第九話 魔王覚醒


 ダッシュエミューの入った籠を背負いながらエリナと共に冒険者ギルドに入る。



「こんにちわー」


「わー」


「お兄ちゃん! ちゃんと挨拶しないと碌な大人にならないよ!」


「クレアの口癖は辞めろ、しばらくは聞きたくない。それに既に手遅れだ」


「いらっしゃいませエリナさん、トーマさん」


「今日もダッシュエミューを狩ってきた。あと魔石も一つ」


「いつもありがとうございます。他のクズ連中もエリナさんとトーマさんを見習ってくれればいいんですけどね」



 カウンターの前に籠をおろして、魔石はカウンターの上に置く。

 どうやらちゃんと魔石だったらしい。

 良かった、「これ尿管結石ですよ」とか言われたらどうしようかと思った。

 洗ったとは言え素手で触ってたし。

 まあ鶏むね肉付近から尿管結石は出ないだろうけど。



「あいつら普段どうやって稼いでるんだ?」


「所持金が無くなると何人かで組んでホーンラビット等魔物を狩るのはまだマシな方で、借金取り立て依頼等のそこそこ腕っぷしさえあれば馬鹿でも出来る依頼を受けるとかですかね。あとはどこかで犯罪まがいの事をしてると思いますよ」


「登録証に出ちゃうだろ」


「殺人や強盗、傷害などの犯罪行為はそうですけれど、受け子や運び屋等は、これは単に集金しただけだ、頼まれて運んでるだけだといくらでも回避する方法はありますからね。ですので定期的に間引いてるんですよ」


「犯罪者予備軍そのままだな。というか既に犯罪に手を染めてるなそいつら」


「その内冒険者討伐依頼が出るかもしれませんね」


「一緒くたにするのは辞めろ。まともな冒険者もいるんだろ?」


「まともな冒険者?」


「おいおい」


「冒険者ランクがC以上になれば一応まともな人間扱いはされる可能性が高いですからね。Cランク以上の冒険者は殆ど王都で活動してますよ」


「そりゃそうだよな、高額依頼なんかも多そうだし」


「一応こちらにもそこそこ高額な依頼は来ているんですけれどね」


「見た事無いが」


「屑に見せるような依頼じゃないですからね、ふさわしい冒険者に直接オファーする形になっています」


「そうか、まだ俺達はEランクだしな」


「個人的にはトーマさんエリナさんには、お願いしても良いと思う依頼も多いのですが、高額依頼は大抵失敗した場合にギルドの補償が絡んできますのでCランク以上、もしくは素行が良く一定の信頼が置けると経歴で判断されたDランクの方のみとなっています」


「俺達がDランクに上がるにはどうしたらいいかわかるか?」


「そうですね、これは本当は秘密なのですけれど」



 そういうと事務員は周囲を見渡す。

 冒険者も他の職員も今は見当たらない。



「実は貯蓄額なども判断材料になってるんですよね。貯蓄が無いと、それまで品行方正だった者ですら切羽詰まって犯罪に走るケースが過去に何度か発生したので」


「あーなるほどな。マジックボックス持ちか市民権持ちで銀行に預けるでもしない限り、タンス預金なんかよりギルドに預けた方が安全だしな」


「Cランク昇格が見えてきた頃の冒険者には、一応財政状況や所有財産の確認はしますし、所有財産次第では貯蓄が無くても昇格が認められる場合があります」


「貯蓄はまあ大丈夫だとして、あとは依頼達成数か」


「はい。ダッシュエミューであれば、このペースで数ヶ月程度狩っていれば昇格できると思いますよ」


「わかった。助かるよ」


「いいえ、仕事ですので。それにトーマさんとエリナさんには上層部も期待しておりますから。では査定をしてきますね、少々お待ちください」


「頼む」



 相変わらずこの時間は人が居ないので、暇つぶしに掲示板を見る。

 ダッシュエミュー以外にもこういう細かな依頼達成もこなした方が昇格も早いだろうしな。


 んー? 貨幣造幣ギルドの依頼書が見当たらないな......。

 これでまた犯罪が未然に防がれるのなら良いのかな。

 まぁ襲わなきゃそのまま報酬受け取れるんだから本人次第だわな。


 ん? なんだ?


 <徴税局からの依頼 貧民街〇区〇番△△に住む「魔王」の捕縛依頼 報酬 銀貨二枚>


 魔王? なんだこれ。

 魔王を捕まえるのに銀貨二枚?



