第七話 おにーさんのラスク


 腕に縦ロール娘をくっつけながら歩いて帰ると、昼前に孤児院に到着した。

 稼ぎも良いし平原にはブーブー鳴く動物も居ないし、ダッシュエミューが安定的に狩れるならこっちをメインにしたいな。


 エリナがいつもの挨拶をして開錠すると、ガキんちょ共が群がってくる。



「姉さま、すごい髪型ですね......」



 クレアがミコトを抱っこしながら出迎えに来たが、入ってきたエリナの髪型に驚いたようだ。



「たてろーるって言うんだよクレア! ミコトちゃーん、エリナお姉ちゃんだよー、髪型違うけどわかるかなー」


「だー! だー! きゃっ! きゃっ!」



 クレアに抱かれたミコトが、エリナの縦ロールのドリルに強く興味を示す。

 触りたそうに一生懸命手を伸ばしている。



「わわ、ミコトちゃんが喜んでるよお兄ちゃん!」


「ドリル部分を触りたいんだろ」


「どりる?」



 遂にエリナのドリルに手が届いたミコトがガシガシ引っ張る。



「いたた、ミコトちゃん、お姉ちゃんちょっと痛いかなー」



 無理にやめさせられないエリナが、引っ張られる痛みに困惑しながらも、ミコトの好きなように引っ張らせる。



「兄さま! 私もたてろーるにしてください!」


「クレアはゆるふわウェーブの髪だから、ミコトの好きそうなドリルが作れないと思うぞ。でもお団子にすればミコトが興味を示すんじゃないか?」


「おだんごですか?」


「髪を纏めてボールみたいなのを二個作るんだよ。赤ん坊なら喜ぶんじゃないか?」


「兄さま! 是非私の髪をおだんごにしてください!」


「あとでヘアピンとか買ってくるよ。他に固定する方法わからんし」


「お願いしますね! 兄さま!」 



 ミコトに、キャッキャとドリルを引っ張られて嬉しいやらちょっと痛いやらで困惑してるエリナを、クレアが羨ましそうに見つめている。



「兄ちゃん仕事してたんじゃないのかよ」


「獲物を待ってる間暇だったからな。エリナの髪で遊んでた。力作だろ」


「すごいんだけどあんまりエリナ姉ちゃんには似合ってないかもな」


「その気持ちはわかるぞ一号。縦ロールは性格が悪い貴族令嬢の髪型ってイメージだし」



 がやがやと全員でリビングに移動する。

 まだ昼飯は食べてないようだ。

 まぁまだ十一時過ぎ位で早いからな。



「じゃあ早いけど飯にするか。サンドイッチだけだと寂しいから、ちゃちゃっと簡単なスープ作っちゃうかな」


「お兄ちゃん私も手伝うよ」



 やっとミコトから解放されたエリナが逃げ出してきた。ドリルがぐしゃぐしゃだ。



「飯食ったら縦ロールをツインテに戻しちゃうか」


「そうだね、ミコトちゃんは喜んでくれたけど、すぐに飽きちゃったみたいだし」


「ダッシュエミューが来ちゃったから、ドライヤー魔法が途中になってしっかり固まらなかったからな。びょんびょんしなくなって飽きたのかも」


「うーん、残念なような、飽きてくれて助かったような不思議な気がする!」


「まぁしばらくはミコトに話しかける時はツインテにしといた方が良いぞ。顔を覚えてもらえなくなりそうだ」


「そうだよねー、なんか新しい玩具扱いだったし」


「じゃあエリナ、オニオンスープを作るからベーコンと玉ねぎ切ってくれ」


「わかった!」



 今日の昼飯はハムサンド、タマゴサンド、テリヤキチキンサンドにオニオンスープだ。

 ミリィがミコトの名前をラスクと刷り込むので、ミリィのラスクの為のパンの耳確保も兼ねている。

 とは言え、本物のラスクは食パン型の奴だし、実はパンの耳を揚げたのはラスクじゃありませんでしたと言うしかないか。


 いつものようにがやがやと喧しい昼食も終わり、エリナの髪型もドライヤー魔法で真っ直ぐに戻しツインテに戻した。

 縦ロールが横に座ってると邪魔なんだというのが理解できたので、今後は自重しよう。



「じゃあちょっと買い物に行ってくるわ」


