第八話 罠を仕掛けよう
「お兄ちゃん、この辺に野菜を撒くね」
「おう、俺はあっちの方に罠を仕掛けるわ」
「うん!」
俺とエリナは西の平原でダッシュエミュー捕獲作戦を実施している。
罠の放置は禁じられているので、忘れずに埋め戻せるように落とし穴は一か所だけ作る。
複数の罠を作っちゃうと、全部埋め戻したっけ? って夜に気になって眠れなくなっちゃうからな。
余った野菜屑は百メートル間隔で適当にバラ撒いて、餌を食ってる間に近づいて魔法で仕留めようという作戦だ。
「
直径三メートル、深さ五メートルの穴を掘り、上に筵を置いて四方に石を置き、中央に野菜を放り投げる。
布だと高いので筵だ。三国志演義の序盤で英雄の一人が織ってたアレね。
「お兄ちゃん準備できたー!」
百メートル程ダッシュしながら此方に向かって走ってくるエリナ。
足速いなこいつ。
そうか空気抵抗が殆どないのか。
悲しいな妹よ。
「よし、じゃあ隠れるか」
「うん!」
バラ撒いた野菜と落とし穴が見渡せる場所に生えている背の高い草に身を隠し、エリナと二人で獲物を待つ。
相変わらず暇なのでエリナの髪を弄って遊ぶ。
「お兄ちゃん、この髪型って何?」
「大銀杏っていう髪型だな。スモウレスラーという職の中でも、セキトリという上級職しか許されない高貴な髪型なんだぞ」
「ふーん、不思議な形だね」
「鬢付け油が無くて固定出来ないからただのちょんまげだどな」
「これは好きじゃないなぁ」
「気に入られても俺が許さないけどな」
「もう! 私に似合う髪型を探してよ」
「と言ってもなぁ」
「あっ! お兄ちゃん! あれ!」
エリナが指を指す方向を見ると、三百メートル程先か、ダッシュエミューが野菜をついばんでいるようだ。
「よし、エリナの風縛の射程圏まで走るぞ!」
「わかった!」
俺とエリナは草むらから飛び出し、走ってダッシュエミューに向かう。
ちょんまげがほどけていつものストレートになったエリナの髪が靡く。
流石に俺の方が足が速いが、エリナも中々速い。
一応風下だけど、魔法を使う前に気づかれても意味が無いからエリナの後ろを走るか。
「お兄ちゃん! もう届くから魔法を使うよ!」
「よし、やれ!」
「
エリナの風魔法で、食事中のダッシュエミューが風の玉に拘束される。
鳥なのに大の字に体を広げさせられて非常にシュールだ。
「よし、捕まえたな。疲れたからここからは歩こう」
「お兄ちゃんは体力無いなー」
「この後アレを背負うんだぞ。あとぜーぜー言ってる時にグロいのを見たら吐く」
エリナと風縛で拘束されているダッシュエミューの元へてくてくと歩いていると、ドドドという音が近づいてくる。
「お兄ちゃん!」
「あぁ、今日は大漁だな。エリナはその状態で魔法を使えるか?」
「無理だと思う!」
「イメージが大事だからな、その辺はまたギルドの訓練場でやるか」
エリナの魔法は上級貴族並みの潜在能力があり、今の時点でも強力だが、魔法を複数発動する事が出来ない。
風と火を混ぜるような複合魔法も、エリナはドライヤー魔法くらいしか出来ないが、俺はいくつかの複合魔法の発動に成功している。
もちろん俺の魔法の威力は一般レベルではあるし、同時発動だと威力は減衰する等の問題点もあるのだが。
次の雨の日はその辺の訓練だな。
「拘束してる奴の首を斬りに行ってる間に逃げられそうだな。先ずあいつは俺が仕留めるから、エリナは魔法を維持しててくれ」
「わかった! お兄ちゃん頑張って!」
風縛は強力な魔法ではあるが、手をかざして常に魔力を放出しなくてはならない為、並列処理の苦手なエリナは、風縛を維持しながらダガーを取り出して首を切るという行動が取れない。
特にエリナの場合、風縛は両手で獲物を捕まえるイメージとの事で、片手を離すと魔法が解けてしまうのだ。
でも俺は、風縛を片手で魔力放出して維持しつつ、他の魔法を使ったり、武器を使ったりなど出来るのだが、他の魔法を発動しながらの風縛だと、ホーンラビットですらたまに抜け出されたりする程度の拘束力しか出せない
ダッシュエミューが俺の魔法の射程圏である百メートルに近づいてくる。
風縛は多分効かないから足を切るか。
「
十五センチ程の風の刃が十本出現し、ダッシュエミューの足元に射出される。
ぴょん!