「お待たせいたしました」



 事務員が戻ってきたので一応確認しよう。

 大体予想はつくけど。



「なあ魔王って何?」


「魔王さんという方が税金を滞納してますので、その為の依頼ですね。徴税局まで出頭させれば銀貨二枚ですよ」


「いやいや、魔王が税金滞納ってのもあれだけど。何なの魔王って」


「お名前が魔王さんなんですよね。昔は別の名前だったんですけれど、魔法が使えるようになってから登録証の名前が魔王に変わりました。こちらで冒険者登録時に保管しておいた登録証でも確認しています」


「冒険者が魔王として覚醒したって事か?」


「どうでしょう? しょぼい炎の矢が使えるだけみたいですけれど、ある日突然『余はこの世界を統べる魔王であるからして税金は納めない』と独立宣言してアパートに引き籠っちゃったんですよね。世界を統べる前に滑ってますが」


「相変わらず辛辣過ぎだけど、治癒魔法で治るんじゃないのか?」


「で、徴税官が集金に行ったら炎の矢で脅されて追い出されてしまったようです。ですのでここに依頼が」


「なんでここなんだよ。兵士数人で拘束しろよ」


「今の所引き籠っているので実害は無いですし、あわよくば冒険者と滞納者二人を傷害罪か殺人罪で引っ張りたいんじゃないですかね? 魔法が使えると書いてないのはそういう理由ですし。魔王さんも冒険者ですしね」


「もうほんと酷い扱いされてるのな冒険者って」


「受けますか?」


「受けるか馬鹿」


「お兄ちゃん、風縛で運んじゃえば?」


「関わりたくない」


「そうだねー」


「そういや税金って俺払った記憶が無いけど」


「登録した年は非課税ですよ。来年からというか年を越す来週以降からは、収入から一律五%が天引きされます。一定以上の収入を超えると税率が上がりますが、市民権をお持ちでない方は五%のまま変わりません。ご自身で納税されるならそのままお渡ししますが」


「天引きで良いよ。支払い忘れて捕縛されるの嫌だし」


「かしこまりました。で、ダッシュエミューですが銀貨十九枚と銅貨二百枚、魔石が銀貨十枚と銅貨二百枚です。両方買取で良いですか?」


「頼む」


「ではこちら銀貨二十九枚と銅貨四百枚になりますね」



 いつものように孤児院の取り分を少し多くしてエリナに渡す。

 エリナも同じように分けた後、自分の取り分をギルドに預ける。



「お兄ちゃん帰ろう!」



 ギルドから出ると、またエリナが腕に掴まってくる。



「ダッシュエミュー狩りだと仕事が早く終わって良いな」


「あとは安定して狩れれば良いね!」


「そこなんだよな。週に六日狩りに行ったとして、二~三日狩れれば十分ではあるんだが、貯金は多くても困らないしな」


「おじさんに貰った野菜屑も食べてくれたし! お兄ちゃんの罠にも掛かったし大丈夫だよ!」


「罠も腹案があるから次は追い込まなくても掛かるんじゃないか? その代わり野菜屑が多く必要だから、今度からは正式に購入するか。屑だけじゃなくて傷んだ奴とか売れ残りとかも一緒に。その辺の話はおっちゃんじゃなくておばちゃん通さないといけない力関係っぽいけど」


「その辺はお兄ちゃんに任せる!」


「良いぞアホ妹。ちゃんと自分の能力をわきまえてて偉いぞ」


「えへへ!」


「誉めてないんだけどな。でも何か癒されたから良いか」



 偉いぞと言われてご機嫌なエリナが俺の腕を軸にぐりぐり体を擦り付けて来る。

 痛い痛い胸甲が痛い。

 でもお兄ちゃんだから痛いとは言えない。



「そういえばお兄ちゃんの言ってた くりすます っていうの今日だよね?」


「ああ、今夜やるぞ。多分こっちにも伝わってるんじゃないか? 貴族だけで流行ってたりしてるのかも知れないが」


「くりすますってからあげパーティーなの?」


「ローストチキンでも良いんだけどな。ローストチキンは量を用意するの大変だし、あいつら唐揚げ大好きだろ。あとポテサラ大量に作ってやるんだよ。それにピザな」


「くりすますって凄い豪華だね!」


「日本じゃ一番盛り上がるイベントかもな」


「あと皆の欲しい物を聞いておいたよ」


「おお、女子チームの分か。どんなのだった?」


「手鏡とか新しいリボンとかぬいぐるみとか。あとラスク」


「ミリィ......。ケーキは予約しておいたけどラスクも作るか、プレゼントはまぁ手鏡で良いだろ。あいつの唯一の食い物以外に興味を持ったのがそのあたりしか思いつかん」


