(三)

 一年を通して乾燥帯である北西部。かつては隣国の名残が微かに残っていたが、それすらも数年に渡る機鋼蟲の猛攻によって灰燼かいじんと化した。


 この戦場には、人ひとりが身を隠す場所すらない。


 敵と相見えれば真っ向から立ち向かう他なく、背を向ける敗走はそのまま死を意味する。


 ぎちぎち、きりきり、と。


「…………きたわね」


 亡者の如く呻き声を嘶かせながら迫り来る白銀の威容が視界の左右いっぱいを埋め尽くす光景は、師団員でなければ卒倒ものだろう。


 その数は目算でも三十を超えていた。

 見張り番の報告よりも、増えている。


 地表を覆う砂埃から覗く赤色の瞳はプロトマンティスのそれ。


 そして左右に揺れ動く鈍銀の球体は蠍の尾っぽだ。半数以上が大型戦車を凌駕する巨躯のスナイプスコーピオン。報告通りの偃月陣えんげつじんは確かに珍しい。地面を滑るようにしてその八脚を蠢かせ、布陣の中央が津波のように猛然と突っ込んでくる。


 その、彼我の距離にして五○○メートルを割り込む刹那。


「撃て――――――――ッ!!」


 リーラの号令と同時に各師団員が一斉に依代を振りぬき、詠唱。


「「「雷迅よ、弾けて射貫け――【ライジングショット】!!」」」


 刹那、数にして数百の雷矢が中空より発現し、亜音速で鋼の蟲どもへと突き刺さる。


 迸る紫電が空気を震わせ、耳をろうする轟音が戦場を駆け抜けた。


「畳みかけろ!!」


 構わずリーラは叫ぶ。


 この程度で内部の深くまでぶちぬける柔な装甲ではないことは百も承知だ。

 一部機能不全に陥れることができれば御の字。


 彼我の距離を詰められる前に汎用魔法で敵機装甲の薄い箇所を突いて動力部を損壊させられるか否か、そうやって一機でも多く相対すべき敵機を減らせるか否かで、生存率は大きく変わってくる。


 いまとなっては数多くの人間が使いこなす『汎用魔法』も、元を辿れば魔人メイブルらのみが行使できる『神代しんだい魔法』を簡易化させたもの。


 威力こそ神代魔法に劣り、その行使には依代となる武器や装飾品が必要な汎用魔法だが、魔人ではないアスラステラの面々が戦場で機鋼蟲を相手取るためには必要不可欠な力だ。


「大地よ、震え嘶(いなな)け――【アースシェイク】!!」


「絶対零度の氷柱よ、先鋭なる切っ先にて刺し穿(うが)て――【アイシクルピアス】!!」


 師団員たちが互いを鼓舞するように身体を寄せ合い、敵影へ詠唱。

 あるいは己が体躯よりも巨大な戦斧せんぷを振り下ろし、魔法で付与した膂力りょりょくに任せて大地を真っ二つに裂く。

 あるいは導杖どうじょうを振るい、鋭利な氷刃ひょうじんを機鋼蟲へ叩きつける。


 この程度で敵機が機能停止するのなら、本当にありがたい話なのだ。


 だが、現実はそうもいかない。


 機鋼蟲の侵攻に合わせて立ち上る砂煙は依然として濛々もうもうと立ちめる。


 その砂塵に浮かび上がる黒影の、なんとも忌々しい姿。


 汎用魔法など意にも介さないとばかりに浮かび上がる機影群はわずかに二、三その数を減らした程度か。


 ――ああ、まったく今回も運が悪い。


 そう嘆く暇もなく、リーラは敵陣へと突っ込む。


「燃やし尽くせ紅蓮のほむら――【テトラドラクーン】!!」


 迫る巨躯を睨み付けながら、リーラは詠唱。穂先が三叉に分かたれた紅色の槍を慣れた所作で振り払う。


 同時、槍がなぞった虚空からあふれ出る焔の波濤はとうが、機鋼蟲を飲み込んだ。


 摂氏千度を超える極炎は、プロトマンティスを象る鉄鋼を溶かすには充分な火力だ。


 敵機を確実に仕留めるリーラの十八番。


『雷剣よ、刺し穿ち、突き穿て――【ライトニングレイ】ッ!!』


 先陣をつっきるリーラの数歩後ろをぴたりとついてきたカイナが、右手に握ったレイピアを華麗に振るう。その所作は線を描いて切るというより、踊るように刻む歩武ほぶで遠心力を乗せて突くような。


