第二話 新入り


 孤児院の一部崩れている外壁を見て、やっと直せるんだなと感慨深く見ていると、入り口付近に何か物が置かれているのに気づいた。



「おいエリナ。孤児院の入り口になんか落ちてるぞ?」


「あれ? なんだろ?」


「っておい、あれひょっとしたら捨て子とかじゃないのか!?」


「!!」



 抱き着いていたエリナが素早く俺から離れ、孤児院の前に置かれた物に向かってダッシュする。

 俺も一歩遅れて追いかける。



「お兄ちゃん!」


「ああ、捨て子だな。エリナは早く婆さんに伝えて来い。この辺は残雪が無かったとはいえ冬だ。部屋をすぐに暖めて何か温かいものを飲ませないと。この子は俺がリビングに連れていく。院長室に婆さんが居たらリビングに呼んできてくれ」


「わかった!」



 エリナが素早く行動して孤児院の中に入っていく。

 婆さんの魔法をエリナの魔法で無理やり解除したようだ。


 俺は薄い毛布にくるまれて籠に入れられた赤ん坊を籠ごと抱き上げると、すでにエリナが開けた扉をくぐりリビングにダッシュする。


 赤ん坊はキャッキャと笑ってるし元気はあるようだが、低体温症にでもなったら大変だ。



「一号! 暖炉の火を強くしろ! あとクレア! 毛布を持ってこい一番良い奴な!」


「わ、わかった! 兄ちゃん!」


「はい! 兄さま!」


「お兄ちゃん院長先生を連れてきた!」


「婆さん、外にこの子が置かれていた。何か飲ませたいが、何を飲ませて良いかわからん」


「少しこの子を見てみますね」



 婆さんは抱っこして赤ん坊の口の中などを確認する。



「首は座っていますし、乳歯が生え始めているので生後六ヶ月から七ヶ月でしょうか、これなら離乳食が食べられますね。あとは貰い乳で対応しましょう」


「わかった、婆さんは何かこの子に与えるものを作ってくれるか? エリナはこの子に治癒したら、婆さんに貰い乳できそうな人を聞いて、お願いして連れてきてくれ」


「わかりましたトーマさん。急いで作ってきます」


「お兄ちゃんわかった! 治癒キュアー!」


「あとエリナ、俺のマントと胸甲のベルト外してくれ」


「うん!」


「兄さま! 毛布を持ってきました!」


「よし、広げて四回位畳んでくれ」


「はい!」



 クレアが毛布を畳んで床に置いてくれる。

 俺は胸甲を外し、赤ん坊に巻かれていた古く薄い毛布を解いて、クレアの用意した厚手の毛布に赤ん坊を包み、一号が薪をくべて火力を強くした暖炉に近づくと、少し暖かめの丁度良い温度の場所を探して、暖炉の熱が直接当たらないように背中を向けて座り、赤ん坊を毛布ごと抱きしめる。


 ドライヤー魔法で体を温めてて良かったな。

 赤ん坊にもドライヤー魔法を使うかと思ったけど、あまり急激に温めるのって良くないんだよな。

 風にあたるのも体力を使うし。



 クレアは俺とエリナが野外活動を本格化したあたりからやたらと懐き始めたガキんちょだ。

 エリナの次に女子の中では年長の九歳なので、エリナが居ない時の女子チームのまとめ役として、委員長と呼んでいたら、「クレアです兄さま!」と怒られて以来、出来るだけ名前で呼んでいる。

 一号は、一号とかキャプテンでもちゃんと返事するのに。解せぬ。


 あとのガキんちょは懐いては来てるけど自己主張が少ないんだよな。

 内向的というか恥ずかしがりやで。

 多分嫌われてるようではないから慣れるまではゆっくり付き合って行こう。

 養護施設時代もそういう子多かったしな。

 無理にコミュニケーション取ろうとしない方が良いケースもあるし。



「あれ、そういやこのガキんちょ黒髪で黒い瞳だな」


「あっ本当ですね、兄さまと同じです。いつの間に姉さまと赤ちゃんを作ったんですか?」


「ちゃうわ」


「えっ、まさか姉さま以外の人と......」


「ヘタレにそんな度胸はないし、第一エリナに殺されるわ。風魔法で切り刻まれる未来が見える。火魔法で一気に楽には殺してくれないだろうし」


「そうですよね、兄さまはヘタレですもんね」


「疑惑が簡単に晴れたのは嬉しいけど、何か納得がいかない」


「でも兄さまみたいな<転移者>じゃなくても黒髪の人はそこそこいますからね」


「......黒髪の人って差別されたりしてないよね?」


「えっ? 大丈夫だと思いますけど」


「防具屋で虐められてるのは黒髪だからじゃないよね?」


「ああ、兄さまの発作がまた。姉さまもいないし」


「よく考えたら本屋でグロ絵本を見せられたのは虐めだったのだろうか?」


「姉さまー! 早く帰って来てー!」


「クレアどうしたんだ?」


「アラン! また兄さまの発作が!」


「またか兄ちゃん。エリナ姉ちゃんはいないし、カルルを連れてくる」


「アラン、よろしくね。テキパキ指示を出していた兄さまはかっこよかったのに......」


「にーちゃーん!」


「おお! カルル! 俺の癒し! どうしたーカルルー」


「そのこだれー?」


「おお、新入りだぞ。カルルの弟? いや妹か? いやその前に孤児院に捨てて行ったんじゃない可能性もあるのか? 思い直して迎えに来るかもしれないからな」


「どっちなのー?」


「うーん、難しいな。クレア、女の子だったら悪いからちょっと確認してもらえるか? 体温も戻って来たようだし、というかさっきからめっちゃ元気に笑ってるからもう安心して良いと思う。暖かいリビングからは出さないけど」


「兄さまが元に戻って良かったです!」


「何かメモとか手紙とか入ってないか見てくれ。あと怪我や何かあればヒールしちゃうから、傷とかが無いかも調べてくれるか?」


「はい兄さま」



 クレアが毛布を解いて、赤ん坊の服を改めると何か見つけたようで、俺を困惑した様子で見てくる。



「兄さま、封筒が......。この子はやはり捨て子なのでしょうか?」


「うーん、まぁ婆さんに見せよう。経験豊富だしな」


「はい......」



 クレアは封筒を俺に渡し、赤ん坊を脱がせて体を調べ始めると、丁度婆さんが戻ってきた。



「トーマさん、とりあえず牛乳を少し入れた野菜のペーストを作ってきました」


「婆さん丁度良かった、このガキんちょの服に封筒が入っていた」


「まぁ。ではやはり」


「後で良いから中を調べてみてくれ」


「はい」



 婆さんに封筒を渡す。



「兄さま、体に傷はありませんでした。あと女の子です」


「そうか、クレアはカルルの食事の面倒を見てたんだっけ? 婆さんと一緒に離乳食を食べさせてやってみてくれ。嫌がったら無理に食わせないでいいからな」


「はい兄さま」


「カルルー、妹だぞー」


「いもうと! かるるのいもうと?」


「そうだぞー、カルルはお兄ちゃんになるんだぞー」


「うん! かるるがんばる!」


「あい! じゃなくなっちゃって兄ちゃんちょっと寂しいよカルル」


「あい!」


「カルルは優しいなー」


「にいちゃんすき!」


「俺も好きだぞカルルー」



 カルルと兄弟スキンシップを取っていると、エリナがリビングに飛び込んでくる。



「お兄ちゃん! おばさん連れてきた! お乳分けてくれるって!」


 エリナに続いて野菜売りのおばちゃんがリビングに入ってきた。

 そういやおばちゃんってまだ三十歳で数ヶ月前に子供を産んだばかりだったんだよな。

 ここ数ヶ月は露店で旦那のおっちゃんが店番してるし。

 出産と育児の為にしばらく家にいるって言ってたっけ。



「おお! おばちゃん久しぶり! 元気してた?」


「お兄さん久しぶりだね。あんたまだエリナちゃんを嫁にしてないんだって? <転移者>ってのはヘタレだとは聞いていたけど、ここまでヘタレだったとは思わなかったよ」


「その話はまた後で良いから、今は赤ん坊に母乳をやって貰っていいか?」


「ああ、任せときな。五人目を産んだばかりだからね、慣れたもんさ。それに忙しい時に子供を預かって貰ったりしてたからね、アタシで役に立てるのなら嬉しいよ」


「産まれたのは女の子だったのか?」


「男だよ」


「じゃあ次に期待だな」


「旦那次第だねぇ」



 俺はひょろひょろっとしたおばちゃんの旦那を思い出す。

 うーん。頑張れ、おっちゃん。

 おばちゃんは婆さんとクレアが離乳食を食べさせてる所へ行き、赤ん坊に母乳を飲まる準備を始めた。

 俺はおばちゃんが母乳をあげてる方を見ないように背を向ける。



「なんだい、お兄さん。結婚もしてないのにエリナちゃんとしっかり子供は作ってるんだねぇ」


「えっ! あっほんとだ、この子お兄ちゃんと同じ黒い髪と黒い瞳だ......」


「エリナちゃんの子じゃないのかい? まさかあんたこんな可愛くて良い子が居ながら......」


「計算が合わないだろがよ。俺はここに来て半年だぞ。というか既にそれはクレアと一通り終わっとるわ」


「ヘタレなお兄ちゃんにそんな事をする度胸なんかないですよおばさん!」


「うむ。流石俺の理解者。愛してるぞ! もちろん妹としてな!」


「お兄さんヘタレだねぇ」


「お兄ちゃんのヘタレ!」


「うっせー、職業ヘタレを舐めんな」



 おばちゃんは赤ん坊に母乳を飲ませてくれ、自宅も近いからとちょくちょく孤児院に来てくれることになった。

 あとおばちゃん特製の、自慢の野菜を使った離乳食も用意してくれるとの事。

 こういう不幸な子もいるが、基本的にはこの町は良い人達ばかりなのが救いだな。

 防具屋と中古本屋以外は。あと門番。





 おばちゃんを自宅まで送り届けて帰ってきたエリナが、クレアの抱く赤ん坊の顔を嬉しそうに覗き込んでいる。



「見て見てお兄ちゃん、凄く可愛いよ」


「おお、マジで天使だな」



 赤ん坊は、腹いっぱいになったからなのか、満足そうな顔で眠っている。

 おばちゃんの見立てでも、たぶん七ヶ月かそれくらいだろうという事で、離乳食と母乳をしばらく与えていくとの事だった。

 個人差はあるが、数ヶ月で母乳は必要無くなるそうだ。



「私たちも早くこんなかわいい赤ちゃんが欲しいねお兄ちゃん!」


「だから追い詰めるなっちゅーに」


「ごめんね、この子が可愛くてつい」



 婆さんが少し暗い顔で俺を見る。

 手紙を読み終わったようだな。



「婆さん、手紙はどうだった? やはり捨て子か?」


「ええ、そのようです。少しよろしいですか?」


「ああ。エリナ、遅くなったけど昼飯を皆で食べててくれ。クレア、赤ん坊をよろしくな」


「はーい!」


「任せて下さい兄さま!」



 赤ん坊をクレア達に任せて、婆さんと孤児院長室に行く。

 やはり何か重い話なんだろうか。



「手紙の内容なのですが、愛人として身請け話が決まったので、子供が邪魔になったから引き取って欲しい。という内容です。赤ん坊の名前すら書いてありませんでした」


「マジか......酷過ぎるな......」


「せめて私に直接預けて頂ければ寒空に放置することもなく、名前や年齢などもわかったのですが」


「身請け先に子供を連れてこられたり、養育費を請求されたりすると困るとか、そういう身勝手な理由なんだろうな」


「その通りです。十五歳になるまでは市民登録やギルド登録ができませんので、子供が一人で放り出されると身元確認もできません。一応両親のどちらかが市民登録済みならば、出生時に仮の身分証が発行され、十五歳になれば無料で市民登録が出来るのですが、その仮の身分証もありませんでした。ただ捨てられる子に身分証があるケースは殆どありません。捨てた親が誰かすぐにわかりますからね」


「婆さん、俺はちょっと浮かれてたみたいだ。この町の人たちは皆温かいし優しい。凄く良い世界なんじゃないかと思っていた。あとは孤児院の連中さえ幸せにすれば、俺の目に見えるこの世界は、当たり前が当たり前の世界になると思っていたんだよ。親の自分勝手な都合で不幸になるような子供達が居ないっていう当たり前の世界にな」


「トーマさん......」


「だけど絶望したわけじゃない。むしろ平気で子供を捨てる親の元に居るくらいなら、この孤児院に居た方が幸せなはずだ。俺はそう信じてこれからも頑張るよ」


「はい......私もそう思います」


「その手紙は処分しちゃった方が良いのかな」


「どんな理由でも実の親の残した唯一の物です。成人したときに、どんなに辛い思いをしても、事実が知りたいと言われた時には見せた方が良いのではないかと思います」


「そうか、そうだよな」


「エリナのように、なんの手掛かりも実の親の残した物も無いというのは悲しい事ですから」


「少し前にエリナが話してくれたけど、エリナも赤ん坊の頃捨てられたんだよな」


「この町に有ったもう一つの孤児院の前に、ですね。エリナの居た孤児院長が亡くなって閉所する際に全ての孤児を引き受けたので、エリナが七歳の時からの付き合いなんですよ」


「エリナは今あんなに楽しそうに笑ってる。孤児院のあいつらも俺には楽しそうにしているように見える。あの子にも同じようになって欲しいと俺は思う」


「はい」


「婆さん、俺は受け入れて欲しいと思ってるんだが、孤児院で引き受けるのは可能か? 何か届け出とか必要なのか?」


「国へ手続きする必要があるだけですので私がやっておきます。身請けされるという母親が引き取りに来る事はないでしょうし、うちで引き受けましょう。幸いトーマさんとエリナのおかげでこの孤児院もかなり余裕ができましたし」


「ありがとう婆さん」 


「いえ、それが私の仕事ですし。そもそもあんな可愛い子を見捨てるなんてできませんよ」


「そうだな。じゃあリビングに戻って飯にしよう。ずいぶん遅くなっちゃったし」


「ええ」



 まだ親の勝手な都合で不幸になった子供がこの世界に居たのかとイラつくが、俺はリビングに向かいながら、怒りを抑える。

 そうだよな、あの赤ん坊のように将来憎む相手が居るだけでも、俺のように憎むべき親すらわからず、ただ世界を、社会を憎むようにならなくて済むだけマシなのかな。


 何とかこういう子をなくす事はできないんだろうか......。

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