痛み、嘆き、傲慢と偽善 (五)
「あれは……」
高台で目を眇め、ライルは
キリングスパイダーやプロトマンティスとはその設計思想を異にする機鋼蟲の新型――エレファンティカ。
自重で立ちはだかるすべてを挽き潰す、全長一〇メートル超の異様。
その表皮にまとわりついて蠢く、細長い棒を出鱈目にひっつけたような小型の機鋼蟲は、触れれば折れそうな体躯からファスミダスと命名されていたはずの機体群だった。
「……仰々しい行軍だな」
ついに実践に投入してきた。
あれこそが第三類。
ユグドラスの本気。
いよいよ本格的に、アスラステラの支配に取りかかろうとしている。
「あれが新型……」
追いついてきたリーラが瞠目して眼下を見やる。
「あのでかぶつをどうにかするつもりなら、まずはあの体表にまとわりついているファスミダスをどうにかしなきゃならない。あいつは……避雷針のようなものだからな」
「あれがいる限り、あんたの雷撃は通用しないってこと?」
「生半可な火力じゃあ損傷は望めない」
それでリーラは把握したのだろう、然るべき伝令を伝えるべく無線へ作戦変更を告げる。
「キリングスパイダーはライルが始末する。あなたたちはあのでかぶつに張り付いた小型の機鋼蟲を掃討して。雷魔法は無効化されるらしいから、無駄撃ちはしないように」
了解、と無線機へ返ってくる声に呼応して、ライルが天へ手を掲げた。
それと同時、リーラが高台を滑降していく。
その後ろ姿を一瞥して、ライルは掲げた腕を振り下ろした。
「全天を統べる天空神の憤怒を知れ!!」
轟音を掻き鳴らし落ちる雷閃。極光に呑まれ鉄屑と化していく蜘蛛の残骸。
断末魔のような甲高い鋼同士のかち合う音が、地響きのように響き渡る。
直撃を確認し、ライルは戦場へ躍り出た。
「不用意に近づくな!! 魔法で対処しろっ!!」
号令を飛ばすリーラ。
けれど、新たな型式の機鋼蟲に師団員たちは翻弄される。
応戦する面々へ踊るように飛びかかるファスミダスの鋭先な脚部。
「ぐっ……あっ!?」
「が、はっ……」
カイナの握るレイピアよりも細く長い脚が、野立ちの刀身じみた胴体から縦横無尽に伸びては、詠唱する師団員へ突き刺さる。
致命傷にこそならないが、師団員たちの戦力を徐々に、そして確実に削いでいく。
やがて間もなく、カイナ、リーラ、ライル以外の面々が戦闘不能に陥って。
「それでも半分以上は削ったか……。俺はエレファンティカを仕留めるための準備をする。残りを頼めるか」
ライルの問いに、リーラは頷き一つ。
「掃討したら
そうしてライルが戦線から遠ざかり、魔力を溜め込むまでの合間。
「雷撃が通じないってんなら、あたしは――こうっ!!」
カイナがレイピアに魔力を注ぎ込んでいく。
迸る電流が熱を帯び、赤く、紅く、
雷電の応用による熱源の
「爆ぜて煌めき、唸れ雷炎――【フレアサンダラー】!!」
炸裂する灼熱がうねりをあげ、エレファンティカの右側面を薙いだ。
そこへリーラがすかさず巨躯の左手へ陣取り、焔の波濤を叩き込む。
「燃やし尽くせ、紅蓮の、焔っ――【テトラドラクーン】!!」
たちまち紅に呑まれる機鋼蟲の奇怪で歪な、鋼の叫喚が地獄の様相を呈する。
人間であれば骨すら残らない高温を浴びてなおも蠢くファスミダス。
その表層に塗られた魔法障壁装甲が、熱波に溶かされるようにして剥がれ落ちていく。
吹き上がる紅蓮を睨み、未だ息の根がある機影を視認してはすかさずの第二波、第三波。
炎の海と化した戦場を疾駆し、三桁にも届く機鋼蟲を焼き払いながら、リーラとカイナは背中合わせに合流する。
「大丈夫ですが、リーラさん」
「え、ええ……なん、とか、ね……っ」
「やはり、体調が優れないんじゃ……」
「問題、ない……から…………っ」
言葉とは裏腹に、リーラの声は弱々しい。
背中を預けられて、カイナはようやく彼女の異常に気付く。
「全然、そんなんじゃないじゃないですか!!」
肩で息をしているリーラの顔面は燃えさかる炎の海のなかにいながら蒼白で、珠のような汗を浮かべている。尋常ではない様子に、カイナは顔を青ざめさせた。
「先輩は撤退してください! 残りはあたしが引き受けます!!」
「問題ない、から!!」
焔を纏いながら飛びかかってきたファスミダスを槍でたたき落とす。間髪を入れず吶喊してくる複数の敵機を、薙ぎ払った槍から噴出した紅蓮の波濤が押しのける。
「気を緩めないで!! 私に、構うな!!」
「…………っ、無理はしないでくださいよっ!!」
矢継ぎ早に飛びかかってくるファスミダスを捌きながらも、カイナの意識はすぐ側で敵機を相手取るリーラへ向いてしまう。
(先輩が動けるうちになんとかしてしまわないと……)
まるで命の灯火を削るような、羅刹を彷彿とさせる大立ち回り。
リーラへ飛びかかったファスミダスが瞬く間もなく残骸へ成り果てる。蒼白な顔色からは考えられない凄まじい躍動だった。
このまま押し切れるかもしれない――そう思った次の瞬間、唐突に終焉は訪れた。
「っ――、」
「先輩っ!?」
舞い踊るような槍術の最中、事切れるようにして体制を崩るリーラ。
地面へ倒れ込む寸手でカイナがその身体を辛うじて抱きかかえる。
そこへ捨て身のように六脚を振り回しながら突っ込んでくるファスミダス。
「っ――」
一直線に突っ込んでくる鋭先にレイピアの切っ先をぶつけ、弾いてみせた。
針の糸を通すような神業が、機鋼蟲の機械的な判断に致命的な隙を生じさせる。
その刹那の一拍、カイナは好機を逃さず追撃。
最後の一機を沈黙させる。
「先輩っ!!」
呼びかけるも、リーラからの応答はない。呼吸はあるが、荒い。
目を瞑ったままぐったりとして、吹き出る汗が滴り乾いた大地を濡らす。
触れてみると、額は燃えるように熱かった。
ただごとではない。
意識を失ったリーラを寝かせ、カイナはすぐさまレイピアを振り上げた。
天へ向けて振りかざし、雷鳴を呼び寄せる。
光の狼煙が上がった。
あとは任せろ、と声がしたような気がして、カイナはすかさず、リーラへ覆い被さるようにして地に伏せる。
刹那。
「――――っ!!」
火柱のように立ち上った雷鳴に、標的であった巨躯が飲み込まれる。
結果など見届けるまでもなく明らかな轟音が戦場を支配して。
「――状況、終了」
頽れた巨躯を眼前にして、ライルは重たい溜息をこぼした。
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