痛み、嘆き、傲慢と偽善 (一)

 アルシェラがライルに課した使命は単純であり、だからこそ複雑なものだった。


 ――自分自身が生きる理由を見つけろ。


 言葉は易く、簡単なものだった。


 けれど反面、その漠とした命令はライルの頭を悩ませた。侵略師団に居た頃とはまるきり正反対だ。


 ただ上の命令に従って街を壊し、人を殺すことが至上命題であったあの頃とは。


 仕事は膨大にあった。最前線でユグドラスの斥候部隊をあしらい、戦場から戻れば兵器開発のために知りうる限りの知識をアルシェラやメイに提供してみせた。

機鋼蟲の襲撃がない日も、身寄りをなくした子どもたちの集まる孤児院で幼子や青少年の面倒を見たり、男手の必要な土木作業の臨時応援に入ったり、ユグドラスでは経験したことのない仕事を斡旋あっせんされた。


 そんなことをしているうちに、五日が経過して。


「ご苦労だな、ライル。調子はどうだい?」

「別に。どうも」


 女王との謁見もこれで五度目。なにせ毎日のように会っている。

 いまは居候よろしくリーラの家の一室を寝室として間借りているのだが、毎朝、まずはアルシェラから予定を聞かねばならない身分である。彼女の纏う覇気にも随分と慣れてしまった。


「あと数日は大規模な敵襲の気配がない。貴公の読みは、いまのところ当たっているか」

「それはそれであまり喜ばしい事態ではないけどな」


 そろそろユグドラス本土も本格的に攻め入ってくるはずだ。

 事前準備となればもう数日、追加の斥候部隊であればもうじき、といった具合だろう。


「兵器の設計開発も昨日済ませてしまったから、メイのところへ顔を出す必要もない」

「つまり今日は完全にフリーということか」

「いいや、手伝って欲しいことがある。場所はこの前、子守をしてくれた孤児院だ」

「また子どもの世話かよ……、餓鬼の相手は苦手なんだが」

「今日はそういう趣旨の手伝いではない。この服装で分かるだろう? 棺を運ぶ男手が必要でな。一緒に来てくれ」


 アルシェラの装いは珍しく黒に統一されていた。

 慎ましやかでいて目立ちすぎず、けれど気品と貞淑さを兼ね備えた質素な趣に整えられている。冠婚葬祭の類いだと、一目見れば誰でも分かるはずのそれを、けれどライルは首を傾げて見せた。


「その棺ってのは、機鋼蟲のエンジンか? いや、違うか。そんな格好をしているのはおかしいもんな」

「貴公、冗談にしては度が過ぎるぞ」

「……悪い。気に障ったのなら謝る。けど、本当に思い当たらないんだ。これからなにをするつもりなんだ?」

「…………そう、か」


 眩暈がするような愚昧な問いにアルシェラは目頭を押さえ、溜息をこぼす。


「お主は本当に……、戦場で人を殺す、ただそのためだけに育ったのだな」


 戦地で生きて、用が終われば捨てられる。一兵卒など切って捨てるほどいて、戦争が終われば文字通り『処分』する予定だったのだろう。


 だから、他人の死を憂うことも、弔うことも、惜しむことも、祈ることも、失って悲しむことも……そして、その方式や作法の一切合切も知らない。


 人を殺す道具には不要だからと、彼の国は誰も彼も教え授けることもなく、人を人として育てようともしなかったのだ。


 目が眩むようだった。


 ユグドラスの、国家として在り方そのものに激しい憤りを覚える。


 人が人としてまっとうに生きるうえで必要な教養の一切をライルに授けなかったかの敵国を嫌悪する。自国の矛となり盾となる者に、それ以外の役割を決してくるてやることはないやつらを心底侮蔑する。


 けれど、この感情は、今ばかりは不要だ。


 この国の為に犠牲になった尊い命を見送る場を、憤怒でけがすことなどあってはならない。


 黒く煮えたぎる激情を呑み込み、その代わりにもう一度、深く息を吐く。



「……お前がやってきた日に死んだ、戦友の葬式をしなければならんのだよ」

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