工廠

 アルシェラが直々に運営する兵器工場は、この国にして唯一、稼働停止の概念がない。


 一日八時間労働を徹底して三勤交代制を敷いているために国内随一の稼働率を誇っていたが、戦火のあおりは避けようがなかった。


 人口の現象に伴って一人頭の人工は増え、一日二日程度の休暇では抜けきらない色濃い疲労を浮かべながら働く職員が増えたように思う。


 部外者であるリーラですら感じ取れるのだから、内情はもっとひどいことになっているはずだった。


「毎度のことながらすまねぇな……リーラちゃんも忙しいってのに、お使いみたいなことをさせちまって」

「いえいえ。これも国を護るための、立派な役目ですから」


 日も暮れた夜分遅く。

 目の下に浮かんだ隈のせいでいっそう顔色が悪く見える工場の職員に、細かな鉄材や電子基板を渡す。どれも例の蜘蛛型――キリングスパイダーの残骸から、焦げ付いていない部分を抜き取ってきたものだ。


「でも……これって一体なにに使うんです?」

「特秘事項だ。用途を知っているのは開発主任のメイだけだが……と、噂をすれば」

「気分転換がてら開発室からでてみれば……久しぶりだねぇ、リーラ」


 出入口のすぐ側にある錆び付いた扉から出てきたのは、艶やかな褐色の肌と乱雑に伸ばした黒髪に珠のような汗を浮かべたタンクトップ姿の女性――メイ=シェンだ。


 リーラより二、三ほど年上だが、全体的に控えめなリーラと違って、出るべき所は出て、引っ込むべき部分は引き締まっている。ある種理想的で健康的な肢体は、リーラにしてみれば羨ましいことこの上ない。


「なんだか皆さん忙しそうですね……」

「じりじり追い詰められることは端からみんな覚悟してた。この程度なら、まだ泣き言で済む。過労で死ぬほど追い詰めるようなこともしていないしね。人材難なら師団ほどじゃないよ」


 師団に志願する者は年々減っている。

 そして、補充は追いつかない。


 死者が出ればその逼迫ひっぱくさに拍車が掛かり、リーラやカイナのように休息日がなくなった師団員もちらほらと出てくるようになってしまっている。


「リーラも随分と顔色が悪いな。疲れてんだろ」

「それもあるのだけれど……」

「うん?」

「……いえ、大丈夫よ。ここ一ヶ月は、ほとんど戦場だったから、多少は疲れが溜まっているけれど」


 ぎこちなく微笑みながら、そっと背中を摩る。


 これまでむず痒さや痺れが上回っていたのに、ここ数日はまるで極小の刃で皮膚の表面を刻まれているかのような鋭く浅い痛覚に悩まされるようになっていた。


 場所は不特定で、発症の突発的。薬も鎮痛剤で抑えている始末。

 肝心の背中そのものは何事もなく、切られた後も出血の痕跡もまるでないのだから、原因は不明。この身になにが起こっているのか不安で仕方がない。

 それだって、周囲にいつまで隠し通せるのか分かったものではなかった。現に、カイナは漠然としながらも気遣ってくれている素振りをみせてくるようになっている。


「……そういやカイナは? いつもリーラにべったりだってのに」


 そんな彼女も、今日ばかりは床に伏せている状況だ。


「休んでもらってるわ。ここ最近、立て続けに魔力欠乏症を起こしてしまってね」

「無理もねぇか。現場の悲鳴はこっちまで伝わってきてる。これ以上酷いことにならないよう兵器の開発と量産を増やせって指示が女王陛下からもひっきりなしだ。こっちだって余裕はねぇけど、新兵器の設計図面を仰山持ってくるもんで誰も文句は言えねぇわな」


 事実、現場に投入されている兵器のほとんどはアルシェラが基本設計に携わっている。性能、耐久、実用性どれもが一級品だ。


「女王陛下は時代が違えば工学系の基礎理論の提唱と発明だけで寵児(ちょうじ)になれたんじゃないかってほどの頭脳してやがる。政治も経済もやりながらなんて、あたしらにはとてもじゃないが無理だ。そんでもって改良設計図をもってくるのも早い……というわけで部屋から出てきた理由は彼女の出迎えってなわけだ」


