第四話 市場


 エリナと歩きながら首から下げた登録証を取り出して眺める。

 この登録証はその人の深層意識を表示するって言ってたな。

 俺はヘタレじゃないと強く念じればひょっとしたら......。


 登録証を握って強く思う。

 俺はヘタレじゃない、いくら社会を恨んでたからと言って自殺なんかアホらしいし、他人を傷つけたりしたって意味がないだろう。

 俺はヘタレじゃない。

 たしかに俺は一旦は憎んでる社会の歯車になろうとした。

 だがそれは更なる飛躍の為だ。

 決してへタレだたからじゃない。

 妥協じゃないぞ! 俺は決してヘタレじゃない。



「お兄ちゃん大丈夫?」



 エリナがものすごく心配した顔で聞いてくる。

 しまった、つい本気で自己弁護をしてしまった。



「いやな、登録証の職業を変えられないかと思って。結局ここに表示される情報って、自分の深層意識にある情報な訳だし」


「どういうこと?」


「つまり人を殺しても、俺は人なんか殺してないと思い込めば殺人者とは表示されないんじゃないかと」


「思い込んじゃえばそのまま表示されちゃうって事?」


「そうそう、エリナもやってみたらどうだ? 自分のなりたいものを強く思えば孤児から変わるかもしれないぞ」


「うん、やってみる!」



 というとエリナは登録証を握り込み、足を止め、目を瞑ってぶつぶつ言いだす。

 十秒ほど時間が経つと、登録証が光り出した。



「おお、エリナ、光ってる光ってる」


「わわわっ! ほんとだ!」


「情報が書き換えられたんじゃないのか?」



 と言って登録証をのぞき込むと



 名前:エリナ


 年齢:15


 血液型:A


 職業:お兄ちゃんのお嫁さん


 健康状態:やや不良


 レベル:5


 体力:58%


 魔力:100%


 冒険者ランク:F



 たしかに好意は感じていたけど、妹が兄に懐くようなものだと思っていた。

 出逢ってまだ一日だしまぁその内感情も落ち着くだろ。

 あれだな、高校の時、教育実習生の女子大生が来た時の男子高校生の心境みたいなもんだ。

 うむ、やっぱ俺ってヘタレだな。



「ち、違うの! これはそういうんじゃなくて! 適当に思っただけだから!」



 そういうとまた登録証を握り込み、強く念じるエリナ。再び登録証が光り出すと職業表示は孤児に戻っていた。



「あのさ、これってこんなにぽんぽん変わってたらいくらでも詐称が可能なんじゃね? 深層意識ってこんなにチョロいの? あの事務員は魂に刻まれたーとか凄いこと言ってたけど」


「さー、私には良くわかんない」


「まぁその辺は後にでも聞くとして、とりあえず紙が欲しいんだよな」



 面接帰りだったのでペンはあるが、手帳は小さいしページ数も怪しい。

 百均で買った未使用のノートが鞄の中に何冊かあったと思うが、未使用なら高額で売れそうだし、売らないにしてもメモ書きに使うにはもったいないからな。

 紙を買ったらペニシリンの生成方法や日本刀、黒色火薬の作り方、蒸気機関なんかをスマホの百科事典からメモって各ギルドに売り込みに行く予定だ。

 ついでにどのあたりまで技術が進んでるのか、どういった知識なら売れるのかを調査するつもりだ。

 スマホは現在電源を切ってあるし、太陽光充電機能付のモバイルバッテリーは孤児院で絶賛太陽光を浴びて充電中だが、壊れないうちにスマホの百科事典アプリからどんどん売れそうな情報を書き出していかないと。



