第三話 ギルド


 <どっぱん>という音と共に扉が開かれる。



「お兄ちゃん! 朝だよ!」


「んー、お前朝から五月蠅い」


「もうお兄ちゃん! お前じゃなくてエリナ!」


「わかったわかった、起きる起きる」


「早くご飯作って冒険者ギルドに行こうよ。魔法適性調べるんでしょ」


「そうだった! 早く行かないと。その前にエリナちょっとこっちに来い」


「なあにお兄ちゃん?」



 ぽてぽてとベッドに腰掛ける俺の側にやってくるエリナ。昨日と同じように手と額の温度を確認する。



「んー、大丈夫そうだな。寒気やめまいはしないか?」


「う、うん! 大丈夫!」


「顔真っ赤じゃないか。体温が上がってきたのか?」


「これは違うから! ちょっと走って来たせいだから!」


「そんなに楽しみにしてたのか。やっぱまだガキんちょだな」


「もう子供じゃないもん!」


「まあ問題なさそうだし一緒に行くか。ただし途中で体調が悪くなったら正直に言う事。約束だぞ」


「うん! わかった!」


「よし、じゃあ飯の支度だ」





 台所にエリナと二人で並び調理を開始する。



「エリナは昨日と同じように野菜の皮をむいて切ってくれ」


「わかった。何を作るの?」


「鶏肉が沢山入ったトマトシチューだ」


「昨日もだけどお肉をこんなに食べられるなんて......」


「本当はビーフシチューを作ってやりたいんだが、牛肉が高い上にあまり美味そうじゃなかったんだよな」


「鶏肉でも十分豪華だし美味しいよ」


「朝と昼に食べられるように大量に作るけど、同じメニューになっちゃってガキんちょどもには悪いけどな」


「美味しいから毎日シチューでも大丈夫だよ」


「実際効率よく栄養を摂るには煮込むくらいしか料理法知らないんだよな俺。まあ後で色々調べるけど」


「お兄ちゃんありがとうね」


「何言ってんだ、俺の方が助けられてるんだよ」


「それでもありがとうお兄ちゃん」


「あーわかったわかった」


「お兄ちゃん照れてるでしょ?」


「お前、性格悪いな」


「お前じゃなくてエリナ! あと性格悪くないから!」





 朝食が終わってエリナと冒険者ギルドに向かう。


 エリナは張り切って一張羅を着てきたようだ。

 継ぎ接ぎも無く、わずかな汚れも無い。


 冒険者ギルドは、孤児院と同じく商業区域の外れにあり、歩いてすぐの場所にあるらしい。

 帰りに買い物もする為、俺だけだが背負い籠を装備済みだ。

 ワイシャツにスラックスに革靴という恰好だが、エリナに言わせるとそれほどおかしい恰好ではないと言われた。

 だが結局他に着替えがあるわけでもないし、帰りに服を揃えるとしよう。



「ガキんちょどもすげー勢いで食ってたけど昼の分をちゃんと残せるのかな」


「パンはあるし大丈夫でしょ」


「まぁ朝に食い尽くしたとしても自業自得だわな、ってここか?」


「そう、ここが冒険者ギルド。さっそく入ろうお兄ちゃん」



 言われてその建物を見ると、かなり広そうな敷地に二階建ての建物が建っていた。

 レンガ造りのその建物はやや古ぼけてはいるが、外部の依頼者が来るからだろうか、なんとか清潔感を保っているようにも見える。

 扉は大きく開け放たれていたのでそのままエリナと入る。


 入った瞬間、丸テーブルで木製のジョッキのようなものをあおっている奴が目に入る。

 そのガラの悪そうなおっさんの舐めるような視線を浴びるが、気にせずバスケットボールが出来そうな広さの飲食スペースを抜け、女性事務員が座っている受付カウンターへ向かおうとする。



「おい兄ちゃん!」



 なんだコイツ。いきなりちょっかいかけてくるのか。どういう思考してんだ。

 酔っ払いは何するかわからないから怖いんだよ。

 よく見ると皮鎧にロングソードを腰に佩いたまま酒を飲んでいる。

 鎧脱げよ、刃物を持って飲酒するなよ。

 馬鹿か。


 どうする? エリナもいるしさっさと逃げたいが、職員も目の前にいるし大丈夫かな?