「お兄ちゃん私も行く!」


「お前はミコトにツインテ姿を刷り込んでおけ」


「たしかに! 外に出てるから忘れられちゃいそうだしね!」


「じゃあ行ってくる」


「行ってらっしゃい! お兄ちゃん!」



 久々に一人で外に出る。

 エリナの体調が悪い時以外は基本いつも一緒だからな。

 冒険者登録証の健康状態に、体調不良の原因が出るからもうやりにくいったらないわ。

 そんなもん見せられてどうしろと。辛いなら休んどけとしか言えん。


 ちょっと一人じゃなきゃ買えない物もあるしな。

 冒険者ギルドで金を下して高級ゾーンに行かないと。


 あとは晩飯の買い物ついでに野菜屑やら罠用の布とかクレアと約束したヘアピンを買うか。

 いや、ミコトが触るかもしれないからヘアゴムの方が良いかな? 売ってれば一緒に買うか。




 

「婆さん帰ったぞー」



 婆さんに声を掛け開錠してもらう。チ〇カシを見ると十五時ちょい前か。

 まずは今日買ってきたおやつとラスクの件だな。



「お兄ちゃんお帰り!」



 子犬の様に飛び出してくるエリナ。



「明日のダッシュエミューの罠用の野菜屑やらヘアピンやら買ってきた。あと晩飯の食材もな」


「そっか、たしかにあの方法だといつも狩れるかわからないからね」


「さて、おやつを食べたらクレアの髪をお団子にするか」


「お兄ちゃん私もおだんごにして!」


「わかったわかった。クレアが先だぞ」


「うん!」



 エリナを伴ってリビングに行くと、丁度ミコトの授乳タイムだった。



「あっ兄さま、お迎えに出られずにすみません」


「良いって良いって。それよりミコトはどうだ? 食欲旺盛か?」


「ええ! いっぱい飲んでくれますよ! 見てください兄さま、凄く可愛いですよ!」



 一生懸命クレアの持つ哺乳瓶からちゅーちゅー母乳を飲むミコト。

 可愛い。



「確かに可愛い、凄く可愛い。癒されるなー」


「でしょう! ミコトちゃん可愛いですよね! この時間は母乳だけですけれど、離乳食の時は一生懸命もぐもぐしてて、それも可愛いんですよ!」



 いつもおとなしく真面目なクレアのテンションが異常だ。

 でもたしかにわかる。

 ミコトの魔性の可愛さには誰も逆らえん。



「ミコトのごはんが終わって、ガキんちょ共のおやつが済んだらお前の髪型をお団子にするからな」


「兄さまありがとうございます!」


「じゃあミコトのご飯が終わったらおやつにするぞー。今日はケーキもあるぞケーキ」


「「「わーい!」」」



 台所から保冷の魔石が入ってる箱をまず開けて、皿に取り分ける。

 ラスク(偽)は本物を見せた後に持っていく。


 チーズケーキと苺のショートケーキとラスク(真)が乗せられた皿を、エリナと二人でリビングのテーブルに並べていく。

 クレアを見ると、ちょうどミコトの授乳が終わってゲップをさせている所だった。



「よしじゃあいいかー。まず兄ちゃんお前らに謝らなくてはいけない事がある。パンの耳を揚げたお菓子をラスクと言ったな、あれは嘘だ。本物のラスクは今お前らの皿に乗っている四角い奴な」


「おにーさん、じゃーあのらすくはなんていうのー」


「正式名称が良くわからないんだよ。ただあれをラスクと言っちゃうと、お前らが社会に出た時にぷげらされちゃうから、本物のラスクを買ってきた。偽の方はそうだな、偽ラスクとかラスクもどきとかそんなんで良いかな」


「じゃーあのおかしは、おにーさんのらすくっていうー」


「俺のラスクか。まぁそれでも良いか」


「うんー」


「じゃあまずは、黄色っぽいのがケーゼクーヘン、いわゆるチーズケーキと呼ばれるものだ。苺が乗っかったのはエーアトベーレンザーネトルテ、いわゆる苺のショートケーキだ。良いか、お前らが社会に出た時に、好きなお菓子は何? と聞かれたら、ケーゼクーヘンとエーアトベーレンザーネトルテと答えるんだぞ。高級そうに聞こえるからな。よし食って良いぞ!」