「くりすますってプレゼントもするんだね!」


「夜寝てる時にこっそり枕元に置くんだぞ。女子チームの分は任せたからな」


「わかった!」


「で、お前の欲しい物は?」


「お兄ちゃんが考えてくれたものなら何でも嬉しいよ!」


「わかった、実はもう買ってあるから期待しておけ。ネタバレしてるから枕元じゃなく夜に渡してやるからな」


「うん!」


「昼飯食ったらあちこち行かなきゃいけないし、飯の準備も忙しいからな。覚悟しておけよ」


「はーい!」


「いつも最高の返事で素晴らしいぞ妹よ」



 えへへ! と笑顔を向けるエリナ。

 こいつほんと元気になったなと思いながら、ほっこりした気分で帰宅する。


 いつものようにエリナが扉を開けて俺を迎え入れる。

 まだ昼前だからか、ガキんちょ共が群がってくる。



「「「おかえりー!」」」


「みんなただいま!」


「ガキんちょ共出迎えご苦労。ちゃちゃっとスープだけ温めるからすぐ飯にするぞ」


「「「はーい!」」」


「返事は最高なんだよなお前らも」



 空っぽの籠は玄関に放置してマントやら胸甲を外して着替える。

 もう弁当は持ち歩いていない。

 ダッシュエミューが見つからなくても昼前に戻る予定だしな。

 緩すぎだな、この仕事感覚。


 エリナのマントと胸甲を外してやると、自室に着替えに行った。

 リビングに行くとクレアがミコトに哺乳瓶を使ってごはんをあげているようだ。



「あっ兄さまお帰りなさい! すみません今日もお出迎え出来なくて」


「いいっていいって出迎えなんか。それより今日の髪型はポニテなんだな」


「おだんごだとミコトちゃんが喜びすぎちゃってすぐ疲れちゃうみたいなので、なかなかお昼寝しない時だけするようにしたんです」


「たしかに滅茶苦茶喜んでたからなー」


「ふふふっ凄く可愛かったですよね!」



 ちゅーちゅー哺乳瓶を吸ってるミコトを見る。

 可愛い。

 まさに天使だ。



「早く大きくなれよーミコト」


「あっ! ミコトちゃんにお乳あげてる!」



 騒がしいのが着替え終わったようだ。



「姉さまお帰りなさい。お出迎え出来なくて済みません」


「ただいまクレア! そんな事よりミコトちゃん見せて!」


「はい姉さま。姉さまも哺乳瓶でミコトちゃんにお乳をあげてみますか?」


「うん! やりたい!」



 ぼくもーわたしもーとガキんちょが群がってくる。



「順番ですよー」



 さて、ミコトの可愛さを堪能したし、さっさとスープを温めて昼飯にするか。


 台所に行き、今朝のスープの残りに簡単に具材を足して温める。

 今日の昼は焼肉バーガーだ。

 自作の焼肉のタレが好評だったので豚焼肉をレタス等の野菜とバンズで挟んでみた。

 アメリカンサイズのバーガーを一人二個。

 五歳児とかでも平気で平らげるんだぞ。

 大丈夫かな、見た目は全然太ってないけど。


 年明けから少しずつ減らしてみるか。

 クリスマスと年越しはそんなこと気にせずに食わせてやりたいし。



 あいつら誕生日が無いから年を越したら全員一歳増えるんだよな。

 拾われた時期の育ち方によって春生まれとか夏生まれかなっていうのはあるらしいけど、まったくわからない子もいるって話だし。

 一応両親が亡くなって親戚にも引き取られなかったような子は誕生日もちゃんと伝えられているが、他の子と一緒に年越しに祝って、誕生日は特に何もやらないそうだ。


 エリナも春生まれって話だけど、登録証の年齢表示は年越しで一歳増えるらしいので正確な日付はわからないらしい。


 なのでクリスマスプレゼントとは別に、年越しの時には誕生日プレゼントとして、こっそり全員に新品のおしゃれ着を二着ずつ服屋に頼んである。

 エリナにも内緒だ。

 冬物を頼んだ時に全員採寸済みだし、子供の成長もある程度考えてくれて、その場で調整もしてくれるとの事。


 ちょっとしたイレギュラーもあり、流石に高額だったが、服屋が大みそかの夜に孤児院まで届けてくれるそうだ。

 大みそかの夜に配達とサイズ調整ってすごいな。日本のサービスを超えてるんじゃないか?

 しかも採寸の時に、会話をしつつそれぞれの好みの色やデザインを聞いたのを全て記録してあるから、それぞれが気に入るような服を仕立てられるとか。

 流石に泣いちゃった子とは話せなかったが、それでもどんな色や形に興味を引くかを調べたとの事。

 有能過ぎて恐ろしい。



「お兄ちゃんごめん! ミコトちゃんに見とれててお兄ちゃんの事をすっかり忘れてた!」



 軽く酷い事を言いながらアホ妹が台所に飛び込んでくる。

 結局昼飯の準備を手伝わなかったエリナに焼肉バーガーを運ばせる。

 俺は出来上がったスープを鍋ごと運び、いつもの騒がしくも楽しい昼食が始まる。


 昼食が終わったら俺とエリナは手分けして買い物だ。



「いいかお前ら! 今日はおやつは無いが、その分晩飯が豪華だからな! 晩飯まで頑張って勉強しておけよ!」


「「「はーい!」」」


「相変わらず最高の返事だぞ弟妹ども! じゃあ行ってくる!」


「行ってくるねー!」


「「「いってらっしゃーい」」」



 俺とエリナは買い物の為に孤児院を出る。

 早く買ってこないと料理をする時間もあるからな。

 あいつらの喜ぶ顔を想像すると、いつもより少し足早になる俺だった。

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