第二話 食事事情
エリナの部屋を出て、さらに奥に行くとリビングとして使われていそうな二十畳はある広い部屋に大きなローテーブルが置かれ、ガキんちょどもが集まっていた。
「おーい、さっきのガキんちょいるか?」
「なーに兄ちゃん」
「買い物に行くから市場まで案内してくれ」
「いんちょーせんせーに外に出ていいか聞いてくる」
「許可はもう取ってあるぞ」
「じゃあ行こう兄ちゃん」
「背負い籠みたいなものはあるか?」
「あるぜ兄ちゃん」
ガキんちょに案内された物置で見つけた大小の背負い籠を二人で背負い、孤児院を一緒に出て先程通った門の方へと向かう。
孤児院の周辺は治安があまり良くなさそうだな。
ガキんちょに案内させてしばらく歩くと広い道に多数の露店が並んだ市場に着く。
道端にそのまま商品を並べてたり、日除けの簡易なテントを張った店もあったりして雑多だ。
日本で見た朝市やフリーマーケットみたいだな。もう昼はとっくに過ぎてるのにまだ盛況だ。
「ガキんちょ、シチューって知ってるか?」
「しちゅー? ああシチューか、何言ってんだ兄ちゃん。当たり前だろ」
「しょっちゅう食べてるか?」
「うーん、月に一回出ればいい方かなー」
「牛乳は定期的に飲んでるか?」
「えっ、飲まないよ。バターの材料だろ?」
「そっか、中世ヨーロッパじゃ牛乳は飲用じゃなかったのか。じゃあ馬鈴薯って分かるか?」
「ばれいしょ? あぁジャガイモか。うんあるよ。さっきから変な事ばっか聞くのな兄ちゃんは」
「ジャガイモはあるのか。大航海時代は経過してるのか? たしか南アメリカ原産でジャカルタ経由で入ってきたって由来の名前だろ? 言語変換とかの影響なのかな。まぁ考えても仕方がないし通じれば問題無いか」
「ジャガイモとか野菜はあっちの店にあるぞ」
ガキんちょに案内された店を見ると、たしかに日本と変わらない野菜も多い。
これならここで生活するにも問題なさそうだな。
値段はジャガイモも人参、トマトなんかも一つ銅貨五枚程度か、最下級の兵士の給料が銀貨十五枚だから十五万だとすると五十円前後ってところか。まあこんなもんだな。
「孤児院の人数はわかるか?」
「いんちょーせんせー入れて十一人。兄ちゃんで十二人目」
「じゃあお前がガキんちょ一号だな。よし、じゃあ多めに買っていくか」
「いちごう? よくわかんないけどわかった」
俺の背負っていた大きい方の籠を、露店のお姉さんとはギリギリ言いたくない感じのおばちゃんに渡して、あれこれと指定して野菜を入れてもらい、代金を支払う。
これはおまけだよと言ってでっかいキャベツを三個も入れてくれた。
「兄ちゃん俺の籠には入れないの?」
「まあ待て一号、まだ他にも買うから。おばちゃん、バターや牛乳を売ってる店の場所ってわかる?」
「それならこの並びの一番外れだよ。お菓子でも作るのかい? お貴族様くらいしか牛乳は使わないから売ってないかもよ」
「そっか、ありがとうおばちゃん。とりあえず行ってみるよ」
「またうちの店で買っておくれよ」
「ああ是非寄らせてもらうよ。おまけありがとなおばちゃん。さあ行くぞ一号」
「あいよ兄ちゃん」
おばちゃんの言う通り市場の端まで来ると、ちゃんと牛乳は売ってた。売ってたが高いな。
二リットル位のガラス瓶と込みで銀貨一枚。
次回から空瓶を持ってくれば銅貨五百枚で中身入りと交換との事だった。
まあ俺の浅い知識でも栄養価が高いのは間違い無いから買うか。
バターも売ってたので一緒に買い、ガキんちょの案内で鶏肉、鶏ガラ、小麦粉、香辛料、油なんかも買って帰路に着く。
コンソメがあれば楽だったんだがまあ鶏ガラと野菜で出汁を取るか。
孤児院に着くと、ガキんちょ一号がいんちょーせんせー戻りましたと挨拶をする。
随分礼儀正しいんだなと思っていると、返事を待たず扉を開けるガキんちょ一号。
「ほいほいただいまっと」
孤児院に入るとエリナがこちらに向かってくる。こいつ百五十センチも無さそうだな。
「おかえりなさいお兄ちゃん!」
「エリナお前寝てろって」
「もう大丈夫! それよりお料理するんでしょ? 私手伝うから!」
左手でエリナの手を握って、右手でエリナの額に触れてみる。
さっきよりも体温が上がってるな。
それに顔色も良くなってきたどころか少し赤くなってるくらいだ。
ヨモギのお茶が効いたのか? あれって冷え性や貧血、血行障害に良かったんだっけ?