「「「いただきまーす」」」


「なぁ一号、この挨拶って何て言ってるの?」


「いただきますだけど?」


「うーん。スマホの動画で撮影したら現地語で録画されるかな? 百科事典の情報が売れないどころか、百科事典は既にこの世界に持ち込まれているって話を聞いた時点で、もう何ヶ月も電源入れてないけど。たまたま百科事典持ってて<転生の間>に行ったって奴が居てもおかしくないわな」


「兄ちゃんこれすげーうめー」


「毎日は無理だが、月に一回くらいは買って来てやるからな。社会に出てお前らがぷげらされないように」


「よくわかんないけどありがとうな兄ちゃん!」



 すげー勢いで食ってんなこいつら。食いつくす前に偽ラスクを持って来るか。


 台所に行って、でかい器に盛られた大量の偽ラスクをリビングに持っていく。

 こいつら全部食いきれるんかなコレ。


 早くも皿の菓子を食いつくしたガキんちょが出始めていたので、テーブルの真ん中にドカンと偽ラスクを置く。



「お前らそれだけじゃ足りんだろ。偽ラスクも作ってあるから足りない奴は食え。食い過ぎて晩飯が食えなくなるなんて事のないようにな!」


「「「はーい!」」」


「最高の返事だぞ、弟妹ども!」



 チーズケーキと苺ショートを食ってみる。普通に美味いな、値段からしたらちょっとがっかりだけど。

 日本は食い物に関しては安かったからなぁ、コンビニスイーツとか二百円位で十分美味かったし。

 銅貨で一個百五十枚って事は千五百円程度か。

 まぁガキんちょ共の為だ、月一で買ってきてやろう。


 値段を考えなければ十分満足できるケーキを味わい、ラスクも齧ってみる。

 うん、これも値段を考えなければ普通に美味い。ちゃんと良いバターとか使って作られてるし。

 俺の偽ラスクは砂糖とシナモンパウダーしか使ってないからな。

 ベースはパンの耳だし。


 などと考えながら菓子をパクついてると、ミリィがぽてぽてとやってきた。



「おにーさん、けーきおいしかったよー」


「そうか、また買ってきてやるからな。一個ずつしかなかったから食い足りないだろ、偽ラスクが大量にあるから食えよ」


「にせらすくじゃなくて、おにーさんのらすくだよー」


「わかったわかった。俺のラスクで良ければいっぱい食えよ」


「あのねー、けーきもおいしかったけどね、みりぃは、おにーさんのらすくがいちばんすきー」


「......そか。ありがとなミリィ、また作ってやる」


「おにーさんありがとー」



 ちょっとほっこりした。

 これからも頑張っておにーさんのラスクを作ってやるか。油跳ねは怖いけど。



 そんなほっこりイベントも終了したが、ガキんちょ共はまだ俺のラスクをバリバリ食い続けている。

 こいつらすげえ食うけど全然太らないな。

 痩せこけてた姿から健康的にはなったけど。


 ガキんちょ連中で一番成長著しいクレアはおやつを食べ終わったのか、籠の中で寝ているミコトの顔を食い入るように眺めている。



「クレア、ミコトが寝てる間に髪のセットをやっちゃうか」


「はい、お願いしますね兄さま」



 クレアはミコトを起こさないようにそっと籠ごと持ち上げると、ぽてぽてと俺の近くに来る。

 ミコトをそっと置き、俺に自分のブラシを渡して、ちょこんと俺に背中を向けて正座する。



「では兄さまお願いします」


「わかった」


「ふぁ、おふぃーひゃん! ふぁふぁひふぉふぃふぁい!」


「おう、こっち来て見てろ。と言うか口に物を入れて喋るな」


「兄さまは良く姉さまの言ってることがわかりますね......」


「あいつは単純だから、大体何を言ってるかわかるんだよ」



 クレアの今の髪型は、ふわふわした長めの髪を緩く三つ編みのツインテールにして、それを後ろで一つに纏めて二本のリボンで縛ったものだ。

 俺はリボンを外し三つ編みを解くと、まずはツインテールだけにして、根本をヘアゴムでしっかり纏める。 

