静寂を切り裂くは神の雷霆 (二)

「……くひひ」


 自らが操る機鋼蟲に薙ぎ倒されていく数多の巨木の間隙から覗く次の標的を見据えて、ガレスは笑みを溢す。


 先刻投入したエレファンティカとファスミダスは終ぞ帰ってこなかった。

 つまり壊滅されたわけだが、だからこそガレスは込み上げる興奮を抑えきれない。


 久々に潰し甲斐のある標的だ。

 連日の斥候も従来のアスラステラでは太刀打ちなどできないはずの量を投入していた。


 本来ならその斥候で滅ぶ程度の国だった。戦力などたかが知れている。

 それが、蓋を開ければ兵士をたかが数人減らした程度ときた。


 あり得ない話だ。


 だからこそガレスは本能的に確信していた。


 ――あいつが、いる。


 脱走兵は皆殺しだ。軍法違反に慈悲はない。

 思う存分、全力を出せる。僥倖ぎょうこうだ。


 ライル・アルマダシア。ガレスが見出した逸材の一つだった。有能だった。若手にしてはできた奴だった。


 文句の一つも口にせず、命令は着実に実行する、行儀のいい人形だった。

 こうなってしまったのはほんの少しだけ惜しい気がするが。


 それ以上に楽しみで仕方がない。

 この手で捻り潰せることが。


 遠慮は無用だ。手塩をかけてきた部下を殺せる機会など滅多にあるものではない。状況がイレギュラーだからこそ興奮する。


 三桁を超すキリングスパイダーが深山の悪路を切り開く。前面に展開するそのすべてがガレスによる操術の支配下にあって、ゆえに進軍に乱れはない。背後には部下が操るプロトマンティス、ファスミダス、エレファンティカと続く。


