第六話 武器を買い替えよう


 武器屋たどり着くと、親父に用件を伝える。



「親父、剣を買い替えたい」


「やっと来たか。刀だな?」


「いや、そんな高級品はいらない。やっとダッシュエミューを狩り始めた程度だぞ、ミスリルですら分不相応だ」


「何か希望はあるのか?」


「作業用の頑丈なナイフと、両手でも片手でも使えるバスタードソードとか欲しいかな」


「ふむ、手を見せてみろ」



 手を真っ直ぐ親父に向けて伸ばして掌を見せると、親父は棚に商品を探しに行く。


 財布の中身を見ると銀貨が百枚以上入ってる。

 そりゃそうか、哺乳瓶十個買うのに銀貨足りなくて、ギルドで金貨下して六個返品したしな。


 そうこうしてると親父が戻ってきた。

 おい、日本刀も混じってるぞ。



「お前さんに合うのはこれだ」



 親父が目の前に置いたのは三振りの刃物。

 一振りはサバイバルナイフのようなゴツめのナイフ。

 一振りは片手半剣とも言われるバスタードソード。

 最後の一振りは日本刀だ。



「日本刀は買わないってのに」


「まぁ持ってみろ」



 サバイバルナイフ、バスタードソードを持つと、流石に親父だ。しっくりくる。

 で、日本刀だが、やはりこれもしっくりくる。



打刀うちがたなか? でも少し長くないか?」



 鞘から抜いて刃を眺める。



「刃長二尺七寸、たしかに打刀では少し長めだが、お前さんなら扱い易いはずだ。というかお前さん打刀と太刀の違いも解るんだな」


「長さと反りと鞘で判断しただけだぞ。なかごの銘の向きを見れば流石に解るけどな」


「ふむ」


「選りにも選って刃文はもん数珠刃じゅずばかよ、長曽祢虎徹ながそねこてつで御馴染みの。素人の俺でも直刃すぐはの次に知ってる刃文だぞ」


「お前さんコテツを知ってるのか?」


「虎徹を見たら偽物と思えって位に有名で大人気なんだよ。どこかの局長が騙されちゃう程にな」


「<転移者>の持ってきた本を譲って貰ってから惚れちまってな。それ以来作刀を続けている」


「銘は?」


「あるわけないだろう。玉鋼ではなく鉄鉱石で俺が打った習作だぞ、鍛造方法は同じだがな」



 うーん、先生と時代劇を見まくったせいか、日本刀に憧れはあるんだがな。

 ただ剣道って中学高校の授業でしかやったことないから使いこなせるかどうか。



「素人だから刀の良し悪しがわからないんだよな」



 日本刀をくるんと逆手に持ち直して納刀する。



「随分と納刀が様になってるじゃないか」


「お兄ちゃんかっこいい!」


「素振りはやらされてたんだけどな、納刀のかっこよさに憧れて色んな納刀を練習しまくったんだよ」



 今のはバラエティ番組で白塗りの殿様がやってた回転納刀だけど。



「ほう、ちょっと他のもやってみろ」


「じゃあエリナちょっと離れてろ。刀を振るから」


「うん!」



 俺はベルトに刀の収まった鞘ごと挟んで構える。

 鯉口を切って抜刀すると、右袈裟で刀を振り下ろす。

 ぶんぶんと血振りをしながら鞘を引き上げ、ゆっくりと刀身を鞘に納めていく。

 エリナと親父に見せつけるように刀と鞘を目の前に持って行き、敢えて鍔鳴りをさせて納刀完了だ。

 桃太〇侍完コピだ。めっちゃ練習した。


 本当は鍔や切羽が傷むから鍔鳴りをさせたら駄目なんだよな。鳴るとカッコいいけど。



「ほう!」


「お兄ちゃん凄くかっこいい!」


「そうか? こっそり練習した甲斐があったよ。先生に見つかると怒られたからな」


「よし、まけてやるから買え」


「値段は?」


「ナイフが銀貨三枚、バスタードソードは銀貨二十三枚、刀は金貨一枚と言いたいところだが、銀貨八十枚で良い」


「うーむ、八十枚かぁそれでも高いなぁ」


「お兄ちゃん、哺乳瓶十個は即決で買ってたじゃない。あれも十個で銀貨八十枚だよ」


「そう考えると昨日の俺とエリナって相当ヤバかったな」


「怒られたしね」


「どうだ? そうだな、一ヶ月は手入れを無料でやってやろう。もちろん手入れ方法も教えるし、砥石等の手入れ道具も付けてやる」



