第二章 ヘタレ冒険者
第一話 それでも彼はヘタレだった
「
「任せろ!
俺は、直前上に並ぶようにエリナに追い立てられて来た二匹のホーンラビットを電撃の槍で纏めて貫いた。
俺の手持ちで一番貫通力が高い魔法だ。
電気の帯なので目玉や内蔵は焼け、毛皮にも多少のコゲ跡が付くが、外傷を一切作らず、そのままギルドに納品すれば少し高値で売れるのだ。
外側に傷を作らない為に、ホーンラビットの口の中から喉を割いて血抜きをするのはエリナの仕事である。
グロ克服は相変わらず出来ていない。
「やったね! お兄ちゃん!」
エリナがホーンラビットを一匹、残雪の上を引きずってくる。
今日はこれで五匹か。
これ以上狩ると解体の必要が出てくる。
時間も丁度良いし引き上げるか。
決して解体シーンを見たくないからではない。ごめん嘘。
早速エリナが俺の仕留めた分を血抜きする。
いつもありがとう妹よ。愛してるぞ、妹としてな。
「エリナが上手く追い込んでくれたからな。ウサギは冬眠しないからかなって思ってたけど、魔石を持つ魔物は冬でも活動するってのはありがたいよな」
「そうだね! 冬に採取できる薬草の種類は少なくなるし雪に埋もれちゃうからね、魔物が減らないのは助かるよ」
「最悪手持ちの金で越冬する必要があるかと心配してたけど、冬でも活動してる魔物のおかげで安定して稼げるから助かるな」
「ドライヤー魔法で私たちは温かく狩りできるしね」
「お前、温度調節できるようになったのにずっと俺に髪乾かさせるのどうなのよ」
「お兄ちゃんにやって貰った方が気持ち良いんだもん。他の子たちのは私がやってるんだからいいでしょ」
「まあお前の髪を触るのは好きだから良いんだけどな」
「でしょ? お兄ちゃん専用なんだからね。私の髪は」
「じゃあさっさと帰るか。もう十分だしギルドに寄っても孤児院の昼飯に間に合いそうだ」
「うん!」
最近新しく新調した頑丈で大きい背負い籠にホーンラビットを五匹入れる。
前の籠より重くなったが俺の背に合わせて防具屋が設計した専用籠だ。
散々弄られたけど良い買い物をした。
体にぴったり密着することで体感の重さが軽減されるのだ。
しかも胸甲の背中部分にアタッチメントを付けて籠をロックできる特注品だ。
滅茶苦茶安く作ってくれたから何も言わずに弄られ続けた。悔しい。
帰路につくと相変わらず腕にしがみついてくるエリナ。だがもう冬で厚着をしている為、肘が胸甲に当たっても痛くない。
俺が<転移>してから半年程が経とうとしている。
あれから俺達は成長した。
特にエリナがな。
エリナの身長は少し伸びた。
それでも百五十センチには届かないかなという程度だが。
体つきもほぼ毎日野外活動をしているせいか、少し筋肉がついて、細身のままだけどしなやかな女性らしさが出てきた。
胸甲の内側に詰め込んだ緩衝材は、まだ少しも減ってはいないが。
名前:トーマ・クズ
年齢:18
血液型:A
職業:ヘタレ
健康状態:良好
レベル:――
体力:95%
魔力:90%
冒険者ランク:E
名前:エリナ
年齢:15
血液型:A
職業:お兄ちゃんのパートナー
健康状態:良好
レベル:15
体力:90%
魔力:98%
冒険者ランク:E
ただし俺の職業は相変わらずヘタレだし、エリナの職業欄はバグってやがる。
エリナが俺に告白した日からずっとこのままだ。
というかこれって一応公的な身分証になってるんだぜ?
冒険者ギルドのあの事務員に見せたら爆笑しやがった。
というかこいつ自力で「職業:お兄ちゃんのお嫁さん」に変えられるんだよな。
恐ろしい。
ちなみにまだ正式に返事はしていない。
俺の職業欄を見て理解しろ。
一緒に寝ても何も起こらない程のヘタレだ。
門番に登録証見せる度に言われるんだぞ。「エリナちゃんの職業はいつパートナーから嫁になるんだ?」「お兄ちゃんがヘタレなのでなかなか永久就職できないんです」「確かに兄貴の職業はまだヘタレのままだな。頑張れよエリナちゃん」「はい! ありがとうございます!」とか毎日やり取りしやがって。
ほっとけ。
魔力の扱いも上達し、エリナは中級魔法も少しずつ使える様になってきて、レベルも一気に15まで上がった。
俺も初級魔法であれば一通り使える様になり、なんとか平均レベルの威力を出せるようになったし、異世界本や前世の知識で、オリジナルの魔法をいくつか使えるようにもなった。
薬草を採取しつつ、探査魔法で魔物を発見するたびに狩っていたら冒険者ランクも上がった。
収入も月単位で均せばなんとか安定していると言えるレベルにはなったし、俺もエリナも孤児院に金を入れながらも、貯えができるようになった。
エリナに春の採用試験を受けるのか? と聞いたら、パートナーなんだからお兄ちゃんと一緒の仕事をする。ときっぱり断言されたので、とりあえずクズ受け入れ機関である冒険者ギルド所属のままである。
本来魔物が少ない南の森で、安定してホーンラビットを狩るのは難しい。
そもそもむやみに人を襲う魔物ではないとの事。
もちろん縄張りに不用心に入ったりしたら襲って来たりする程度の脅威はあるのだが。
だが俺が探査魔法で探知し、エリナが風魔法の音響弾で俺達の方に獲物を誘導するという方法で、なんとか安定して狩れるようにようになってきた。
俺の探査魔法は最初は半径二十メートル程度だったが、段々範囲が広がっていき、今では半径二百メートル近くまで広がった。
エリナは探査魔法が苦手のようで範囲は半径五十メートル程度だが、攻撃魔法に関しては才能があり、俺の探知した獲物付近に正確に音響弾を最大射程二百メートル以上で狙って撃つことができる。
攻撃魔法が直撃すると獲物が消し飛ぶから、威力が無く、派手な音だけが発生する音響弾を使って追い込むのだ。
「なあエリナ、この前の話だけどどうするか」
「西の平原で魔物狩りするって話?」
「そう。南の森は雪に埋まって薬草採取がもうほとんど出来ない状態だしな。ホーンラビットでも稼げるけど、魔物狩りだけで稼ぐなら、もうちょっと強くても大丈夫じゃないかなーとも思うんだよ。西の平原なら南の森と同じ位の距離だし、午前中だけ狩りをして午後には町に戻れるしな」
「そうだねー。でもお金が足りないって訳でもないし、無理する必要はないとも思うんだけど」
どうしようかーとか話してると街道に出る。
もちろん馬車が通る時には「えへへー」と言いながら抱き着いてくるのは変わらない。
特に今は雪が解けて泥状態になってるから、馬車が通る時には水溜まりに注意しながらエリナをマントで汚れないように守る。
一度防御魔法使えば良いんじゃね? と提案したら魔力が勿体ないよ! と否定された。
マントを洗う方が手間だし単に抱き着きたいだけだろ。
まぁ俺も嬉しいから良いけど。
「お兄ちゃんいつもありがとうね」
「エリナが汚れてて俺が綺麗なままだと、町の連中に滅茶苦茶怒られるからな。なんでみんなエリナの応援をしてるんだよ」
「いつも皆に『エリナちゃんはヘタレに惚れちゃって大変ねー』って言われるんだよ」
「いくらヘタレでも追い詰めると何をするか分からないんだぞって教えたろ?」
「私はお兄ちゃんの事、ちゃんとわかってるから追い詰めるなんて事しないし、ずっと待っていられるんだけれどね。一年間安定して稼げるかってお兄ちゃんはいつも気にしてるから、まずはそこの不安が解消しないとヘタレなお兄ちゃんは前に進めないでしょ?」
「流石、俺の最愛の妹。俺を理解し過ぎてるな」
「そうだよ。だから最愛のお兄ちゃんの気持ちもちゃんと理解してるつもりなんだけどなー」
「追い詰めてるじゃねーか」
「そんなことないよー!」
キャッキャといつものように兄妹トークをしながら町に入る。
いつもの門番とのやり取りはスルーだスルー。
「この時間ならあの子達と一緒にごはん食べられるね」
「なんか毎回弁当持って行くのがアホくさいよな」
「結局孤児院で食べる事が多いからね」
「とは言え食料無しで森に入るのは嫌なんだよな」
「一回お弁当があって助かった事があったしね」
「ホーンラビットも見つからなかったから、弁当以外に本当に食うものが無かったからな。あと草」
「お兄ちゃんが急に豚の鳴き声がする! とか言って発作を起こして森の中を走り回って遭難しちゃったからね」
「ごめんなエリナ、お兄ちゃんちょっと豚の鳴き声がトラウマになっちゃってたんだよ」
「やっと孤児院に戻ったら、あの子たち凄く泣いてたしね」
「二日も帰らなきゃそりゃそうだろうな」
「ま、だから平原でも良いかなって思うんだよ。ダッシュエミューいるだろ? あれ一匹狩ればホーンラビット十匹分くらい稼げるし。あとブーブー鳴く動物もいないし」
「凄く速く走るから、魔法使えない人にとっては弓矢か銃を使わないと狩れないから競争相手は少ないんだよね」
「そうそう。毎日一匹狩れればそれだけで贅沢な飯食いながら暮らしていけるからな」
「一回狩りに行ってみるのも有りかもねお兄ちゃん!」
「そうだな」
狩場トークをしているうちに、冒険者ギルドにたどり着く。
早速受付に獲物を渡し換金した。
今回の二人の稼ぎは銀貨十五枚。
普段は二、三匹なので結構いい方だ。
狩れない日もあるしな。
エリナの仕留めたホーンラビットは首の頸動脈を綺麗に斬って高額査定だけど、俺の仕留めたホーンラビットは傷口はないけどちょっと焦げる分毛皮の価格が下がって肉代がほぼゼロなんだよな。
それでも一般冒険者よりも高額査定なんだけど。
よく出来た妹でお兄ちゃん嬉しいよ。
いつものルーティーンとして、何か割りの良い依頼はないかなーとチェックしてみる。
民間の依頼なんかだとたまに魔法が使えるならかなり時間単価の良い依頼があったりするのだ。
この前はゴミを埋める為の穴掘り銅貨四百枚とかあったしな。
土魔法で一瞬にして稼げたし、近所だったから時間もかからずかなり美味しかった。
だが今日は特に美味しい依頼はなさそうだ。
「お兄ちゃん孤児院に帰ろう!」
「おう、じゃあこれ孤児院とエリナの分な」
と言って銀貨十二枚を渡す。
「じゃあ私も今日は孤児院に銀貨二枚出すから、院長先生には銀貨九枚渡しておくね」
「頼む。俺からだと遠慮するんだよな婆さん」
「まぁ最近は当日の収益の全額をちょっとぼかして伝えてるからね。院長先生はちゃんと三等分で端数が孤児院に来てると思ってるよ」
「騙してる感じがして嫌だけど、そうしないと受け取らないからな婆さんは」
えへへーと俺の腕に絡みついてたエリナが抱き着いてくる。
「相変わらずお礼を言われるのが苦手なんだね、お兄ちゃんは」
「俺だって婆さんやガキんちょどもには世話になってるんだ。お互い様なんだから必要以上に畏まる必要なんかないんだよ。それにもう俺達は家族だろ? 遠慮なんか必要ないんだよ。ガキんちょどもを見ろよ。飯ガツガツ食いまくっておかわり頂戴の大合唱だぞ。あれを食いたいこれを食いたいって我儘言い放題だ。ああいう感じで良いんだよ家族なんか」
「ふふふっ結局照れてるんだよね。そういえばそろそろ孤児院の改修資金が貯まるって院長先生が言ってたよ」
「壁とか崩れたままで危ないからな。つーか俺がこの世界に<転移>してきた時に貰った金を使ってくれたら、さっさとリフォーム出来たんだけどな」
「それはお兄ちゃんがいざという時に使いなよ」
「なんか気分悪いんだよな。自分で稼いだ金じゃないし」
「お兄ちゃんはそういう所気にし過ぎじゃないかな?」
「そうか? まぁでも孤児院で急に金が必要になるかもしれないし。あー何かこれを元手に何か商売を考えるってのも良いかもな、失敗しても痛くないし」
「孤児院で何かを売るの?」
「薬草の加工を孤児院でやってただろ? あれをもっと大規模にするとか、何なら食堂や託児所みたいなのも良いかもな」
「その辺はお兄ちゃんに任せるよ。私たちじゃ良くわからないし」
「まあ考えとくわ。俺達が稼げてる間は良いけど、出来れば孤児院単独である程度の収入を得られるようにしたい。もちろんガキんちょどもの勉強時間なんかは確保しないと駄目だけど」
「お兄ちゃん、いつもあの子たちの事を考えてくれてありがとうね」
「家族だって言ったろ。普通だ普通」
あのアマから貰った金の有効活用法を話してると、「んふふー」とエリナが上半身に抱き着いて来て歩きにくい。
まあ嫌じゃないから良いんだけど。
てくてくと歩いていると、そろそろリフォームされるという孤児院の崩れた壁が見えてきた。
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