夜明け前の静謐 (後)
不気味なほどに静まりかえった夜街はいつにも増して閑散として不気味だった。
根城には戻らず夜半は締めきった外縁前の門扉までやってくると、夜番の兵らが敬礼をしてくる。軽く会釈を返し、門扉の側にある通用口を抜ける。外壁の外側に出るのは久方ぶりだ。
数年続いた戦で荒れ果ててしまったかつての旧市街の残骸に思いを馳せる。
その向こうにはかつて交易のあった小国が存在していたが、もはや今となっては見る影もない。迫り来る機鋼蟲に挽き潰され、なにもかもが塵と消えてしまった。かの地には、一つの栄華を極めた国があった――そう語り継がなければならないほど、跡形もなくなってしまった。
かの国の最期は未だ鮮明に覚えている。
立ち上る黒煙も、広がる火の海も。
怨嗟と恐怖に塗れた獣のような人々の悲鳴も。
そして、鋼鉄が慈悲もなくそれらを蹂躙する無機質な音も。
その絶望を思い返すたび、アルシェラは強く決意する。
この国を、ああはさせまい。
「……珍しいな、こんな所に出てくるなんて」
深い宵闇にかつて消えた隣国へ思いを馳せていると、この数日で聞き慣れた若人の声が背後に響いた。
「様子を見に来たのだ。ウォードたちとの作戦会議は終わったのか?」
「まだだ。でも、休憩は必要だろうってことで少しだけ解放されたわけだ」
「朝まで詰めるつもりか……いざというときに倒れるなよ?」
「前線に出張る兵士は慣れっこだし、いまはアドレナリンが出てるから、緊張が続く限り身体は持ってくれる。それに俺は元々あっちにいた身だ。一晩寝ないくらいはどうってことないさ」
「万全にしておいてくれよ。お主が頼みなのだからな」
「……ああ」
ライルがアルシェラの隣に並び立び、両手を頭上に掲げて背筋を伸ばす。
「そーいや、例の代物は仕上がったか?」
「……なんとかな。夜明けになったらここへ運んでくる」
「そいつは上出来だ」
ふ、と笑みを溢すライル。
その表情に、不安や恐怖なんてものは微塵も滲まない。
「なんで笑っていられるのだ。怖くないのか……? すべてはお主に掛かっているといっても過言ではないというのに」
「できることをやるだけだからな。できなかったら死ぬだけだ。そういう覚悟をとっくに済ませた。だから平然としていられる」
「簡単に言ってくれるな……」
率直に、物怖じしないその精神が羨ましかった。けれど同時、死ぬことを恐れないのはもはや生者が持つべき大事な感覚を欠落させていることと同義に思えて、畏怖を抱く。
この期に及んで、まだ迷っているのだ。
彼に、来る戦線の雌雄を委ねてしまってよいのかと。
「……奴らに、勝てると思うか?」
「……それは、やってみなきゃ分からない。けど――」
ライルは天を仰いだ。
溢れた白い息が闇色に溶けていく。
「勝算がなかったら、俺はもうここにいねぇ。俺くらいにしか扱えない武器を作れなんて無茶な要求もしねぇよ」
だから、任せろと。
そう言われている気がして。
けれどそれは同時、揺らいでいた気持ちにケリをつけるには充分で。
「……頼む」
情けない。
思えど、つい、声に出た。
「……お主しかいないんだ」
情けない。
けれど、掴んだ奇跡に祈るしかない。
「この国を、救ってくれ」
まるで年相応の大人になりきれていない少女のような、儚く消え入るような声音。
「ああー――」
果たして、あまりにも重い懇願を受け止めるように、
「任せろ」
ライルは深く頷いた。
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