「うーん、血色も良くなったし大丈夫そうか。じゃあ手伝ってくれ、俺はあまり得意じゃないんでね」
「う、うん!」
「エリナ姉ちゃんがこんな元気なの初めて見た」
「おっちゃんに惚れたんじゃないの」
「えっ、エリナ姉ちゃんは美人だけどおっちゃんは普通以下じゃん、釣り合わないよ」
「おねーちゃん、かおがまっかー」
「ちょっと! なんてこと言うの!」
「俺はお兄さんな。これでもまだ十八歳なんだぞ」
「お兄ちゃんはもうちょっと上かと思ってた......」
「エリナは何歳なんだ?」
「十五歳だよお兄ちゃん」
「お前、十五歳でその背丈か。これからはちゃんと食うように」
「お前じゃなくてエリナ!」
「飯の心配はもういらないからな。俺が何とかしてやる」
「お兄ちゃん......」
「さあ料理を手伝ってくれ。ピーラーなんか無いだろうし包丁はあまり得意じゃないからな。頼むぞエリナ」
「はい!」
エリナと二人でジャガイモやらニンジンなどの野菜と鶏肉たっぷりのクリームシチューを作る。
出汁がどうにもうまく取れなかったが、味見をしたエリナが驚いてたしまあ大丈夫だろう。
パンも買ってきたが、ちゃんとベーキングパウダーだかイースト菌だか酵母を使ってふんわり焼き上げた白パンだ。
ガキんちょ一号に言わせれば、白パンは黒パンより高いからあまり孤児院では出ないとのこと。
実際パン屋では黒パンの倍くらいの値段がした。
それほど高いとは思わなかったが、それだけ孤児院の運営が厳しいのだろう。
まあ栄養価で言えばライ麦で作られた黒パンの方が良いらしいからガキんちょどもの栄養的には良いのだろうが、できればおかずの方で栄養摂取して白パンを主食にしてやりたい。
ついでに米を見つけたんで買ってきたが、長粒種なんで今度パエリアかピラフでも作ってやるか。小麦より高いのでしょっちゅう出すわけにはいかないがな。
出来上がった料理を配膳する時なんかも年長組はキビキビと動く。
小さい子らも一生懸命パンを配ったりと全員が何かしら動いている。
流石に三歳くらいの子は少し上の子とペアを組んでテーブルを拭いたりしてるだけだが、やたらと微笑ましい光景だ。
「よし食っていいぞガキんちょども」
「「「いただきまーす」」」
「なんか妙に日本って感じがするな。この挨拶」
「おにーさん、これすごくおいしー」
「お前良い子だな、いっぱい食えよ。おかわりもあるからな」
「うわっ! 鶏肉もたくさん入っててすげぇ美味い! おっちゃんこれ美味いよ!」
「おう、お兄さんな。いっぱい食えよ。おかわりもあるからな」
「にほんって何? お兄ちゃん」
「俺が前に住んでたところだ。<転移者>ってわかるか?」
「うん! 小さいころ会ったこともあるよ!」
「マジか、随分と一般的なんだな<転移者>って」
「院長先生なら詳しく知ってるだろうけど」
「そうか、婆さんにシチューを持っていくついでに聞いてみるか」
「私も行く!」
「お前はガキんちょどもと飯食ってろ」
「お前じゃない! エリナ!」
「はいはい、エリナはここで飯食ってろ。おかわりもあるからエリナがよそってやれ」
「むー」
「お前......エリナは寝込んでた時は上品だったのに、元気になったら急にガキっぽくなるのな」
「確かにエリナ姉ちゃんおかしいな」
「いつもはもっとおねえちゃんしてるのにね」
「あれでしょ、おっちゃんに甘えてるんでしょ」
「あんたたちちょっと黙ってて!」
「お兄さんだからな」
シチューとパンを載せたトレーを持って院長室に行くと、婆さんはすでに起きていたようで頭を下げてくる。
「トーマさん、子供たちの為に食事まで用意していただいて......」
