痛み、嘆き、傲慢と偽善 (四)

「ウォード、敵陣の情報を」


 感情を押し殺したリーラの淡々とした声音が市街を駆ける。


『キリングスパイダーを中心とした構成だが……見慣れない機影がある。特大の戦車じみた体躯の機鋼蟲が一体。その周囲に細長い物体がいくつまとわりついてるな。重量があるのか速度はない。周囲の蜘蛛どももあのでかぶつにあわせて動いている。砲身のようなものは確認できん。このまま突き進んでくるつもりらしい』


「標的になりやすいぶん、堅いんでしょうね」


『ご明察のとおりだ。牽制がてら数発ぶっ放したが、止まるどころか傷の一つもついちゃいねぇ。後方支援は期待するな』


「結局、魔法頼みってことか」


 リーラは忌々しげに顔を歪めて舌打ちを一つ。


「カイナ、私たちは蜘蛛を蹴散らすよ。他の団員はでかぶつを魔法で叩いて!!」


 無線越しに多数の返事がかえってくるのを確認しつつ、併走してくる影を一瞥。


「……あんた、ついてきてどうする気」


 問われてライルは小首を傾げた。


「援護する。それ以外の理由がいるのか?」

「余計なお世話」

「いまのお前は放っておけない。感情に身を任せようとしているのが見て取れる。足元をすくわれるぞ」

「余計なお世話だって言ってる」

「気付いているのか? 顔色だって悪い。呼吸も荒い」


 指摘されたとおりだった。骨と肉を突き破って、なにかが生えてくるような激痛が背中に走っている。そのせいで自然と息も荒くなっている。


 自覚していて、だからこそ葬式では平静を保っていた。


 けれど、不思議と倦怠感けんたいかんはない。むしろ全能感のようなものを感じるくらいだった。


「……だから、なに?」


 支障はない。

 これまでどおり動ける。

 心配されるまでもない。


「いまのお前は足手まといになる。自分のことも把握できないなら戦場に出るな。他人の足まで引っ張るつもりか?」

「自分の身くらい、どうにかする。戦場で散るのなら、それが運命だったってだけ」


 そう吐き捨てて、市街地へ飛び出す刹那、


「冷静になれ」


 ライルに手を引かれ、強引に引き留められる。


「なんのっ、つもり……っ!」

「……お前、このままじゃ本当に――」


 ぐっと近づくライルの眼に走る雷のような輝き。


 そこに映るリーラ自身のやつれた顔は、けれど燃えさかる怒りに身を任せた鬼の形相をしていて。


 なにかを言おうとしていたライルは、口を半開きにしたままリーラの瞳をみつめたまま硬直した。


「な、なによ……」

「なっ……お前……っ、いや、そんな……、まさか……」

「なんのつもりか知らないけど、離してっ!」


 握られた腕を引きちぎるようにして振りほどく。


「何様のつもりよっ!! 敵機が迫ってきてるってのに!!」


 鬼気迫るリーラが詰め寄るが、ライルはずっとリーラの瞳を見つめたまま、


「覚醒しかけているのか」


 突拍子もないことを口にした。


「な、なにを言っているの……?」

「紅蓮に宿る大鷲の紋様……、そいつはまさしく古に伝わる大神の一つだ……」


 その異様な気配に、リーラは底知れないものを感じて後ずさる。

 急にどうしたのだ、この男は。


「お前は、魔人だな?」

「…………えっ」


 あまりにも突拍子のない質問に、リーラは困惑する。


「はっ、馬鹿馬鹿しい。そんなわけないじゃない。ふざけるのもいい加減にしてっ!!」


 けれどリーラの様子など構わず、ライルは再びその腕を掴み、


「いいや、俺は本気だ。その瞳、間違いない」

「これ以上冗談を言ったら二度と口の聞けない身体に――」

「死ぬな」

「えっ……」

「死ぬことだけは許されない。お前の内なる神が目覚めれば、アスラステラはこの状況をひっくり返すことができる。覚醒まで間もないはずだ。だから決して死ぬな」


 静かに、ただそう言い残して、リーラの先を行く。


「調子が狂うな……」


 魔人だなんて、そんなわけがない。


 きっと、なにかの勘違いだ。

 あんな奴らと同類だなんて、冗談じゃない。


 けれど、もしそうだとしたら。

 ライルと同じ力を使うことができるのだとしたら。


 皆を守るために必要なもの。

 いま、自分が最も欲するもの。

 それが手に入るのなら――、


「……ああ、もう。こんなこと、考えてる場合じゃない!!」


 雑念を振り払い、はるか前方――砂塵の舞う戦場に浮かぶ巨影を睨みながら、リーラは遠ざかるライルの背中を追いかける。

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