 その先鋭な切っ先から光線の如く射出される電磁砲が、焔の津波を免れた機鋼蟲へ次々と突き刺さる。


 雷剣一閃。


 直視などできようはずもない眩い電流が、悲鳴のような轟音を奏でながら機鋼蟲の外部装甲を貫き、一瞬で敵機をスクラップにしていく。


「私たちに続け!!」

「「おおおおおおおおおおおおおっ!!」」

「狩って、生き残るぞっ!! 怯えるな!! 必ず生きて戻るぞっ!!」

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」


 リーラの鼓舞に負けじと師団員たちが雄叫びをあげる。


 彼らの殆どは数名による連携でようやく機鋼蟲の一機を相手取ることができる戦力だ。機鋼蟲の射程圏内で戦うことを強要はできない。


 けれどウォードが仕込んだ師団員らの連携は見事なもので、電撃魔法を基軸とした包囲陣形で着実に敵機を撃破していく。


 一機、また一機と黒煙を上げて地に伏していく鋼の蟲けらどもを尻目に、リーラは残存する機兵の周囲を縫うように駆け抜ける。


 魔力量の高い魔法使いを優先的に狙う――いまとなっては各国に知れ渡った機鋼蟲の行動特性を活かした囮作戦。


 ウォードにその器量を見出されて以来、リーラはこの戦地では囮役だ。


 常に敵機の射程に入ることを怖いと感じたことはない。


 眼前に迫り来る蠍の猛攻を、リーラは緩急を織り交ぜた挙動で翻弄してみせる。

 機体の特長さえ掴んでしまえば隙だらけの攻撃を、あえて紙一重で躱す。


 そして反撃は速やかに。

 彼我の距離を潰し、真正面へ躍り出る。


「――ッ!!」


 前傾姿勢で振り抜かれた蠍の鋏の真下へ潜りこみ、光学センサーの散りばめられた顔面部へ滑り込むと、勢いそのままに槍を突き刺した。


 「――――ギ、ギギッ!!」


 歪な音ともに頽れる蠍には目もくれず、接近してくる新たな蠍へ踊るように飛びかかる。


 背面から接近すると、槍をジャンパーさながら支柱にして跳躍。

 地を払う尾撃を回避し、中空で旋回しつつその背面へ着地する。


「紅炎よ、爆散せよ――【プロミネンスプロード】!!」


 鈍銀の外装から突き出た、棺桶にも似た排出口へ見舞う絶滅の一撃。


 爆裂した紅蓮と赤熱が鋼に覆われた機械仕掛けの内部機構を焼き尽くし、機鋼蟲を制御する部品のことごとくを灰燼とかえす。


『撃滅数は二十。残り三分の一だ。速やかに葬れ』


 圧倒的な魔力と火力で敵機を屠るリーラの耳元で、状況経過を告げるウォードの声が淡々と屠った数を重ねていく。


『――、総員、新たな敵影だ。警戒しろ!!』


 そこに、珍しく焦ったような声が響いた。


『前方向かって右手、三○○の位置にいるのはなんだっ!?』


 ウォードが示す方向へ首を向け、リーラはその目を見開いた。


 砂煙を上げて猛然と迫り来る機影。


 平たく潰れた頭胸きょうとう部と、まるで蜂のように膨れた腹部。八つ脚を器用に動かして大地を蹴り進んでくる獣のような異様。


 尻尾がない。蠍にしては速度が速すぎる。


 ならば、と機能停止した蠍や螳螂どもの残骸を縫うように最短経路で駆け抜けた先、開けた視界を睨み、


「…………――っ!?」


 息が、止まった。


 ――まさか、この、疲弊しきったタイミングで。


 謀ったように投入されたのは噂に聞いていた新型か。


 魔力の最も高いリーラなど眼中にないのか、新型の機鋼蟲は未だ交戦中の師団員らへ、減速することなく吶喊とっかんしていく。


「アルフ! ヨハン! 退避っ!!」


 リーラが声を張り上げた。


 馬鹿な、と誰かの驚愕が滲む声。

 無理もなかった。


 機鋼蟲キリングスパイダー。


 蜘蛛くもを模した新型が、数トンもの重量を軽々と跳ね上げ、文字通り飛んだのだから。


「なっ――!!」


 信じられない光景だった。


 自重で脚部に壊滅的なダメージが発生するため、螳螂かまきりさそりには機能としてプログラムされていないはずの跳躍行動。


 ――魔法で迎撃する。

 ――即座に回避行動を取る。


 そんな当たり前のように身体に染みついた行動すらできず、リーラを含めた師団員のほとんどが魅入られたかのように中空の蜘蛛へ釘付けになってしまう。


「っ、雷迅よ、弾けて射貫け――【ライジングショット】ッ!!」


 カーラーンからかの存在を唯一聞き及んでいたカイナだけが機鋼蟲の行動に即応。凄まじい速度で雷撃を放つ。


 だが、蜘蛛の外部装甲はカイナの一撃を嘲笑うかのようにそれを弾いてみせた。


「うそっ……!? まさか、こいつは……っ!?」


 カイナの困惑する声が響く。


 『魔法障壁装甲』持ちの蜘蛛型。


 完全に想定外の事態に、


「やばいっ!! 駄目ですっ!! その場から逃げてくださいっ!!」


 カイナが必死の剣幕でアルフとヨハンへ叫ぶ。


 同時。


 新型が取り付くように螳螂へ飛びつき、まるで鞠を蹴り飛ばすかのように押し除けた。


 足蹴にされた鋼鉄の巨躯が砲弾のように転がり飛ぶ。

 そして。


 その先で敵機と対峙していたアルフとヨハンが無慈悲に巻き込まれ、



「あ、えっ――」



 リーラたちの視界から消えた。


 悲鳴はなく。

 ただ。



 ぐちゃり、と歪な音を残して。

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