 親父は買えと色々アピールしてくる。

 質の違う鉄鉱石や焼き入れを色々組み合わせてやっとこの刃文が出たんだとか、習作の中じゃ一番出来が良いだとかすっごい饒舌だ。



「なんでそこまでして売りたいんだ? 俺としては色々して貰って助かるけど」


「俺の作ったこの刀に合う手の長さと掌だったからな。<転移者>だし、打刀やコテツを知ってるだけでもある程度の知識はあるんだろ?」


「納刀だけじゃなくて、素振り用の刃の無い日本刀なら振ってたぞ。指導者は柔道の先生だったから正しい型かは知らんが」


「それだけでも十分だ。それにその剣を引き取る代わりにナイフをやろう。どうだ」


「わかった。そこまで言ってくれるのなら買うよ。あれ? そこからギルド割引は効くのか?」


「効くぞ、国からの補助だからな。取りっぱぐれもない。どんどん使え」



 俺は銀貨七十二枚と登録証を首から外して親父の前に置く。

 親父が商業ギルド登録証を俺の登録証にかざす。

 良かった、音なんて鳴らなかったんだよ。



「親父、良い買い物をしたよ。手入れの件頼むぞ」


「ああ、何かわからない事があればいつでも来い。こちらも色々聞かせてもらうかもしれんがな」



 購入者レビューか。この店の日本刀を買ったら金髪美女の彼女が出来ましたとか言えば良いか。

 まだ付き合ってないからセーフだろ。いつになるかわからんが。


 呪いの装備を引き取ってもらって助かったな。

 真の呪いの装備であるヘタレは外せないし、捨てようとするとそれを捨てるなんてとんでもないって言われちゃうけど。



 武器屋を出ると、エリナが抱き着いてくる。

 つい隣の防具屋を大きく迂回してしまうが仕方がない。出来るなら近づきたくないからな。



「お兄ちゃん、その にほんとう っていうの凄く綺麗だね!」


「おおエリナ、日本刀の美しさがわかるか。日本じゃ工芸品としての価値もかなり高いんだぞ」


「お兄ちゃんが言ってた、はもん? っていうのがね、特に綺麗だなーって」


「エリナは良い物を見抜く目もあるんだな」



 誉められたのが嬉しいのか、エリナの笑顔が弾ける。



「お兄ちゃん! ケーキを買いに行こうよ!」



 エリナは縦ロールを揺らしながら言う。

 見た目は縦ロールでゴージャスになったな。

 ポニーテールのままだったらポニーテールだからって甘く見られるなよ! って励ますところだったけど。


 一部は貧しいままだけど、緩衝材入り胸甲を着けてるからごまかせそう。

 俺達の恰好も鎧の下に来てる服も一般的なものだし。

 俺は日本刀を佩いているしな。


 そうだ!



「ケーキ屋って高級な店なんだろ?」


「そうだねー、入った事はないけど、高いお店みたいだよ」


「エリナさ、お前騎士物語とかも読んでたし貴族言葉も知ってるだろ?」


「一応知ってるけど、本の知識だけだよ? お貴族様とお話しした事なんてないし」


「それでも良いから、ケーキ屋に入ったら貴族言葉で喋ってくれ」


「わかった!」



 てくてくと歩いていくと、高級店舗が並ぶ一角に出る。

 シャンプー屋より高級感漂ってるな。



「お兄ちゃん、あそこの店だよ」


「よし、じゃあここから貴族言葉な」


「ええ、わかりました。お兄様」



 なにこいつ、面白いな。

 ケーキ屋の隣が宝飾店っぽい。

 高級ゾーンと名付けよう。

 背負い籠は入り口に置いておく。流石にこんなの背負ってたら舐められる。

 もう防具屋の時のようなヘマはしないのだ。


 エリナは絡めていた腕を一度抜き、俺は肘を軽く曲げる。

 するとエリナが再度俺の腕に手を置き、エスコートをする形になる。



「よし、入るぞ。ビビるなよ」


「ええ、お兄様」



 カランコロンと音を鳴らしながらガラス扉を開ける。

 ドアベルにちょっとビビったのは内緒だ。


 エリナはしずしずと上品に歩き、俺も同じように気取って歩いてみる。


 俺達が入ってくるのを見た女性店員が、店の奥に小さく声を掛けると、明らかに高級な服を来た男性店員が出て来る。

 店主か?