「羊皮紙? 植物紙?」


「長期保存とか考えてないし、安い方で構わないんだが」


「じゃあ植物紙だね! こっちだよお兄ちゃん!」



 エリナが俺の手を取って引っ張る。

 エリナの耳が真っ赤なのはスルーだ。

 何せ俺はヘタレだしな。

 というか好意を向けられた経験なんか皆無だしどういう風に対応すれば良いのかわからん。

 十五歳の女の子の恋心なんか麻疹みたいなものかもしれないし。


 エリナに手を引かれて歩いていると植物紙を売ってる店にたどり着く。


 屋台みたいな露店ではなく、ちゃんとした建物の店だ。

 インクやペンなんかも売ってるんだな。

 とりあえず一番安い紙を二十枚ほど買う。

 銅貨二百枚だ。

 意外と安いのかな? そこそこ流通してるのかね。



「そういやエリナたちは文字とかどうやって書いて勉強してるんだ?」


「ろう板っていうのに木筆で書いてるよ」


「蝋板か、黒板はあるのか?」


「大きいのが一個。院長先生がそれに色々書いてみんなで見られるくらいの大きさのがあるよ」


「一応一通り揃ってるわけか。じゃあ次は中古本屋かな。近くにありそうだし」


「じゃあこっち!」



 がしっと俺の手をつかんで早足で歩いていくエリナ。

 こいつのまっすぐな好意は悪い気はしないんだよな、どうやって返していけばいいのやら。

 ヘタレ過ぎだな俺と思いつつエリナの案内で中古本屋に着く。


 値段は子供用の絵本なら銀貨一枚程度で、そこそこ厚めの本でも銀貨五枚くらい。

 専門書みたいな分厚い本はケースに入れられて金貨数枚ってレベルだ。

 絵本なら安いし、今ある絵本じゃ飽きてるだろうから十冊くらい買ってやってもいいか。


「エリナ、孤児院に無い絵本で面白そうなやつを十冊くらい選んでくれるか? あとお前の好きな本を何冊か選んでいいぞ」


「いいの!?」


「丁度エリナくらいの年齢が読みたい本が何冊かあれば、今後成長したガキんちょ共にも丁度良いだろ。絵本じゃなくて、もっと厚くて字が多い物語集みたいな本か何かが良いと思うが」


