静寂を切り裂くは神の雷霆 (六)
「――ッ!! ライル!?」
すぐ側で彼があまりにも呆気なく宙へ放り出されるのを、リーラはほんの一瞬、唖然とした心地で
吹き飛んだライルを受け止めようと懸命に手を伸ばすも、その指先は服を僅かに掠めるだけ。
どすっ、と歪な音が響く。
そのまま何十メートルも転がった先、擱座した機鋼蟲の装甲へ派手に背中を打ち付けたところでようやく彼の身体が止まる。
速度を保ったままライルを担ぎ上げる。
そこまではよかった。
「…………ッ」
けれど、改めて認識してしまう。
尋常ではない敵機の数を前に、逃げ場などどこにもない。
「思ったよりも手こずったが……これで終いだ」
脅威を沈黙させたことで己の勝利を確認したガレスが機体から姿を現した。
「心を手に入れたばかりに敵国の捕虜として無様に死ぬ羽目になるとは……哀れだな」
「……あんたにライルを侮辱する権利はない。尊厳を踏みにじる資格だって、ない」
「はははっ、笑わせるなよ? 資格なんてものは無用だ。そもそも、端からそいつに尊厳などあるはずがない。そいつが、一体どれだけの人間を殺してきたと思っている.? いまさら生き様を変えた程度で性根までは変えられない。まして罪悪感など拭いようもない。積み重ねた罪は生涯つきまとうのだよ。そいつは、その重さに耐えきれなくなっただけの脆弱な生き物だ」
「侮辱は許さないと言ったはず……」
「許せないとしてどうするつもりだ? ちっぽけなその力で奇跡でも起こしてみせるか? この絶望を覆してみせるかぁ?」
愉悦を浮かべるがガレスがキリングスパイダーを嗾ける。
ライルが捌ききれなかった鈍銀の波濤。
無論、これをリーラが受け止めきれるはずもない。
ライルを担いだまま足蹴を真正面からもらってふっ飛んだ先、示し合わせたように横薙ぎに迫る無骨な鉄尾が避けようもなく華奢な身体へぶち込まれる。
「――ッ、が、はっ」
視界がぐらつき、足元が覚束ない。共に吹き飛ばされたライルは数メートル後方で気絶したまま指の一本すら動く気配もなかった。
どうにか、しなければ。
……どうやって?
この絶望的な状況を、どうすればいい?
「せめて楽に死なせてやる」
それだけは駄目だ。
ここで倒れるわけにはいかない。
生きなければ。
生きて、守らなければ。
子鹿のように震える両脚を、愛槍の支えを借りて奮い立たせる。
だが、力を振り絞ることができたのはそこまでだった。
情け容赦なく振るわれる蜘蛛の前足が造作もなくリーラを地へ叩きつける。
「……ふん」
ライルの心変わりなど知ったことではない。
リーラの信念など興味も関心もない。
瀕死になった雑兵が芋虫のように蠢いては懸命に刃向かおうと立ち上がる。
その体躯は満身創痍。並の兵士であれば失意に呑まれ戦意を喪失して当然の状況であるというのに。
「なぜだ……」
不思議で堪らず、ついつい見るも痛々しいその姿へ
「どうして何度も立ち上がってくる? 諦めの悪さもそこまで突き抜けていると嫌悪すら覚えるぞ」
その眼はまるで折れていない。
どいつも、こいつも。
なぜ、絶望を突きつけてなお、挫けない?
「不快だ。俺はその眼がこの世で最も嫌いだよっ!!」
「…………っ、…………く、うっ」
視界が朦朧としている。
そのくせ、意識は明瞭だった。
すでに限界を迎えているはずの身体は不思議と動く。
胸の奥から淀みなく湧き上がってくる激情に突き動かされている。
迸るアドレナリンのせいか痛覚が麻痺していた。
そして覚えるのは、四肢が動けばどうにでもなる――そんな全能感。
「なんだ、なんだなんだなんなんだお前はっ!!」
いくら
「しね、しねしねしねしねしねぇええええええぇっ!!」
それを、
「っ……」
力の抜けきった華奢な腕で振るわれた槍が弾き返した。
「…………あ、ぁ?」
驚愕に目を見開くガレスへ、リーラは俯いたまま一歩、また一歩と歩み寄る。
「な、なんだ……? 一体、なにが起きた……っ!?」
「……私、は……そう、か。これが……ライルの言っていた、神の……」
その瞳に宿る紅蓮の瞳。
浮かび上がる大鷲の紋様。
破れた背広から覗く紅の刻印。
まさしく神の祝福を受けた、
それらを認めて、ガレスの表情が驚愕に染まる。
「ふ、ふざけるな!! それは……そいつはっ!! 戦神……だと!?」
「そうだ……。欲したのはこれだ……。何人をも守護する絶大な力……。私は……負けるわけにはいかない。いまこそ、神に授かりしこの力を解放しよう。さぁ、応えなさいっ、戦神アテナよっ!!」
高々と宣言し、リーラは槍を天高く掲げた。
「来たれ
リーラの詠唱により発動した神代魔法に呼応し、蒼天に幾何学的な紋様が浮かぶ。
戦場そのものを飲み込む巨大な円陣。
黄昏を彷彿とさせる神秘のヴェールにも似た神聖なる輝き。
「馬鹿な――、馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁあああああああ!?」
それが、地表を包み込むようにして墜ちた。
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