静寂を切り裂くは神の雷霆 (五)
『死に晒せぇっ!!』
死神の奇声が戦場に響き渡る。
機関掃射される銃弾のごとく次々と標的へ吶喊する機鋼蟲の群れ。
ライルはひたすら飛び退っては繰り出される鋼の斬閃の
「……追い詰める腕が落ちたな」
『どの口が言っているんだ。そっちこそ、さっきまでの威勢のよさが息を潜めているぞ? 避けているだけじゃあ一機だって壊せやしないぞっ!!』
息も継がせぬ連携を前に、神代魔法の一つとて叩き込む隙はない。
数トンの重量がある機兵の一撃はどれもが致命傷となる。
群れる敵機すべてのわずかな挙動さえ見逃せない。
全神経を研ぎ澄ませて掻い潜る死線は正確無慈悲に
いま欲しいのはほんの一瞬の余裕。
ガレスはそれさえ与えてくれやしない。
死と隣あわせの、極限の世界。
命を惜しむ感情を切り捨てたライルに恐れはなく、けれど焦りとはやる気持ちが所作の随所に滲み出る。策略に嵌まっていると理解していても、抜け出す術がない。じわりじわりと追い詰められている。
『ははははははははははははははっ!!』
前方から迫る螳螂の双腕が十字に振り下ろされる。
確実に一体ずつ仕留めるべくあえて前に出て死角へ潜り込み、詠唱。
「
『ど阿呆がっ!!』
「――っ」
中断し、迷いなく地へ伏せる。
刹那、横合いから上体のあった場所を鋼鉄の尾が薙いだ。対峙していた機鋼蟲が一撃を喰らって煙をあげる。
『ちィッ!! ちょろちょろと逃げ回りやがって……っ』
「相打ちも厭わない立ち振る舞いは相も変わらずか」
『だぁが……、引き換えに貴様を追い詰めたぞっ』
投地したライルへ落ちる銀閃。
逃れようのない死線が殺到する。
『今度こそ死ねぇええええええ!!』
砂塵を掻き消す速度で振り下ろされたキリングスパイダーの前足。
回避すら無駄と悟らせんと落ちてくる鋼の尾。
それらが、標的の身体を踏み抜く直前、けたたましい音を鳴らして宙へ跳ね返った。
「――私を忘れてもらっちゃあ困る」
業火を纏って死線へ飛び込んできたリーラが地から天へ払い抜いた。
槍のなぞった軌跡を爆炎が走り、巻き起こる風圧に乗じて二人は窮地から脱する。
「残念だったわね。――ライル、大丈夫?」
「助かった。礼を言う。おかげで仕込みもできた。反撃開始だ」
『まだ寝言をほざくか……逃げ回るだけの虫ケラごときになにができる!?』
事実、ライルは未だに一機も屠ることができていない。
ガレスにとっては周囲をうざったらしく飛び回る蝿となんら違わない。
「見せてやるよ」
青白い電流を帯びた両腕を逆袈裟に振り上げるライル。
ガレスの目には、ただ腕を動かしただけの動作にしか見えない。
だが、変化があった。
『――あぁっ?』
ライルの対面から迫っていた数機が動作を停止する。
まるで見えない刃に侵攻を阻まれてしまっているような挙動。
『なんだぁ、これは?』
ガレスは目を凝らし、一拍遅れて視認する。
ライルの腕先から薄く細く伸びる一筋の漆黒。それが、縦横無尽に蠢いていた。
『……砂鉄? いや、だがそんな柔いもんで機鋼蟲を止めるなんてことは……』
「一体これまで幾つの機鋼蟲がここでくたばったと思ってる? 砂鉄といえども同胞のそれで削られればひとたまりもないだろう?」
『……ああ、なるほどぉ、そういうことかい。だが、掻き集めた鉄粉ごときでここにいる機鋼蟲ぜんぶを破壊できるわけじゃあねぇよなぁ? こいつらを壊せねぇ限り、俺らが優位なのは変わりゃしねぇ!! いつまでもはったりかませると思うなよ!! 八つ裂いて粉微塵にしてやるっ!!』
ガレスの号令で数多の機鋼蟲がおもむろに飛び跳ねる。
数トンの鋼鉄が地を揺らし、けたたましい鉄色の叫喚を奏で、ライルの操る漆黒の鉄砂を強引に引きちぎっては
それを、
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ライルが無尽蔵の漆黒を操っては機鋼蟲を叩き、あるいはその胴体と節足の接合部に取り付いては抉り削り、
「はあああああああああああああああああああああっ!!」