「いやもうほんと気にしないで」
サイドテーブルに食事を乗せたトレーを置いて椅子に腰かける。
「ところで<転移者>がここに来たことがあるそうだが」
「ええ、八年程前でしょうか? 一度孤児院にいらっしゃったことがあります。昔は別の世界の知識や技術などを教えてもらうために、国に招聘されてかなり優遇されていたそうです。ただ<転移者>の伝える新しい知識や技術が代り映えしなくなったとかで、今はもう特に国が招くという事はないですね。以前来た方も追放ではないですが、今後は自由に暮らせといくばくかのお金を貰って解放されたので、あちこちの町や村を旅していると仰っていました」
「扱いが酷い」
「ですがその方は喜んでいらっしゃいました。自由になれたと」
「なるほどね、俺にとっては<転移者>の価値が無くなった、ありがたいタイミングではあったのか」
「この町でも数年に一度くらいは見かけるという感じですので、そこまで奇異に見られないのも良かったんじゃないかと思います」
「その<転移者>ってどんな感じだった?」
「そうですね、トーマさんと同じ黒髪に黒い瞳で、もう少しお年を召されてて恰幅のいい男性の方でしたが、どこか挙動不審ではありましたね」
「挙動不審?」
「ええ、孤児院に寄付をしてくださるという話でしたが、一緒に何人か孤児を引き取りたいとおっしゃって」
「嫌な予感がしてきた」
「十歳くらいの女の子はいないかと」
「クズじゃねーか」
「当時は年長の孤児達の就職が決まって巣立ちしたばかりで、あとはこの町にあったもう一つの孤児院が閉所しましてね。そこから移ってきたばかりの七歳のエリナ以外は三歳以下の孤児しかいなかった状況でしたので、そのような年頃の娘はいないとお断りしたのですが......。とにかく寄付はするのだから一度中を見せろという事で孤児院の中を案内した所、エリナを見て気に入ったのか研究の助手として欲しいと申されまして。何か不穏な感じがしましたのでお断りしましたところあっさりと了承されました。ヘタレでしたね。元々そういった身請け話は全てお断りしてますが」
「へタレで良かったよ」
「結局寄付金は頂けましたし、亜人国家の話をしたら興味を持たれたようで、そちらの方に旅に出るとの事でした」
「平和の為にも野垂れ死んでて欲しいなあ。ああスマン、食いながらで良いからもうちょっと教えて欲しい」
「はい」
遠慮すると俺がまた困るだろうと思ったのか、婆さんは素直にシチューに口をつける。
「まあ! とても美味しいです」
「口に合って良かったよ。で、ここの運営資金に関してなんだが教えてもらって良いか?」
「国からは三か月に一回金貨一枚が支給されます。寄付はまちまちなのですが月に銀貨十枚から二十枚程度でしょうか。後は内職や代書、書写などの書類仕事を請け負ったりしているのですが、それらを合わせても月に均せば銀貨数枚というところです」
「月に銀貨五十枚に届かない位か。月にどれくらいあればこの孤児院の運営ができるんだ?」
「そうですね、月に金貨一枚あればある程度蓄えもしながら余裕を持って運営できるかと思います。現状だとどうしても食費や燃料費でギリギリで、設備の補修などにはとても手が回らない状況でして。エリナが十五歳になったので、働き口を探しているのですが、就職できたら給金を全部孤児院に入れると言ってくれています。出来ればエリナ自身の為に蓄えて欲しいのですが」
「例えばエリナに働き口が決まったとして月にどれくらい給金が出るんだ?」
