07 鴛鴦の契り 



実篤さねあつはいつもそう。『お前を守るために力が欲しい』って言う。でも、それっておれも同じ。おれもそう。実篤の力になりたい。だから、おれにも相談して。一人で考えてもできないけど、二人で考えればできることがあると思う」


 野原のはらの瞳は、しっかりとまきを見捉えていた。彼の意思をひしひしと感じた。守られているばかりの自分ではないということだ。


 野原は着実に槇を守るための力をつけているのだ。いじめられて、気味悪がられているだけの野原せつではないのだということを、一番側にいる自分が理解していなかったのだ。


田口たぐち保住ほずみの味方をしているんじゃない。おれもそう思うから。澤井さわいを下ろしても無駄。おれたちには敵わない。だから、おれたちはいつかあの人やあの人のようなクラスの人たちに対抗できるように自分自身を高めないといけない。実篤はまだ子供。おれもそう。あの人たちには敵わないよ。それは、自分がよく知っているでしょう?」


 槇は呟く。


「知っている……おれたちでは力不足。能力も人脈も、そして腹の括り方も……だ」


「実篤。おれも手伝うから。一緒にやろう。そして、おれは守られたいんじゃない。おれも守りたいから」


 野原は拘束されている両手をそっと差し出して、それから、ぎこちなく笑みを見せた。


 ——おれは一体、なにを見てきた? なにをしてきたのだ?


 槇の目からたくさんの涙が溢れた。


「……ごめん。雪。おれ、お前にひどいこと、ばっかり……っ」


「いつものこと」


「……いつものことで済まされないだろう。おれって本当にバカで。お前のことを傷つけてばっかり」


 野原の腕を取って、抱きしめながら槇は子どもみたいに泣きじゃくった。


「本当、小学校の頃から変わっていなんだから……」


 そんな野原のつぶやきが耳に係る。それから、野原は優しく槇の頭を撫でてくれた。野原のために自分は……と息巻いていたのに、結局は、ずっと野原に守ってもらっていたのかも知れない。

 

 自分は、彼がいないと生きていけない。自分の人生は野原雪と共にあるのだ。


「実篤」


「ごめん。辛い思いさせて」


「実篤になら、何をされてもいい」


 ふと近づいた唇が重なる。どちらの涙かなんてわからない。涙と唾液がグジャグジャでも、そんなことなんてどうでもよかった。


「雪」


 彼の名を何度も呼びたい。野原は自分のものであるという証が欲しい。彼の舌を乱暴に吸い上げると、野原の口から吐息が洩れた。


 ——誰にも渡したくない。


 執拗に口付けを繰り返すと、野原の瞳の色がぼんやりとするのがわかる。自分の刺激で、彼の意識が混濁していく様が嬉しい。彼の全てを支配しているという感覚は、槇の欲を充足させてくれた。


 野原が出て行ってから、ずっとさいなまれていた不安や焦燥感が、雲が晴れるように消えていく。


 彼は、言語で自分の気持ちを表現することが苦手だ。だから、体を重ねる行為は、野原の本音を知る機会でもある。触れてくる彼の指先からは、自分を受け入れてくれているという気持ちが伝わってきて、野原の心に触れた気がするのだ。


「雪は変わった」


 槇を受け入れながら見上げてくる瞳は、濡れていてゾクゾクした。


「なに?」


「おれは、いつまでたってもガキみたいなもんだ。叔父さんがいないと、なにもできない情けない男だ。雪はちゃんと仕事して、ちゃんとここまで自分の居場所を作り上げてきたじゃないか」


「それは」


「おればっかり置いてきぼりで、なんだか情けなくて。ごめん。お前に甘えてばっかりな」


「ねえ、実篤」


 野原は槇の首に腕を回して引き寄せる。体が近づいて、更に奥深くまで繋がり合う感覚に、野原が一瞬、息を飲むのがわかった。そして、槇の耳元で囁いた。


「そういう謝罪の言葉は、終わってから、ちゃんと土下座して言って」


「な……っ、雪っ!」


 こんな雰囲気も度外視してしまう野原に笑うしかない。


「お前ねえ……萎えるから、本気でやめてよ……」


 ——涙出るだろっ。


「実篤が土下座して、泣くの見てみたい」


「このサドっ! 加減なんてしてやんないんだからなっ」


 耳まで真っ赤にして、怒って見せても関係ない。


「いいよ」


 いつも無表情だった野原は口元を緩めて微笑を浮かべていた。


 ——ああ、やはり雪は変わった。



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