 かつての同胞を討つ――その程度のことは誰もが経験済みで慣れきっている。

 いまさら判断が鈍ることはない。戦線は部下に安心して任せることができる。


 やがて先陣を切る個体が硬質な地面と黄土の砂粒を踏み潰した。


「さぁ……、殺し合いの始まりだ……」


 その感触を捉えたガレスが口元を緩めて笑みを溢した刹那、


「――う、おっ!?」


 ドンッ、と。

 突き上げるような感覚がガレスたちを襲った。

 地を踏みしめているはずの全機が数瞬、宙を踏み、軋むような音を上げる。


「……野郎っ、この距離から嗾けてきやがったか」


 白い衝撃と地響きが五感を狂わせる。

 降り注ぐは純白の爆雷。

 不純を漂白せんと縦横無尽にうねりを上げる極光の波濤が八方から押し寄せる。


「くっ、くはは……っ!!」


 意表を突くような不意打ちに、けれどガレスは余裕を笑みを崩さない。


「馬鹿がっ!! そいつを仕込んだのは一体誰だと思ってやがる!!」


 想定していた。


 奴がいるなら必ず打ってくる手だと読んでいた。

 だから雷撃回避にファスミダスを仕込んだのだ。


 つまりは無意味。

 現にファスミダスが避雷針の役割を果たし、稲妻のことごとくを無為に帰していく。


「この程度で動揺するな!! 引き続き進軍を進めろ!!」


 体制を立て直して進軍を再開。部下へ無線へ声を飛ばす。

 だが、


『こっ、こちら、ナンバー80っ』


 飛び込んできたのは部下の悲鳴だった。


「どうした」

『ガレス様……っ!! 土砂崩れがっ!!』

「なにっ!?」


 無線越しに響くは、ぞんざいに切り開いた背後から迫るは耳朶を打つ轟音。


「野郎……っ、端からこれが狙いだったか……っ」

『か、回避できません!! 一体どうすればっ!?』

「てめぇでなんとかしやがれ!! 俺に面倒をみてもらおうなんて思うな、愚図がっ!!」

『そ、そんなっ!? もう背後まで迫って――あ、あああああああああああああっ――』


 凄まじい轟音が一瞬混じり、刹那に途切れる無線の一つ。


「ちぃっ……」


 舌打ちに怯える新米はもういない。


「これだから雑魚は……っ」


 土木流に紛れる大樹を足場にして飛び石を踏み渡るように土砂面を下る。

 その間にも頭上から落ちる雷撃が僚機を鉄屑にしていく。


「残機はっ!?」

『総数は二三三。一名が土砂に飲まれ戦線離脱』

「三割も失っただと!? どいつもこいつも使えねぇなぁっ!!」

『『…………っ』』


 騎乗している自機が砂場を踏みしめると同時、ガレスは苛立ちに任せて吠える。

怯む部下はいない。


 思い通りにならないたびに癇癪かんしゃくを起こすガレスには慣れたものだった。


「全員、タダで済むと思うなよっ!? 懲罰が嫌なら敵陣を完膚なきまでに潰して――」

『前方から飛来する物体あり!! 大砲……いや、あれは……ミサイルですっ!!』

「馬鹿なっ!? なんでそんなものが配置されている!?」


 驚愕と戦慄にガレスは呻く。


 数日前まで、せいぜい大砲程度しか投入くることのなかったアスラステラがなぜ。


 こんな短期間で開発できるわけがない。

 だが、迫り来る飛翔体は紛れもなく、部下がミサイルと呼称するものだ。


「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!? どうしてだ!? 斥候はなにやっていやがった!?」

『恐らくはこの日のために隠し持っていた……ということではないかと』

「……っ、」


 かの国――その女王は、隠し持っていたわけだ。

 機鋼蟲に対抗しうる戦力を。


 それを、ここ一番でぶつけてくるだけの器量を。


「敵の力量を見誤ったか……っ」


 ガレスは歯噛みする。


 機鋼蟲を操っている最中だ。操術に全霊を注いでいる以上、神代魔法を用いた対処はできない。侵略対象となっている他国が実装している遠距離兵装は汎用魔法か、そうでなければ大砲が主であり、機鋼蟲の機動力でどうとでも回避ができる。


 装甲を厚くし、あるいは直線的なその軌道と射程にさえ入らなければ、無視できるような代物だったのだ。これまでは。


 ミサイルなど、想定の埒外だ。

 ゆえに連れ立った機鋼蟲のほとんどに耐空迎撃装備など積んでいるはずもなく。


「引きつけてから叩き落とせ!! 一機無駄になる程度で済むなら犠牲にしてでも潜り抜けろ!!」


 猛然と迫るミサイル群と機鋼蟲らが交錯。

 直線的な前進から瞬転、各機が横っ飛びし、着弾を躱して起爆させんとと試みる。


 だが、予期せぬ事態が起きた。


「――っ!?」


 ガレスたちの判断を見透かしたようにミサイルが眼前で暴発。


「「うああああああああああああああっ!!」」


 無線通信越しに響く同胞の悲鳴と絶叫。

 機鋼蟲の少なくない数が爆撃と衝撃に巻き込まれた。

 あり得ない事態だ。


「一体なにが起こっていやがるっ!?」


 着弾し、信管が作動しなければ、爆発だなんてことは起こらない。


「…………まさか」


 これもまた、認識が違うのか?


 そもそも、直撃など想定に入れていなかったのではないか?


 起爆などやりようはいくらでもある。


 それこそ爆炎や雷撃が得意な魔法使いさえいれば容易に。

 ならば、この戦場にはすでに――、


『こちらナンバー53。突如として出現した魔法使いと交戦を開始。キリングスパイダーの増援を求めます!』


「――っ」


 視認すべく、ガレスは部下の配置箇所へ意識を向けた。


 同時。




 巻き上がる砂塵を振り払うように舞う細剣レイピアの、切っ先が青白くきらめいて。


 ミサイルとともに飛来し、地獄の最前に舞い降りた先鋒カイナが、ガレスの騎乗する機鋼蟲へ突貫する。



「爆ぜて煌めき、唸れ雷炎――【フレアサンダラー】!!」

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