 言うか早いか。

 リーラの背後にある出入口の扉がノックされ、返事も待たずに内側に開いた。


 そこにいたのは、


「こいつはなんともまぁ久々に賑やかな面子が揃っているじゃないか」

「……なるほど工場、か。騒がしいな、ここは」


 快活な声をあげる軍服姿のアルシェラと、一応の自由を得たライルの二人だった。


「あんた……っ!? 一体どうしてここに……」

「案ずるな。条件と引き換えに牢屋から出してやったまでのこと」

「へぇ……あんたが噂の」


 紅蓮に彩られたメイの双眸が、ライルにぐっと近づいて、黄金の瞳を覗き込む。


「なるほど……。魔人メイブルとは言っても、みてくれはあたしらと存外変わらないもんなのな」

「決まっているだろう。生物学上は人間と同じだ」

「なら、一つだけ忠言してやろう。ここでは出生を語るべきじゃない。女王様の庇護にあると言ったところで、いつ誰に背中を刺されてもおかしくないから」

「あんたは、俺が憎いか?」

「……野暮な質問だな。あんたを殺して誰かがここに還ってくるってんなら、なんだってやったろうさ。いますぐこの場で襲ったかもな。理不尽な戦争が終わるんなら想像のつくあらゆる限りのことをしてみせたろうさ。だけどね、そうじゃない。そうじゃないんだよ」


 覇気のない諦念まじりの声が、突きつける。


「あんたを殺せば、あんたらと同じになっちまう。だから、意地でも殺してやらないよ。あたしらはね、あんたらを殺すために武器を造っているわけじゃない。この国を守るために武器を造ってるんだ」

「…………そうかい」


 ライルは、ただそんな呟きを返すことしかできなかった。

 静かに吐き出された彼女の矜恃。それを理解してしまったから。


 彼女もまた、リーラやアルシェラと同じ。


 大切なものを守るために武器を握り、知恵を絞り、兵器を作り……。

 刹那的な感情の解放という甘い誘惑を、せめて自分たちを滅ぼさんとする敵と同じには成り下がってやるものか――そんな気高い感情で暴力的な衝動を押し込めて。


 不器用なくせに。苦しいくせに。泣きたいくせに。楽になりたいくせに、


 どうして、こうも。

 そんなにも堪えていられる?


「…………で、大将。例の改良設計図は?」

「持ってきたとも。これと……あとこっちは別の新兵器のものだ」


 アルシェラは斜めに提げていたポシェットから束になった図面を取り出してメイへ手渡した。


「それとお願いがある。忙しいところ悪いが、予定を変更してくれ。この新兵器の立ち上げを最優先にしてほしい」

「ほぉ……そいつはまたなんで」

「折角、頼もしい戦力が加わったのだ。それを存分に活かす。我の見立てでは、この一機さえあれば戦況を変えられる」

「ふぅん……、なるほど。なるほどね。確かにこいつなら……。で、運用は……、ああ、そういうこと……」


 手渡された新兵器の設計図を一瞥して、その全容を把握したメイはがりがりと頭を掻きむしっては笑みを浮かべてみせる。


「なら、こいつの開発主担当はあたしが直々に請け負おうじゃん。工場の大半の人員とスペースをこいつに割り当てないと無理だな。リーラに持ってきてもらった部品の幾つかもこっちに回さないといけない。でも……、それだけの価値があるってことなんだろ?」


 メイの問いに、アルシェラが頷いてみせる。


「この性能についてはライルのお墨付きも得ている」

「へぇ……、随分と信用してるじゃないか、この餓鬼のこと。曲がりなりにも敵兵だったんだろ? 改心したわけでもねぇだろうに、よかったのかよ。こんな大事なもん見せて」

「機鋼蟲のメンテナンスをしていたその腕と目と知識はかっているよ。ただそれだけだ。信用なんて言葉こそ、我が最も信用していない類いのものだと知っているだろう? 手段を選り好みをしている場合ではないのだ。きみが一番分かっているんじゃないかい?」


 アルシェラはこの兵器そのものの価値を十二分に理解したうえで、このひねくれ半眼の亡命兵に一国そのものの存亡を担がせようという魂胆のようだった。


 手段を選ばない方法こそ、いかにも国王らしい。リーラやメイがどんな恋持ちを抱いているかなど知ったことではない、と足蹴にしてみせることも含めて。


 アルシェラの判断はなにも間違っていない。

 国を存続させることが彼女の使命であり、責務だ。

 他のなにを違えても、ただそれだけは絶対的に正しい選択をし続けなければならない国王のあるべき思考。


 分かっている。理解している。

 それくらいのことは。


 ――だけど。


 と、喉元まで迫り上がる気持ちを飲み込んで、メイは大仰に溜息をこぼす。


「……ったく、どうしようもないな。大将がそう言うならあたしがとやかく言うことじゃない。やれるだけのことをやってやる。とはいえ、次の戦場で引っ張り出されていく兵器のメンテナンスだけは譲れない。それが終わり次第で対応するよ」

「ああ。よろしく頼んだよ、メイ」


 メイの内心を知ってか知らずかアルシェラは穏やかに微笑んで、ちらりとライルを見やった。


「……さて、目的も一つ終えたところで、次の本題に移ろうか。メイ、鹵獲ろかく機の格納庫に案内してくれないか?」

「格納庫?」


 ああ、とわらう国王の声が愉快に弾む。


「神代魔法と双璧をなすもう一つの力――操術そうじゅつとやらをこの目でとくと拝見しようじゃないか」

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