「うん! お兄ちゃんありがとう!」


「選んでる間に俺は他の本を見てるからよろしくな」


「うん! 任せて!」



 本棚を色々見て回る。

 日本で見たようなタイトルの本を見ると詳細は記憶とは違うが、ストーリーやキャラクターはまんまパクられている。

 <転移者>が本の記憶をそのままパクって出版したのか。

 著作権なんか関係無いしな。

 探せば漫画なんかもあるんだろうか。


 そうなると百科事典の情報を売るって言うのも難しいかもな。

 産業革命は起こってないって言ってたけど、魔法技術があるとも言ってたし。

 どこまで科学と置き換わってるのかも調べないといけない。


 む、異世界転生者がチート能力で天下統一とかいう頭が痛くなるような本が特価コーナーにあるな。

 パラパラと中身を見ると、<転生者>が前世の記憶を駆使して異世界で成り上がる物語のようだ。

 そこそこ分厚いのに銅貨五百枚と滅茶苦茶安いしこれは一応買っておくか。


 などと色々見ながら一回りすると、エリナがカウンターに本を乗せてるところだった。



「選べたか?」


「うん! 面白そうな絵本を選べたからあの子たちも喜ぶと思う!」


「そりゃよかった。んでお前の選んだ本は?」


「んーとこれとこれ!」



 と言って見せてきた本は確かに絵本に比べて厚い。

 タイトルを見ると騎士物語と詩集だ。

 ん? カウンターの隅に置かれてる本がある。恋物語か。



「そっちの本は良いのか?」


「んー、高いし二冊で良いの。男の子用と女の子用で選んだし」


「いいよ、三冊でも」


「いいの!?」


「元々エリナの好きな本を選べって言っただろ。男の子用とかそういう配慮は要らなかったのに」


「うん! ありがとうお兄ちゃん!」


「じゃあ買うぞ。すまん、これ全部買いたいんだが」



 一度に大量の本を買うケースは中々ないとの事で喜ぶ本屋。

 孤児院の子ども用にちょくちょく買いに来ると伝えると結構オマケしてくれた。

 絵本十冊にエリナの選んだ本三冊で銀貨二十枚だ。

 異世界転生本は全く売れなかったとの事でタダでくれた。



「よし、じゃあ昼飯食ってギルドに行くか」


「そうだね」


「エリナお勧めの屋台とか食事処とかあるか?」


「あるよ! こっち!」



 この町では深夜帯を除き、一時間毎に鐘が鳴る。

 丁度正午の鐘だとエリナが教えてくれたので、愛用のチプカ〇の時間を十二時にセットする。

 一日が二十四時間なら良いんだけど、どうなんだろうなこの世界。


 エリナに手を引かれてしばらく歩いていると、屋台が大量に並んでる場所に出る。



「ここは色んなお店が出てて、美味しいみたいだよ!」


「おお、縁日みたいでテンション上がるなこれ」


「えんにち?」


「お祭りみたいなもんだ。ここでも収穫祭みたいなのはあるんだろ?」


「あるよ! 収穫祭の時にはもっともっといろんなお店が出るんだよ!」


「それは楽しみだ。って美味しいらしいってあまり食べたことないのか?」


「外食って贅沢だからね」


「よっ、兄ちゃん! 串焼き買ってってよ! 美味しいよ!」


「串焼き食うか?」


「あの子たちに悪いからもっと安いのでいいよ」



 銅貨五十枚の値段にエリナはちょっと引き気味だ。


 大体五百円くらいか。

 中学の時の柔道部の遠征で高速のサービスエリアに立ち寄った時に見たすごく美味そうな牛串が五百円だったのを思い出す。

 あの時小遣い三百円しか持ってなくて買えなかったんだよな。

 今思い出しても切ない。



「気にすんな。あいつらの今日の晩飯は豪勢にしてやるから」



 自分だけ贅沢はできないと言うエリナの頭をなでながら言ってやる。


 今日は三百円どころか数百万円相当の金を持ってるしな。

 無駄遣いは駄目だがこれくらいは良いだろう。

 やばい、銀行とかないかな。

 大金持ってるの自覚したら緊張してきた。


 孤児院に帰ったら婆さんに預かってもらうか?

 いや大金を置いて強盗とかに狙われてもな......。

 何か対策を考えないと。



「ありがとうお兄ちゃん!」


「で、これは何の肉なんだ?」


「猪だよ! ちっと高いけどな、そこいらの豚なんかより断然美味いぜ兄ちゃん」


「良いな、二本くれ」


「あいよ! ありがとな!」



 二本受け取り、一本をエリナに渡す。

 受け取ったエリナの目が輝いてる。



「さあ食え食え」


「うん!」



 エリナがかぷっと串にささった肉に可愛く食いつく。予想以上に美味かったのかはむはむと食べ続ける。



「おいふぃー! おふぃーひゃんおいふぃー!」


「わかったから喋らないで食え」



 俺もかじりついてみる。塩に僅かな胡椒の味付けだけど美味い。

 これは日本でも売れるだろうな。



「エリナはさ、登録証の健康状態がやや不良だったろ? いっぱい食べて早く健康になってくれよ」


「おふぃーひゃん......」


「もちろんガキんちょどもにも同じように食わせてやるから、今後は一切遠慮しない事。わかったか?」


「ふぁい......」


「さぁ次は何食うかなー」


「んく......。じゃあお兄ちゃん! 次はあれ食べたい!」


「早速遠慮しなくなってお兄ちゃんは嬉しいぞ。なんだこれ、ハンバーガーか? サンドイッチか?」


「別嬪さん連れてる兄さん、買ってくかい? これは色んな具材を好きなだけ選んでパンにはさんで食べるんだ」


「お、良いなこういうの楽しそうで。前の世界じゃサブウ〇イって入った事なかったんだよな。エリナも好きなの頼めよ」


「お兄ちゃん! べっぴんさんだって! 私べっぴん?」


「はいはい別嬪別嬪。良いから好きなの頼めって」


「ぶー!」


「俺はどうすっかな、パンはこの長い奴で、レタスと玉ねぎとトマトのスライスと、このハンバーグみたいなやつって何の肉?」


「豚肉と牛肉の合い挽きだよ。うちは良い肉使ってるからな、美味いぞ!」


「じゃあこのハンバーグみたいなのとチーズとピクルスと、ってマヨネーズかこれ?」


「そうだよ、って兄さん<転移者>か?」


「そうだが」


「マヨネーズはもう何十年も前に来た<転移者>が伝えたものらしいんだ。あとテリヤキソースもあるぞ。それを知らない上に珍しい黒髪って事はやっぱり兄さん<転移者>なんだな」