 ブラシで絡みを取りながらふんわりねじって一本にする。

 それを団子状になるように、くるくるとふんわり巻いて、最後にリボンで縛って完成だ。



「出来たぞクレア」


「クレア可愛いよ! はい鏡!」



 エリナがクレアに手鏡を渡す。



「わぁ! これ可愛いですね!」


「ヘアピンを使えばしっかり止まるんだけど、ミコトが触ったりヘアピンが落ちたりしたら危ないからな。リボンで縛っただけだから、リボンを解くとただのツインテールになっちゃうから気をつけろよ」


「兄さまのそういう細かな心配りは流石ですね。ありがとうございます! 兄さま大好きです!」


「はいはい、ありがとな。団子にする時に、もっとルーズに巻いても印象が変わって楽しめるぞ。正式にはシニヨンが二個だからダブルシニヨンって言うらしい」


「だぶるしによん気に入りました! 兄さまありがとうございます!」


「お兄ちゃん次は私!」



 俺の横に座ってたエリナが、そう言って背を向ける。



「はいはい」


「兄さま、私も見て良いですか」


「良いぞ、と言っても髪質が違うクレアとはやり方が違うけどな」



 エリナのいつものツインテを解き、左右に二本ずつの三つ編みを作り、ヘアゴムで固定する。

 二本の三つ編みを更に編み込んで団子状にして、リボンで縛る。

 もう片方の二本の三つ編みも同じように纏めて完成だ。



「ほい、出来たぞ」


「これも可愛い! お兄ちゃんありがとう!」


「お前の場合は三つ編みシニヨンって言うらしいぞ。二個だから三つ編みダブルシニヨンかな?」


「みつあみだぶるしによん!」


「長いからお団子にしろ」


「おだんごー!」


「少しはクレアを見習えよお前は......。外じゃしっかりしてるからまぁ良いんだけど」


「ねね、お兄ちゃん、可愛い!?」


「可愛いぞエリナ」


「わーい!」



 エリナの髪をセットしてる間、ずっとエリナの髪型のセットを眺めていたクレアが、ミコトの動きに反応する。



「ミコトちゃーん、お昼寝終わりましたかー。髪型が変わったけどクレアお姉ちゃんですよー」


「きゃっ! きゃっ! きゃっ!」


「うお、ミコトが凄い食いついてるな」



 昼寝が終わった途端、ミコトがクレアのお団子に反応して、一生懸命手を伸ばす。



「はーい、ミコトちゃん、クレアお姉ちゃんのおだんごですよー」


「だー! きゃきゃっ!」



 クレアはミコトの手にお団子を握らせようと、ミコトに顔を近づける。 



「だー! だー!」



 ミコトはわしわしと紅葉のような可愛い手で、一生懸命クレアのお団子を掴もうとする。

 クレアは一切抵抗せずに、ミコトの好きなように触らせている。



「クレア、痛くないのか?」


「兄さまが根本をしっかり縛ってくれたおかげでそれほど痛くないですよ。それよりも見てください、ミコトちゃんが凄く喜んでます!」



 大好きなクレアの顔が近い上に、ふわふわした毛玉が目の前にあるからなのか、興奮冷めやらぬミコト。

 ガシガシとお団子を引っ張るが、握力が弱いのかすぐ離れてしまい、再度一生懸命手を伸ばす。


 それを見ているクレア始め、俺やエリナもミコトの可愛さに夢中だ。


 婆さんが見当たらないが院長室で仕事かな?

 婆さんは孤児院の運営費に大分余裕が出来たのに、未だ代書や書写の仕事をしている。

 今は薬草の加工はしていないが、春になって薬草が採取できるようになれば、是非やらせてくれと言われている。

 稼ぐのは俺達に任せてゆっくりと子供達と過ごして欲しいんだがな。

 まぁまだ全然元気だし老け込む歳でもないんだけど。

 

 ちょっと婆さんと話をしてくるか。


 結局ミコトが疲れて眠るまで、クレアはずっとミコトの玩具になってたようだ。

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