「おいそこの可愛い子連れてる背負い籠の兄ちゃんだよ!」


「お兄ちゃん! 聞いた? 可愛いだって!」


「お前状況を考えろや」


「お前じゃなくてエリナ!」


「おい! 兄ちゃんよ!」



 あーうっさいな。

 昔も良く絡まれたけど朝っぱらから酔っ払いに絡まれるのは流石に初めてだ。

 どうなってんだ冒険者ギルド。

 凶器持ってる馬鹿に酒なんか提供するなよ。

 依頼主が怖がって入れないだろ。



「お兄ちゃん、私可愛いと思う?」


「お前凄いな、尊敬するわ」


「尊敬より可愛いかどうか聞いてるのに! あとエリナ!」


「おい! ふざけてんのか!!」



 酔っ払いの男が俺の肩に掴みかかろうと手を伸ばしてくる。

 その瞬間俺は男のその右腕を取り、右足を素早く男の右足の外側に入れて、背中を向けて引き倒す。

 いわゆる体落としという奴だ。

 背負い籠には当たってなかったとは思うけど、壊れてないよな?

 仰向けで倒れているおっさんをうつ伏せにして腕を絞り上げる。



「おっさん、さっきからうるさいよ」


「いたたたた、おいてめぇ離せ!」


「離したら今度は腰の剣を抜くだろ? 嫌だね」


「良いから離せ! おい!」


「どうすっかな、腕折っとくか?」


「やめろ! いや、やめてください!」


「もう絡まないか?」


「絡みません! 絡みません!」


「よし、じゃあ開放してやる」



 男の腕を離すと、立ち上がって俺をにらんでくる。そして予想通り腰に手を伸ばす。



「お前......タダで済むと思うなよ。ってあれ?」


「おっさんの剣はここだけど?」



 当たり前だ、こんな恐ろしい凶器をそのままにしておくわけがない。

 どうせ約束を守る気なんて無かっただろうしな。

 というか俺一人だったら絶対に逃げてたけど、流石に俺の目の前でガキんちょに何か危害を加えるようなことをしたら、ヘタレな俺でもヘタレスイッチがオフになると思う。多分な。



「チッ、覚えておけよ餓鬼が!」



 お決まりの台詞を吐いて逃走するおっさん。



「うーん、清々しいほどのクズだったな」


「お兄ちゃんあれなんて技!?」


「あれは柔道の体落としって技で、養護施設に併設されていた道場で習ってた格闘技だよ」


「じゅーどーのたいおとし! すごい!」


「施設長の本業が柔道の先生でな、それで善意で養護施設をやってくれてたんだよ。バイトできる年齢になってからはずっとやってなかったから、それほど使えるわけじゃないけどな」