「そっか、すでに商材になりそうなものはすでに広まってるわな」


「あと何の肉かいちいち気にするところもヘタレの<転移者>って感じがしてね」


「えっ何の肉か気にするだけでヘタレなの?」


「お店で売ってるお肉なら値段で大体わかるし、あまり気にしないよお兄ちゃん。極端に安かったり高かったりしたら聞くかもしれないけど」


「そっか、変な混ぜ物とか、変な肉を偽って売ったら登録証に詐欺師って出ちゃうからそういうのは少ないのかな」


「そういうこった。信用商売だからなうちらの店は」


「よし、じゃあ俺のはさっき言った奴にマスタードソースとテリヤキソースを付けてくれ。あと安くて質のいい牛肉を売ってる店を教えて貰えるか?」


「この店の裏の建物だよ。牛肉は質が良い分ちっと高いが、売り物にならない端肉を丁寧に筋取りして挽肉にして安く売ってる店だ。まあうちの本業でやってる店なんだがな」


「親切に悪いな、本業の方も併せてちょいちょい寄らせてもらうよ。エリナはどうする? 遠慮するなよ?」


「うーん、お兄ちゃんと一緒で良い! ソースはケチャップが良いかな」


「あいよ、二個で銅貨六十枚ね」


「随分安いな、こんな良さそうな肉使ってるのに」


「ありがとな兄さん、おまけでベーコンもサービスしとくわ」


「ありがとう! おじさん!」


「よしよし、元気で別嬪なお嬢ちゃんには更にソーセージもつけちゃおう」


「悪いな親父」


「いいって、本業の方でもハムやベーコン、ソーセージなんかの加工肉も扱ってるから良かったら見てやってくれ」


「お兄ちゃん私べっぴん?」


「そうだな、いっぱい食って健康になったら別嬪になるんじゃないか?」


「私いっぱい食べる!」


「出来上がったよ!」


「おお、美味そうだ、はい代金ね」


「まいど」



 ハンバーガーらしきものを買い、近くで売ってたジュースも買って、ベンチに腰掛けて食うことにした。



「はむはむっはむはむっ」


「ゆっくり食えって」


「ふぁってひっぱひふぁふぇふぁいと」


「まだ時間はあるしゆっくり食べないと栄養にならないぞ。ほらジュース」


「あふぃふぁと」


「しかし美味いなこれ。食事に関しては心配いらないなこの世界も」


「ごくん......お兄ちゃんのくれたパンも美味しかったよ」


「あれも再現しようと思えば普通に作れそうだぞこの世界」


「私まためろんぱんとくりーむぱんが食べたい!」


「すぐには無理だがそのうち作ってやるよ。ガキんちょどもの分もな」


「うん!」


「しかしお前らは普段どんな飯食ってるんだ?」


「黒パンだけだったりジャガイモだけだったりすることもあるけど、大体は黒パンにマッシュポテトを塗ったものに、具があまり入ってないスープとかかな」


「......それは貧しいな」


「お金少なくて大変みたいだしね......」


「じゃあさっさと魔法を覚えて稼がないとな」


「うん!」



 んふふーと上機嫌でハンバーガーらしきものをぱくついているエリナ。

 あーもう口にケチャップがついてるじゃないか。

 エリナが食べ終わったのを確認すると、ポケットからハンカチを取り出してエリナの口を拭いてやる。



「あ、お兄ちゃんごめんね。そんな綺麗な布を汚しちゃって」


「気にするな。元々こういう用途なんだよこれは」


「うん、でも私に使うなんてもったいないよ」


「別嬪さんになるんだろ? ならいつも綺麗にしないとな」


「......ありがとうお兄ちゃん。私頑張ってべっぴんさんになるね」


「おう頑張れ頑張れ」


「もう! 私本気なのに!」


「さあまだちょっと早いけどそろそろ行くか」



 立ち上がると同時にエリナに手を差し出す。



「うん! お兄ちゃん!」



 笑顔で手を握り返してくるエリナ。

 あぁもう情が移っちゃったよ。

 孤児院の連中も普通に俺を受け入れてくれたし。

 早くこいつらの為になんとかしてやらないとな。

 魔法が役に立てばいいんだけど。

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