「この国では十五歳から働けるようになり、二十歳で成人扱いになります。十五歳から働く子は見習い扱いとされ、月に銀貨七枚から八枚と言ったところですね。毎年すこしずつ給金が増え、成人する頃には銀貨十二枚から十五枚という所でしょうか。それでもかなり良い条件の場合です。特殊技能があればまた別ですが」
「ふむ。まあ俺も働き口を探してみるよ。とりあえずは毎月銀貨五十枚を渡す、それでなんとかやってくれ」
婆さんに「とりあえず二ヶ月分な」と言って金貨を一枚渡す。両手で受け取るその目は今にも泣きそうだ。
「あー、そういうのは苦手なんで気軽に受け取ってくれると助かる」
「はい......ありがとうございます......」
「んで手っ取り早く稼げそうな職に何か思い当たるか?」
「そうですね、危険ですが冒険者などは一攫千金を狙う人たちには一般的ですね」
「冒険者? どこかへ冒険をするっていう仕事か?」
「いえ、冒険者ギルドという場所で仕事を斡旋してるのですが、魔物討伐とか商人の護衛とかダンジョン探索、それこそ薬草の採取などなんでも扱っていますよ。国からの依頼だけじゃなく、この町の住人や貴族様がギルドに依頼をして、それを冒険者が受けるという依頼斡旋もしてますので、それこそ銅貨数枚から金貨何十枚まで色々な依頼があるようです」
「ハ〇ワか。世知辛いな」
「あとは商業ギルドですね。商売を始めるにはここのギルド員になっていないとできません。薬草なんかを採取してきて業者に買取に出すというのは誰が行っても問題無いのですが、店を出して不特定多数の人に売るというのは許可制になりますので。ただギルドは複数登録できるので、冒険者として集めた素材などを市場で売りに出す方もいるようです」
「昔で言う座みたいなものか」
「あとは市民権を金貨一枚で買えば、住居を買って所有したり、店を出す権利や公職に就く権利などが与えられますけれど」
「ああ戸籍が無い状態だしな俺は」
「あとは門の出入りにも費用は掛からなくなりますよ」
「そっか、薬草採取の度に銀貨一枚払うのは勿体ないしな」
「ギルドの登録証さえあれば、国内の各町の入門税は免除されますよ。登録料はどのギルドも銀貨十枚程度なので、町の出入りと依頼をこなすだけなら市民権を買う必要は無いですね。他の町に定住する場合には、またその町での市民権を買う必要がありますから」
「なるほど、助かる。商材を見つけるまでは商業ギルドに行っても仕方がないし、明日にでも冒険者ギルドへ行ってみるよ」
「ですがあまり危険な事はなさらないようにしてください。何かあったら子供たちも悲しみます」
「ああ、わかってるよ。でもそれは婆さんもだからな。ちゃんと食べて健康になってくれ」
はい......。とまた婆さんがお礼を言ってきたので、なんとなく居心地が悪くなって席を立とうとした瞬間、<どっぱん>という音と共に扉が開くと、案の定エリナが入ってくる。
「お兄ちゃん! わたしも明日一緒に冒険者ギルドへ行くからね!」
「お前聞いてたのか」
「お前じゃなくてエリナ!」
「はいはいエリナエリナ」
「もう! お兄ちゃん!」
「ふふふ、随分仲良くなったのですね」
「婆さん、こいつこんなこと言ってるけど」
「こいつじゃなくてエリナ!」
「道案内にもなりますし是非連れて行ってやってください」
「院長先生ありがとうございます!」
「んで、エリナはいつから聞いてたんだ?」
「エリナ姉ちゃんは兄ちゃんが部屋に入った後からずっと盗み聞きしてたぞ」
「アラン! しーっ!」
「まったく、エリナは」
「お兄さんが出来て嬉しいのですよ。今まではずっとエリナが皆のお姉さんでしたから。甘えられる人がいなかったんですね」
「そういや婆さんの分のおかわりは残ってるのか?」