「いらっしゃいませ」



 店主らしき男が挨拶をしてきた。これは上手く行ってるのかな?



「この後ちょっとした茶会があるので菓子を買いに来たのだが」


「はい、色々取り揃えております。何かご希望の物は御座いますか?」


「エリナ、お前の好きな菓子の名を言いなさい」


「けーぜくーへんときるしゅざーねとるて、ですわ。お兄様」


「だ、そうだ。店主あるか?」


「大変申し訳ありません。ただいま切らしております」


「そうか、残念だな。ではエリナ、俺が選ぶぞ」


「ええ、お兄様にお任せいたしますわ」



 エリナは完全にノリノリだ。

 ちゃんと昨晩に言ったケーゼクーヘンとキルシュザーネトルテの事も覚えてたしな。


 保冷状態になってるっぽいガラスケースを見る。

 流石高級店。

 うちにも冷蔵庫欲しいな。一時的に冷やすなら俺の魔法があるけど。


 というかチーズケーキあるじゃん。

 ケーゼクーヘンってエリナに言わせたから言語変換機能が働かなかったのかね。

 さくらんぼのショートケーキは無いけど苺のならあるな。

 無いって言ったのは知りませんって言えなかったからなのか。

 なんかそういう接客マナーってあったっけ?



「ではチーズケーキと苺のショートケーキを十二個ずつ。あとラスクという庶民の菓子があると聞いた事があるのだが」


「ラスクですか? ございますがお貴族様のお茶会には相応しくないかと」


「一度食してみたいのだ。身内の茶会なので気楽なものだしな。ラスクも十二個一緒に包んでくれ」


「まぁお兄様。わたくしラスクなんて初めてですわ。楽しみです」


「偶にはこういう趣向も面白いだろ?」


「ふふふっお兄様ったら」



 にやりと笑うと、エリナが微笑んで返してくる。

 アドリブでここまで出来るとはな。



「かしこまりました。保冷の魔石をお入れしますが、何時間後にお召し上がりになられますか?」


「十五時開始だからそれに合わせて貰おう」


「かしこまりました。只今準備致しますので、そちらの席でお待ちください。ただいまお茶をお持ちいたします」


「造作をかけるな」


「いえ、とんでもございません」



 席に案内されて着席すると、高級そうな陶器のカップに入れられた紅茶と、同じく陶器の皿に乗せられた小さなクッキーが置かれた。

 エリナが戸惑ったような表情を一瞬見せたので、紅茶に砂糖、ミルクを入れて見せ、エリナも同じようにする。



「美味いなエリナ」


「ええ、お兄様」



 ここで茶の名前を言えたらかっこよかったんだけど、あいにく紅茶なんてティーバッグしか飲んだことがない。

 ハーブティーなら香りで分かる物もあるが、これはちゃんとチャノキの葉で淹れた紅茶だ。


 貴族ごっこで紅茶とクッキーを楽しんでると、先程の店員が箱を持ってやってくる。



「お客様、お待たせ致しました。こちら商品になります」


「ご苦労。いくらだ」


「銀貨四枚になります」


「安いな。贔屓にするぞ」



 ちゃりんと銀貨四枚を渡す。



「ありがとうございました。お茶のおかわりをお持ち致しますので、是非ごゆっくりおくつろぎください」


「いや、今日はこれで失礼する。馬車と従者を待たせているのでな」


「またのお越しをお待ちしております」


「ではエリナ、行くぞ」


「わかりましたわ、お兄様」



 俺とエリナは笑いをこらえながら出る。

 こっそり籠を回収してささっと高級ゾーンから脱出する。



「エリナ、面白かったな!」


「うん! 馬車と従者って! 凄い事言うねお兄ちゃん!」


「お前も良かったぞエリナ、完全に貴族のお嬢様だ!」


「お嬢様? 私お嬢様に見える!?」


「ああ!」


「えへへ!」


「さぁミコトに会いたいし早く帰るか!」


「そうだね!」


「ではエリナ嬢、エスコートさせて頂きます」


「よろしくお願い致しますわねお兄様」



 ご機嫌なエリナをエスコートして孤児院へと歩いていく。


 途中、ケーキの箱を開けてラスクを確認する。

 やっぱパンの形した奴じゃん。


 このまま放置してたら、あいつらがぷげらされてしまうところだった。

 危なかった。

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