(二)
アスラステラ北西部国境付近。
栄華を誇った亡国の朽ちた姿が眼前に点在する乾燥地帯の一角。
「各自、準備は怠りなくだ!」
「ゆめゆめ
「各員、速やかに配置を確認しろっ! 敵機はもうそこまで迫ってきているぞ!」
機鋼蟲迎撃師団の駐屯地となっている廃屋の大広間では、二十名超の魔法使いが慌ただしく臨戦態勢へ移行していた。
皆一様に槐色のローブを羽織い、アスラステラの国鳥である不死鳥が
「――遅くなった。状況は?」
「およそ三キロ前方、機影を確認しています」
息を切らしてやってきた二人に、帯剣した師団員アルフ・スレイが答える。カイナが配属されるまで、リーラの右腕だった魔法使いだ。いまはリーラとは別に小隊を組み、同じく陣頭指揮を取る凄腕の一人。
「前回同様、偵察部隊だろうな」
「ウォードから敵機の詳細は?」
「さきほど報告がありました。プロトマンティスが前線に展開。こちらは総数で三十から四十。後方にはスナイプスコーピオンの姿も確認できるとのこと。蠍の正確な数は不明。十から二十程度かと」
「各員、プロトマンティスの撃破を優先して。
「了解しました。全体指揮はどうしましょうか」
「数が多くなければいつもどおりウォードに任せる。流石にもう、ここにいる面々は個々の立ち回りとやるべきことくらい理解しているでしょう?」
部屋に詰める面々が一斉に頷いてみせた。
四年もあの機械を相手取っているのだ。
彼我の力量はもちろん、引き際も弁えている。
師団の構成員のほとんどはもう、滅多なことでは致命的な事態に陥ることもない。
見慣れない機体さえ出現しなければ安心して戦場を任せられる。
リーラが戦線の状況をつぶさに確認しているところで、無線ラジオからの第一声。
『…………――前線各位、聞こえるか』
「電波は良好よ」
無線越しの野太い声にリーラが応じる。
『可能な限り早々に
「蠍の数が多いようだし、いよいよ本気を出してきたってことじゃないかしら」
一週間ほど前、ここからはるか西方に位置する大国クレイトスがユグドラスに攻め込まれ陥落したとの情報が入っている。
つまり、大陸西方の敵陣最前線がアスラステラへ寄せられたということだ。
事実、ここ数日で一気呵成な侵攻を受けているし、明らかに押し寄せる機鋼蟲の数が増えてきている。
だが、蠍はまるで別物だ。螳螂を潰したような平たい形状はその前衛に鋭利な一対の鋏を宿し、付け根から覗く銃口からは人間の拳よりも大きな弾丸を撃発させる。極めつけは天高く吊り上がる尾の先端にある鈍器のような
近距離では付け入る死角がないのだ。
「兵器の投入が進めば、蠍の相手ができるメンバーも増やせるんだろうけど……」
単独で蠍を迎撃できるのは多種多様な魔法に精通しているリーラとカイナの二人だけ。必然的に役割は増す。ここ最近は連日連夜で戦場へ出ずっぱりだ。
『ないものをねだっても仕方がない。女王陛下には改めて要請を出しておくが、兵器にしろ依代にしろ酷使し続けた結果どれもこれも整備中になっちまってるのが実情だ』
「兵器配備の状況は?」
『前衛を援助できんのは二台の砲塔だけだ。期待はしないでくれ』
「……分かった。できるだけこっちでなんとかするわ」
ウォードが控える本陣はアスタステラ城下町の最北西に位置する詰所だ。
そここそは絶対防衛ライン。
機鋼蟲の突破を絶対に許してはならない場所だ。
ゆえに人員配置や兵装整備は厚く、巨大な砲台や伝令、警邏、哨戒を一手に引き受けるがために、リーラ率いる前衛隊の三倍の規模を誇る。それでも総計で三桁に届かない人員と十に満たない数の兵器は、一国を守り切るにはあまりに心許ない。
なにより致命的なのは、後陣にはリーラより戦闘に長けた魔法使いが存在しないということだ。無論、前線にも。
人も、兵器も、圧倒的に足りていなかった。
慢性的な人材不足は深刻だが、補充される予定は当面ない。
戦地を好んで移住してくる魔法使いや傭兵の登場を期待するだけ無駄な話。
死にたがりに用はなく、戦場で暴れたいだけの存在など百害あって一利もない。
迎撃前から苦虫を噛み潰すような表情を浮かべるリーラの胸中をよそに、ウォードは淡々と続ける。
『整備用の物資が足りていない状況だ。鹵獲を前提に動いて欲しい』
無茶なことを言ってくれる師団長の命令を半ば聞き流すようにして、師団員たちは各々に瞼を閉じて深呼吸を一つ。
『準備はいいな。作戦開始だ』
リーラは、ふっ、と切るような息を吐き出して。
「了解。迎撃作戦を開始する」
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