「うん。エリナ姉ちゃんが一人分残しておけって言ってたから残ってるぞ」
「アラン!」
「婆さん、おかわりがまだあるからたくさん食べてくれ」
「ふふふ、私はこれで十分ですよ。トーマさんが召し上がってください。エリナもその為に残したのでしょう?」
「ち、違います! 院長先生の分です!」
顔を真っ赤にしているエリナの頭にポンと手を載せる。
「ありがとな、エリナ。さあ戻るぞ。婆さんがゆっくり食えないだろう」
「うん......お兄ちゃん」
「エリナ姉ちゃんはわかりやすいんだよ」
「もう! アラン!」
◇
リビングに戻り、あぐらをかいて座ると、エリナもちょこんと俺の横に正座で座る。
「風呂って毎日は入らないんだろ?」
「うん。一週間に一回くらいかな。お水を溜めるのも大変だし、薪もいっぱい使うからね」
「石鹸やシャンプーは?」
「しゃんぷー? あぁシャンプーね。石鹸はあるけどシャンプーは高いから使ってないなあ」
シャンプーという単語に考え込んでたエリナがシャンプーと理解して返事をする。
ジャガイモの時もそうだったが、言語変換機能がちゃんと働いてることに感動する。
シャンプーを使ってないというエリナの髪を見る。シャンプーを使わないでこの艶か。
でも毛先を見ると少し傷んでいるようだ。
ガキんちょどもを見渡しても一応清潔には保っているようだが、どこか薄汚れた印象だ。
ガキんちょは良く動くだろうし、初夏じゃ良く汗もかくだろう。
流石に一週間に一回じゃ少ないな。
また俺の心が少しざわつく。
「お前らって普段は何してるんだ?」
「お掃除したり、内職したり、お勉強したり、小さい子たちは裏庭で遊んだりしてるけどね。あと私はお料理とかもするよ。アランも十歳になって色々お手伝いできるようになったからかなり楽になったんだよ」
「あいつって十歳だったのか、やっぱり育ちがあまり良くないな。んでお勉強ってのは?」
「小さい子に大きい子が絵本の読み聞かせをして文字や言葉を教えるんだよ。あとは院長先生が計算とかこの国の歴史とか色々だね」
「おお、凄いな」
本棚に十数冊ほどある本を手に取って見てみると、かなり使い古されているが、絵本の他にも簡単な文字で書かれた本や簡単な計算の本まで揃っている。
活版印刷や植物紙もすでに一般的のようだ。
「やはり本は高いのか?」
「高いよー。新品は大人のお給金くらいするんだって。ページ数の少ない子供用の本とか絵本ならもっと安いみたい。ここにある本は寄付で貰ったものだから良く分からないけど」
「なるほどね。エリナは中古本屋の場所を知っているか? 知ってればガキんちょ共の本でも探してみたいんだが」
「知ってるよ! 明日案内するね」
「安ければお前用の本も選んでいいぞ。勉強に使えるなら将来ガキんちょ共にも教材として使えるだろ」
「お前じゃなくてエリナだけど、中古でもたぶん高いよ?」
「まぁ行ってみてからだな。あとは内職ってどんなことをやってるんだ?」
「染み抜きとかお洗濯だね。ボタン付けや
「それでどれくらい稼げてるんだ?」
「汚れ方とかにもよるけど服一着で銅貨数枚かなぁ? 糸を使うボタン付けや
「うーん、やらないよりはマシって所か。内職の時間で勉強できるようにした方が良いとは思うが」
「洗うだけだったら小さい子でもお手伝いできるからね。孤児院には綺麗な水が出る井戸があるから恵まれてるんだって」
「日本に住んでたら考えられない事だけど、ヨーロッパって飲用水が貴重だったんだよなそういえば。薄めたワインを常飲してたとか」
「にほんって井戸がいっぱいあったんだね。行ってみたいな」