「えっ何アイツ、ジャンプして避けたんだけど風の刃が見えるの?」
「お兄ちゃん、魔物は魔力が見えるんだよってこの前教わったじゃない」
「あ、そうか。なら凍らせて足を止めるか」
「
直系十センチ、長さ二メートルの氷の槍を射出する。
水魔法の初級でも応用版の方だ、着弾した部分を中心に対象物を凍らせることができる。
氷の槍を見て避けようとするダッシュエミューだが、この魔法は射出後も意識したままならばある程度操作できるのだ。
俺は氷の槍を操作してダッシュエミューに直撃させる。
「よし!」
「お兄ちゃん凄い!」
ばりーん!
ダッシュエミューが一瞬凍り付くも、足と地面を凍結させていた氷を破壊して再び走り始める。
「マジかよ」
「あらら」
「くっそ
落雷の魔法を連打するも、ダッシュエミューはジグザグ走行で避けまくる。
雷魔法はスピードが速いけど操作できないんだよなぁ。
稲妻を操作するってイメージがどうにも出来ないしな。
「
氷の槍よりも超高速で射出された電撃の槍もダッシュエミューに避けられる。
やはり足の速い奴には操作して誘導させないと当てられないか。距離もあるし。
俺達を敵だと認識したらしいダッシュエミューは、俺達から逃げようと大きく進行方向を変え、背中を向けて駆け出す。
「
逃がすくらいならもう魔石だけでも良いか、と炎の槍を出現させ射出する。
ばふん!
俺の射出した炎の槍は、ダッシュエミューにしっかり誘導したお陰で着弾し、ケツに火が着いた状態になる。
ケツに火が付いたダッシュエミューは混乱し、とにかく俺達から逃げようと迷走しだす。
えっ、まともに直撃してもあれだけなの? 俺の魔法しょっぱくない?
と、唖然としながら滅茶苦茶混乱して走ってるダッシュエミューを眺めていると
ぼごん! メラメラメラ
迷走したダッシュエミューが落とし穴に落ちた途端、火が全身の羽毛に回ったのか、黒い煙がもうもうと落とし穴から立ちのぼる。
「お兄ちゃん凄い! ダッシュエミューがお兄ちゃんの作った落とし穴に落ちたよ!」
「......狙って追い込んだからな」
「凄い! 凄い!」
純粋なエリナについ嘘をついてしまった罪悪感に苛まれつつ、まずはエリナの方を終わらせようと歩き出す。
「威力の高い土の槍を使っても、あれは速度が遅いから避けられただろうしなぁ」
「近くからなら風刃は当たったかもね、お兄ちゃん」
「射程距離ギリギリだとどうしても避けられるからな。風の刃もある程度は誘導できるけど、急にあんなジャンプをされたら無理だわ」
てくてくと風縛で拘束したダッシュエミューにたどり着く。
「じゃあまたひっくり返してくれ」
「はーい!」
エリナがくるんと風の玉をひっくり返して首を下にする。
そうか、日本刀の初めての出番だな。
汚したくないし風の魔法で刀身を覆うか。
「
血を捨てる為に直径一メートル、深さ二メートル程の穴を空ける。
これの射程距離があれば逃げるダッシュエミューの前に穴を空けられたんだけど、これ十メートル位しか射程距離が無いんだよな。
「
刀身を風の魔法で覆い、一気に首を斬り飛ばす。
すぽーん! とダッシュエミューの首を斬ると、血と一緒に先程まで食っていた野菜屑らしき物がでろでろと出てくる。
ゲロかよ......。
キモいキモいと思いながらその場から少し下がる。
しかし斬れ味が凄いな、魔法の分が上乗せされているとはいえ、ダッシュエミューの首に触れた感触すらなかったぞ。
一応血振りをした後、魔法を解除して刀身を見るが、汚れなどは着いていないようだ。
そのままくるんと回して納刀する。
「ぎゅー」
「絞るな絞るな。鳥モツが出るから」
しばらくダバダバと血が出てるが、グロ耐性の無い俺は目を背けている。
「ヘタレなお兄ちゃん、血抜き終わったよ!」
「ご苦労エリナ。じゃあ籠に入れてくれ」
グロ耐性持ちの妹が血抜き処理を終了したので、籠を穴の横に置き、土魔法で穴を埋め戻す。
「
ドサドサと砂利を穴に入れ、丁度良い所で魔法を止める。
「お兄ちゃん、籠に入ったよ」
「よし、じゃああのまだ燃えてる奴の所に行くか」
「お兄ちゃんの全属性魔法って便利だよねー」
「まさに器用貧乏って感じだけどな。ダッシュエミューに効く有効な攻撃魔法が無いんだぞ」
「でも色々な魔法を使ってダッシュエミューを罠に追い込んだよ! 流石お兄ちゃん!」
「ソウデスネ」
「私は風縛を使うと何も出来なくなっちゃうしねー」
「まぁお互いを補い合う良いパートナーって事で良いんじゃないか?」
「そうだね! えへへ!」
完全に俺の方が助けられてるよな、と思いながらも、未だもくもくと黒煙を上げている落とし穴に近づく。
「まだ燃えてるな」
「ちょっと美味しそうな臭いがするね!」
「すごいなお前」
血抜き中から出来るだけ鼻で呼吸しないようにしてた俺だが、少し勇気を出して鼻呼吸をしてみる。
言われてみればそんなに悪臭はしないな。
むしろちょっと香ばしいかもしれん。
「どうすっかなー、水ぶっかけて火を消したら、風縛で持ち上げて魔石を回収するか」
「もう剥ぎ取り出来ないしね」
「
滝のように水が注がれると、即鎮火する。
今はこれで風呂の水を溜めている。
ポンプはガキんちょ共が家庭菜園とか洗濯用に有効活用してくれてる。
無駄にならなくて良かった。
「じゃあ風縛を使うね!」
「いや、俺がやるよ。暴れないなら持ち上げられるだろうし」
「わかった!」
「
真っ黒に焦げたダッシュエミューを風縛で拘束し、持ち上げて穴の外に出して魔法を解く。
「さてどうやって魔石を探すか」
「心臓の近くらしいけどね。私がやろうか?」
「ある程度風の刃でバラそう。キモいし」
「じゃあお願いするね」
「任せろ。
サクサクとダッシュエミューだった物を切り刻む。
断面を見ると中身はまだ半生じゃねーか。血はそれほど出ないけど。
「ダッシュエミューはあまり美味しくないみたいだから残念だったね!」
美味ければ食うのかと突っ込む余裕も無く、魔法で刻んで、鳥もも肉や手羽先など魔石の無い所をどんどん穴に蹴り入れて行く。
このあたりは鳥胸肉っぽいからそろろそハツが出てくるかなーと魔法で解体していると、コロンとピンポン玉サイズの鈍く光る石が出てくる。
「これかな?」
「多分!」
「結石とかじゃないよな? あと鳥って石とか砂を飲みこまなかったっけ?」
「わかんない!」
「まぁ光ってるし多分これだろ。間違ってたら勉強代だな。これ以上解体するのは精神的に無理」
「ヘタレー」
「これでもまだ鳥だから何とかなったんだぞ。手羽元とか丁度良く火が通ってて見た目は悪くなかったし」
「美味しい種類だったらねー」
もうエリナの食欲には突っ込まない事に決めた俺は、水魔法で魔石を軽く洗ってから回収する。
残りの部位をガシガシと穴に蹴り落としたら、穴を埋めて完了だ。
「さー帰るか。ダッシュエミュー狩りは結構効率良いんじゃないか? 時間も早く済むし」
「そうだね! それに籠には一匹しか入らないけど、風縛で捕まえたまま冒険者ギルドに持って行けば一回の狩りで二匹分稼げるかも!」
「町がパニックになるかもな」
いつものようにアホな妹との会話を楽しみながらながら町に帰るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます