第十三話 ツインテール


「でもどうして同じリボンを二本買ったの? 一本はお兄ちゃんが使うの? だったらお揃いだね!」



 先程から超絶ご機嫌なエリナが聞いてくる。

 お揃いは嫌だ。



「エリナがポニーテールを気に入らなかったらツインテールにしようと思ってたんだよ。どっちにしろ採取の時は気に入らなくてもポニーテールを強制してたけどな」


「ついんてーる?」


「エリナみたいに細い子ならポニーテールよりもツインテールの方がボリュームが出て似合うんだよ。俺の好みだから一般的にはどうかわからんがな」


「ついんてーるの方がお兄ちゃんの好みなの?」


「俺の好みというか、エリナにはツインテールの方が似合うんじゃないかってだけだけどな」


「じゃあついんてーるにして!」


「でも採取の時はポニーテールだぞ。下手したら剣や魔法が髪に当たるかも知れないし、採取でかがんで下を見るとお前の長さじゃ垂れ下がって邪魔になるし」


「ぽにーてーるも可愛いから好きだけど、ついんてーるも見てみたい!」


「わかったわかった」



 ポニーテールを解き、ツインテールにする。

 櫛があれば綺麗なラインが出るんだけど、まぁ手櫛でやろう。

 ポニーテールの時と同じように、リボンは大きな蝶々結びにする。 



「出来たけど鏡がないな」


「どこかのお店に置いてあると思うよ!」



 そういってまた腕にしがみつくエリナ。

 今度はツインテールの片方が体に当たってくすぐったい。



「ここだよお兄ちゃん!」


「ここに念願のホースが。早速入るぞ」


「うん!」



 ぱっと見普通の建物で、ガラス戸などではなく安定の鎧戸だ。

 高級店じゃないと判断して安心して店に入る。



「ホースを探しているのだが」



 店員のおっさんに話しかける。

 着ている服は庶民の物だから安心して話しかけられた。



「ほーす?」


「皮を使った水を通す管だ。口径十五センチで三メートルほど欲しいんだが。あとは口を固定する針金みたいな物もあれば頼む」


「はいはい、革製の水管ですね。揚水ポンプに取り付けるのですか? 耐水の加工と補強をしたもので、一メートルあたり銀貨一枚になりますがよろしいですか?」


「結構するな。でも背に腹は代えられないから頼む。あとホーンラビットが三体くらい入る革袋一個と、硬貨なんかを入れる丈夫で長い紐が付いた革袋を二個、あと頑丈な二十七センチの靴を二足、片方はブーツタイプの奴も一緒に欲しいんだが」


「わかりました。今持ってきますね」


「良かったね! お兄ちゃん!」


「ほんとだよ。毎日百回も魔法使うの考えたらかなり助かったよ」


「私なら二十回だけどね」


「優秀な妹がいて嬉しいよ」


「ヘタレなお兄ちゃんでも嬉しいよ?」


「うーん、ヘタレは治したいんだけどな。治癒でも治らないし」


「いつか私の魔法でヘタレを治してあげるね!」


「ヘタレじゃなくなったら俺って消えそうな気がする」


「えっ! じゃあ治さない!」


「まあ自分でなんとかするよ。まずは登録証の職業の表示からだな」


「お待たせいたしました」



 ヘタレ談義をしていたら店員が三メートルでカットしたらしいホースと大小の革袋、短靴とブーツを持って戻ってきた。



「水管が銀貨三枚、大きい革袋が銅貨八百枚、小さい革袋が二個で銅貨二百枚、短靴が銅貨五百枚、ブーツが銅貨八百枚で合計銀貨五枚と銅貨三百枚になります。あとこちら、ポンプと水管を固定する金属製の固定具はサービスさせて頂きますね」


「ありがとう、助かるよ。マジで」



 あの水溜め作業から解放される喜びに震えながら、カウンターに銀貨五枚と銅貨の束三本を置き、ホースと大きい革袋、試し履きで問題が無かった靴二足を籠に入れ、小さな革袋の一つをエリナに渡す。



「エリナ、これには硬貨とか大事なものを入れておけ」


「あ、お兄ちゃん、自分の分は出すよ」


「いいよついでだし。遠慮は無しだぞエリナ」


「わかった! ありがとうお兄ちゃん! あとおじさん、鏡はありますか? 少し借りたいんですけど」


「ありますよ。ちょっと持ってきますね」



 待っている間にエリナは硬貨を革袋に入れ、ベルトに縛り付けている。

 鎧の下に着る厚手の服のままだからベルトはしたままだけど、普段はどうするかな。

 長い紐が付いてるし首から下げるのかな?

 とりあえず俺もエリナと同じように硬貨をしまい、ベルトに縛り付ける。



「どうぞ、手鏡ですが」


「ありがとうございます!」



 店員から手鏡を受け取ると、待ちきれないとばかりにのぞき込むエリナ。



「うわあ! うわあ! ついんてーるすごく可愛い! お兄ちゃんありがとう!!」



 またがしっとエリナに抱き着かれる。

 エリナから手鏡を取り戻し、店員に返す。



「はいはい、エリナ次はスコップとロープを売ってる店に案内してくれ」 


「うん!」



 エリナに案内され、無事スコップ二個とロープ十メートルを手に入れる。

 古いものが孤児院にもあるとの事だったが、安い物だしまあいいだろう。

 その間ずっとご機嫌なエリナだった。



「エリナ、ポニーテールとツインテールどっちが気に入ったんだ?」


「んーと、ぽにーてーるも可愛いけど、ついんてーるの方が好きかな!」


「じゃあ胸甲を着ける時はポニーテールで、それ以外はツインテールにするか。風呂上がりは縛ったら駄目だぞ。多分変な癖がついちゃうと思うから」


「わかった!」


「じゃあ次は絵本な! グロくない奴!」


「お兄ちゃんのヘタレ!」


「カルルに読んであげたいんだよ。人や動物が死なない平和な絵本を」


「シンデレラだって誰も死なないじゃん」


「つま先やかかとを切り落としたり、鳩に両目をくりぬかれる話のどこが平和なんだよ!」


「でもちょっとはざまぁって思うでしょ?」


「いやそこまでは」


「お兄ちゃんのヘタレ」


「まぁ動物を解体できるエリナには何も言えない。今後はお世話になるだろうし」


「お兄ちゃんはヘタレだなー。でも大丈夫! 私がヘタレなお兄ちゃんを助けてあげるから!」



 キャッキャと兄妹で話が盛り上がりつつ中古本屋にたどり着くと、本屋の主人が、いらっしゃいませと出迎えてくれる。



「本屋、人や動物が死なないで、つま先やかかとを切り落とさず、焼けて真っ赤になった鉄靴を履かない絵本をくれ。あと婆さんが食われないやつな」


「ええと、ヘンゼルとグレーテルみたいな本ですか?」


「いやアレは殺された魔女は実は母親でしたって暗喩だろ」


「あの魔女お義母さんだったんだ」


「母親がヘンゼルとグレーテルに毒入りパンを食わされるバージョンもあるけどな! というか楽しい絵本を売れって言ってんだよ!」


「お兄ちゃん落ち着いて。私が探してくるから」


「イマイチ信用が置けないが頼む。孤児院に有る本と被ったら勿体ないからな」


「わかった! 任せて!」


「いいか、絶対に明るくて楽しい本だぞ! フリじゃないからな! カルルの為なら金に糸目はつけん」


「はーい!」


「返事だけは完璧だけど、絵本のチョイスに関しては全く信用してないからな妹よ。本屋! お前も探して来い!」


「わかりましたお客様!」



 俺も絵本を探してみる。

 絵は可愛いくせに内容がグロいのが多いな。

 こんな危険物はカルルには読ませられん。



「お客様、お待たせしました」



 本屋が二冊の本を持って来る。



「どういう話だ?」


「一冊目は、子供たちがごっこ遊びをする物語です。聞いただけでも楽しそうですよね?」


「......それって子供が肉屋と料理人と料理番の下働きと豚の真似をする奴?」


「良くご存じで」


「最悪の本を持って来るんじゃねーよ! 聞いただけで楽しくなるどころか思い出して眠れなくなるわ! 明るくて楽しい本って言っただろーが!」


「いや、この本は珍しく多色刷りで、赤いインクが綺麗なんですよ」


「余計怖いわ! 売る気ないだろお前!」


「えー、じゃあ兄弟が肉屋と豚ごっこをする物語も持って来たんですが駄目ですか?」


「駄目駄目駄目駄目! 孤児院でそんな事件が起きたらヘタレな俺ですら迷わず自殺するわ! いいから他の本を持って来い本屋!」


「はいはい」



 本屋が肩を落として別の棚に向かうと、入れ替わりでエリナが本を持って戻って来る。



「お兄ちゃん! 持ってきた!」


「なんて題名?」


「小人の靴屋!」


「うーん、微妙なチョイスだな。第二話以降が無ければ採用だが」



 エリナから小人の靴屋を受け取り、中を見てみる。

 靴を作るだけで終わった。平和だ。素晴らしい。



「どう? お兄ちゃん」


「合格だ。流石俺の妹!」


「わーい!」


「その調子で次の本を探して来い」


「わかった!」



 褒められて嬉しいのかスキップで次の本を探しに行くエリナ。

 入れ替わりに本屋が本を持って来る。



「お客様、これも多色刷りで綺麗な絵本ですよ!」


「綺麗な挿絵の絵本じゃなくて明るい本を探しているんだが。一応聞いておく、何て本だそれ」


「青髭です。綺麗な青でお勧めです。もちろん小さな鍵の小部屋を開けた直後の赤は必見ですよ」


「お前はもう絵本を探さなくていいわ」


「えー」


「というか高い本を勧めているだけだろ。多色刷りばかりじゃねーか」


「綺麗なんですけどね」


「血の海を綺麗と言う子供なんて嫌だ」


「お兄ちゃん! 次の本持って来た!」


「よし偉いぞエリナ。タイトルは?」


「ラプンツェルと親指姫と眠り姫!」


「エリナにしてはまともなチョイスだな。ペロー版だとしてもそんなに怖くないし」



 エリナが持ってきた絵本の内容を確認する。

 ラプンツェルは初版に近い内容だが、ちゃんと目も治るしまぁ良いだろう。

 親指姫も主人公の性格が引っかかるがセーフ。

 眠り姫はやはりペロー版だったが、まぁ姑が蛇に食われるくらいだしまぁ良いだろう。


 結局婆さんが死ぬ話が一冊混じったな。

 なんで童話ってこんなに婆さんが殺されるの?



「よし、合格だエリナ! 素晴らしいぞ!」


「やったー!」


「じゃあ本屋、この四冊を買うぞ」


「ありがとうございます。四冊で銀貨三枚です」



 銀貨三枚を置き、絵本を籠にしまう。



「本屋、お前は明るく楽しい本を、赤く綺麗な本と解釈するのは辞めろ」


「お客様、上手い事言いますね」


「うるせー。でもまた来るからな。中古本屋はこの町にはここしかないみたいだし」


「お待ちしておりますね」


「子供の勉強に役立ちそうな簡単な計算の本とかあれば取っておいてくれ」


「わかりました」


「じゃあ飯の材料買って帰るか。エリナ」


「うん!」



 がばっと腕にしがみつくエリナ。

 こいつの肉を増やすためにカロリーが高い飯にしよう。

 しまったヘンゼルとグレーテルを想像してしまった。

 別に食うわけじゃないんだけどな。



「何を買うの?」


「まずはいつもの肉屋だな、ハンバーグでも作ってやるかと思ってるんだが」


「わかった!」



 エリナはふんふーんとずっとご機嫌だ。

 時折ツインテールを触っては「えへへ」と笑ってる。

 まぁご機嫌なのは良い事だけどな。


 歩いていると程なく肉屋に到着する。

 腕にしがみついたエリナと、開け放たれた扉から店内に入る。



「らっしゃい兄さん、いつも来てくれてありがとうな。おっ別嬪なお嬢ちゃんは、いつにも増して別嬪だな!」


「おじさんありがとう!」


「子供は居ない?」


「は?」


「肉屋ごっこしてる子供やブーブー鳴いて豚の真似をしている子供は居ない?」


「いや、ここには居ないが」


「なら良かった。今日はハンバーグを作ろうと思って合い挽き肉を買いたいんだが、ハンバーグ型に成形して貰うと手間賃はどれらいの金額だ?」


「何人分だ?」


「十二人だが、あいつら良く食うからな、一人前でも大人の普通サイズの一.五倍くらいで成形して欲しいんだが」


「それだけの量を買ってくれるなら合い挽き肉の値段だけで構わないぜ。玉ねぎは入れるか?」


「いや、合い挽き肉だけで良い、あとスープストックが欲しいんだが」


「あるぞ。うちの良い牛から取った牛骨やすね肉、鶏ガラをベースに香味野菜などで時間をかけて作った特製だ」


「粉になってるんだっけ? とりあえずそれを一キロと、ベーコンとソーセージ、鶏の胸肉を二キロずつ、卵十個。あとデミグラスソースって売ってるか?」


「スープストックは、粉というよりはペースト状になってて壺に入ってるんだが、キロ銅貨五百枚で壺代はおまけしておく。無くなったら壺を持ってこい。銅貨五百枚で一キロ分継ぎ足してやる。デミグラスソースもあるが日持ちはしないぞ? 同じように壺に入れて、デミグラスソース五百グラム分で銅貨百五十枚だ」


「じゃあそれで頼む」


「じゃあちょっと成形してくるから待っててくれ」


「その間に野菜でも買ってくるわ親父」


「わかった、十分後には終わってると思うぞ兄さん」



 エリナと肉屋を出て市場のいつもの野菜売りのおばちゃんと所へ向かう。



「これでやっとマシなスープが食えるな」


「お兄ちゃんの作ってくれたスープは美味しいよ!」


「それよりもっと美味くなるぞ。期待しておけ」


「うん! 楽しみ!」 


「頑張って料理作るから、またブイヨンって言ってみて」


「ぶいよん?」


「本屋でテンション下がったけど、なんか元気出た。ありがとうなエリナ」


「よくわからないけどよかったねお兄ちゃん!」



 肉屋と野菜を売ってる店は近いからあっという間だ。

 いつものおばちゃんに挨拶する。



「おばさーん! こんにちわー!」


「エリナちゃん、いらっしゃい。あら、今日はいつにも増して可愛いじゃないか!」


「ありがとうございます! おばさん、赤ちゃんそろそろですか?」


「そうだね、来月くらいかね。エリナちゃんみたいな可愛い子が産まれてくれればいいんだけどねぇ。うちは男ばかりだから」



 ちょっと太ったおばさんだと思ったら妊婦さんでした。

 余計なこと言わないで良かった。

 たしかにおばちゃんって言うには微妙な感じだったし、豪快な人だから、違和感が全くなかった。



「おば、お姉さん、また野菜を頼むよ」


「急にどうしたんだいお兄さん、おばちゃんで良いんだよ。アタシはもう三十歳なんだから」


「そか、じゃあおばちゃん、今日はジャガイモを多めに三十個くらい買うか。人参と玉ねぎを十個ずつ、あとブロッコリー五個とキャベツ一玉と、冬瓜やインゲンはあるかな?」


「とうがん? あぁ冬瓜だね、冬瓜とインゲン豆ならあるよ」


「じゃあ冬瓜二個とインゲン豆をさやごと適当に。あとおばちゃんマヨネーズを売ってる店って知ってる?」


「うちの店の目の前だよ。香辛料店なら知ってるだろ?」


「おお、あそこで売ってたのか」


「はいよ籠に入れたよお兄さん。銅貨四百枚で良いよ」


「いつも悪いなおばちゃん」


「多く買ってくれてるからね。また来ておくれよ」


「欠食児童だらけだからな。おばちゃんの所の野菜は形も良いし味も良いから子供たちも喜んで食べるんだよ」


「嬉しいこと言ってくれるね。胡瓜十本持って行きな」


「おっ、ありがとうおばちゃん」


「おばさんありがとうございます!」


「エリナちゃんはほんと可愛いね。大根も二本持って行きな」


「わぁ! こんなにありがとうございます!」


「うーん、すごいなこのサービスっぷり。じゃあまた明日も来るよおばちゃん」


「待ってるよお兄さん」


「おばさんさようなら!」



 おばちゃんから大量のおまけを貰い、すぐ近くの香辛料を扱っている露店に行き、マヨネーズとテリヤキソースを買う。

 あと醤油も売ってたので買う。

 テリヤキソースがあるのなら存在するわな。

 それとパセリの干したものも売ってたので買った。


 一応聞いてみたがターメリックやサフラン、シナモンもあるという。

 カレーが作れそうだけどルーからは作ったことがないんだよな。

 まぁ百科事典に乗ってそうだから後でメモしておくが。

 長粒種だけど米もあるし、ナンを焼いても良いんだけど、辛いのはガキんちょどもも食えるかわからないからまぁ追々だな追々。

 シナモンパウダーはパンの耳を揚げたお菓子用の為に買っておいた。

 好きなんだよなこの香り。

 

 結構何でもそろうなこの市場。

 米は長粒種しかなかったけど、探せば短粒種もあるかもしれん。

 久々に卵かけご飯を食べたいが、卵を生食するのが怖いな。

 でも腹が痛くなったらエリナに治癒して貰えば良いのか。

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