬉しそうに笑ってるし、まあ良いか。

 カウントダウンだけは消してほしいけど。



「お兄ちゃん大好き!」



 再び俺の唇はエリナに奪われる。

 俺は一切抵抗せずそれを受け入れると、優しくエリナを抱きしめ、頭をなでる。


 みんなで幸せになろうなエリナ。

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