「もう二度と行けないから諦めろ。というか動画が拡散されてるから戻りたくない。代わりに話を聞かせてやるから」
「ほんと!? お兄ちゃんありがとう!」
「まぁおいおいな。明日は少し早く起きてガキんちょ共の飯大量に作ってから出かけるぞ」
「わかった!」
「そういやこの世界は一日三食なのか?」
「そうだよ。魔法技術が上がったおかげで、夜でも働く人が増えて三食摂るようになったって院長先生から習ったよ」
「前世では照明が発達して労働時間が延長したおかげで三食化したんだっけか、たしかに中世じゃなく近世だな」
「孤児院では院長先生が照明魔法を使ってくれるからね。私の部屋もそうだよ」
「魔法を使える人間がすぐ側にいた! 俺も使ってみたいな」
「院長先生も照明魔法以外にも使えるし、町では魔法を教えてくれるところもあるよ。冒険者ギルドには魔法適性を調べる道具があるみたいだし、明日調べてもらおうよ」
「良いなそれ」
「私も調べたい!」
「良いぞ。っていうかお前調べてないのか?」
「お前じゃなくてエリナだけど、平民には魔法適性のある人は少ないんだって。お貴族様は生まれてすぐに調べるらしいけど、平民は十五歳で仕事が出来るようになって、働く場所の登録証を作る時に一緒に調べるんだよ。院長先生は平民だったけど、魔法適性持ちで元シスターだったんだって」
「じゃあ丁度良いな。婆さんに話を聞きたいけど、まぁ今日は大変だったし明日以降でいいだろ。って俺の寝床はどこか聞いてるか?」
「お兄ちゃんは私が今朝使っていた部屋を使って」
「エリナの部屋じゃないのか?」
「お前じゃってお兄ちゃんわざとやってるでしょ。今物置になってる部屋を片付けてるからそれが終わるまで私の部屋を使って良いよ」
「いや、それは悪いから毛布かなんか貸してくれればいいよ」
「だーめ! 私はついこの間まで女の子達と一緒の部屋で寝てたの。十五歳になったから個室が貰えたんだけどね。だから私が慣れてる部屋で寝るだけなんだからそれでいいでしょ。布団と枕はもう変えてあるから」
「わかった。明日帰ってきたら物置部屋整理するからな。ありがとうなエリナ」
「うん......なんか素直なお兄ちゃんがお兄ちゃんらしくない気がする」
「何言ってんだ、今日会ったばかりだろ」
「そうだけど......」
「よし、もう俺は寝るぞ。明日早めに起こしてもらっていいか? 時間感覚がまだわからんからな。でもエリナの体調が悪そうだったら連れて行かないからな。その為にもたくさん寝ろよ」
「わかった! 任せて!」
リビングを出てエリナの部屋に入り、ベッドに体を横たえるが、眠ろうと目を瞑っても眠れない。体は疲れているのに、心がざわついていてどうにもならない。
どうやらこの世界も俺の気に入らない事が日常になっているようだ。
弱い者が弱い立場のままずっと放置される世界。
俺が常に憎悪し、認めなかった世界。
弱い立場から這い上がればいい?
チャンスは常に転がっている?
じゃあ俺が前世で目にしたあのガキんちょどもにも平等にチャンスが与えられているとでも言うのか!
――貴方の思い通りになると良いわね。
不意に思い出すあのアマの言葉。
今までは存在すら認めていなかったが、どうやら神というのは存在するらしい。
上から目線だろうがなんだろうが、せっかく与えられたチャンスだ。
今度こそ、せめて俺の目の届く範囲だけでも俺の思い通りにしてやる。
例えそれが自己満足だろうとな。
俺はほんの少しだけ、あのアマに感謝するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます