(六)
「はあああああああああああああっ!!」
がきぃん、と金属がかち合う甲高い音がそこかしこで鳴り響く。
戦場に散る火花は五月雨に咲き乱れ、激戦を鮮やかに彩っていた。
「砕けろおおおおおお!」
「油断するんじゃねぇ!! 敵機はまだまだきやがるぞ!!」
強襲してきた機鋼蟲は数にしておよそ50。
斥候部隊とみられる一団の構成も、ライルがキリングスパイダーと呼んだ蜘蛛型を主戦力として機動打撃に特化したものだ。
対するアスラステラ機鋼蟲迎撃師団の前衛部隊は総数十七名。
二人が戦死した部隊に補充要員を回す余裕はなかった。
リーラやウォードが苦心の末、空いた穴を埋めるようにして急遽組み直された布陣にて応戦するも、やはり戦況は思わしくない。
「キリングスパイダーの迎撃を最優先!! 魔法障壁装甲は【ライジンレイン】で剥ぎ取りなさい!!」
戦場ではリーラの檄が飛び、
『蜘蛛型は機動力がある分、装甲は薄い。相手の速度に気を呑まれるな。落ち着いて対処すれば破壊できる機体だ。距離を取りつつ後衛部隊は障壁の除去に専念しろ』
耳元に装着したイヤホン型無線子機からウォードの落ち着いた指令が飛んでくる。
『直接の打撃破壊はリーラとカイナが担当しろ。接近戦に持ち込んで関節部位を破壊するセオリー通りの戦略でいけ。近接戦闘に長けているが、肝心要である脚を潰せばまともに機能しなくなるはずだ』
敵対が初めてであっただけで、情報がなかったわけではない。
螳螂や蠍と比べて機動力が高い反面、目標を殲滅するために搭載された斬撃ブレード型の八脚を含めて装甲が薄く脆い。
短期決戦に特化した蜘蛛型機鋼蟲――キリングスパイダー。
俊敏さを特徴とした、ユグドラスの誇る第二類初期型の兵器。
「ちぃっ!! 取りこぼした……カイナ、右後方の一団をフォローして!!」
距離にして一○○○も離れた遠方から驟雨の如く降りしきる【ライジンレイン】を潜り抜けたキリングスパイダーの一機がリーラの左方を抜けるも、カイナがすかさず対応。
「はぁあああああああっ!!」
雷撃を乗せた亜音速の三段突きで沈める。
その破砕音だけで敵機の沈黙を把握しつつ、リーラもまた炎槍を振りかぶって詠唱。
「燃やし尽くせ紅蓮の焔――【テトラドラクーン】!!」
その軌跡から炎熱を伴った衝撃波が、雷撃の驟雨から飛び出してきた複数の機鋼蟲を文字通りに焼き尽くして鉄屑へと還していく。
だが、
「ちいっ、数が多い……!!」
彼方より浮かび上がる砂塵に紛れる機影を見据えたリーラは舌を打つ。
アルフとヨハン――カイナに比肩する実力を誇っていた戦力が欠けた影響だ。
以前にも増して周囲を気にかける余裕がなくなってきている。
斥候部隊が嗾けてきているのは持久戦だった。
数機ずつパケット輸送の要領で前線へ送り出してきている。
一気呵成に責め立てるのではなく、確実に兵力を削ぐための嫌らしい戦法。
絶対的に不利な状況だった。
彼我の距離にして三○○。
近接戦闘でまずもって死守しなければならない前線部隊の絶対防衛線。
ここを割り込まれてしまえば機鋼蟲の速度が汎用魔法の詠唱速度を上回ってしまう。
『後方から支援する。ここらで一度仕切り直せ』
「助かるわ」
『……準備完了。一旦下がれ!!』
「――了解」
ウォードの合図で最前線へ上がっていたリーラとカイナが引き下がる。
それと同時、前衛部隊の魔法も止み。
つかの間の間隙を逃すまいと、一個中隊ほどの機鋼蟲らが一斉に迫り上がってきた。渦を巻いた砂塵が空高く舞い上がり、機鋼蟲らの後方から吹き付ける風が津波のようにリーラたちへと襲いかかる。
その刹那、
『砲撃、始めっ!!』
リーラたちのはるか後方で、号砲が轟いた。
風を切る音が迫る。
ひゅぅっ、と頭上を超え、舞う砂塵に吸い込まれるようにして機鋼蟲の群れへ着弾した榴弾が破裂。
直後、ぎががががががががががんっ、と。
金属がアルミの装甲を幾重にも叩きつける轟音とともに、機鋼蟲の群れが次々とその脚を折らせ、頽れていく。
多量かつ拡散した機兵を一網打尽にするのならこの上ない榴弾は、アスラステラの女王陛下が直々に開発した代物だ。
堅牢性に長けた螳螂の分厚い鋼の装甲すら容易にぶち抜くその弾頭が、機鋼蟲の表皮へ溶けるように突き刺さって炸裂。
屍と化した蜘蛛たちへオーバーキルとばかりに次発の砲弾が襲いかかり、飛び散る弾丸が機械仕掛けの内蔵をずたずたに引き裂いてみせた。
『この火力を喰らってそれなりには怖じ気づいたろうよ』
ウォードがどこか誇らしげにそう呟く。
そうであってほしいという願望が滲み出ているようでもあった。
それはリーラたち前線部隊の面々も同じだ。ここで引き下がってほしいと、誰もがそう願う。
そして――、
『さぁ……どうだ…………』
果たしてユグドラスの取った指揮は、期待していたものとは違った。
『な、ぁっ!?』
地上へ沈殿していく砂塵に映える機影の数々。
榴弾など恐れることはない。そう言うかのように何処からか湧き出ては迫り来る新たな機構中の群れ。
『……く、そっ!!』
「全員、迎撃を再開!! なんとしてもここは死守するよっ!!」
リーラが発破をかけ、奮い立たせる。
「やれるところまでやってやる………っ!!」
「この国を……俺たちが……守る……っ!!」
一時的に詠唱を中断していた面々が、一様に依代を構え直した。
「「「神の怒りよ、飛礫と為りて降りしきれ――【ライジンレイン】!!」」」
猛然と迫る機鋼蟲へ、紫電の
だが、その威力は初撃よりもわずからながらに落ち、ゆえに撃ち漏らしが増えていく。
「カイナっ!! 右方の二機をお願い!!」
「……っ、わかり、ましたっ!! はああああああああああっ!!」
雷を纏いながら蜘蛛型へ真正面から吶喊し、刺突による一撃必殺を立て続けに見舞っていくカイナ。その表情はしかし、すでに青白い。
「ウォード、後衛を回して。カイナはもう限界よ!」
『さきほど数名を前線へ送った。もうじき到着するはずだ』
「了解――カイナっ、もう一踏ん張りだからっ!!」
「はぁ……はぁ……え、ええ…………………まだ、大丈夫、です……か、らっ――」
「っ!?」
屠った機鋼蟲から『依代』である槍を引き抜こうとして、よろめき、尻餅をついて倒れ込むカイナ。
そこへ、撃ち漏らした敵機が彼女を踏み潰さんと迫る。
「だ、駄目っ――!!」
ここからでは炎槍を投擲しても間に合わない。
最も間近にいるリーラにして、覆す術がない。
つまりそれは、
「逃げてっ、カイナ!!」
いるはずもない神の奇跡か、あるいは機鋼蟲の気まぐれで見逃すようなことがない限りは、絶体絶命を意味した。
「あっ――」
自身に落ちる昏い影に気付いて顔を上げたカイナの表情が、鋼鉄の死神を投影し、
「――い、いやっ」
短い悲鳴。
絶望の悟った表情に、しかし機鋼蟲は一切の情け容赦なくその鋭利な前足を振り下ろし――、
「……ったく、見ていられないな」
それと同時、視界の端を塗りつぶす黒い影を視認して。
刹那、ずどん、という音をカイナの耳が捉えた。
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