リーラが槍を振るっては侵攻を食い止め、あるいはその軌跡から吐き出される紅蓮が機鋼蟲を焼き尽くす。
だが、
『たった二人で三桁を食い止められるわけがねぇだろうがっ!!』
侵攻を御しきれない。
ライルとリーラの攻撃を掻い潜った機兵がその背を追い抜き、ウォードや師団員の控える第二防衛戦へと流れていく。
「くっ…………このままじゃ…………」
『リーラっ!! 持ちこたえろ!!』
「分かってる――てのっ!!」
ウォードの無線にリーラががなる。
『――……こちらカイナ。電磁波動砲の発射までもう少し時間が掛かるよ。それまで持ちこたえて』
「言われなくても――はああああッ」
雄叫びをあげ、ライルは極限まで魔力を放出する。
次々と迫る敵機に叩きつけるは黒鉄の衝撃。そこへ纏わせた青白い電流が、蜘蛛や螳螂に取り付いたファスミダスごと感電させる。
一機ずつ、確実に。
その、あまりにも退屈で小賢しい抵抗を、ガレスは鼻で
『ふんっ……、なにを企んでいるか知らないが、如何なる抵抗も圧倒的な数の前では意味など為さない!! それがどうして理解できないッ!? この無為を数多の国へ何度も味あわせた貴様なら嫌というほど知っているだろうがっ!?』
「……ああ」
憐れみを込めて睥睨するガレスを、ライルは睨み返す。
その心に不屈の灯火をみて、ガレスは苛立ちを覚えて反吐を吐いた。
虫唾が走る。
『そいつが一体全体どういう風の吹き回しだぁ!? 虫ケラどもを潰して回っていた頃には終ぞ知れなかった心意気だなぁ!? ああっ!?』
「誰もが生きる理由を抱えている。守りたい誰かがいる。貫きたい信念がある。そんなもんがなんになると……あんたの隣にいた頃はそう思っていたさ」
『触発でもされたかぁ!? 雑魚が群れて生きる、そのために必要な矜恃とやらにでも絆されたかっ!?』
「誰かに誇れる生き様を歩み続ける――それを、俺は弱者の特権だとは思わない。ユグドラスにいつ限り、抱くことは決して許されず、手に入れられないもんだろ。けどさ、こいつは誰であろうが関係なしに誰もが抱くべきもんだ。物心ついた頃に失ったはずの大事なもんを、俺はユグドラスから逃げ出すことでようやく取り戻したんだよ。だから馬鹿にはさせねぇし、ちっぽけだと罵るあんたを、俺は心底軽蔑する」
減らず口を叩くかつての部下に、ガレスは今度こそ失意を覚えた。
『ユグドラスには……いいや、世界にこそ不要だ、そんなもの。矜恃なんてものがなんになる!? そいつが強者に抵抗する支えになっているとでも言うつもりか? ふざけるな、弱者が強者に刃向かうなんてこと、あっちゃならないんだよっ!!』
「そいつは強者の理屈だ。摂理でもなけりゃあルールでもねぇ。それに……なぁ、教えてくれよ。一体いつから
『馬鹿が、馬鹿が馬鹿が馬鹿がっ!! 残念だよ……、お前には才能があった!! だからこの俺が直々に面倒をみてやったというのに……ッ!!』
憤怒とまき散らしながらガレスは叫ぶ。
『裏切りは例外なく極刑だ。この俺が始末をつけてやる。だから――潔く死ねぇ!!』
幾重にも束ねて畳みかける尾撃の、あるいは鈍色の斬撃の、はたまた鋭先な鋼鉄の蹴撃の、それもたった一撃で命を刈り取る意識が一斉にライルへ襲いかかる。
逃げ場のない波濤にも似た、過剰なまでに苛烈な攻撃。
ライルは躱し、いなし、受け流し、飛び退り、絶命の一撃から逃れ続ける。
奇跡のような対峙はしかし、長くは続かない。
『きはっ、てめぇは俺にかまけすぎだっ!! ここは戦場だぜぇ!?』
「……あぁ?」
『意識から外したもんを忘れちゃいねぇかぁ!?』
直後、背後に忽然と現れた気配に気を取られる。
アスラステラへと向かっていたはずのガレスの部下が連れた僚機たち。
それが、宙を舞い、空を裂き、砲弾のごとく迫り、
「――――ッ、が、はッ!?」
ライルの身体が木っ端のごとく吹き飛ぶ。
回避が間に合わず、受け身すら取れずに砂地へ全身を打ち付ける。
それきり、ライルの意識が途絶えた。
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