05 許されない
「
『さすがに』というところなのだろうか。野原は抗議の声を上げるが、そんなものは無視だ。すれ違う人たちは、何事かと振り返るが、そんなものは関係ない。強引に野原の腕を引っ張って、庁舎の外に出た。
「勝手にしないで」
——否定するな。
「黙れ」
「離して」
——自分を拒絶しないで。
「なんなんだよ。あの女」
——許されないだろ? だって、そんなの。
庁舎すぐそばの駐車場まで連れ出すと、野原を自分の車に強引に押し込んだ。
「実篤。おれは仕事中」
「退勤扱いにしてやっただろう?」
一瞥をくれてから口を閉ざすと、野原も黙り込んだ。本来であれば、数日ぶりの野原との再会は喜ばしいはずなのに、そんな場合ではない。苛立ちに支配されている槇は、情けないほど余裕がなかった。
「実家に帰っていたんだろう?」
「……そうだけど」
「女の手なんて握って……っ、そんなに女がいいのかよ?」
槇の質問に、野原は目を瞬かせた。
「それは……」
「じゃあ、なんだよ?」
「だって……」と言いかけた野原だが、槇の横顔を見てから、瞳の色を弱めた。
——話しても無駄だって思っているのか?
じっと押し黙った野原に更に苛立ちを覚えた。
「いい加減にしろよ。おれの気も知らないで! お前が出て行って、どんだけおれが辛い思いしたかわかってんのかよ? あんな女と昼飯なんか食って。ふざけんなよ」
「……実篤には関係ない」
野原という男は、事実や客観的なコメントしかできない。確かに、野原と篠崎との関係は自分にとったら『関係のない』ことなのかも知れない。だが、槇と野原の二人の関係性に入り込んでくる女だ。
『関係ない』わけがない。
野原と会話を重ねるほど、気持ちが昂って、なにをしたいのか、なにを話したいのかが見えなくなる。ただ、ただ……彼の心が知りたい。自分をどう思っているのかを、だ。
しかし野原は気持ちを言葉にすることがうまくないということも知っている。
だったら、体に聞くしかないということも。
槇は野原の気持ちを確かめたくて、信号機で止まった瞬間に、彼の首に手を回して、強引に引き寄せた。
重なった唇の感触。
しかし、あの喧嘩別れした夜のように、野原は槇を押し返した。
——拒絶するのか?
「嫌なのか?」
「……嫌に決まっている」
野原の視線がふと外れる様を見て、心のざわざわは更に大きくなった。自分にとって、野原から拒絶されることが一番辛いことだからだ。不安に支配されて、なにかに縋りつきたくて、必死で二人が居を構えているマンションまで、野原を引っ張っていった。それから激情に任せて、そのまま玄関先で押し倒した。
「実篤!」
体を起こそうとする野原を上から押さえつけて、床に張り付ける。
「なんなんだよ……っ、雪。本当にお前は……」
苛立ちを止めることは到底出来そうになかった。こうなってしまうと、自分自身でも制御することなどできそうになかったのだ。
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