「でもお兄ちゃん強いんだね!」


「あいつが弱いんだよ。朝っぱらから仕事もしないで、酒飲んで一般人に絡むような馬鹿が強いわけないからな。体つきもしょぼかったし」


「ふーん。で、私可愛いと思う?」


「お前ほんと凄いな」


「可愛いかどうか聞いてるのに! あとエリナ!」


「あと背負い籠壊れてないか? 壊れてたらギルドに請求するから」


「んーと、大丈夫!」


「そか、じゃあ受付するか」



 酔っ払いを追い払ったあとにカウンターに座る女性事務員に声を掛ける。

 顔色が真っ青だが気にしない。



「あーすまん、冒険者ギルドについて聞きたいのだが。あと絡んで来た奴について」


「すみませんすみません、うちのギルド員がすみません」


「もし次にあいつが絡んで来たら殺しちゃっても良いの?」


「すみません、流石に殺すのは......」


「もう絡まないようにギルドの方から言い聞かせることはできるのか?」


「はい、それは上長に報告しておきますので。今回の件でも罰則が適用されると思います」


「なら大丈夫かな? あとこの剣貰っちゃっても良いかな?」


「賠償金代わりとして処理しておきます。情状酌量の材料にもなりますので是非お持ちください」


「お兄ちゃん、儲かっちゃったね!」


「俺はエリナの今後が心配だよ」


「あの......」


「ああすまん。さっきも言ったが冒険者ギルドについて説明して欲しい。俺は<転移者>なんでその辺良くわかっていないんだ」


「<転移者>の方でしたか。では他のギルドにはまだ行かれてないのですか?」


「そうだが? 何か問題でも?」


「いえ、<転移者>の方なら大抵なにか手に職をつけていますので、わざわざここには来ないだろうと思いましたので」


「他のギルドというと商業ギルドくらいしか知らんのでな。商材も無いしまずは冒険者ギルドだろうと思ってきたのだが」


「なるほど、では簡単に説明させていただきますね。まず能力のある方は国の組織で働くことになります。経理が得意だったり、農業や畜産の知識があれば文官、武術や兵法学に自信があれば武官、医術や薬学、鍛冶技術や木工技術などがあれば国お抱えの技術者といった感じですね。年に一度、春に採用試験が行われていますので、成績優秀なら採用となります。また、国に採用されなくても、好成績を挙げれば貴族に雇用されることもあります」


「採用試験って単語を異世界でも聞く事になるとは」


「それで国や貴族に採用されなかった者に、得意分野を生かして加盟するギルドという組織が受け皿として用意されています。もちろん採用試験を受けずに直接ギルドに加盟する人もいますので、落ちこぼればかりが集まるという訳ではないですよ。国や貴族に雇われれば安定はしていますけれど、民間ギルドは自己の才覚でいくらでも稼げますからね。あとは最初から公職やギルドに所属しない方もいらっしゃいますが」


「その辺はまあ日本でもそうかな? 昔ほど民間が良いってわけではないけど」


「ギルドは細かなものや、ほぼ国が管理している貨幣造幣ギルドなど例外もありますが、主要なギルドは、先程おっしゃられた商業ギルド、鍛冶ギルド、木工ギルド、薬剤師ギルド」


「なんとなくそれっぽいな」


「あとは盗賊ギルド」


「ちょっと待て」


「はい?」


「盗賊ギルドって、盗賊を集めてるただの盗賊団じゃないのか?」


「いえ、国が認めたれっきとしたギルドです。いわゆる国の暗部ですね」


「なるほど、わからん」



 無理やり納得するならば、国から許可を得て戦時中の敵国の船を襲った私掠船しりゃくせんみたいなものだろうか?



「あとは暗殺ギルドくらいですかね」


「捕まえろよ」


「これも国の暗部です」


「暗部って言っておけば良いと思ってるだろ。流石に無理があり過ぎるだろ」


「と言われても国が認めてるわけでして」


「どうやって運営してるんだよ、というか暗殺って看板掲げてる時点で頭おかしいだろ」


「他ギルドの運営内容は流石に解りません。興味があれば直接赴いてお尋ねして見れば良いと思いますよ。盗賊ギルドと暗殺ギルドはこの隣にありますし」


「アジト判明してるんなら軍隊使ってでも攻め滅ぼせよ。アホかこの国の連中は」


「あ、でも<転移者>の方は盗賊ギルドにも暗殺ギルドにも所属したという話は聞きませんね」


「流石に現代社会の倫理観が働いたか」


「いえ、<転移者>の方はとにかく人畜無害でヘタレだと有名ですので、その辺の性質じゃないんですかね」


「そういやそういう連中だった。俺も含めて」


「で、冒険者ギルドですけれど、それら受け皿にも入れなかったクズが集まるゴミ溜めのようなものでして」


「口悪いな。でも冒険って言ったってどこかに探検しに行ったりするわけじゃないんだろ?」


「人生の正道を見失って、世間の荒波を適当に歩き回って無駄に人生の冒険をしてる人達が冒険者なんです」


「上手い事言おうとしてるけど悪口だからなそれ。っていうか冒険者ってそういう意味なのかよ」


「先程の無礼を働いたようなクズを、国がなんとか囲い込んで一纏めにしておく組織ですね。はい終わり」


「すごくわかりやすい説明をありがとう」


「いえいえ、商業ギルドなど大手ギルドはこんな寂れた場所ではなく門の近くにありますので。ここからはちょっと歩きますけどお気をつけて」


「いや、冒険者ギルドに入ろうと思うのだが」


「正気ですか?」


「いや、問題あるのか?」


「<転移者>の方ならヘタレだけれど能力はあるわけですよね? 高度な教育を受けた方ばかりだと聞いていますし」


「あの、ヘタレって言うのやめてくれる? 自覚してる分心が折れそう」


「わざわざ自分はゴミです、クズの組織に所属してますって門を通過するたびに登録証を見せるとかマゾなんですか?」


「もう一度言うけど口悪すぎなあんた。でもギルドは重複して登録できるんだろ?」


「それは可能ですけれど」


「日雇いの仕事があると聞いて来たんでな、クズ相手でいい仕事があるかわからんからそれ次第だが」


「わかりました。ではとりあえず説明させて頂きますね。冒険者登録費用は一人銀貨十枚です。新規登録された冒険者はFランクとして登録されます。実績を積めばFランクからEランク、Dランクへと昇格していって、最上位ランクはA。特別な功績を挙げるとSランクとなれる可能性があります」


「ランクによって受けられる仕事が変わるのか?」 


「特にそういう制限はありませんが、護衛依頼なんかは実績がないと断られます。当たり前ですね、実績や信頼すらないクズに護衛してもらおうなんて商人は存在しませんから。あとは護衛依頼もそうですが、失敗した場合にギルドが一定の補償しなければならないような依頼はギルドの許可がなければ受けられません。流石にクズ揃いの冒険者ギルドでもCランク以上になれば一定の信用は得られるので、高額な依頼はかなりありますよ」


「なるほど」


「逆に言えば、依頼を受託した冒険者が死んだところで、特にギルドの懐が痛まないような魔物討伐依頼なんかはランク関係なく受けられます。まあこれも当たり前ですね。むしろ国としては、社会不適合者をさっさと間引きたいのか奨励すらしています」


「社会不適合者って言っちゃったよ」


「そういった理由で国から一定の補助が出てますので、魔物討伐依頼や収集依頼などは、ギルド登録無しで行うよりは報酬額に色がついてます」


「あと魔法適性の判定が出来ると聞いたんだが」


「冒険者ギルド登録証を作る時に、一緒に魔法適性の判定も行いますよ」


「そうか、じゃあどんな依頼があるか見せてもらっていいか?」


「どうぞどうぞ、そこの掲示板に貼られていますのでご自由にご覧ください」


「ありがとう」



 掲示板に貼られた依頼を見る。エリナも、んーと背伸びして見ている。

 やっぱ背低いよなこいつ。

 こいつだけじゃなく孤児院のガキんちょ連中もあまり発育状況はよろしくない。

 さっさと運営状況をマシにしてやりたいとは思うが。


 百科事典があるから鍛冶ギルドでも薬剤師ギルドでも売れそうな情報はあるかも知れないけど、国はすでに<転移者>の知識を吸い尽くしたって言ってるみたいだし、その辺も調査しないと。


 お、薬草採集の依頼がある。わかりやすいように絵も一緒に書かれているがヨモギもあるな。

 五十センチ以上のヨモギ十株で銅貨百枚か、これ結構良いんじゃないか? ついでにサルノコシカケ一グラム銅貨一枚みたいな他の薬草も取れれば効率良いだろうし。



「なあエリナ、お前ヨモギとかサルノコシカケなんかの薬草の生えてる場所とかわかるか?」


「院長先生と良く一緒に取りに行ってたから大体わかるよ。サルノコシカケは腐りかかった木に生えるから場所はわからないけど、それっぽい木を見つけたりするのは大丈夫だと思う」


「エリナは市民登録証も無いよな? 門の出入りで銀貨を払ってたのか?」


「私は孤児として国に届け出が出てて院長先生の庇護下にあるからね。院長先生と一緒なら大丈夫だよ」


「まぁそりゃそうだよな。危ない場所とかも教えてもらったか?」


「うん。でも万が一魔物が出ても魔法があるし、めったに襲ってこないから大丈夫だって院長先生が言ってたけどね」


「あーそうか、魔法か。覚えられたら覚えて行った方が良いな」


「魔物討伐の依頼も結構あるよお兄ちゃん」


「薬草採取ついでに魔物を見つけたら狩るって方が効率も良いな」



 まあこんなもんかとカウンターに戻る。

 この事務員は絡まれてる俺をスルーしてた件以外では有能っぽいんだよな。

 口は悪いけど。



「とりあえず登録したいのと、ついでに適性があれば魔法を覚えたいのだが」


「ギルド員であれば冒険者ギルドでもお安く魔法をお教えできますよ」


「それはいいな。じゃあ頼む」


「お二人共ですか?」


「ああ、頼む。十五歳以上なら登録可能なんだよな?」


「はい、大丈夫ですよ」


「お兄ちゃんいいの?」


「一人でここに来たり依頼を受けたりしないと約束できるよな?」


「うん!」


「ま、魔法適性を調べてやるって言ったしな」


「ありがとうお兄ちゃん!」


「では銀貨二十枚です」



 金貨一枚を渡すと、お釣りとして銀貨八十枚を受け取る。レートは昨日聞いた通りか。



「ではまずこちら、お一人あたり二枚のプレートに血を一滴ずつ垂らしてください。片方はギルドの方で保管しますので」



 俺とエリナの前に、鎖か紐を通すような小さな穴の開いた銀色のドッグタグのようプレートを四枚と、指を切るためだろう、ナイフも一緒に置かれる。



「ちなみに登録証の色で所属ギルドがすぐにわかるようになっています。金色なら商業ギルド、鉛色なら鍛冶ギルド、銀色ならクズって感じですね」


「良くここまでクズ扱いされて冒険者連中は黙ってるな」



 渡されたナイフの衛生状態が気になるが、先程酔っ払いから巻き上げた剣よりマシだろうと、ナイフを使って左手薬指の爪の上を浅く切り、プレート二枚に血を垂らした途端、プレートが光り出す。

 どうなってんだこれ。これも魔法なのかな?


 エリナを見ると、自ら指を切るのを躊躇っているのか中々切らないので、「目をつぶっていろ」と言うと、同じように左手薬指の爪の上を浅く切り、エリナの分のプレート二枚に垂らしてやる。

 

 そういや指の指紋側を切るのをよく見かけるが、皮が厚く神経が集中してる指の腹だと深く切らなきゃいけないから痛いし、傷の治りが遅いって聞いたことあるな。


 武士が脇差の鯉口を切ってそのまま指の腹を切って血判を押すなんてドラマを見たことがあるが、実際は左手の薬指の爪の上を小刀で切って、親指に血を付けて血判を押すというのが正式な作法らしい。

 ついでに言うと女性は右手でするのが作法だとか。ま、今回は血判関係無いけど。


 光が収まってもカウンターに置かれたプレートには何の変化もない。

 事務員が「手に取ってみてください」というので、プレートを持ち上げるとプレートに文字が浮ぶ。

 刻印ではなく、インクが乗ったような感じだ。


 なるほど、本人が触ってないと表示されないのか。

 どういう仕組みかすごく興味があるが、聞いても何も教えてくれなさそうだな。



 名前:トーマ・クズ


 年齢:18


 血液型:A


 職業:ヘタレ


 健康状態:良好


 レベル:――


 体力:100%


 魔力:100%


 冒険者ランク:F




 名前:エリナ


 年齢:15


 血液型:A


 職業:孤児


 健康状態:やや不良


 レベル:5


 体力:60%


 魔力:100%


 冒険者ランク:F




 あれ、これだけ? 攻撃力とか防御力とか無いのか、でも血液型があるなAOB式の。

 輸血とかも伝わってそうだな。

 というかクズってなんだよ。

 あと職業ヘタレって......。

 

 エリナの方を見ると、やっぱり体調は良くないのな。

 でも、病名とか重病とか出るよりはやや不良で良かったとも言えるのか、いっぱい食わせれば良くなりそうだし。



「これで冒険者登録証の完成です。鎖をお付けしますので、首から下げるなどして常に携帯するようにしてください。なくされたら再発行が可能ですが、再発行料として銀貨五枚とランクに影響するペナルティーが課せられますのでご注意ください」


「あのさ、色々ツッコミたいんですけど」



 プレートの片方を俺とエリナから回収している事務員に問いただす。

 エリナは早速登録証を鎖に着けたものを首から下げてご機嫌だ。



「なんですか? トーマ・クズさん。名字までクズだったんですね。冒険者にピッタリのお名前ですね」


「いや、クズじゃなくてクズリューなんだが」


「あまり名字持ちは冒険者にならないので、うちの登録証だと12バイトまでしか表示できないんですよね」


「バイトて、じゃあ半角にしろ」


「すみません、全角フォントしか対応してません」


「漢字フォントは?」


「は?」



 ですよね。

 仕事しろ言語変換機能。


 というか登録証に表示されてるのはこの世界の文字なんだけど、俺には漢字とカタカナに見えるのが気持ち悪い。

 名前って項目名は漢字に見えるのに、俺の名前には漢字が使えないとかどういう事だ。

 よくわからん。



「じゃあ名前だけで良い」


「改ざんになるので無理です」


「もうやだこの世界」


「お兄ちゃんってヘタレな上にクズなの?」


「いくらヘタレでも追い詰めると何をするか分からないんだぞ? 気を付けろよ?」


「でもヘタレなのに酔っ払いのおじさんは倒しちゃったよね?」


「エリナが居たからな。あれ以上無視してたらお前に危害加えてもおかしくないだろ。まあ俺じゃなくてお前に掴みかかろうとしてたら逆上して殺してたかも知れんが」


「ありがとうお兄ちゃん......」


「あの、殺さないでくださいね。あと殺すって言う人にお礼を言わないでくださいね」


「でもゴミが減って良いんじゃないの?」


「いかに正当な理由があろうとも、殺人を許可しちゃう方が問題なんですよ。正当防衛が適用されるのにはそれなりの地位にある複数の証人が必要ですし、私闘だと生き残った方も罰せられますしね」


「森の中にちゃんと埋めたりしてバレなきゃ良いのかな?」


「それなら問題無いですけど、登録証に殺人者って出ちゃいますよ多分」


「そんな機能があるのか。あとこの職業なんだが、ヘタレってどういう事だよ」


「そこは本人の情報そのままですので、私にはなんとも」


「じゃあ例えば冒険者としてある程度実績を積めばヘタレから冒険者に変わるって事か?」


「そうです。ある意味で一番重要な情報とも言えますね。先程の話ですが、殺人を行えば殺人者、盗みを働けば盗人など、犯罪情報は特に優先的に表示されるので、門などで登録証を提示する際には、町に入れないどころかその場で捕縛されることになります。とは言え人を殺したら殺人者と必ず表示されるかと言うとそうでもないのですよね。その人の本質、深層意識を表示する機能ですので、兵士が戦争で殺人を犯しても殺人者とは表示されませんし。暗殺ギルドや盗賊ギルド所属であれば職業としての行動の範疇になりますので犯罪情報として表示されなかったりします。あと<転移者>の方にだけ、稀に勇者という職業が表示されるのも特徴ですね。勇者が何の職業なのかはわかりませんが、ヘタレで有名な<転移者>が勇気ある者っていうのも笑っちゃいますよね」



「もうやめてあげて」



 だが、と考える。

 あのおっさんがリスク覚悟で森の中や人気のない場所で復讐してくる可能性もあるわけだ。

 登録証を提示しなくても街に出入りする方法なんかいくらでもありそうだしな。ならばやはり対抗手段が無いと森に採取に行くのは危ないな。

 町の中なら一緒に居れば何とかなるだろうし、森の中は俺一人ならまだしもエリナも連れて行くわけだし。



「このレベルというのは? 俺には無いようだが」


「<転移者>には元々レベルという概念が無いみたいなのです。潜在能力さえあればいくらでも強くなれるという事らしいです。昔の<転移者>には、レベル99の武芸者に一騎打ちで勝った人もいたらしいですよ」


「こいつのレベル5ってのはどうなんだ?」


「こいつじゃなくてエリナ! ちゃんと書いてあるでしょ!」


「そうですね、十五歳の平均からすると少し低めですかね。レベルは単純に強さや知識だけじゃなく経験も加味されたものですので」


「まあ問題が無いなら良い。これからはレベルも上がっていくだろうし」


「では次にこの水晶球に両手をかざしてください。こちらで魔法適性の判定を行います」


「魔法適性か! テンション上がってくるな!」

 


 ノリノリで大きめのスイカサイズの水晶球に両手をかざすと、水晶球の中に茶、青、赤、緑、黄、白の玉がふよふよと浮き出した。ピンポン玉くらいだろうか?



「凄いですね。土、水、火、風、雷、白魔法の全属性に素質があります」


「凄いのかこれ」


「凄いですよ、流石<転移者>ですね。全属性持ちは貴族でも中々いません。ただし玉のサイズが小さいので余り強い魔法は習得しにくいと思いますが」


「じゃあ次私!」



 エリナが水晶球に両手をかざすと、赤、緑、白の玉がふよふよと浮き出した。

 玉のサイズは俺よりかなり大きい。

 ハンドボールくらいあるんじゃないか? 水晶球の中で三色の玉が狭そうに暴れてる。



「平民でこれですか......。貴族の落胤かも知れないですね」


「お兄ちゃん見て見て!」


「すごいなこれ、国に就職できるレベルじゃないの?」


「あくまでも適性と潜在魔力がわかるだけですので、ある程度技術を習得して経験を積まないと試験に受からないと思いますよ」


「才能だけじゃダメって事か。あと貴族の落胤かもと言っていたが、登録証でエリナの産みの親がわかったりしないのか?」


「登録証に血縁関係を調べる機能はありません。名前欄も職業欄と同じく、本人が自覚している情報が表示されますので。例えば、実名があったとしても、本人がそれを実名と認識してなく、偽名を実名と思い込んでしまえば、偽名が名前欄に表示されるようになっています。ですので登録証は人として自己が確立した十五歳以上の人しか作れません。市民権を持つ両親から産まれた子には仮の登録証が作られますが、それは赤ん坊本人の情報ではなく、ただ両親の情報が記載された迷子札のようなものですので」


「それだと、平民の赤ん坊に、お前は貴族の落胤だぞって十五年間刷り込めば、登録証に貴族と表示出来たりするんじゃないのか?」


「貴族の様に血縁関係が最重要な家、もしくは平民でも相続する財産の多い富豪の家では、赤ん坊が生まれた時点で血液を使った本人登録をしています。自己が確立する十五歳で再度作り直しをしますが、それまでの間、血縁と身分を保証する証として扱われ、血液で本人確認ができるようになっています。ですので、例えば平民の赤ん坊に王族だと刷り込みを行い、成長後、登録証に王族の名と職業を表示させることは可能と思われますが、血縁関係を証明する証がないと詐称罪として最悪極刑に処されます」


「自分がどんな名前で、どんな職業をしているかっていう深層意識の情報を表示するって事か」


「ですね。刷り込みをしなくても、偽名を表示して登録証を偽造することは不可能ではないと思いますが、自分の深層意識、魂に刻まれた名を捨てられるという人はほぼいませんので実質的に不可能と言っていいでしょう。ですので、クズと表示されるのは、それはご本人自身がクズだと自覚されているという事になりますね」


「ただのバイト数の問題だろ」


「お兄ちゃん、ありがとう。でも私、両親の事はもう気にしてないから」


「わかった、変に詮索するような事して悪かったな」


「ううん、でも気にしてくれてありがとうね」



 エリナが俺の手を握ってくる。

 貴族のご落胤って聞いて思わずエリナの親の事を聞いてしまった。

 せめてエリナのいない所で聞くべきだったな。



「魔法の講義の件ですけれど、丁度今日の午後に、全属性を扱える講師が別件で来所予定ですので、講義の依頼を出しておきませんか? 全属性ということで講義料も高いですけれど」


「講義料ってどれくらい?」


「二時間で銀貨十二枚です。お二人で受けられるのなら二十枚ですね」


「うわ高いな」


「それでも普段は王都にいる方で中々こういう機会もないですし、教え方も上手なので無駄にはならないと思いますよ」


「わかった、依頼しよう」


「大丈夫だと思いますけど、もし断られたらすみません」


「その時は別の講師にお願いするよ」


「わかりました。では午後にまたここにおいでください」


「わかった。色々と助かったよ」


「いえ、仕事ですので」


「酔っ払いに絡まれるのを無視されたけどな」


「ケンカの仲裁は業務内容に含まれておりませんので」


「やっぱ有能だなあんた。さあエリナ、時間まで買い物でもするか」


「うん!」



 あの酔っ払いが出てこなきゃいいなーと二人で冒険者ギルドを出る。ヘタレな俺は人通りの多い場所を選んで町中に繰り出すのだった。

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